第一章 紅蓮の咆哮 9話 【虚飾の鉄、肉体の誇り】
入隊から三か月が過ぎた頃だった。
少年は数多の小規模な討伐任務をこなし、着実にその実力を磨いていた。かつての華奢な体躯は、漆黒の刀「黒刃」が求める命の代償と、日々の過酷な鍛錬によって、鋼のように引き締まっていた。
しかし、少年の内側で何かが変わり始めていた。
刀の紅い核は、戦うたびに少年の生命力を糧とし、その代わりに常人離れした身体能力を授ける。今の彼にとって、己の肉体はもはや自分だけのものではなく、刀を振るうための「都合の良い器」――「虚飾の鉄」になり下がっているのではないかという焦燥があった。
そんなある日、平穏を打ち破る報せが屯所に届く。
「……富士山、山頂だと?」
近藤局長の鋭い問いに、伝令の隊士が青ざめた顔で頷く。
「はい! 観測班によれば、富士山の火口より巨大な反応が出現。……その姿、古の伝承に伝わる『ドラゴン』に酷似しております!」
道場が凍りついた。だが、事態はそれだけに留まらなかった。
ほぼ同時刻、政府軍より緊急の省令が届いたのだ。富士山頂のドラゴンの討伐、および周辺の封鎖に関する極秘命令。
「厄介なことになったな」
近藤は、常に冷静な参謀である山南を伴い、即座に軍の司令部へと向かった。
局長の不在を告げる号令とともに、屯所は戦時下の如き騒乱に包まれる。
「急げ! 弾薬と食料を全車両へ積み込め! 3番隊は武器の整備を再開しろ!」
「おい、新入り! お前もだ! 富士の頂へ向かう準備を急げ!」
隊士たちが怒号を交わしながら屯所中を駆け回る。かつてない規模の遠征。誰もが死の匂いを嗅ぎ取りながらも、高揚感と緊張を抑えきれずにいた。
少年もまた、腰に帯びた黒い刀を撫でる。その刃は、まるで獲物の血を待ちわびるかのように、鞘の中で激しく脈動していた。
それは、少年が「人の肉体」を保ったまま戦える、最後の戦いになるかもしれない――。富士山頂という極限の地へ向けて、新選組の巨大な歯車が動き出した。




