第三章 軍との確執 33話 【呪縛の共鳴、軍の卑劣な追い討ち】
「葵、しっかりしろ! お前は悪くない、悪いのは……」
藤堂平助が葵の肩を掴み、懸命に言葉をかけ続ける。しかし、葵の耳にはその温かな声さえも、遠くの騒音のようにしか届かなかった。
葵の膝元で、鞘に収められていたはずの黒刃が、激しく振動し始める。それはもはや、単なる金属の擦れる音ではない。どす黒い怨念の如き、「生きた声」となって葵の脳内に直接響いてきた。
『力が足りない……まだ食らい足りぬ……』
『血も肉も足りぬ、差し出せ……さらなる生贄を……』
「……っ、あぁぁぁっ!」
葵は抱えていた女の亡骸から手を離し、頭を抱えてのたうち回った。刀が葵の精神を侵食し、己の深淵へと引きずり込もうとする。葵の瞳から光が消え、代わりに刀と同じ赤黒い濁りが広がり始めた。
藤堂は葵の異変に気づき、必死に手を伸ばす。
「葵! 刀を捨てろ! お前が飲まれるな!」
その刹那、闇夜を切り裂いて、足音が近づいてきた。
現れたのは、軍の指揮官たちだった。彼らは先ほどの殺戮劇が起こるのを、影から冷酷に観察していたのだ。
「……見事な手際だ。だが、法を犯した事実は変わらん」
指揮官は、これみよがしに勝ち誇った笑みを浮かべた。
彼らの狙いは最初からここにあった。葵を「人殺し」という十字架に縛り付け、その精神が折れる瞬間を狙って「罪人」として連行し、刀ごと実験材料として回収すること。
「人間を斬ったな。貴様はもはや新選組の誇りでも何でもない、ただの殺人鬼だ。連行する」
軍の兵たちが、次々と銃口を向けてくる。
彼らは葵の絶望を利用し、力ずくで少年と妖刀を軍の管理下に置こうとしていた。
「ふざけんな……! 葵は、葵は新選組の仲間だ! お前らの言いなりにはさせねぇ!」
藤堂は腰の刀を抜き放ち、葵を庇うように立ち塞がる。
しかし、葵の苦悶は頂点に達していた。刀の誘惑に抗う葵の喉から、獣のような嗚咽が漏れる。
「……血を……俺に……」
葵の右手が、無意識に刀の柄へと伸びる。
藤堂の叫び、軍の嘲笑、そして刀の呪い。三つの歪な音が重なり、夜の森は、新選組と軍の衝突とは別の、より恐ろしい惨劇の予兆に包まれていた。




