第一章 紅蓮の咆哮 1話 【出会い】
世界を覆う黒雲は、今日も陽光を遮っていた。
瓦礫の山となった村の片隅で、新人は息を殺していた。
目の前には、人間離れした巨躯を持つ異形が三体、民衆を蹂躙している。鋭い爪が家屋を粉砕し、獲物を探す湿った唸り声が響く。新人の手には、村の鍛冶師から託された、なまくら同然の鉄の棒しかなかった。
(……死ぬのか、俺は)
心臓が早鐘を打つ。恐怖で身体が震え、涙がこぼれそうになる。
だが、その時だった。
空気が、焦げ付くような熱を帯びた。
「おい、坊主!」
耳をつんざくような快活な怒号とともに、瓦礫の壁が爆散した。
粉塵の中から現れたのは、常人なら持ち上げることも叶わないであろう、巨大な大剣を肩に担いだ女だった。大剣の刃には、触れるものすべてを焼き尽くす炎と、風を纏う「核」が埋め込まれている。
近藤局長だ。
彼女は新人を守るように前へ出ると、獲物を狙う獣のような鋭い眼光を異形たちに向けた。
「テメェら、ずいぶんと騒がしいじゃねぇか。客人の前だぞ」
三体の異形が、狂ったように叫びながら同時に襲いかかる。
常人なら反応すらできない速度。だが、新人の「瞳」は違った。世界がゆっくりと静止していく。怪物の筋肉の収縮、重心の移動、次に振るわれる爪の軌道――すべてが、まるで透き通った糸のように見える。
「――左から来る!」
思わず新人が叫んだ。
近藤は一瞬だけ、背後の少年を振り返ってニカっと笑った。
「おう、サンキュ!」
次の瞬間、彼女が身を翻す。
大剣が描いた紅蓮の軌跡は、まさに嵐そのものだった。炎と風を巻き込んだ刃が、三体の異形をまとめて両断する。断末魔を上げる暇さえ与えず、怪物の身体は一撃で塵へと還った。
戦場に訪れた静寂。
近藤は大剣を地面に突き立て、深呼吸をすると、煤で汚れた少年の頬に大きな手を伸ばした。
「おい、坊主! 生きてるか!?」
彼女の手は熱かった。
村を壊滅させられ、絶望の淵にいた新人の心に、その熱が直接触れる。
「……はい」
「よし、いい顔だ!」
近藤は豪快に笑い飛ばすと、少年の頭をガシガシと雑に撫でた。
「俺は近藤だ。……今日から、お前の剣は俺が預かる。村を奪った報い、この先でくれてやるからよ」
その背中を見た時、新人は確信した。
この人は太陽だ。この人の背中を追いかければ、自分もまた、絶望に立ち向かう強さを手に入れられるかもしれない。
「俺……! 俺も、あなたと一緒に戦いたい!」
新人の叫びは、どんよりとした曇り空を突き抜けるように響いた。
近藤は少し驚いたように目を丸くし、それからまた、今日一番の笑顔で頷いた。
「ハッ、気に入った! いいだろう、新入り! 俺たちの新選組へようこそ!」
炎が消えゆく戦場の中、新人の運命は、この瞬間から大きく動き出した。
それは、やがて来る過酷な宿命への、静かな、しかし確かな門出だった。




