第三章 軍との確執 31話 【偽りの慈愛、闇夜に裂ける牙】
軍が送り込んだ刺客は、一人の女の姿をしていた。
彼女は、戦いの中で誰とも関わりを持たず、ただ刀の研鑽に励む葵の孤独な隙間に、するりと入り込んできた。
「……軍にいた頃の家族が、人質にされているの。ねえ、葵くん。その刀を軍に渡して、私と一緒に来てくれない?」
女は涙ながらに葵へ訴えかけた。軍が彼女の家族を盾に取って強要した、葵を陥落させるための残酷な芝居だ。しかし、葵は女の言葉を一言一句、静かに切り捨てた。
「……帰ってください」
葵の瞳には迷いがなかった。
今の葵にとって、新選組こそが家族であり、その繋がりこそが絶対だったからだ。誰のどんな甘言も、新選組への忠誠を揺るがすことはできない。女の悲痛な演技は、葵の冷徹なまでの誠実さの前では何の意味もなさなかった。
女の説得が失敗に終わったと判断した軍は、即座に「次」の策へ移った。
彼らはしびれを切らし、その夜、見回り当番となった葵の命を直接奪い取るべく、刺客を放った。
深夜の静寂が支配する屯所の外縁。
見回りをしていた葵の前に、突如として黒い影が立ちふさがった。
臨戦態勢をとった瞬間、影の姿が歪む。ブチブチと肉が裂ける音と共に、刺客は人間の姿から、禍々しい異形の姿へと変貌を遂げた。軍が極秘に開発していた、ドラゴンを模した実験体だった。
激しい戦闘の音が闇を切り裂く。
葵の叫びと、異形の咆哮を聞きつけ、すぐさま近隣を巡回していた四番隊が駆けつけた。
「おい、葵! 大丈夫か!」
藤堂率いる四番隊が駆けつけたとき、そこには残酷な光景が広がっていた。
葵は、元の姿に戻って絶命した女の遺体を抱きかかえていた。軍に使い捨てられた刺客の、空虚な瞳を見つめながら、葵は声を上げて泣き叫んでいた。
敵であるはずの刺客を殺してしまった罪悪感と、軍が人間をここまで歪めて道具にするのかという深い絶望。
葵の張り裂けんばかりの泣き声が、夜の屯所に重く、冷たく響き渡った。
軍の非道は、ついに葵の心に癒えることのない深い傷を刻み込んだのである。




