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重度カードゲーマー女子、過労死転生した異世界でも恋愛をプレミして詰んだ件  作者: 酣睡


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絶体絶命の作戦会議、協力の条件は「パパ」と呼ぶこと!?

天穹のフェニックスが、二度目となる甲高い啼き声を響かせた。


先ほどの火羽が神罰の序曲に過ぎなかったとするならば、今まさに幕を開けたのは、地上のあらゆる文明を呑み干す無差別大空襲そのものであった。


空を覆い尽くさんばかりの暗赤色の巨翼が猛然と打ち振るわれ、何万もの赤金の劫火はもはや優美に舞い落ちる風情すら脱ぎ捨てる。


極限の加速度を宿し、耳朶を裂く飛翔音を轟かせながら、それは無数の巡航ミサイルの一斉掃射のごとく、太古の絶嶺の前哨平原へ向けて絨毯爆撃の雨を降らせた!


ドオォン! ドオォン! ゴオォォォォ――ッ!!


罅割れた硬土が次々と爆ぜ、直径数メートルもの灼熱のクレーターが穿たれていく。万度を超える衝撃波が、晩秋の枯野に横たわる草木や岩塊、果ては戦士たちの握る剛鋼の兵刃に至るまでを、瞬きの間に微塵へと粉砕する。


円環状に狂い咲く熱波は、撫でるがごとく地表の表土を丸ごと削ぎ落とし、大気は高純度の燃焼によって真空と鼻を突く焦熱の毒臭に満ち満たされた。平原の全貌は逆巻く火舌の深淵と化し、踏みしめる足場すらも寸断され崩壊を急いでいる。


「ベテルギウス!」


ルシアの凛と澄んだ、だが短く鋭い号令が、鼓膜を震わせる爆音を引き裂いた。


二メートルを超える白鉄の重装人型機兵は、刹那の躊躇すら見せなかった。足底の油圧サスペンションが軋みを上げて沈み込み、頑強なる鋼鉄の膝装甲が構えを取る。


ルシアは地を強く蹴り、強化外骨格の推進アシストを借りて軽やかに宙を舞うと、ベテルギウスの幅広く重厚な右肩装甲の上へ、片膝をついて寸分の狂いもなく着地した!


破損の目立つ錬金作業着と、墨のように深い漆黒の長髪が、吹き荒れる猛毒の熱風に狂おしく煽られて翻る。深緑の瞳には天より降り注ぐ流星の火雨が映り込んでいたが、その奥底は凍てつく水面のように一片の波風すら立っていない。


彼女の左手はベテルギウスの頸部装甲を強固に把持し、右手の錬金手袋に刻まれた術式ルーンが淡く発光する。即座に展開された透明な偏折被膜が正面を覆い、荒れ狂う真空と窒息の熱波を無慈悲に遮断した。


「全推進器、最大出力! 真空圏を突破し、シルヴィア侯爵の防衛陣地へ――突進!」


ベテルギウスの巨躯の奥底から、荒々しい機械の噛み合い音が轟いた。背部および脹脛の排気バルブから蒼藍の魔能尾炎が爆砕のごとく噴流を上げ、古代の冷徹なる殺人兵器は、檻を食い破った鋼鉄の凶獣の如く、天を覆う溶岩の空襲の中を狂暴に躍進する!


赤熱して滾る焦土を踏み砕き、その巨体は物理法則の常識を嘲笑う超高機動をもって、無数の弾坑と立ち上る火舌の隙間を電光石火の勢いで縫い抜けていく。


赤金の火羽がベテルギウスの左肩装甲をかすめ、摩擦による激しい火花を夜空に散らす。だが機兵は視線一つ向けず、巨塊の如き前腕装甲を盾代わりに一閃、正面から飛来した燃え盛る大木の残骸を、余波の衝撃波ごと無造作に叩き折って粉砕した。


左右で爆炎が逆巻き、吹き荒れる爆風が火幕を巻き上げる。だが、機兵の肩に乗る小柄な黒髪の少女は、微動だにすることなく仁王立ちのまま。


その視線は立ち込める黒煙と陽炎のように歪む高熱の空洞を貫き、まるで研ぎ澄まされた冷徹なメスのように、数千メートル彼方の火海の縁で微動だにせず翻る、一旗の獅子の軍旗を精緻に捉え続けていた。


天地を灰燼に帰す神話の空襲の只中にあって、一機と一人の少女は、劫火を切り裂き疾走する孤狼の如く、一本の赤き真空の航跡を刻みつけながら、あの全身に血煙の如き殺気を纏う統帥の許へと一直線に突進していった!


「初めまして、シルヴィア侯爵閣下! 一刻を争う緊急事態です。私にあのフェニックスを物理的に解体・完全撃破する算段があります。どうか、ご協力を!」


ベテルギウスの冷徹な鋼鉄の肩の上から、ルシアは社交辞令の一片すら削ぎ落とし、超高速の口調で本題を切り出した。


戦局はすでに最悪の限界点を超えている。フェニックスが撒き散らす万度を超える火海と窒息の領域は、通常戦闘の選択肢を完全に焼き潰していた。


この天災じみた理不尽な制圧力の前では、場内に閉じ込められた最高戦力が陣営の垣根を越えて結託せねば、誰一人として明日の朝日を拝むことなど叶わない。


狩猟祭の古代結界が開戦の角笛とともに完全閉鎖され、外部からの物理的介入を悉く遮断していなければ――帝国の最大戦力たるカリーナがこの場に降り立つことができていたならば、ルシアとてこんな冷酷で獰猛な面構えの中年男と関わり合いになる気など、金輪際持ち合わせていなかったのだ。


「……儂を『侯爵閣下』と呼んだか?」


正面から吹き付ける狂暴な熱波の中にあって、シルヴィア侯爵は巨大なブロードソードを杖の如く地へ突き立てた姿勢を崩さず、その深邃かつ冷徹な眼光を足元から跳ね上げ、ルシアを冷ややかに品定めした。


窒息しそうな数秒の沈黙の後、岩肌のように硬直した傷だらけの顔がわずかに動き、ルシアが咄嗟に理解しかねる言葉を吐き捨てた。


「貴様が儂を『侯爵』などと余所余しく呼ぶ気なら――生憎だが、その申し出、断固として拒絶させてもらおう」


シルヴィア侯爵はあろうことか、極めて冷酷に瞼を重く閉じ、一歩の譲歩すら許さぬ頑なな態度を示してみせた。


「はあ?!」


完全に論理の破綻した展開に、ルシアは思考の歯車を焼き付かせ、その場で硬直した。だが、遠方で狂気のように拡大していく火海を視界に捉えた瞬間、彼女の内なる苛立ちと焦燥の導火線に火がついた。


今が貴族のくだらない面子を振りかざす場だとでも思っているのか!


この結界内に残された戦力を見渡しても、ヴァレリーは最初から出撃していない。ガルクの闘気がいかに強靭であろうと、生身で中心火海に突っ込めば瞬時に溶解して消し炭になるのが関の山。


ルシア自身の水銀障壁とて、この核融合にも等しい超高温の前で何秒耐え抜けるか、自身ですら計算が立たないのだ。


唯一無二の希望は、目の前のシルヴィア侯爵――全元素の理に通底し、水・氷・風の三系統の高位複合元素魔法を呼吸をするが如く自在に紡ぎ出す統帥こそ、ルシアが立案した「強制物理減圧・真空消火戦術」において、決して欠くべからざる超高出力の動力ポンプそのものだった!


「侯爵閣下とお呼びして何が悪いんですか?! 他になんと呼べと言うんです?!」


目元を引きつらせ、ルシアは思わず半オクターブ声を荒らげた。


だが、大雨の如く降り注ぎ炸裂する赤金の火羽を背負いながら、帝国を支える大黒柱たる鉄血の侯爵は、ただただ比類なき威厳と重々しさをもって、首を横に振った。


そして、硝煙立ち込める焦土の中、彼は厳かに右手を掲げ、人差し指を一本ピンと立てると、ベテルギウスの肩の上に立つ黒髪の少女を真っ向から指差した。平原全域の爆音を圧する雄渾なる声音で、極めて真剣に怒号を轟かせたのだ。


「儂が手塩にかけて育て上げた愛娘を拐かし、あまつさえその操まで奪い去っておきながら――クレアとそこまでの既成事実を積み上げておいて、この儂を『パパ』と呼ばずして何と呼ぶつもりだッ?!」


その底知れぬ気迫に満ちた威厳ある咆哮は、平原に炸裂する雷霆のごとく、紅蓮の炎に焼かれる戦場に轟き渡った。


刹那、大気そのものが真の静寂によって真空へと変貌したかのようだった。


煤煙に塗れ、満身創痍で耐え忍んでいた周囲の騎士や傭兵たちがことごとく化石のように硬直したのみならず、遠方から剣を構えて駆け寄ってきたエドワードすらも盛大に足をもつれさせ、あわや赤熱したクレーターに頭から突っ込みかけたほどである。


何より致命的だったのは――三国の威光を誇示せんがため、太古の絶嶺と三大帝国の天穹には、百を超す最高位の広域留影魔水晶と映像転送魔法が滞空しており、セリフィア、ノーランド、バルトークの三大帝国の帝都上空へ、寸分の遅延もなくこの光景が全土へ生中継されていたことだ!


すなわちこの瞬間、空を見上げて息を呑んでいた数百億に及ぶ平民、貴族、元老院の重鎮、果ては「帝国の初恋」と讃えられるクレアの熱狂的な求婚者や信奉者たちの耳朶に、この鉄血の軍閥が放った渾身の怒号が、余すところなく鮮明に突き刺さったのである。


大陸のありとあらゆる片隅で、無数の心臓が砕け散り、世界観が音を立てて崩壊していく音が木霊した。


「……ッ?!!」


どれほど理不尽なトラブルに直面しても眉一つ動かさなかったルシアの冷徹な社畜フェイスが、耳朶から首筋に至るまで一瞬で沸騰し、顔全体が爆発したかのように真っ赤に染め上げられた!


狩猟祭が全土に生中継されていることなど百も承知だった。だが、泣く子も黙るこの厳格なる名将が、一秒ごとに数万の命が刈り取られかねない滅亡の危機の最中に、拡声魔法まで動員して全大陸の民衆の面前で、実の娘のプライベートを公然処刑してのけるなど、夢想だにできるはずがなかった!


「こんな時にまでッ! その筋肉で詰まった脳みそで何を血迷ったことを抜かしてるんですかああああああッ――!!」


常に感情を鉄の檻に閉じ込めていたルシアが、その生涯において初めて理性をかなぐり捨てて絶叫した。


ベテルギウスの装甲を握りしめるその指先は、極限の羞恥と憤怒によって激しく震え狂っている。


一方その頃、結界の遥か外、天を突く主観覧席の貴賓席において。


白髪赤瞳の女公爵カリーナは、片肘をついて頬杖をついたまま、先ほどまでの張り詰めた表情を氷解させ、唇の端を極めて愉快そうに、どこか見世物を愛でるような笑みへと歪めていた。


彼女は知り尽くしていたのだ、大陸にその名を轟かす実の叔父の正体を――外見は魔獣を生きたまま喰らいそうな冷酷無比の修羅でありながら、その実態は過保護の極致にして、いつ回路がショートしてもおかしくない重度の親馬鹿であることを。


そしてカリーナの隣では、クレアがすでに林檎どころか茹で上がった蛸のように全身を真っ赤に染めていた。


宝石のような紫の双眸には涙と絶望が滲み、両手で火を吹くほど熱い頬を必死に覆い隠している。すらりとした双脚は限界を突破した羞恥でガクガクと震え、今すぐ高位土系魔法で足元の白石の床に大穴を穿ち、妄言を撒き散らした実の父親諸共、地底深奥の闇へ永遠に埋没してしまいたいと本気で念じていた!


「儂はカエサル・シルヴィア。この一事において、妥協など断じて許さん」


シルヴィア侯爵家の当代当主として、カエサルが放つ泰山鳴動の如き重圧と威厳は、紛れもなく本物であり、そして絶対的だった。


ただ嘆かわしいのは、彼がこの天地を圧する覇気を剥き出しにした理由があまりにも荒唐無稽すぎて、居合わせた誰もが己の耳を疑い、大陸屈指の統帥が死線の上で悪質な冗談を飛ばしているのだと思い込みたがっていたことくらいだろう。


「パパぁ……! お願い助けて! あの大っきな火の鳥、すっごく怖いのぉ!」


ルシアは所詮、「生活」と「納期」という名の社会の肉挽き機に放り込まれ、幾度となく叩きのめされ、揉まれ、無残にすり潰されてきた筋金入りの社畜であった。


いつ矜持を泥濘に投げ捨てるべきか、いつ生き残る利益のために尊厳を燃料として燃やすべきか、彼女は骨の髄まで弁えすぎていた。


理性と節操のヒューズが、コンマ零一秒の躊躇もなく乾いた音を立てて焼き切られた。


直前まで殺気を滾らせ、内心で相手の先祖代々に至るまで呪詛を吐き散らしていたルシアの表情筋は、精密機械すら裸足で逃げ出す統制力によって、一瞬で再構築された――冷徹無比だった平坦な聲音は、煮詰めたキャラメルを思わせる甘ったるい嬌声へと鮮やかに変貌を遂げる。


破れ落ちた錬金作業着の裾をわざとらしく摘み上げ、まるで長年の遠征から無事に凱旋した慈父の胸へ飛び込む無垢な幼子のように、怯えと全幅の信頼をこれ見よがしに顔いっぱいに浮かべ、彼女はその鋼鉄の要塞めいた筋骨隆々の胸板へと、躊躇いなく甘えに駆け寄ったのだ!


そしてカエサルは眉毛一本動かすことなく、重厚な鋼鉄の籠手を滑らかに回し、その小柄な黒髪の少女を一切の躊躇いもなくその懐へと力強く抱き留めた。


しかる後、刃で彫り刻まれたかのような無骨で冷酷な顔面を吊り上げ、天から降り注ぐ熾烈な火雨を睨み据えると、腹の底から湧き上がる豪快極まる鬨の声を轟かせたのだ!


「応とも! すべてこのパパに任せておけ! あんな焼き鳥モドキ、パパが細切れのミンチにしてくれるわ!」


この刹那、ルシアがいかなる超人的な精神力をもって耐え抜いたのか、誰にも計り知ることはできなかった。


傍らに立ち尽くしていたガルクに至っては、幾多の死線を共に潜り抜けてきた大剣を握る手すら脱力させ、白目を剥いて口を半開きにし、ただただ呆然とルシアを見つめ固まっていた。


その眼窩の奥には、かつてない畏怖と戦慄が渦巻いている――彼は知っていた。


普段は解剖台の死体のように冷徹なこのアネさんが、生き残るため、そして作戦を完遂するためだけに、今生における一切の体裁とプライドを跡形もなくドブに捨て去ったのだと。


しかし、立ち並ぶ騎士も将校も、遥か後方で呆然とするエドワードやロバートも、内心がこの世の終わりのごとき魔幻の認親劇に震撼させられていながら、誰一人として口を挟む勇気など持たず、吹き出すことすら許されなかった。


目の前に立つこの凶神のごとき中年男は、「不敗の要塞」の異名を取り、正面火力の破壊規模において女公爵カリーナに一歩も引けを取らない歩く戦略天災である。


だが、万物を塵芥と見下すカリーナの凍てつく冷淡さに比べ、カエサルという男の気まぐれで、常軌を逸し、いつ理不尽に抜刀して首を撥ねるか知れない異様さは、戦場において遥かに質が悪い即死トラップに他ならなかった。


ルシアの華奢な全身は、カエサルの纏う深紫の剛鋼の重胸甲に隙間なく押し付けられていた。


冷たく無骨な鉄塊の縁が柔らかな頬を容赦なく圧迫し、金属に刻まれた無数の荒々しい傷跡が骨を軋ませるほどの激痛を走らせる。


だが、その物理的な苦痛の前で、ルシアは奥歯を砕けんばかりに噛み締め、爪先を掌へ深々と食い込ませて耐え忍ぶしかなかった――


肉体の苦痛など、三大帝国の数億の民衆と全貴族の面前で繰り広げられたこの公開処刑による、魂への精神汚染と致命的な傷創に比べれば、あまりにも些細な誤差に過ぎなかったからだ!


「して……我が愛しの娘よ。その賢しき頭の中で、如何なる戦術を編み出したのだ?」


カエサルは血と硝煙をくぐり抜けてきた爛々たる双眸をわずかに伏せ、聞く者の鳥肌を立たせるほど慈愛に満ちた声色で囁いた。だがその瞳の奥には、百戦錬磨の老獪な冷徹さと、すべてを見透かす確信犯の光が鈍く宿っていた。


ルシアが今、脳内でどれほど寸断されるような屈辱に悶絶しているかなど、百も承知であった。


だが、己を冷徹な殻に閉じ込め、重苦しい情の絆を感じ取れば即座に背を向けて逃げ出そうとするこの手合の女には、帝国の不可侵たる生中継という絶対の舞台へ引きずり出し、最も強引で、最も退路のない形で外堀を埋め尽くすことこそが、唯一にして最大の抑止力となる。


クレアの実父として、カエサルはルシアの根底にある逃避癖を嫌というほど見抜いていた。


かつてクレアが「忘却の石板」の因果の歪みに呑まれ、世界の修正力によってルシアにまつわる一切の記憶を喪失したあの空白の時――


この女は、己の頭の中で合理的と結論づけた後始末を終えるや否や、クレアに真実を明かすこともなく、最も冷淡にその場から姿を眩ませたのだ。


あの狂おしい日々の間、愛娘であるクレアが、誰もいない広大な邸宅でどれほど夜を徹して憔悴し、真っ白に削ぎ落とされた記憶の残滓の中を、半狂乱になって名も知らぬ黒髪の少女の手がかりを泣きながら探し求めていたか。


彼はその背中を、ずっと見つめ続けていたのだ。血の涙を呑むほどに、愛娘を不憫に思いながら。


ゆえに――「クレアの感情から逃げ出した」というその一点の咎においてすら、彼はこの狡猾な小娘に対し、全大陸の注視の下で、身も心も余すところなく恥辱を味わわせ、シルヴィアの「家族」として囲い込まれる代償がどれほど重く、決して逃れ得ぬものであるかを骨髄に刻み込ませる、絶対の権利と大義名分を有していたのである!


ルシアは今、カエサルの深奥に潜むその重苦しい思惑など露ほども知る由がなかった。


あの世界の因果律によって存在を抹消されていた空白期間、クレアとカリーナがどれほど血を吐くような執念で己を探し求めていたかなど、知る術もない。


ゆえに彼女の認識では、目の前の傷だらけの剛毅な男は、単に脳の配線が致命的にショートした、正真正銘の変人軍閥に過ぎなかった。


だが、一流の社畜の美徳とは――上司がいかに支離滅裂な狂人であろうと、承認印とリソースが下りた瞬間、一切の感情を排して実務報告モードへ無遅延で移行できる点にある。


「およそ燃焼という現象の根底には、酸素の供給が絶対条件となります」


ルシアは頬を痛めつけていた鉄の胸甲から頭を離し、瞬時に聲音のチャンネルを切り替えた。工学プラントの安全査定を淡々と読み上げるエンジニアの如く、冷徹で無機質なトーンを紡ぎ出す。


「フェニックスの『不滅の心火』がいかに神話の炎を模していようと、燃焼の物理原則に従う以上、助燃物質を完全に絶ちさえすれば、死後の涅槃による再生連鎖を根本から破綻させることが可能です。したがって、閣下の全力を以て複合魔法を展開していただきたい。我らを万度の熱放射から防護する前進障壁の構築、そして奴を撃墜した瞬間に展開し、内部の空気を徹底的に排気して絶対真空を維持する『完全欠氧結界』を」


現代地球の物理学的視座に立てば、大気を一瞬で真空に変え、万度を軽々と叩き出すあの怪物は、炎というより制御を失った生体核融合炉の類いに近い。


だが、物理常識が魔法によって無慈悲に蹂躙されるこの異世界において、整合性を問うこと自体が無意味なのだ。


奴が火の鳥の皮を被っている以上、「燃焼の三要素」を力づくで破壊する物理的アプローチこそが、最も費用対効果が高く、不確定要素を最小に抑え込める最適解であった。


「障壁の維持と、真空による完全封絶か。理論としては筋が通っておる」


カエサルは、目の前の今にも折れそうなほど華奢でありながら、その頭蓋の内に危険極まりない理の算段を詰め込んだ黒髪の少女を見据え、修羅場を潜り抜けてきた虎の如き眼を細めた。そして、この作戦における最大の断絶を、容赦なく突いた。


「だが、最大の関門は――誰があの怪鳥を天から叩き落とすかだ。奴は千仞の天空を旋回しておる。吹き荒れる超高温の熱波を突き破り、奴の高度まで肉体を送り届けること自体が夢物語よ。ましてや、猛火に耐え抜きながら高位障壁を維持し、奴の神性を貫く致命の一撃を叩き込むなど、並大抵の手段で成せる道理がない」


カエサルは冷徹に、この盤上の詰み筋を突きつけた。


帝国屈指の魔法使いとして、彼が本気で腰を上げれば、単独であの神話の凶獣を力づくで撃ち落とす手段がないわけではない。


だが彼は今、高みから値踏みする試験官の立場を選んでいた――己の愛娘を拐かし、クレアの心を狂わせたこの小賢しい女が、そして彼女の周囲に集う若造どもが、この無慈悲な死局をいかなる地平へ押し広げてみせるのかを、見極めたかったのだ。


「オレを天辺までブチ上げてくれりゃあ、それで済む話だろ! 上の焼き鳥野郎は、オレがブッ殺す!」


鼓膜を震わせる粗暴で獰猛な怒号が、突如として割り込んできた。


火雨の余波を浴びて新調したばかりの上着すら焼き飛ばされ、筋骨隆々たる胸板を黒煙と火傷に染め上げたガルクが、焦土を力任せに踏み砕きながら大股で歩み出てきたのだ。


背に負う重厚な黒鉄の大剣の柄を片手で乱暴に握り締め、幾多の死線から這い上がってきた血みどろの殺気と狂暴な闘気を全方位へ爆発させる。その熱風すら圧し返すほどの威容。


その死を恐れぬ野獣の如き狂態に、歴戦のカエサルの瞳の奥にも、隠しきれぬ賞賛の色が微かに走った。


聖庁の鎖に繋がれた、真に獰猛なる狂犬。そして、全身の骨が赤熱するほどに強靭な、本物の好漢であった。


「千仞の高空ぞ。迎え撃つは万度の生ける溶岩だ」


カエサルは再び衣服を失い、上半身を剥き出しにした赤髪の若者を冷徹に見下ろし、威厳に満ちた聲音で試すように言った。


「その高度から叩き落とされ、あるいは気流に呑まれれば、骨の一片すら残らず消し炭となるぞ。――小僧、肉塊に成り果てるのが怖くはないのか?」


「知るかよ、そんなもん!」


ガルクは猛然と顔を跳ね上げ、並の戦士ならば魂を圧し折られるほどの軍神の視線を、正面から真っ向に睨み返した。その爛々と燃える野獣の双眸には一片の躊躇いもなく、あるのは狂気じみた確信と、沸騰する闘争本能の咆哮のみ。


「オレはいつか、世界樹の天辺をこの足で踏み抜く男だ! 空をちょろちょろ飛んでるだけの羽虫の高度なんぞ、オレの踏み台にすらなりゃしねえ! 絶境だの何だの、片腹痛えんだよッ!」

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