記憶を取り戻した恋人と、忘却の走馬灯
天幕の奥深くに設えられた私室は、重厚な深紅のベルベットカーテンによって閉ざされ、外の軍営の喧騒や執務机の気配を完全に遮断していた。
空気中には白茶とビターオレンジの精油が濃密に漂い、激しい情事の果てに残された甘ったるい麝香の匂いと混ざり合って、息苦しいほどの熱気を帯びている。
乱れきった寝台の上、高価な絹のシーツには汗の染みが幾重にも広がり、無残なほどに皺くちゃになっていた。
ルシアは完全に脱力し、指一本動かす力すら搾り取られていた。結い上げられていたはずの黒髪は乱れ散り、汗に濡れて紅潮の引かない頬や鎖骨へと張り付いている。
薄布で巻かれたばかりの接骨された肋骨が、浅く切迫した吐息とともに微かに上下し、息を吸うたびに鈍い痛痒を訴えていた。
何より痛々しいのは、その白い素肌に刻まれた無数の痕跡だ。
普段はあれほど気品に満ち溢れた侯爵令嬢であるはずのクレアが、先ほどまでの閨の上では、まるで巨大な理不尽と嫉妬に引き裂かれたかのように、理性をかなぐり捨てて荒れ狂っていたのだ。
ルシアの鎖骨、胸元、脇腹、そして内太腿の柔らかな肉に至るまで、濃淡の異なる鬱血と生々しい歯形が隙間なく刻みつけられている。
まるで、カリーナがルシアの唇に残した気配をすべて塗り潰そうとするかのように。泣きじゃくりながら貪り、何度も噛みつき、激しいぶつかり合いのたびに狂気じみた力で問い詰めてきた。
『さっき、灯火の下であの人とあんなに深く口づけを交わしていたくせに……っ』
『あなたの瞳には、カリーナ姉様しか映っていないの……? 私なんて、何もできないただのお嬢様だとでも思っているの……っ?!』
『答えて……ルシア! 私のことなんて愛していないの?! あの人さえいれば、それでいいの……っ?!』
あの凄まじい絡み合いと執拗な詰問は、傷だらけだったルシアの身体を今度こそ完全に壊しかねないほど激しく、その神経は極限の切なさと快楽の狭間で真っ白に焼き切られていた。
「はぁっ……ふぅ……っ」
すべてが収まった今、クレアはネグリジェの胸元を崩したまま、分厚い枕に身を預けていた。その艶やかな美貌は涙で濡れそぼり、澄んだ紫水晶の瞳を真っ赤に腫らして、豊かな胸を激しく上下させながら温かな甘い体香を放っている。
唇を強く噛みしめるその表情には、先ほどまで情け容赦なく相手を追い詰めていた獰猛さは欠片もなく、残されているのは不安と自責、そして溢れんばかりの怯えだけだった。
毛皮の褥に沈み込んだルシアは、深い緑の瞳に未だ引ききらない水気と微睡みを漂わせている。全身の関節を馬車で何度も轢き潰されたかのような激痛が走り、喉は渇ききって声も出ない。
もし、いつもの冷徹な計算と利害を最優先にする錬金工匠の彼女であれば、とっくに冷ややかに瞳を閉じて無視を決め込んでいただろう。
だが、強がりながらも内心では耐えきれずに震えているクレアの姿を前にして、ルシアの心の奥底に張り巡らされていた堅牢な氷壁は、前触れもなく脆く崩れ去ってしまった。
「……まったく……馬鹿ね……」
ひび割れた唇から、掠れた微かな嘆息が零れ落ちる。
ルシアは奥歯を噛み締め、全身がきしむ激痛をねじ伏せながら、力が入らない腕で乱れた寝具を押し、少しずつ、少しずつ身を起こした。
その痛々しい身体を微かに震わせ、クレアが目を見張る中、ルシアはふらりと前へと倒れ込み、クレアの豊潤な香りが満ちる柔らかく温かな胸元へと身を預けた。
「ルシア……っ?!」
クレアの息が止まる。思わず押し戻そうと手を伸ばしかけたが、彼女の生々しい傷を壊してしまうことを恐れて指を竦ませた。
ルシアはその躊躇を許さなかった。肘で辛うじて上体を支え、胸をクレアの柔らかな双眸へと密着させると、赤く腫らした紫の瞳で見つめる侯爵令嬢のうなじへ、傷だらけの細い腕を回したのだ。
これまでに見せたことのないほど優しく、無防備なほどの甘やかしを込めて。
クレアの頭を自らの首筋へと抱き寄せ、もう一方の微かに震える手で、絹のように滑らかな紫の髪をすくい上げ、上から下へと、幾度も、幾度も愛おしそうに撫で下ろした。
「……誰が……愛していないなんて、言ったのよ……」
熱を帯びた額をクレアの滑らかな肩に押し当て、ルシアは掠れた声で囁いた。吐き出される吐息の熱が、クレアの素肌へと染み渡っていく。
「あんなに凶暴に乱暴して……私の命、本当に散りかけたんだから……。どうでもいい相手なら……誰がこんな我儘に付き合うものですか……」
クレアは全身を硬直させた。
普段は針鼠のように世界を警戒し、生存のための手札と計算ばかりに脳を費やしているはずのルシアが、これほどまでに溺愛するような仕草で、自ら進んで自分を宥めに来るなど思いも寄らなかった。
「あの人は公爵で……本当に選ばなきゃいけない時が来たら、私じゃなくてあっちを選ぶんでしょう……?」
鼻をすすり、震える声でクレアが零す。
ルシアの指先が冷たく柔らかな紫髪の間を滑り、強張っていたクレアの背中を静かに解きほぐしていく。その声音は極めて微かだったが、一言一言がクレアの胸の深奥へと染み渡った。
「だけどクレア……この腐りきった世界の中で、唯一綺麗な香りがするのは……あなただけよ。あなたが泣いたら、私だって……胸が痛むわ」
耳元に届いたその不器用で、飾りのない本音の告白に、クレアの張り詰めていた心の防壁は音を立てて崩壊した。
あらゆる嫉妬、あらゆる猜疑、そして先ほどの強がりという名の仮面が、激しい涙となって溢れ出す。クレアは両腕に力を込め、脱力した黒髪の少女を押し潰さんばかりに掻き抱くと、鬱血痕に塗れたルシアの首筋に顔を埋め、声を上げて泣きじゃくった。
ルシアはクレアの柔らかな温もりの中に横たわり、鎖骨を濡らす熱い涙を受け止めながら、限界を迎えた瞳を閉じた。馴染み深いネロリの香りと零れ落ちる淡い紫の髪に包まれ、その満身創痍の躯を優しく沈めていく。
暗紅のベルベットカーテンの向こうには、豆粒ほどの淡い魔導灯の明かりが灯っていた。
軍用机の前に腰掛けたカリーナは、この情事の余韻に加わることはなかった。白髪紅瞳の戦乙女は、軍服のローブを無造作に羽織っただけで、胸元を大きく寛げていた。
雪のように冷たく白い素肌を露わにし、鋭くも美しい鎖骨の下には、先ほどの狂乱でつけられた乾いた引っかき傷が残っている。
今の彼女は、指先に残る情欲の熱さえ気にとめる様子もなく、手元に置かれた重々しく冷たい質感の走馬灯を、赤く光る瞳を細めて冷徹に見つめていた。
その神秘的な遺物の真の姿こそ、ルシアが覚悟を決めて顕現させた【忘却の石板】であった。
少し前、口づけの熱に浮かされていたルシアは、カリーナの手によってグラフィエンとシルヴィアの連合軍大営へと運び込まれた。
オース陣営の完全な壊滅という詰み盤面を前に、心身ともに限界を迎えていた黒髪の少女は、一切の欺瞞を捨て去り、忘却の神殿に連なる権能の造物を喚起したのだ。
その場で魔力を注ぎ込み、暴力的なまでの力技でカリーナとクレアの封じられていた記憶を強制的に呼び覚ました。
普段は淑やかで誇り高い侯爵令嬢が、記憶の奔流と愛憎を取り戻した瞬間、あれほどまでに寝台の上で理性を失い狂乱したのも、すべてはこのためだった。
走馬灯の外殻に刻まれた歪な古代楔文字を指先でなぞりながら、カリーナの胸中には未だ言語を絶する戦慄が渦巻いていた。
『忘却』と名付けられたその力は、あまりにも常軌を逸していた。
先ほどルシアが灯心へと魔力を注ぎ込んだ刹那、走馬灯の回転が放った波動は、効果範囲内の対象を異常なまでの『超記憶状態』へと叩き落としたのだ。
それは単なる記憶の回復などという生易しいものではない。己が生まれてから今日に至るまでの全細部が、万丈の激流となって脳髄へと強制的に叩き込まれたのだ。
十年前に見舞われた吹雪の夜、夕餉の鹿肉の焼き加減がどれほどであったか、机の木目に走っていた亀裂の数、その時漂っていた微かな鉄錆の匂い――そのすべてが寸分の狂いもなく、吐き気を催すほどの精密さで脳裏に炸裂したのだから。
だが、この力は決して無償の奇跡などではなかった。
封印を解いた直後、ルシアは衰弱しきった声で白状していた。石板の強制駆動が術者に強いる負荷は凄まじく、魔力回路を引き裂かれるに等しい苦痛を伴い、その出力も極めて不安定であると。
範囲内の誰が完全な記憶を繋ぎ止められるのか、あるいは誰が欠落した破片に呑まれて精神を崩壊させるのかは、すべて運次第。さらに致命的なのは、広範囲に及ぶ精神の共鳴には対象を限定する術がないことだ。
もし昔の宿敵が近くを哨戒していれば、無防備な状態のまま、かつて仕掛けられた悪戯や遺恨を瞬時に思い出させてしまう危険すら孕んでいる。
しかし、カリーナの背筋を最も凍りつかせたのは、ルシアが淡々と明かした『忘却の神殿における至高の法則』だった。
――忘却を成すための前提とは、まず完全に思い出すことにある。
この精巧な走馬灯に似た石板の根幹には、背筋が寒くなるほど悪質な論理が仕組まれていた。
一見無害に見えるその『超記憶の覚醒』とは、断頭台の刃を落とすための第一工程に過ぎないのだ。まず魂の歩んできた全軌跡を余すところなく掘り起こし、完全に標識し、符号化し、固定する。
すべての詳細が盤上に漏れなく並べ立てられて初めて、瞬時にして跡形もなく消去し、虚無へと帰すことができるのだ。
純粋な破壊の力だけで言えば、忘却の守護者は破壊の神殿に及ばないかもしれない。だが『存在』と『秩序』を踏みにじる権能の危険度において、それは原初の厄災に何一つ劣るものではなかった。
ルシアが自滅のリスクを背負ってまでこれを行使した理由は、胸が痛むほど現実的なものだった。
首を落とされ神智を失ったオース、魔力の逆流で瀕死に陥ったヴァレリー、深手を負った桃香とガルク。
オースの手勢は完全に敗残兵の群れと化していた。背信と血臭が渦巻くこの太古の絶嶺で、この身体が崩壊する前にユリアンのためにセリフィアの二人の皇子を暗殺し尽くすには、新たな後ろ盾が不可欠だったのだ。
彼女にはカリーナの剣が必要であり、クレアの資源が必要だった。二人の無条件の信頼と庇護が、どうしても必要だったのだ。
それまでこの力を使うことを躊躇い続けていたのも、ルシアの心の奥底に巣食う恐怖ゆえだった。
完全に掌握しきれておらず、極めて不安定な禁忌の権能。魔力を注いだ時、呼び覚まされるのか、それとも取り返しのつかない消去の引き金が引かれるのか。
ルシア自身にさえ確証はなかった。この喰い尽くすような異世界において、己の命ならいくらでも賭け金にできたが、最愛の者たちにその未知で致死的な法則を突きつけることだけはできなかった。
万が一の誤作動で、二人が自分を思い出さないばかりか、『ルシアの恋人である』という概念そのものを世界から完全に消し去ってしまうことを、彼女は何よりも恐れていたのだ。
だが退路の絶たれた崖っぷちに追い詰められ、彼女は血を吐く思いで、その走馬灯を絶望の中で回転させた。
記憶が蘇った瞬間、カリーナとクレアが骨を軋ませるほど強く抱きしめてきた感触は、今もルシアの冷えた皮膚の奥深くに残っていた。
カリーナは走馬灯を地図の広がる机の上へと静かに置いた。重苦しい金属音が微かに響く。
奥の暖閣へと戻り、噛み痕と傷に塗れたあの黒髪の少女を再び腕の中に引き摺り込んで、その浅い呼吸をすべて宥めてやりたいという衝動は、無論あった。
だがノーランド帝国の最強の公爵であり、北境の鉄騎兵を統べる支配者として、カリーナはこの走馬灯がもたらす意味を誰よりも冷徹に理解していた。
この力が国家間の謀略に投じられたなら、その破壊力は一瞬にして大陸の力関係を覆す。ある帝国の君臣の信頼、盟約、あるいは軍団の忠誠の誓いを記憶の根底から引き抜くだけで、大国は刃を交えることすらなく、疑心暗鬼と崩壊の渦の中で自滅するのだ。
何より、カリーナは自らの強靭な精神力と記憶力に傲慢なまでの自負を抱いていた。
極寒の戦場で育ち、配下の全騎士の顔と哨所の経緯度を完璧に記憶するこの自分が、忘却の神殿の力の前では、ルシアに関するすべてを綺麗に削ぎ落とされ、その不自然な空白にさえ気づけなかったのだ。
もし血を分けた弟であるルーカスがルシアの存在を鮮明に記憶し、外部の観測点として執拗に警告し続けていなければ、カリーナは記憶の奔流が流れ込んできたあの瞬間、唐突に蘇った激しい愛欲すら、巧妙な精神暗示の産物ではないかと疑っていただろう。
「……『忘却』、か」
カリーナは低く呟き、白く細い指先で走馬灯の冷たい角を静かに愛撫した。真紅の瞳の奥に、獲物を値踏みする支配者特有の野心と警戒が揺らめく。
この残酷な狩猟祭は最悪の絶望をもたらしたが、同時に盤面を覆す究極の手札をも投げ落としてくれた。
だが、これを敵を屠る牙へと仕立て上げる前に、奥にいるあの意地っ張りな小工匠の手を取り、神すら戦慄させるこの危険な玩具の理を、徹底的に解き明かさねばならない。
カリーナはその冷え切った走馬灯の中へと己の魔力を注ぎ込み、ルシアの残滓を押し流した。石板はルシアの魔力と直結していたため、彼女の魔力を失った瞬間、無数の光の粒子となって虚空へと溶け、消え去った。
伏せられた紅の瞳に、知れぬ暗い光が宿る。
彼女は身を翻し、一切の音を遮断していた深紅のベルベットカーテンを払った。
暖閣の奥では、クレアが斑模様の肌をした黒髪の少女を胸元に抱きしめ、しゃくりあげるような泣き声もようやく静まりを見せていた。残されているのは、甘いネロリの香りと荒い吐息ばかり。
寝台がカリーナの踏み込んだ重みで沈み込み、北境の戦乙女は初雪のような鋭い冷気と香りを纏いながら、躊躇いなく二人の間へと滑り込んだ。
「……お姉様?」
クレアが涙に濡れた顔を上げ、紫の瞳を潤ませる。
カリーナはクレアを一瞥することもなく、白くしなやかな腕を伸ばすと、逆らうことを許さない絶対的な力で、クレアの柔らかな抱擁から壊れかけのルシアを強引に引き剥がし、自らの腕の中へと抱き上げた。
「っ……痛い……っ」
ルシアの唇から微かな痛罵が漏れ、冷汗が額を伝う。軋む肋骨と鉛のように重い四肢では抗う術もなく、霜雪の気配を纏いながらも熱を帯びた広い胸元へと無力に押し込められるしかなかった。
戦場において剣の一振りで山を断つ北境の公爵は、今この瞬間だけは、信じられないほど穏やかな手つきを見せていた。
冷たい指の腹でルシアの苦痛に歪む眉間を撫で、汗ばんだ黒髪を梳き、熱を帯びた頬を伝って、最後は腫れ上がった薄い唇へと指先を滑らせる。
「もういい……そんな顔をするな。本当に胸が張り裂けそうになる」
掠れた低い声音で、カリーナは耳を疑うほどの慈愛を込めて囁いた。彼女は顔を寄せ、ルシアの閉じた瞼に、熱い鼻梁に、まるで吹雪の中で傷ついた幼獣を慈しむかのように幾度も柔らかな口づけを落としていく。その過剰なまでの優しさに、傍らのクレア息を呑んだ。
ルシアは深い緑の瞳を微かに開き、カリーナの白銀の髪と軍服の間に埋もれながら、これが現実なのか幻覚なのかすら判別できずにいた。
だが次の瞬間、カリーナの唇はルシアの敏感な耳朶へと滑り落ちた。
薄い唇が柔らかな肉を甘噛みし、吹き込まれる熱い吐息がルシアの耳腔を震わせ、魂の芯を痺れさせるような悪寒を走らせる。公爵の声音は一段と低く沈み、病的なまでの狂熱と危険な執着を帯びていた。
「ルシア、私が何に一番狂わされているか、分かるか?」
紅い瞳に、昏い凶光が宿る。
「神殿の理によって、私とクレアは貴女に関する記憶をすべて奪われた……。だが白紙に戻されたとしても、戦場で、あの灯火の影で貴女を再び見つめた瞬間、私たちは理を捻じ曲げて、例外なく――再び貴女を愛してしまった」
ルシアの心臓が、激しく跳ねた。
「忘却は記憶を奪えても、魂に刻まれた本能までは消し去れなかったのさ」
首筋の柔らかな肉へと歯を立てながら、カリーナの真紅の双眸が暗がりの中で妖しく輝く。
「世界中に記憶を書き換えられた深淵から、私たちは必死に泳ぎ戻って貴女を捕まえたんだ……なら今度は、貴女が応える番だろう? ルシア……貴女のすべてを使って、この重く濁りのない愛に応えてみせろ」
「待っ……カリーナ……私、は……」
もう身体が動かないと、掠れた声で弁明しようとした瞬間、カリーナは腰元から純度の高い輝きを放つクリスタルアンプルを取り出していた。
死者を黄泉の淵から引き戻し、骨肉を瞬時に再生させる伝説の至宝――【万能霊薬】。
ルシアの深い緑の瞳が絶望に収縮した。
「狂っ……正気なの?! そんなものを、こんなことに……っ」
言葉を最後まで紡ぐことは叶わなかった。カリーナは問答無用で栓を引き抜くと、極彩の生命魔力を宿した液体を自らの口に含み、そのままルシアの冷えた唇へと、強引にその身を覆いかぶせたのだ。
「んむ――っ?!」
冷たく甘美な霊薬が、カリーナの熱い舌先によってルシアの喉奥へと容赦なく流し込まれる。互いの唾液と覇道的な気息が混ざり合い、ルシアは咽びながらそれを飲み干すことを強いられた。
その薬効の顕現は、暴力的ですらあった。
膨大で潤沢な生命の精華が、ルシアの体内で一気に炸裂する。折れていた肋骨が骨鳴りを上げて急速に接合し、引き裂かれていた筋繊維が強引に縫い合わされ、枯渇していた魔力回路の隅々にまで奔流が注ぎ込まれた。
脱力していた四肢に爆発的な膂力が満ち、あらゆる疲労と激痛が塵芥のように消し去られていく――。
だが、ルシアの瞳に浮かんだのは安堵などではなかった。天を仰ぐような戦慄と恐怖だった。
この狂気の公爵が、何のために己の肉体を完全に修復したのか、痛いほど理解してしまったからだ。
「……治ったな」
唇の端から零れた輝く薬液を指先で拭い、カリーナは寝台の上で血色を取り戻した黒髪の少女を冷徹に見下ろした。白銀の髪が雪のように白い双肩へと散り、その口元には背筋を凍らせるほどの傲岸な笑みが浮かんでいる。
「痛くないのなら……続きを始めようか」
言葉の終わりを待たず、カリーナはルシアに身じろぎする隙すら与えず、両の手首を掴み上げると、絶対的な力でその華奢な躯を乱れた毛皮の褥の深奥へと縫い止めた。
「クレア、手伝え。押さえていろ」
カリーナが低く笑いながら命じる。
「……はい」
クレアは目元の涙を拭い去り、その澄んだ紫の瞳に失ったものを取り戻した狂熱を宿しながら、言われるがままにルシアの背後からその腰を抱え込み、逃げ場を奪った。
「待ちなさい! カリーナ! クレア――ぁっ、んぁ……っ?!」
ルシアの悲鳴は、カリーナの容赦ない深いくちづけによって無残に圧殺された。
先ほどのクレアの泣きじゃくるような執着よりも、遥かに残虐で、遥かに獰猛な嵐が、再生したばかりの素肌に新たな歯形を刻みつけながら、密閉された暖閣の中で再び吹き荒れる。
神薬によって強引に覚醒させられたルシアの明晰な意識は、二人の帝国最高峰の女たちによる際限なき略奪と蹂躙の前に、再び為す術もなく粉砕され、果てしない情欲の深淵へと堕とされていった。




