愛の名で咲かせた美しき花と、空へとド派手に打ち上げられる相棒
生けるものの肉を焦がし縮ませ、鼻を突く血生臭い濃煙を撒き散らす業火の中、無数の狂乱した魔獣たちが同胞の残骸を踏み虙きながら、圧倒的な速度でこの前哨平原へと押し寄せていた。
視界に映るすべての生ある者を、血に濡れた牙で噛み砕かんとして。
ルシアの体内にある枯渇した魔力回路は、限界を超えた鈍痛を軋ませていた。
開戦の当初から【永続術式・マナの泉源】を維持し続けていたとはいえ、絶え間ない高密度の交戦、精密極まる空間演算と機兵の制御は、彼女の魔力を決壊した濁流の如く奪い去っていた。受動的な回復など、焼け石に水に過ぎない。
現在、彼女の左手首に刻まれた魔力刻印はすでに輝きを失い、かろうじて残された最後の二粒の淡青な水晶が、緩慢な周期で頼りなく回転しているだけだった。
戦局が命を削り合う残酷な消耗戦へと完全に引きずり込まれた今、ルシアに残された選択肢はもはや僅かであった。
先の神殿破壊という血戦において、彼女は躊躇うことなく自らの胸を貫き、自らの心臓を素手で握り締め、瀕死の激痛による高圧で深層魔力を無理やり絞り出したことがあった。
しかし今、三大帝国の数億という視線が注がれる全土中継の投影光幕の前で、どれほど世間の目を気にしない彼女であっても、作業着のシャツを引き裂いて衆人環視の中で心臓を握り潰し充填を行うなど、到底できるはずもなかった。
自傷による極限の手段が生理的・環境的に封じられた以上、巡らせる思考の果てに、彼女の手に残された最後の切り札はおのずと定まる――
それは彼女が「忘却の神殿の守護者」として座する最高権能であり、最も危険なる禁忌の遺産。
一切の躊躇いもなく、ルシアは研ぎ澄まされた眼差しを据え、錬金手袋に覆われた右手を虚空にかざし、逆手に握り込むように構えた!
ヴォン――!
遥かな太古より届くが如き澄んだ共鳴が突如として響き渡り、焦燥の熱波を切り裂いた。
空間が平然と両断される幽玄な光と共に、極上の職人技が宿る壮麗なる造物が虚無より静かに降臨する。
それは無骨な石碑などではない。丸ごと一つの無垢なる羊脂冷玉と墨玉を交錯させて彫り上げられた、多角の走馬燈――
その技巧は常軌を逸するほどに精緻を極めていた。総身に透かし彫りが施され、東方の伝説にある、内外が幾重にも重なり合いそれぞれが独立して回転する究極の鬼工「象牙球」の如き構造を成している。
蝉の羽の如く薄い玉石の外壁には、微細彫刻の技法によって森羅万象の生けるものの姿がありありと刻まれていた。
具現化された瞬間、核心の深部から蒼古として微かな冷光が滲み出し、幾重にも重なる透かし彫りの玉座が歯車の如き因果律に従って緩やかに噛み合い動く。
燈壁に映し出される無数の細い紙人形たちは、あたかも残存する魂を吹き込まれたかのように、重なり交錯する冷光の中で幻影の如く駆け巡り、狂い舞った!
アーティファクト級たる「忘却の石板」の内部には、万古の時より堆積した計り知れぬ魔力の海が眠っている。
だが人の身であるルシアでは、これほど膨大な力を自身の脆弱な肉体回路に直接受け入れることなど不可能だ。一瞬のエネルギー暴走で、その肉身は塵芥の如く弾け飛んでしまう。
しかし、彼女には刻刻がいた。
機械梟である刻刻は、かつての再構築の際、その体内の真鍮部品や記憶回路、そして暗金色の硝子眼球に至るまで、ルシアの最深層の錬金回路と固く結ばれ、彼女の神経や錬金刻印と最も深い共振結合を保ち続けていたのだ!
「刻刻、融合昇格を行うわよ!」
ベテルギウスの胸部にある重装甲のハッチが左右へと跳ね上がり、奥深くで梟の瞳孔の如く収縮する暗金のコアが鋭い金属の咆哮を轟かせた。
この鋼鉄の巨神の長大な機体を大型変圧器として介することで、走馬燈が放つ浩瀚にして冷徹な玉石の魔力は純粋なる激流と化し、まずベテルギウスの全身回路を満たし、次いで神経シナプスを伝って、ルシアの渇き切った体内へと平穏に還流していった!
手首の翳んでいた水晶が一瞬にして爆発的な光を放ち、溢れ出た眩い魔力の輝きが周囲を照らす――
この莫大な魔力貯蓄があれば、超電磁レールガンの射出機構を展開し、ガルクを純粋な徹甲弾として雲煙の彼方へと撃ち上げるには十分すぎた!
だが、忘卻の石板が現世に顕現し、走馬燈の内にある鬼工の玉彫が幾重にも錯動して紙人形たちが駆け巡ったその刹那、不可視の因果律が波紋の如く天地を撫でていった。
かつて石板の力によって改竄され、ルシアの存在を完全に忘れ去っていた者たちの脳裏の奥底で、重く冷たい霧が不意に切り裂かれたのだ。
遥かなるノーランド帝国、帝都魔法学院。
がらんとした広場の長椅子から空の光幕を見上げていたビクター・クルス教授の、顔に刻まれた深いほうれい線が激しく引き攣った。
濁り倦怠に沈んでいた双眸が見開かれ、封じられていた記憶の濁流が怒涛の如く押し寄せる――
彼は思い出したのだ。あの奇抜で理に適った錬金術式で自身の防御を正面から突破し、上級教授たる自分を無様に転倒させた、あの黒髪の少女術師を。
「……おやおや。そう数えてみると、あやつは随分と無断欠勤を重ねているようじゃのう」
ビクターは大きな法衣の袖に両手を突っ込み、空の上で機兵を踏み台に恐るべき古代遺物を喚び出す小さな影を見つめ、百戦錬磨の苦笑を漏らした。
そして別の場所、ノーランド帝国の華麗なる観覧旗艦の甲板上。
ワイングラスを手にしていた皇太子クロードの手が、ピタリと宙で止まった。その細長く陰鬱な瞳の中の困惑は、瞬く間に狂気じみた熱情と底なしの貪欲さへと塗り潰されていく。
思い出したのだ。
奇跡の化身の如く捉えどころがなく、大局を根底から掻き乱すあの黒髪の女を。そして何より彼の血を沸き立たせたのは――彼女が、人々の記憶を意のままに抹消し、干渉することすら可能な規格外の力を掌握しているという事実だった!
この力がもし覇王の掌中に収まれば、どれほど無敵の統治の刃となることか?
「余に己を忘れさせるとはな……ルシア、貴様は真に身の程知らずで、渇望を抱かせる女だ」
クロードは冷たいグラスの縁を舌でなぞり、その瞳に独占欲をギラつかせた。
平原の上で、吹き荒れる風がルシアの長い黒髪を乱暴に引き裂く。忘却の石板を衆目に晒す代償など、彼女自身が誰よりも痛感していた――
「神殿の守護者」たる正体が白日の下に晒されれば、三大帝国の野心家たちも、世を忍ぶ古の怪物たちも、血の匂いを嗅ぎつけたハイエナの如く押し寄せてくるだろう。
だが、それは明日以降の厄介事だ。
生存の法則を骨の髄まで弁えた百戦錬磨の社畜にとって、死線が頭上に迫る瞬間の鉄則など、いつだって一つしかない。
手持ちの札をすべて叩き込んで今日を生き延びろ。明日の天変地異など、明日の自分が頭を抱えればいい!
「貴様かァッ! わしが演説中に、全有権者の目の前でズボンを引きずり下ろした女は! 思い出したぞ貴様ァッ!!」
平原の後方に展開していた貴族防衛陣地の中から、底知れぬ羞恥と社会的な死の記憶が混じり合った悲壮な怒号が突如として爆裂し、荒れ狂う魔獣の咆哮を突き抜けた。
全神経を集中させて魔力を編み上げていたルシアは、不意に飛んできたその告発を聞くや否や、極限まで張り詰めていた決戦の闘志が一瞬にして針で突かれた風船のように萎んでいった。
……やばい。
ルシアはようやく思い出したのだ。かつて忘却の石板を受け継いだばかりで、術式の制御もおぼつかなかったあの頃、「どうせ一晩眠れば誰もが私を綺麗さっぱり忘れる」という絶対の免責特権にかまけて、裏で散々やりたい放題の悪戯を仕掛けて鬱憤を晴らしていたことを。
今や走馬燈によって忘却の霧が暴力的に引き裂かれたことで、かつて彼女に散々な目に遭わされた被害者たちが、一斉に記憶を取り戻してしまったのではないか?
そこまで思い至り、いかに普段はポーカーフェイスを崩さない社畜術師といえども、首筋に冷や汗が伝うのを禁じ得なかった。
ルシアは気まずそうに乾いた下唇を舐めると、ぎこちなく首を捻り、立ち込める硝煙の向こうで顔を真っ赤にして指差してくる中年政治家へ、精一杯の愛想笑いとウインクを向け、胸の前で両手を合わせて小さく拝んでみせた。その瞳は無言で懇願していた。
――おじさん、今はそれどころじゃないでしょ。フェニックスに丸焼きにされる前に、昔のことは犬に噛まれたとでも思って水に流して!
その男も、元は狩猟祭で武勲を立てて帝都での支持率を稼ぐために参加した候補者の一人に過ぎず、先ほどの叫びは単なるトラウマの暴発だった。
天を覆う炎の怪鳥を見上げ、次いでルシアの足元に控える禍々しい古代機兵に目を落とすと、男の口元は引き攣り、最後には生唾を飲み込んで忌々しそうに腕を引っ込めた――
ズボンを剥ぎ取られた過去の精算よりも、命を拾って帝都の選挙戦に戻ることの方が遥かに重要だったからだ。
危機がひとまず去ったと悟り、非を自覚するルシアは即座に雑念を振り払い、眼前の九死に一生の死線へと意識を戻した。
大陸各国の数億の視線が疑念と驚愕で見守る中、ルシアはベテルギウスの重厚な肩甲から軽やかに飛び降り、焦土の凍てつく大地に作業靴を力強く踏み下ろした。
彼女に一切の淀みはない。掌に浮かぶ冷たい玉光を放つ走馬燈を、反動をつけて高く虚空へと放り投げる!
直後、深く息を吸い込み、錬金手袋に覆われた両腕を正面へと真っ直ぐ突き出し、手の平と甲を重ね合わせて交差させた。
嗡――!
空間が暴力的に裂け、超高周波の共鳴が鳴り響く。複雑な幾何学の同心円、星位の目盛、そして冷徹なルーンが編み込まれた巨大な蒼藍の錬金陣が、彼女の掌を中心として虚空に展開し、その輝きは降り注ぐ熱波の火雨をも呑み込んだ!
「刻刻! 今回しくじったら、本当に終わりだからね!」
宙を舞う走馬燈は寸分の狂いもなく、跳躍した鋼鉄の巨神の掌によって胸部の機巧スロットへと力強く叩き込まれた。
機械が噛み合いロックされる鋭い轟音と共に、ベテルギウスの巨大な巨躯は、展開された錬金陣の核心へと迷いなく突入した!
ズドォォォンッ!
極限の白光が瞬時に炸裂し、荒れ狂うエネルギーの嵐が殺到していた魔獣たちを薙ぎ払い、粉砕した。
眩い閃光と猛吹雪のような氷玉の光屑の中、ルシアの黒髪が烈風に激しく乱舞する。その深い墨緑色の瞳は冷徹にして幽邃。放たれる言葉の一つひとつが重い鉄槌の如く大気を震わせ、孤高なる終焉の宣託を紡ぎ出した。
「記憶の彼方に風雪は枯れ果て、時の終わりに散る花は音も無し。
誰が記憶に刻まれるを望まず、誰が讃歌に詠われるを乞わず。
縦え世界が我を忘れ去ろうとも、此の刻、永久なる絶景を咲き誇らせん!
巡りゆく虚妄の残影を薙ぎ払い、純白の名のもとに現世を裁断せよ――」
光芒の最深部で、ベテルギウスの無骨な鋼鉄の輪郭が、走馬燈と錬金陣の再構築によって徹底的に分解され、鍛え直されていく。
冷徹な白玉と水銀が宙で交錯して流れ、花弁の如く幾重にも剥がれ、開いていく。
息を呑む全観衆の注視の下、華奢で、優雅で、極限まで清冽な少女の姿が、吹雪の渦の中から静かに浮かび上がった。
ルシアは右腕を鋭く一閃させ、氷柱の砕ける如き冷やかな声を天地に響かせた。
「――同調解放昇格、【天刻剋星・エターナル・スノウフラワー】!」
白昼の烈日とフェニックスの劫火が渦巻く天地でありながら、錬金陣が完全に解放されたその瞬間、周囲数百メートルの煮えたぎる熱波は瞬く間に凍結し、氷晶へと変わり果てた。
閃光の最深部より、無数の煌めく玉石の花弁と霜雪が嵐の如く巻き起こる。
その純白と黒煙の狭間から、息を呑むほどに美しい和風古典の姿を纏った少女が、虚空の氷を踏みしめて音もなく現れた。
初雪の如く純白で穢れなき銀白の長髪は、極めて雅やかに結い上げられ、精緻な日本古典の高島田を結んでいる。数筋の細やかな雪の髪が、風に揺れて無瑕の横顔をかすめた。
髷の斜めには、墨玉と寒氷から彫り出された八重咲きの落花の簪が挿され、僅かな風圧を受けて微かに震え、冷徹で幽玄な光沢を放っている。
それは、誰もが大声を出すことすら憚られるほどに清らかな美貌であった。
眉は淡い煙の如く、目尻は微かに切れ上がり、現世の塵を拒む古典の神姫たる孤高と威厳を湛えている。
何よりも見る者を射竦めるのは、かつての刻刻の面影を宿したその暗金色の硝子眼――万古の歳月を沈めた琥珀の如く、静謐で、深遠で、天を埋め尽くす紅蓮の炎海と駆ける魔獣を映しながらも、さざ波一つ立たない。
長く伏せられた銀の睫毛、紅を差した朱唇は、万物が焼き尽くされた焦土の中でただ一輪、誇り高く咲き誇る深紅の寒梅のようであった。
身に纏うのは幾重にも仕立てられた漆黒の和服。墨の如き深淵の色合いは、白昼の陽光と天を焦がす火光の下で、息を呑むほどの明暗のコントラストを描き出している。
着物の豪奢な織地には、極細の銀糸と深青の氷糸によって夜に咲く霜の花が密やかに刺繍され、羽の如き大きな振袖が風に優美に揺れていた。
抜き衣紋の襟元からは、白玉のように滑らかな細頸が覗き、透き通るような白さが闇の絹地の中で眩いほどに際立っていた。
雪白の柔らかな両手は胸の前で淑やかに重ね合わされ、その掌の周りには、雪の結晶の如く精緻な氷玉の花弁が頼りなげに、されど途切れることなく旋回している。
荒れ狂う劫火と悪臭に満ちた硝煙の只中にあって、彼女はただ孤高に、冷涼に天地の狭間に佇んでいた。濁世に属さぬ雪の神明の如く。
たとえ頭上に天を焼き尽くす神話の巨鳥が座していようとも、その黒と白が織りなす絶世の影は、瞬く間にこの戦場において唯一、永遠に咲き誇る絶景となったのだ。
「ずいぶんと私情の詰まった、隠す気もない召喚物じゃのう……その大胆不敵さを褒めるべきか、それとも非の打ち所のない審美眼を讃えるべきか、儂には判断に迷うところじゃわい」
宙に浮遊していたカエサルは片手で顎を撫で、トレードマークである紫の長髪を冷風になびかせながら、底知れぬ紫の瞳に隠しようもない悪戯っぽい笑みを浮かべて、吹雪の中に立つエターナル・スノウフラワーをしげしげと見つめていた。
帝国屈指の強者であるカエサルの眼力は伊達ではない。実際、その場にいる正気の人間であれば、誰もが一目で察しがついたはずだ――
白玉と黒の絹から現れたあの神聖なる機娘の眉宇に漂う、気高く清冽で孤高な貴族の神髄は、紛れもなく女公爵カリーナの面影を宿していた。
そして、微かに結ばれた儚くも無垢な唇の輪郭と愛らしさは、彼自身の愛娘クレアに生き写しだった!
ルシアが錬金術で再構築したこの核心の造物は、彼女が心の最も深い場所で抱いているカリーナとクレアへの思慕と執着を、一切の躊躇なく混ぜ合わせて捏ね上げた「究極の融合体」に他ならなかったのだ!
「こんな時に茶化さないでくださいッ!」
核心を突かれたルシアは恥ずかしさと苛立ちに地団駄を踏み、いつも調子の狂っているこの侯爵に向かってギリギリと歯を鳴らして叫んだ。
帝国の軍権を握りながら、事あるごとに自分の義父になろうとするこの怪人物にだけは、彼女はどうしても敵わなかった。
そして防衛陣地の後方では、クレアの白く柔らかな頬が耳朶に至るまで林檎のように赤く染まっていた。
彼女は熱を持つ両頬を手で覆い、潤んだ紫の瞳を震わせ、心臓を早鐘のように打たせていた。
数億人が見守る全土中継の光幕の前で、自分と従姉の姿を融合させた神聖機娘を召喚するなど、ある意味において、身分も陣営も越えて世界中を巻き込んだ、最大級に派手でロマンチックな公開処刑じみた告白に他ならなかった!
しかし、そのささやかな喧騒と動揺が長く続くことはなかった。
周囲の大気の中で、生けるものの肉を干乾びさせんばかりだった息苦しい熱波が、目に見える速度で暴力的な絶対零度によって無残に引き裂かれていたからだ。
上空一万メートルから降り注ぐフェニックスの万度の火雨は、エターナル・スノウフラワーの周囲数百メートルに近づいた瞬間、例外なく粉々の氷晶へと還元されて霧散していった。
白玉と因果、そして霜雪によって形作られた高嶺の花は、ただ静かに素手を重ねているだけで、神話の天災たる猛威を平原の外へと力づくで封じ込めていた!
その圧倒的な威圧感に、歴戦の騎士たちも貴族術師たちも等しく背筋を凍らせた――今、あの小柄で痩せこけた黒髪の娘が振るっている力は、すでにこの天災の巨鳥をも凌駕している!
だが、ルシア自身には周囲の呆然とした視線に構っている余裕など微塵もなかった。彼女の視線は刃のように鋭く自身の左手首に注がれていた。
そこに残された二粒の淡青な水晶は、今にも消え入りそうな微光を明滅させている。
死線は目前。工期に一瞬の遅れも許されない!
ルシアは五指を強く握り込み、手首の水晶を二粒同時に粉々に握り砕いて、残存する全魔力を経絡の奥底へと無理やり絞り出した。
「速攻術式――【臨界拘束解除】!」
一切の装飾を排した詠唱。それは、詰みの盤面を前にした超一流のプレイヤーが、冷徹に切り札を叩きつける時の鋭い宣告だった!
ドォォォンッ!
術式回路の暴力的な上書きと共に、エターナル・スノウフラワーの平穏だった暗金の硝子眼に鋭い因果のルーンが灯り、元より極寒だった冷気が幾何級数的に爆発した!
頭上には煮えたぎる溶岩の火海が広がっているというのに、前哨平原の大地は瞬く間に重厚な濃紺の永久凍土に閉ざされ、その極限の寒冷は重装甲を纏った狂戦士たちすら歯をガチガチと鳴らして震え上がらせるほどだった。
術式の論理は極めて純粋、かつ野蛮の極み――一切の安全マージンとリミッターを力づくで引きちぎり、召喚物の魔力出力を文字通り「二倍」へと跳ね上げる!
それこそが、彼女の前世であるカードゲーマー時代において、最も愛し、最もロマンに満ち、対戦相手を最も絶望させた大逆転の名場面――攻撃の瞬間に突如として叩き込む打点倍加の瞬間。
ただ今回は、この異世界の錬金工学と忘却の理を用いて、その攻撃力二倍という暴力の美学を現実の戦場に再現したに過ぎない!
「ガルク、飛び乗りなさい!」
ルシアの双眸に鋭い光が宿り、焦げた錬金手袋を纏った右の掌が、落下する重力を乗せて凍てつく大地へと思い切り叩きつけられた!
ドォン――!
大地が鈍い悲鳴を上げ、氷層の裂け目から眩い電弧が狂い狂う大蛇の如く迸る。
舞い散る水銀と冷玉の破片の中、全長数十メートルに及ぶ、墨玉の滑軌と超伝導コイルが精密に噛み合わされた超重電磁加速レールが、巨大な獣が首をもたげるように大地から轟然と聳え立ち、遥かなる天空のフェニックスを真っ直ぐに捉えた!
高圧電流の金属音を唸らせるこの巨大な砲台こそ、彼女があの不敵なる大剣の狂戦士のために誂えた――神殺しの座へと直通する、片道切符の発射台であった!




