第一章 紅蓮の咆哮 12話 【夜明け前、背中の温もり】
降り注ぐ泥と血、そして異形の絶叫。
少年は限界を超えた肉体で黒刃を振り回し、迫り来る大型個体を次々と切り伏せていた。紅い核が脈動するたびに少年の皮膚が裂け、鮮血が舞う。それでも彼は、軍の新人たちの前で一歩も退かなかった。
(……くそ、もう右腕が……)
視界が歪み、握る柄の感覚が遠のく。異形の一撃が少年の肩をかすめ、吹き飛ばされそうになったその時――。
「――遅いぞ、新入り!」
空気を切り裂くような一喝と共に、凄まじい旋風が少年の横を吹き抜けた。
大型個体の巨体が、何の前触れもなく真っ二つに両断される。振り返るまでもなく、それが誰であるかはわかった。
続々と山の上から舞い降りてくる、新選組・3番隊の精鋭たち。彼らの太刀筋は迷いなく、軍を蹂躙していた異形の群れを、瞬く間に掃討していく。
そして、少年の目の前には、誰よりも高く、強く、頼もしい近藤局長の背中があった。
「やられてねぇな? 踏ん張れ、夜を乗り切るぞ」
振り返りもせず、近藤は手にした愛刀で大型個体を一閃する。
その言葉は、凍りついていた軍の新人たち、そして限界に達していた少年の心に、焚き火のような温もりとなって広がった。
「おうよ! 局長の声を聞け! 負けるな!」
「新選組の意地を見せてやれ!」
隊員たちの怒号が山腹を揺らす。先ほどまでの軍のパニックは鳴りを潜め、新選組が作り出す圧倒的な戦場の空気に、兵士たちは呆然と見惚れていた。
「……はいッ!」
少年は震える腕を再び握り直し、紅い核を激しく共鳴させた。
近藤の背中は、どんな防壁よりも強固だった。自分ひとりで背負い込んでいた地獄が、一気に仲間たちの戦いへと変わる。
暗い富士の麓に、新選組の隊士たちが放つ殺気と、刀が重なり合う金属音が響き渡る。
夜はまだ深い。しかし、少年は知っていた。この人たちがいれば、必ず夜明けを見ることができると。近藤の背中を追うように、少年は再び地を蹴った。




