↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
重度カードゲーマー女子、過労死転生した異世界でも恋愛をプレミして詰んだ件  作者: 酣睡


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

91/112

生贄の牙と獅鷲の剣

蕭瑟たる秋風が太古絶嶺の険しき岩壁を撫で回し、山野を埋め尽くす軍旗を激しく揺らしては、緊張と殺気を張り詰めた戦士たちの面差しを冷たく撫でていく。


群嶺の頂に鎮座するこの古の戦場は、重苦しい静寂と殺気の中、雌雄を決する運命の第三陣を迎えていた。


狩猟祭の峻厳なる規律において、第三陣の戦果はそのまま陣営の基礎得点を決定づける絶対的な試金石となる。


今日のうちに他を寄せ付けぬ絶望的な点差を叩き出しさえすれば、以降の終盤戦は全軍を下げて守勢に徹しようと、何ら憂うことはない――最後の土壇場で神獣級の絶嶺の覇者を屠るという狂気の沙汰を演じない限り、理論上、逆転の芽など万に一つも存在しないからだ。


しかし、結界の光幕の前に立ち、開示されたばかりの最新順位と点数を確かめたルシアは、その墨緑の瞳を鋭く眇めた。


この大陸に名を馳せる頂点の英傑や精鋭軍団は、やはり誰一人として生易しい存在ではなかった。


わずか一日が過ぎたに過ぎないというのに、各陣営の前鋒部隊は狂気じみた勢いで絶嶺の上層を掃討し尽くし、総得点をあっという間に戦慄の六桁台へと押し上げていたのだ。


初日にオース陣営が暴走同然の広域無差別爆撃によって打ち立てたあの圧倒的優位は、目に見える速度で貪り喰われ、風前の灯火となりつつあった。


さらに厄介なことに、部隊のほぼ全員が手負いの満身創痍でありながら、彼らに撤退の余地は残されていなかった。


狩猟祭の鉄の掟により、陣営の総大将たるオース本人が前線に立ち、指揮を執らねばならないと定められているからだ――


足場がさらに狭まり、戦局が泥沼化するこの第三層の死闘において、敵が身を潜め味方が白日の下に晒される中、オースを標的とした暗殺と凶刃の危険性は際限なく膨れ上がることになる。


ユリアンが代行として主戦に立つことが叶わぬ理由は、極めて単純明快だった。昨日の乱戦の中で二人の兄を亡き者にしようと画策した結果、返り討ちに遭って重傷を負い、戦列に復帰できる状態ではなかったからだ。


陣営の最前線、吹き荒ぶ寒風が肌を刺す。


突き出た岩棚の上に、ルシアとガルクが並び立っていた。だが、風を受ける二人の立ち姿は、不自然なまでに強張っている。


平素は水面のごとく静謐なルシアの面輪は、今は痛々しいほど蒼白に染まり、ガルクの目を引く橙髪も力なく項垂れていた。


二人揃って身の内から散りようのない濃厚な酒臭を放ち、重度の二日酔いによる激しい偏頭痛と脱力感に苛まれていたのだ。


前線に駆けつけたばかりのヴァレリーは、二人の体たらくを一目見るなり、癒えきらぬ顔を怒りで青ざめさせ、握りしめた杖でその頭を叩き割らんばかりに声を荒らげた。


「こんな火急の瀬戸際に、昨夜はいったいどれだけ痛飲したというの! 命が惜しくないわけ!?」


朝の冷気を受けるたび、こめかみを針で刺されるような頭痛に襲われ、ルシアは弁解の言葉すら見出せず気まずそうに視線を逸らした。


昨夜、あの傾いた木組みの酒場で、少年の拙くも真っ直ぐな言葉に触れ、二つの生にわたって凍りついていた心の結び目が思いがけず解けてしまったのだ。


張り詰めていた神経が僅かに緩んだ結果、引き際を見失い、あの向こう見ずな少年と夜更けまで呑み明かしてしまった。


胃の底からせり上がる二日酔いの吐き気が、容赦なく五感を掻き乱す。この状態でどれほどの戦力を発揮できるか定かではない。


それ以上に、オースの命を確実に守り抜きつつ、群がる軍勢の混乱に乗じてセリフィア帝国の第一皇子と第二皇子をこの絶嶺の深淵に永遠に葬り去ることができるのか、重い枷となってのしかかっていた。


だが、戦場という名の坩堝は、誰一人として一息吐く暇など与えてはくれない。


「ぶぉぉぉぉぉぉ――!!!」


鋭く重苦しい進軍の角笛が朝靄を切り裂き、切り立つ万丈の絶壁に轟々たる反響を巻き起こした。雷鳴のごとき軍鼓が地響きを立て、各大軍団の雄叫びが太古絶嶺を一瞬にして沸騰する窯へと変貌させる。


ルシアは舌の先を強く噛み、口内に広がる鉄の味をもって、脳髄を切り苛む二日酔いの眩暈を無理やりねじ伏せた。骨身に染みる冷気を深く吸い込むと、その墨緑の瞳の奥底に、代償を厭わぬ冷徹な決意の光が点る。


彼女は胸元に抱えていた刻刻を、空高く放り投げた!


重厚な機械梟は宙空でぜんまいの翼を広げ、荒々しく歯車を噛み合わせながら、激しい驟雨を思わせる「カチカチ、カタカタ」という駆動音を響かせる。


同時にルシアは爪先で凍土を強く蹴りつけた。身に纏う黒衣が烈風を孕んで翻る中、両腕を真っ直ぐ前方へと突き出し、胸の前で手の平と手の甲を重ね合わせ、鋭く交差の印を結ぶ。


「――ッ!」


魂の奥底を震わせる空間の軋みとともに、彼女の小柄な身の丈を覆い尽くすほどの巨大な二重錬金術陣が虚空を裂いて顕現した!


無数の緻密な幾何学模様と天体の運行軌跡が、赤金の魔光を放ちながら高速で旋回する。直視することすら叶わぬ眩い輝き。


初日にその光景を目撃した古参の兵や手練れの猛者たちは、その術陣が展開された瞬間、例外なく瞳孔を激しく収縮させた――彼らはその網膜に刻みつけていたのだ。


あの陣の向こうから這い出でるものが、いかに道理を弁えぬ鋼鉄の怪物であるかを。


「昇格術式――輪転階位上書き!」


氷をも凍てつかせる鋭利な言霊がルシアの唇から迸ると同時に、上空の刻刻は一条の鋭い金属の閃光と化し、術陣の中核を成す溶鉱炉の渦へと迷わず突頭から吸い込まれていった!


極致の白昼光が陣眼の深淵より爆発的に噴流し、荒れ狂う魔力の嵐が肉眼で捉えられるほどの半透明な衝撃波となって四方へ薙ぎ払われる。


間合いを詰めんとしていた斥候や他勢力の隊列は、その余波だけで十数歩も後方へ吹き飛ばされた!


吹き荒れる風が黒髪を乱雑に煽り、ルシアの墨緑の瞳は吹き上がる星の火を映し出す。唇から紡がれる言霊は、硬質の鉄が激突するかのように響き渡った。


「赤緯に刻まれし孤星よ、虚妄なる運命の輪を鍛え直せ。恒星の炉心もて冷鉄に火を灯し、万千の公差をもて混沌を律せよ――光の枷を踏み砕き、永夜の沈淪を断ち斬れ! 女神の悲憫の涙痕の下、眼前に映る万象を蹂躪せよ!」


聖竜の遺骸に同化され、錬金手札の精密な修正を経たこの完全なる召喚体系は、かつて詠唱すら省いて雑に組み上げた半端な造物とは比較にならぬ、数百倍もの能級を宿していた!


「――錬金術式変換、【天刻の騎士・ベテルギウス】!」


轟――ッ!!!


金属が熔解し再構築される轟音が、天地を揺るがして炸裂した。


鈍い光を放つ黄銅の精密な骨格、その表層を何重にも蝉の羽のごとく覆う純白の神聖装甲。身の丈二メートルを超える機械の巨躯が、光の繭を引き裂き、足元の岩盤を粉砕しながらこの世へ降臨した!


だが、初日と決定的に異なっていたのは、その重装甲の隙間と関節部の排気孔から、幽玄にして凶暴な蒼藍の魔力火炎が絶え間なく噴き上がっている点だった!


超高温の魔導放射に晒され、周囲の大気が陽炎のように激しく歪む。金属の器の奥底から滲み出る竜の威厳と恒星の重圧は、居並ぶあらゆる生けるものの呼吸を強制的に奪い去るほどに重苦しい。


ルシアに一瞬の躊躇いもなかった。氷刃のごとき眼差しを据え、一筋の黒い影と化して、咆哮を上げる蒼藍の騎士とともに先陣を切って突撃した!


彼女は最短の時間で前方の魔獣の群れを両断し、この戦場を混沌たる血肉の坩堝へと叩き落とさねばならない。


状況を徹底的に泥沼化させ、恐怖と殺戮で全員の視界を塗り潰してこそ――その混乱と「誤爆」の帳の裏で、あの尊大なる皇子たちを、太古絶嶺の底へ音もなく葬り去ることができるのだから!


「あの狂女、また良からぬことを企んでやがるぞ!」


「急いで追え! あいつ一人に前線をめちゃくちゃにされてたまるか!」


「――自陣の主計官を守れッ! 帳簿と輜重隊をすぐに後方へ退避させろォッ!!」


後方に控える各大軍団の陣列から、怒声と悲鳴が入り混じった警報が次々と湧き起こり、吹き抜ける谷間に無様な木霊を響かせた。


疾走するルシアの口元が微かに引き攣る。背後から届く耳をつんざく叫び声に、頭痛の種がまた一つ増えた気がした。


追撃を促す号令はまだ理解できる。だが、あの喉を裂かんばかりの「主計官を守れ」とはいったい何の真似だ?


初日にあの不運な主計官が魔導砲の直撃を受けて消し飛んだのは、極めて確率の低い不慮の事故に過ぎないではないか。


それに「また悪巧み」とは何事だ――連中の目には、自分が軍団組織を解体することに悦びを覚える稀代の魔王とでも映っているのか?


しかし、ルシアには振り返って毒づく暇など微塵も残されていなかった。


前方に連なる狭隘な岩棚の上には、血腥い風が吹き荒れ、黒雲のごとき太古の魔獣の波が、決壊した黒き濁流となって狂乱の進軍を見せていた。


重装甲車のごとき体躯を誇る岩甲巨犀、四本の鎌状の剛足を打ち鳴らす地裂腐蛛、そして血走った双眸を爛々と光らせる双頭恐狼。


凍てついた泥土と枯れ葉を踏み砕き、喉の奥から粘りつく飢餓の咆哮を轟かせながら、天を覆い地を埋め尽くす勢いで殺到してくる!


ルシアの墨緑の瞳に冷徹な光が凝縮し、掲げた右手を虚空へ鋭く振り下ろした。


「――圧し潰せ、ベテルギウス」


轟ッ!


純白の機械騎士の体内から、狂暴な歯車の軋み音が耳を劈いて鳴り響き、黄銅の骨格に秘められた恒星の炉心が瞬時に過負荷領域へと達した!


排気バルブが深淵の巨獣のごとく眩い蒼藍の劫火を吹き出し、後方の大気を焼き焦がして空間を捩じ曲げる。


次の刹那、ベテルギウスの重厚なる鋼鉄の巨躯は、網膜を切り裂く白き残光と化していた!


騎士は右腕を背後へ回し、身の丈に匹敵する刀幅半メートルもの無鋒の剛剣を、万鈞の勢いで一閃の抜刀とともに解き放った!


刀背に刻まれた幾重もの溝が高圧の魔導エネルギーで満たされ、皮膚を焦がす幽藍の灼熱を帯びる。大気を切り裂く風切り音は、神威の振り下ろす断罪の斧のごとく凄まじい!


「ガァァァッ!」


先頭を駆ける岩甲巨犀が衝角突撃の態勢に入る猶予すらなく、純白の鋼鉄の塊が上空から直下へと叩きつけられた!


受け流しも、牽制の駆け引きも存在しない。純粋な質量と暴力の垂直なる粉砕!


メキメキッ――ドシュッッ!!!


剛剣が圧倒的な運動エネルギーを孕んで叩き落とされ、硬質無比な岩石の外殻が接触の瞬間に微塵へと弾け飛ぶ。間髪容れず、頭蓋が内部から破裂する鈍い破壊音が響き渡った!


剣刃は勢いを一切衰えさせることなく巨犀の脳天から胸腔へと突き進み、数トンに達する巨獣の肉体を真っ向から両断した!


煮え滾る粘稠な赤黒い獣血が土砂降りの血霧となって噴き上がり、灼熱の臓腑と砕け散った骨片が、蒼い火炎の焦げ臭い煙とともに、凍てついた岩盤の上へ内臓の滝となって叩きつけられた!


ベテルギウスの動きは微塵も淀まない。装甲の表面を猩紅の血糊で濡らしながら、純白の合金は血溜まりの中で妖異な残光を照り返す。


腰部の黄銅の回転軸が逆転して火花を散らし、両手で柄を握り直すと、肉骨に食い込んだ剛剣を遠心力に乗せて水平に薙ぎ払った――


ズバッ――ザシュッッ!!!


半月を描く重装金属の嵐が吹き荒れる!


両脇から飛びかかってきた三頭の双頭恐狼が、空中でその戦慄すべき横薙ぎの直撃を受けた! 鈍重な無鋒の刃は、超音速の斬撃動能をもって、強靭な骨格と筋肉組織を皮肉ごと引き裂き、寸断する!


獰猛な頭部と半截された胴体が、噴水のような血潮を吹き上げながら宙を舞った。飛び散る肉塊と温かい臓物が雹のように周囲へ叩きつけられ、岩棚の一帯は瞬く間に粘つく血泥の海へと塗り替えられていく!


吐き気を催すほどの生臭い血煙が立ち込める中、機械騎士の殺戮機構はなおも熱狂的な稼働を続けていた。


頭上の絶壁から、臼ほどもある地裂腐蛛が音もなく舞い降り、無数の棘に覆われた毒牙を騎士の喉元へと突き立てようとする。


ベテルギウスは視線すら向けず、純白の板金に覆われた左腕を、軋むような機械的駆動とともに電光石火で突き出した。腐蛛の口器を寸分の狂いもなく鷲掴みにする!


関節の排気口から蒼い炎が激しく爆ぜ、騎士は藻掻く大蜘蛛を打撃武器のように振り回し、血に濡れた岩肌へ向けて叩きつけた!


ドォン! ドォン! ドォン!


慈悲なき三連撃が容赦なく打ち込まれ、硬質な節足の甲殻が石片とともに砕け散り、黄緑色の毒液と黒ずんだ体液が四方へ撒き散らされる。


最後の一撃、重装黄銅を纏った鋼鉄の戦靴が無慈悲に踏み下ろされ、腐蛛の残骸を原形すら留めぬ肉泥の塊へと圧し潰した!


抜剣、旋回、薙ぎ払い、踏み砕く。


黄銅と白銀の装甲が織りなす殺戮の造物は、疲労を知らず、痛覚を排した高速の挽肉機と化していた。


魔獣の奔流を逆巻くように突き進み、一歩踏み出すごとに血の足跡が岩盤に深く刻まれる。剛剣が一閃するたび、骨の砕ける硬質な破砕音とともに、数メートルの高さまで血柱が吹き上がった。


狂風に煽られて飛び交う千切れた四肢、高温を発する関節部で蒸発し、白煙を上げて立ち込める血腥い蒸気。


ルシアは感情を削ぎ落とした面持ちで、血溜まりと肉片の散乱する路をその直後から追従していた。吹き抜ける秋風が、鼻を突く生々しい血の臭気とともに彼女の頬をかすめていく。


鋼鉄と鮮血によって強引に切り開かれたこの凄惨な道こそ、彼女があの二人の皇子のために設えた……もっとも混沌に満ちた、完璧なる墓場であった。


太古絶嶺の狭隘なる岩棚の上で、混乱は目に見える速さで膨れ上がっていた。


ベテルギウスという名の白藍の挽肉機が獣群を縦横に蹂躙し、剛剣が空を裂くたびに血霧と肉片が撒き散らされる。


魔獣たちの咆哮、骨を踏み砕く軋み音、そして後方から届く他軍団の絶叫が混ざり合い、この断崖を煮え滾る血の坩堝へと塗り潰していた。


荒れ狂う蒼藍の火炎によって獣の隊列が寸断され、陣形が瓦解したまさにその刹那、乱れた黒髪の隙間からルシアの墨緑の瞳が鋭く眇められた。


捉えた。


飛び散る黒血と粉塵の向こう側、豪奢な紋章鎧を纏った二筋の影が、親衛隊を従えて岩棚の両翼を狼狽しながら押し上がってくる――セリフィア帝国の第一皇子エドワード、そして第二皇子ロバート。


一切の躊躇なく、ルシアは片手を虚空へ翳した。重厚な羊皮紙の束が赤金の魔光を帯びて音もなく開かれ、【錬金手札】が彼女の傍らに静止する。


彼女が指先を払うと、左手首の周囲に浮かぶ高純度の魔能水晶のうち、凝血のごとき深紅の水晶が一粒、音を立てて砕け散った。


水晶は暴虐な魔力そのものとなって解き放たれ、手札の頁へと貪るように喰らわれていく!


「――魔法術式 • 生贄の牙」


言霊が落ちるや否や、血風吹き荒れる岩棚の大気が突如として鉛のように沈み込んだ!


立ち込めていた濃厚な血の臭気が、異様な高位の引力によって根こそぎ吸い上げられ、空間の温度が凍土の底のごとく急降下する。


虚空を引き裂いて這い出た黒煙のような灰霧が、甲高い怨嗟の鳴き声を上げながら収束し、一軒の家屋にも匹敵する巨躯を誇る、白骨の牙と漆黒の霧で編み上げられた巨大な狼の頭部へと結実した!


それは幻影などではない。純粋なる生贄の魔力を圧縮し、受肉させた生ける呪詛そのものであった。


狼首の双眸には幽緑の魂魄の火が爛々と燃え滾り、大顎が開かれた瞬間、周囲の空間そのものが引き千切られるような鋭い軋みが響いた!


骨身を凍てつかせる凶暴な殺意が、攻城槌のごとき質量を伴ってエドワードを目掛けて殺到する。


軌道上にいた巨大な双頭恐狼の数頭は、その黒霧の端に触れただけで、見る間に肉を萎びさせ風化し、瞬時に白骨へと変わり果てた!


天地を覆い尽くすほどの重圧に、エドワードの全身の毛は逆立ち、心臓が胸壁を破らんばかりに早鐘を打つ。


「――死に晒せッ!」


帝国の頂点に君臨する第一皇子たるエドワードの反応は、常軌を逸して迅速だった。死の気配に全身を貫かれながら咆哮を上げ、腰に佩いた獅鷲の紋章刻まれし幅広の長剣を抜刀一閃!


黄金の闘気が狂乱の弧を描いて虚空を切り裂き、喰らいつかんと迫る黒霧の牙と正面から衝突した。鼓膜を劈く金鉄の轟音が炸裂する!


轟ッ!


荒れ狂う魔力の衝撃波がエドワードの眼前で爆ぜ、足元の岩盤を蜘蛛の巣状に砕き割った。


深奥なる闘気をもって狼首の致命の一撃を強引に逸らしたものの、魂を削るような反動に抗しきれず、彼は十数歩の退行を余儀なくされた。


その足取りが向かう先は、斜め後方――第二皇子ロバートの防衛の死角そのものだった!


ルシアの双眸に揺らぎはない。この生贄の牙は、単なる殺傷を目的としたものではなかった。各自勝手に立ち回る二匹の猛犬を同一の死角へと強引に追い込み、一刀のもとに二人まとめて穿つための布石に過ぎない。


だが、第一継承権を盤石のものとしてきたエドワードの武勇は、伊達や酔狂で得たものではなかった。


後退の慣性を利用し、エドワードは空中で鋭く身を翻すと、長剣を蛇のごとく狂暴に繰り出した!


ザシュッ! ギチチッ!


混乱に乗じて死角から飛びかかってきた地裂腐蛛と血眼鬃熊の三頭が、剣の軌跡を捉える間もなく、凄絶な風切り音とともに黄金の闘気によって両断された!


撒き散らされる黒い臓腑や千切れた四肢が地に落ちるより早く、エドワードは魔物を斬り裂いた反動で岩壁を強く蹴りつけた。血煙を纏う黄金の閃光と化し、立ち込める黒霧を真っ向から切り裂いて突進してくる!


彼の狙いは後退などでは断じてなかった。恐るべき鋭角を描き、大型術式を放った直後のルシアの喉元を直接狙い定めていたのだ!


両者の間合いは、瞬く間に零へと収束した。


突風が顔を打ち、エドワードの端麗ながらも歪みきった形相が鼻先へと迫る。魔物の返り血に濡れた長剣が、万鈞の質量を孕み、晴天の落雷のごとく上段から振り下ろされた!


電光石火の刹那、ルシアの眼底に冷酷な光が走る。右手の五指を鋭く鉤爪の形に引き絞ると、掌に複雑怪奇な円形銘文が浮かび上がった。


金属が狂おしく噛み合う「ガシャンッ」という駆動音が響き渡り、緻密な黄銅の関節と幾重もの白銀装甲で覆われた【錬金手袋】が、彼女の右腕を瞬時に包み込んだ。


次の瞬間、大気を切り裂く長剣の切っ先が、防禦のために掲げられたルシアの錬金手袋へと真正面から叩きつけられた!


キィィィィィィン――――――ッッ!!!!


火花が激しい驟雨となって、至近距離で爆ぜ散った!


墜落するような凄まじい運動エネルギーが金属手袋を通じて伝播し、ルシアの足元の凍土と砕石が一瞬にして粉砕され沈み込む。腕部の黄銅歯車が、負荷に耐えかねて悲鳴のような軋みを上げた。


だが、彼女の手首は鉄のごとく微動だにせず、剣の峰をがっちりと受け止め、一歩の退行すら許さなかった。


互いの吐息がかかるほどの距離。ルシアの鼻腔を、冷めやらぬ生血の臭気が突き抜け、エドワードの瞳の奥に宿る陰険にして残虐な光がはっきりと見えた。


エドワードは柄を全身全霊で押し込み、隆起した腕の青筋を浮き上がらせながら、目の前の細身の黒髪の女を頭上から冷たく見下ろした。


その歯の隙間から吐き出されたのは、万年氷のごとく冷酷無比な言霊だった。


「――邪魔をするな、ルシア」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。