第一章 紅蓮の咆哮 11話 【夜襲、硝煙と朱き刃】
富士の中腹に陣を敷いた、その夜半のことだった。
昼間はただ鎮座していた大型個体たちが、まるで何かの合図を受けたかのように一斉に活性化した。地響きとともに森からあふれ出した「異形」の群れが、軍の防衛ラインを瞬く間に食い破る。
「敵襲! 迎撃しろ! 弾が、弾が足りない!」
軍の拠点は、未曾有のパニックに陥っていた。
今回、前線に送り込まれた軍の兵士たちは、終わりの見えない化物との戦いに疲弊しきっていた。補充されたのは、ろくに訓練も受けていない新人ばかり。近代兵器の引き金を引く指は震え、恐怖で統制が取れず、逃げ惑う最中に次々と化物たちの餌食となっていった。
「くそっ、逃げろ! ああああああっ!」
惨劇を前に、軍の防衛線が崩壊する。
新人の兵士が、無数の爪を持つ異形に囲まれ、絶望の表情でその場に崩れ落ちた。異形がその鋭利な四肢を振り上げ、兵士の命を奪おうとしたその時――。
カキンッ!
硬質な金属音が、混乱の戦場に響き渡った。
紅い光を纏った黒刃が、異形の腕を根元から切り飛ばしていた。
「……目を開けろ」
少年の冷徹な、しかし確かな声が響く。
彼は兵士と異形の間に割り込み、その細い身体を盾にするように立ちはだかっていた。
「化物に食われて死ぬか、俺の背後について抗うか。選べ」
「お、お前……新選組の……」
新人は震える声で呟くが、少年は振り返りもしない。
目の前の異形が飢えた咆哮を上げる。少年は黒刃の「紅い核」を強く脈動させた。全身を駆け巡る激痛。だが、それは今の少年には心地よい力へと変換される。
「軍だろうが、新選組だろうが関係ない。俺は、俺の守れる範囲で……人間を殺させないだけだ」
少年が大地を蹴る。
それはもはや、人間の速さではなかった。残像を残して異形の懐へと踏み込み、黒刃を深紅の軌跡とともに叩き込む。
混乱の渦中、軍の新人たちは目の前で繰り広げられる「剣」の舞に息を呑んだ。
恐怖で凍りついていた少年兵たちは、その圧倒的な背中を見て、わずかに震えを止める。理性を失った怪物の群れの中で、ただ一人、少年だけが冷徹に、そして慈悲深く、死線の上で舞い続けていた。
富士の闇夜、硝煙の中に紅い残光が走る。
少年は知っていた。この力は他者のために振るうほど、己の人間性を削り取るものであることを。それでもなお、彼は身体を投げ出した。それが、彼が「守りたい」と願った者たちのためにできる、唯一の献身だった。




