プロジェクトを三回連続で炎上させた責任者に発言権はない
焼け焦げた毛皮の悪臭、硫黄の鼻を突く刺激臭、そして魔物と人間のそれが混ざり合った粘ついた血の臭いが、高熱によって蒸気となり、水滴となって滴り落ちそうなほどの濁った霧を大気に充満させていた。
ボロボロに引き裂かれた軍旗が、熱波に焼かれた枯れ木の上で音もなく燻り続け、肺腑に吸い込む空気のひと息ごとにザラついた粒子が混ざる。まるで砕いたガラス片をそのまま飲み込んでいるかのようだ。
この太古の絶嶺の前哨地は、すでに肉を削ぎ落とす血の坩堝と化していた。天地の間に残されているのは、最も原始的な殺戮と、死に瀕した者たちの微かな痙攣のみ。
瓦礫の山を吹き抜ける風の唸り声すら、研ぎ澄まされた刃の冷たさを孕んでいる。
その死に絶えた修羅場の中心で、殺気が爆発した。
金色のまばゆい闘気が、荒れ狂う龍の如くエドワードの長剣に絡みつき、斬撃を繰り出すたびに空気を引き裂く甲高い絶叫を響かせる。
――ガギィィィンッ!!
大剣とベテルギウスの兵装が宙で真正面から激突し、火花と耳をつんざく金属の悲鳴を撒き散らした。
純粋な闘気と怪力が交錯して生じた衝撃波は、目に見える白濁した気流となって四方へ爆散。
足元の焦土はクモの巣状に砕け散り、側面から飛びかかろうとした狂暴な魔物数頭は、悲鳴を上げる暇すらなくその余波に吹き飛ばされ、崩れた石壁に叩きつけられてミンチとなった。
その乱れ狂う剣戟の背後で、ベテルギウスは揺るぎなき鋼鉄の影となり、戦場の視界を冷酷に分断していた。
その巨大な体躯が作り出す死角の中で、ルシアは身を低く保ち、極めて小さく、そして最もエネルギー効率の良い歩幅で音もなく足の位置を変えていた。
精緻な黄銅とミスリルの魔導回路が刻まれた錬金術手袋は微かに熱を帯び、掌の中央に埋め込まれた魔晶石の砲口が、蒼白な燐光を蓄えて瞬いている。
照準は無形の毒蛇のように、エドワードが剣を振るうたびに晒す胴体の隙を逃さず捉えていた。
あと一撃。
ベテルギウスと大皇子が交差するその刹那に撃ち込みさえすれば、濃縮錬金術式の炸裂によって、エドワードの纏う防護闘気の構造結節点を粉砕できる――ルシアの脳内演算において、それが最も時間を短縮でき、最も費用対効果の高い解決策だった。
だが、戦場に社畜の業務効率など通用しない。
「おいおい、どこ見てんだよ、お嬢ちゃん!」
真横から、極めて陰険な破空音が唐突に突き刺さる!
ロバートの影が地を這う亡霊の如き速度で疾走し、短剣の切っ先には冷酷な冷気が宿っていた。その刃先が狙うのは、ルシアの手首の関節。
彼は決して一撃必殺を狙わない。突き出す角度のすべてが陰湿でいやらしく、ルシアが撃発トリガーを引き絞るタイミングに、ピンポイントで割り込んでくる。
砲口の魔力波形がピークに達しようとするたび、ロバートの血臭を纏った切っ先が迫り、彼女はステップで回避するか、錬金手袋から極小の防護障壁を展開して弾くことを余儀なくされた。
「……チッ!」
ルシアの目尻に青筋が立った。掌に集束しかけた蒼い光は排熱バルブへと強引に押し戻され、耳障りな気流の排気音を立てる。
こっちは連携を取ってさっさとこの泥沼の残業を終わらせに来ているのだ。この振り払えない狂犬と鬼ごっこをする暇などない。
ベテルギウスが剛腕を振り下ろし、エドワードが半歩後退を強いられた絶好の隙が、またしても目の前をすり抜けていく。
ルシアの深緑の瞳に、連日の徹夜残業で過労死の淵に立たされたような苛立ちが濃く滲んだ。
皇室の給料泥棒どもめ、この地面ごとまとめて吹き飛ばしてやりたくなる。
キンッ!
短剣がルシアの腕部から展開した装甲板に再び衝突し、火花を散らした。ロバートは血に汚れた歯を剥き出しにして笑い、蛇のように身を翻して半歩退くと、すべてを見透かしたような嘲笑を浮かべた。
「無駄だ。兄上の太刀筋をテメエなんぞに邪魔させてたまるかよ。その小手、チャージに一秒半かかるだろ? だがオレが間合いを詰めるのに必要なのは――半秒だ」
ルシアは痺れた手首を無表情に一度だけ振った。瞳の奥にあった苛立ちは急速に引き潮のように消え去り、代わりにゾッとするような冷徹さが張り詰めていく。
「計算だけは正確ね」
抑揚のない声で、淡々と吐き捨てた。
次の瞬間、エドワードとベテルギウスの間で天地を揺るがす轟音が再び爆裂した。金色の剣閃がベテルギウスの肩部装甲を裂くのと同時に、ベテルギウスの鋼鉄の拳がエドワードの脇腹へめり込む。
凄まじい衝撃に大皇子の動きが一瞬硬直した――だが、機械人形であるベテルギウスに「痛みによる硬直」など存在しない。折れた肋骨の上から、さらに追撃の鉄拳を容赦なく叩き込む!
最高の瞬間が訪れた。
ロバートの瞳孔が収縮し、反射的に全身のバネを使って飛び込んできた。短剣を蛇の毒牙の如くルシアの顔面へと突き出し、これまで通り、強制的に術式の展開を圧殺しようと――
だが今回、ルシアは腕を上げて防御することも、身を翻して躱すこともしなかった。
黒く鈍い光を放つ切っ先を前にして、彼女は瞬きすらしない。ただ冷え切った眼差しのまま、腰元にだらりと垂れていた左手を持ち上げ、親指でベルトのバックルを軽やかに弾いた。
「誰が言ったかしら……錬金術師の武装が、一つだけだと?」
冷たい金属のグリップが、手のひらに吸い付くように収まる。
ルシアは無表情のまま左腕を跳ね上げた。この世界のどの文明にも属さない、無骨で角ばった重厚な銃身が、大気の中で硬質な軌跡を描く。
それは極限まで改修を施されたデザートイーグル――重く、不格好でありながら、純粋な運動エネルギーの暴力そのものを体現した異形の鉄塊。
ロバートがその得体の知れない錬金造物の正体を認識する暇すら与えず、ルシアはコンマ一秒の躊躇もなく、人差し指をトリガーへ容赦なく叩きつけた。
ズドォォォォンッ!!
至近距離で炸裂した銃声は、まるで晴天の霹靂のように戦場を引き裂いた。
銃口から狂暴なマズルフラッシュが吹き荒れ、火薬と極小魔導推進陣の二重加速を受けた点四四口径の徹甲弾が、肉眼では捉えられない真空の裂け目を引きずりながら、ロバートの眉間へ一直線に突き刺さる!
肉と金属が衝突し、鈍く重い衝撃音が響き渡った。刹那の死線において、上位戦士としての防護闘気が本能的に励起され、濃紺の闘気膜が激しく軋み、ひび割れる。
極限まで圧縮された鉛弾はペチャンコにひしゃげ、火花を撒き散らしながら弾き飛ばされた。
ルシアは眉ひとつ動かさず、驚き配分もゼロだった。生粋の社畜エンジニアである彼女は、「異世界の原住民が一発の銃弾で都合よく死んでくれる」などという甘い幻想は抱かない。魔獣と素手で殴り合うような連中の肉体強度が、物理法則の常識に収まるはずもないのだ。
「ゴホッ……ハッ! あぶねぇな、おい……!」
頭蓋こそ貫通されなかったものの、狂暴極まりない運動エネルギーはロバートの頭部を無理やり後方へと跳ね上げ、その巨体を三歩後退させた。
割れた額骨から生々しい血がドクドクと噴き出し、鼻筋を伝って顔の半分を赤く染め上げる。
ロバートは舌先を伸ばし、口元に垂れてきたぬるい血を舐め取ると、怒るどころか、どこか異常なまでの熱狂にその双眸をギラつかせた。
「とんだ悪女だぜ、お嬢ちゃん……だが正直、そのイカれた魅力、オレの性癖にぶっ刺さりまくりだ」
この瞬間、ロバートがルシアに向ける視線は完全に変質していた。
以前の彼には到底理解できなかったのだ。誇り高きカリーナや、純潔の聖女クレア――帝国において頂点に君臨する女たちが、なぜ平民出身の女錬金術師にこれほど狂わされているのか。
貴族令嬢たちの退屈しのぎの、歪んだお遊び程度にしか思っていなかった。だが今は違う。
死の境界線の上で綱渡りを演じながら、二人の皇子をたった一人で手玉に取り、この極限の混戦の隙間で、躊躇なく眉間に致命の一撃をぶち込んできた女。
強く、冷徹で、手段を選ばないその卑怯さはどこまでも洗練され、骨の髄には死ぬまで折れない凶暴さを宿している。
「ただでさえ面倒くさい求婚者が渋滞してるの。これ以上イカれたのが増えたら、私の勤務シフトが保たないわ」
ルシアは錬金手袋の排熱レバーを押し込み、冷ややかに嘲笑した。退屈なクレーマーに対応する時と同じ、乾いた事務的なトーンで。
「ハハハハッ! 随分と贅沢な悩みじゃねえか!」
ロバートは腹の底から笑い声を上げ、瞳に滲むねっとりとした執着を隠そうともしなかった。
ルシアの胃の腑に、わずかな吐き気が込み上げる。自分を褒めてくれたからと赤面するほど純情でもなければ、言い寄ってくる男を誰彼構わず受け入れる聖母でもない。
クレアのことは完全に例外だった――身も蓋もないことを言えば、ルシアの根底には誠実なまでの面食いと快楽主義が存在している。
あの磨き抜かれた美術品のような美貌、抱きしめた時の柔らかく甘やかな感触、その胸元に埋もれる時の極上の居心地。それに溺れるのは吝かではない。
だが、目の前で血に飢えているこの皇子? 冗談じゃない。定時退社を妨害する巨大な粗大ゴミにしか見えなかった。
しかし、ロバートの顔から狂った笑みが次の瞬間にはスッと消え失せた。彼は袖口で顔の血を乱暴に拭い、硝煙越しに、奇妙な――どこか憐憫すら含んだ視線でルシアを射抜いた。
「ルシアさんよ……ところでアンタ、『前世』の記憶ってモンはあるかい?」
その一言は、氷漬けの太針のように、前触れもなくルシアの神経の最深部を刺し貫いた。
彼女の動きが、完全に凍りついた。
常に深海のように凪いでいた深緑の瞳が、コンマ数秒、激しく揺らぐ。
それは彼女が心の底に封印していた最奥の秘密――胸を火球で貫かれたときの焼きつく痛み、冷え切っていく絶望、そして目を開けた時にすべてが巻き戻っていた不条理。なぜロバートがそれを知っている?
なぜその概念が、この異世界の原住民の口から滑り出てくるのか?
彼女の動揺がどれほど微細なものであろうと、死線の中で獲物を狩り続けてきた猟犬にとって、それだけで十分すぎた。
ロバートは血に染まった口角を歪め、急所を掴んだ捕食者の残忍な笑みを浮かべた。
「……あるようだな」
声を潜め、毒蛇が這い出るような湿った声で語りかける。
「七大陸の狭間に、風変わりで途方もなく古い賢者が存在する。噂じゃあ、最愛の者を失って発狂した狂人に、そいつは『慈悲』を与えるらしい――十分な数の生贄を薪として捧げさえすれば、時間を巻き戻す禁忌の魔法を発動させてくれる」
ルシアの心拍が、制御を離れて跳ね上がった。銃のグリップを握る指先が、白くなるほど強張る。
「実に都合の良い奇跡だろ?」
ロバートは短剣の腹を指先で弾き、チリリと澄んだ音を鳴らした。
「時が巻き戻った後、魔法を発動させた張本人と、そいつが指定した『対象』には、過去の記憶が完全に残る。それどころか……過去に一度でも錨として巻き戻しを経験した奴は、次に別の誰かが時間魔法を発動させた時にも、術者ですらねぇのに記憶を保持したまま巻き戻っちまうのさ」
ルシアの呼吸が止まった。
時間を巻き戻す……記憶を持ったまま……。
彼女はずっと、自分の二度目の生を、不可解な転生か、運命の気まぐれによる恩寵だと信じ込もうとしていた。
だがロバートの紡ぐ言葉のすべてが、その欺瞞の薄皮を容赦なく引き裂いていく。
「誰だと思う? なりふり構わずその賢者の前に膝をつき、時間を引き裂いた前回の術者は」
ロバートの瞳にドロリとした悪意が満ち、血塗れの真実を一語一語、ルシアの鼓膜へ叩きつけた。
「カリーナだよ」
周囲で響く金属の衝突音も、魔物どもの咆哮も、この瞬間、ルシアの耳から完全に消え去った。
「暗殺で無残に死んだ平民の錬金術師のために、あの女は完全に狂っちまったんだとよ。天文学的な数の魂を生贄として揃えるために、実の甥を唆して他国へ侵略戦争を仕掛けさせた。戦火の混乱に乗じて、女公爵自らノースランド帝国の民と皇族の半分以上を皆殺しにしたのさ……王都を血の海に沈めてまで、ただあのちっぽけな錬金術師が、巻き戻った世界でもう一度目を覚ますためだけにな」
ルシアの脳内が真っ白に弾け飛んだ。
ロバートが心理戦を仕掛けていることなど百も承知だった。彼女の戦闘意志をへし折るための毒だと分かっている。
だが、彼女の理性が狂ったように警鐘を鳴らしていた――これは、真実だ。
一世目の冷酷で高慢、自分に視線すら寄越さなかったあの女公爵が、なぜ今世ではあそこまで執着し、情緒不安定なまでにすがりついてくるのか?
なぜルシアが少し傷を負っただけで、あそこまで狂乱の恐怖を見せるのか? 抱きしめてくるあの手のひらが、なぜいつも止めようもなく震えているのか?
唐突に芽生えた愛情などではない。
何万人もの死体と骨の山を踏み越えて地獄から這い戻った者が、命の山と引き換えに奪い取ってきた「戦利品」を前にして抱く、絶望とやましさそのものだったのだ。
ルシアは噎せ返る硝煙の中に立ち尽くし、手足の先から急速に熱が引いていくのを感じていた。今世でようやくかき集め、繋ぎ止めたはずのちっぽけな温もりが、今、底なしの血の海へと沈められていく。
ロバートはその衝撃を噛み砕く猶予など欠片も与えなかった。彼の瞳の狂熱は絶望に近い獰猛な笑みへと歪み、さらに残酷な現実を鉄槌の如く叩きつけてくる。
「そしてカリーナの野郎が時間を引き裂く前……時間を捻じ曲げたのは、オレと、兄上だ!」
狂気に満ちた咆哮が戦場の怒号を圧殺した。血飛沫に濡れたロバートの顔面が、鬼気迫る形相で歪む。
「オレたちは三回、巻き戻した! カリーナだけが人殺しだとでも思ってんのか!? オレたちが積み上げた生贄の山はなぁ、この絶嶺を埋め尽くすほどだ! だが結果はどうだ!? どれだけ足掻いても、どれだけ手を尽くしても、セリフィアは破滅へと突き進みやがった! あの帝国は腐り果てて、踏み潰される運命にあるんだよ!」
運命という名の壁に叩きつけられ、発狂した獣のような狂乱。
だが、その血生臭く喚き散らされる狂気の中で、ルシアの社畜としての脳髄は、激震の果てに恐ろしいほどの冷徹さを取り戻していた。
理解できた。
ロバートのこの告白は、ただの自慢でも脅迫でもない。極めて精緻で残忍なロジックによる心理誘導だ。
まずカリーナの背負った血の負債を突きつけることで、ルシアの精神的防壁を粉砕し、自分の命がいかに薄汚く、おぞましい代償の上に成り立っているかを思い知らせる。
その上で、自分たち兄弟が潜り抜けてきた「三度の輪廻」を提示し、その残虐性と野心を、絶望を背負い続けた「悲壮な覚悟」へとすり替えてみせる。
彼はルシアに突きつけているのだ――ユリアンの掲げる生ぬるい融和政策など、定められた破滅の前には児戯にも等しいと。
自分たちが手段を選ばず、腐りきった体制を武力で解体しなければならないのは、祖国が焦土と化す様を三度もこの目で焼き付けられてきたからなのだと。
ルシアの心を揺さぶり、自分が沈みゆく泥舟に乗っていることを悟らせるために。
「 三回だよ、三回ィィィッ――!!」
野獣じみた絶叫とともに、ロバートが踏み込んだ足元の岩盤が粉々に砕け散った!
人間離れした、極限のステップ!
その姿は宙に幾重もの残像を描き、短剣を包む濃紺の闘気は苛烈な雷光へと膨張、すべてを両断する威圧感を纏ってルシアの脳天へと振り下ろされる!
空気がその一閃によって両断され、絹を引き裂くような甲高い悲鳴を上げた。
先程までの牽制とはまるで違う。ロバートの攻勢は、一切の容赦をかなぐり捨てた暴風雨と化していた。ルシアに銃口を向ける隙間など微塵も与えない。宙を舞う短剣は、隙間のない死の刃の網となって降り注ぐ。
斬撃、刺突、薙ぎ払い、切り上げ――繰り出される連撃のすべてが、防護闘気から放たれる衝撃波を伴い、ルシアは両腕の錬金装甲を盾にして防戦一方に追い込まれ、足をもつれさせながら後退を余儀なくされた。
ガギィン! ガガガッ! ギィィィン――!!
火花が二人の鼻先で狂ったように爆ぜ、灼熱の鉄屑がルシアの額にかかる前髪を焦がす。
速すぎる。
手加減を捨て去った皇子の圧力は、息が詰まるほど圧倒的だった。
短剣が極小魔導障壁にぶつかるたび、装甲を透過してくる衝撃の余波が、骨を伝ってルシアの内臓を直接殴りつける。
三合目にして彼女の虎口は裂け、指の隙間から滲み出た鮮血が手袋の歯車の噛み合わせへと吸い込まれ、高負荷に悲鳴を上げるギアが軋んだ音を立てた。
「聞こえたかよ、ルシア!」
ロバートの横薙ぎの一撃が、外骨骼のフレームを強打した。凄まじい衝撃に抗いきれず、ルシアは片膝を砕石の地面へと叩きつけられる。
ロバートは身を屈め、額から流れる血をルシアの冷え切った深緑の瞳へと滴らせんばかりの距離まで顔を近づけた。荒く熱い息を吐き出しながら、その声には哀願にも似た暴力性が滲み出ている。
「あの腑抜けを庇うのはもうやめろ! オレと一緒に来い! その瞳も、そのワケのわからねぇ発明の数々も……この地獄を潜り抜けてきたオレだけが、アンタを所有する資格があるんだ!」
闘気によって青白く輝く切っ先は、すでにルシアの頸動脈の皮膚を押し込み、襟元の布地を切り裂いて、うっすらとした赤い血筋を刻んでいた。
だが。
泥と瓦礫の中に片膝をついたルシアの瞳の奥で、先程まで揺らめいていた動揺は、完全に消え失せていた。
彼女は首筋に押し当てられた刃を見ていない。ロバートの歪んだ美貌すら、もはや視界に入れていなかった。
「三回、ね……」
ルシアの口角が、笑みのかけらもない弧を描いた。掠れた声は、永久凍土のように冷たく研ぎ澄まされている。
「つまり、あんたたち選民思想バリバリのエリート皇族サマは……あらかじめ結末が分かってるカンニングペーパー付きの神シードを引いておきながら、プロジェクトを三回連続で大炎上させて、予算どころか時間軸三本分の人命を丸ごと溶かしたわけね」
血に染まった右手が、装甲の内部でグッと握り込まれ、硬質な機械のラッチが噛み合う音がカチリと響いた。
「――それでよくもまあ恥ずかしげもなく私の前にツラ下げて、その破綻しきったクソみたいな倒産再建プランを営業しに来られたものね?」




