第三章 軍との確執 30話 【罠の上の罠、深淵なる策】
屯所周辺に漂う不穏な気配を、誰よりも早く察知したのは斎藤一だった。
「……軍の密使が、四番隊、五番隊の周囲をうろついている。鍛冶屋への接触も確認した」
斎藤の報告を受け、直ちに隊長会議が招集された。近藤、土方、山南、そして各隊長たちが集まり、緊迫した空気が天幕を満たす。軍の狙いは明白だった。内側から新選組を分断し、戦力を無力化させるという卑劣な策だ。
沈黙を破ったのは山南敬助だった。眼鏡の奥の瞳が、冷酷なまでの知性を宿して輝く。
「……これは、軍を内部から崩す絶好の機会です」
山南は、周囲の隊長たちを見渡しながら静かに続けた。
「あえて彼らの甘言に乗ったふりをしましょう。四番隊、五番隊、そして鍛冶屋が『軍の条件に揺らいでいる』という偽の情報を流し、彼らを完全に油断させるのです。その隙に軍の上層部を誘い出し、その欺瞞と腐敗を世に突きつける……彼ら自身が築いた権威ごと、一掃しましょう」
この大胆かつ狡猾な案に、近藤は深く頷いた。
「いいだろう。汚れ仕事は俺たちが引き受ける。山南、お前が裏の糸を引け」
方針は決まった。新選組は水面下で、軍を完膚なきまでに叩き潰すための巨大な罠を張り巡らせ始めた。
しかし、その高度な謀略の渦中において、一人の少年だけが蚊帳の外に置かれていた。
今回の騒動の火種の一つでもある葵である。
葵は、先日の激闘の疲労から回復しつつあり、再び自らの刀と向き合っていた。だが、軍の魔の手は、すでに葵という「核を運んだ少年」を、最優先の標的として狙い定めていた。
山南たちが軍を狩るための罠を仕掛ける一方、軍は葵を孤立させ、拉致、あるいは暗殺するために、屯所の外で密かに包囲網を狭めつつあった。
葵は屯所の縁側で、何も知らずに心地よい日差しを浴びていた。彼の背後に忍び寄る影の冷たさには、全く気づくことなく。
新選組という巨大な組織が、軍という組織を飲み込もうとする暗闘の中、葵という一個の命が、今まさに危機にさらされようとしていた。




