第一章 紅蓮の咆哮 13話 【夜明けの刻、その名の誓い】
富士の山肌を覆っていた黒い雲が、朝焼けの光に溶かされていく。
激闘の末、拠点は荒れ果てていた。軍の近代兵器は無残にひしゃげ、火を噴き、瓦礫と化していた。重傷を負った兵士たちは地面に倒れ伏しているが、奇跡的に死者は一人も出ていなかった。
全ては、あの夜半に乱入した新選組の介入のおかげだった。
軍の司令官は、自分たちが頼りにしていた兵器が異形の群れに何の効果も成さなかった現実を、突きつけられていた。近代兵器では「魂」を斬ることはできない。それを、彼らは身をもって理解させられたのだ。
戦場に静寂が戻る。少年は全身に激痛を抱えながら、黒刃を鞘に収めた。
立ち上がろうと地面に手をつくが、あまりの疲労に指先が震え、膝が折れそうになる。
その時、目の前に大きな影が落ちた。
「……随分と無理をしたな」
見上げると、そこには近藤局長が立っていた。彼女は戦い終えた後の穏やかな、それでいて力強い表情で、少年を見下ろしている。
近藤は、地に伏す少年に向かって、真っ直ぐに手を伸ばした。
少年はその無骨で温かい手を見つめ、迷わず自分の手を伸ばす。近藤の手がしっかりと少年の手首を掴み、一気に引き上げた。
立ち上がった少年を、近藤は満足げに眺める。
「そういえば、お前。ずっと『新入り』とばかり呼んでいて、肝心な名前を聞いてなかったな」
不意の問いに、少年は少しだけ驚いたように目を見開いた。
これまで、己の過去も名も捨てるつもりでいた。ただ、この刀に振り回され、死の淵を彷徨うだけの存在だったからだ。しかし、いま近藤の手を握ったことで、自分が確かにこの「新選組」という場所に立っているという実感が湧いた。
少年は深呼吸を一つすると、黒刃が腰で鳴るのを合図に、背筋を伸ばした。
「俺の名前は……葵です」
曇りのない瞳で、まっすぐに近藤を見つめる。
その声には、自分を縛り付けていた過去への決別と、これから新選組の一員として生きていくという強い決意が込められていた。
「葵、か。良い名だ」
近藤は少年の肩を力強く叩いた。
富士の山頂には、依然としてドラゴンが鎮座している。だが、もう葵は一人ではない。
名前を取り戻した少年は、新選組の「葵」として、龍の待つ頂上へ向けて、再び歩き出した。




