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重度カードゲーマー女子、過労死転生した異世界でも恋愛をプレミして詰んだ件  作者: 酣睡


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84/125

理想を選ぶ公爵と、目覚めを拒む微睡みの夢

長街の上、灯火は昼のごとく煌めいていた。


太古の絶嶺の山裾に開かれたこの臨時市場は、霜降の清冽なる夜気の中、色彩豊かな明火の呪文を帯びた数千の硝子灯籠によって、息を呑むほど絢爛に彩られている。


その光景は、あたかも現世に顕現した灯火の祭典のようであった。


金紅、澄んだ黄金、そして月白の淡い光輪が、落英のごとく青石の石段へとこぼれ落ち、深秋の薄霜混じりの靄の中で、豪奢にして温雅なる錦繍の煙波へと溶け合っていく。


ルシアはそのただ中を、心ここにあらずといった足取りで彷徨っていた。


周囲には狐の面を被って戯れ走る童たち、寄り添い囁き交わす若き恋人たち、酒気を帯びて気炎を吐く遊侠や狩人、そしてこの過酷な狩猟季を生き延びた数多の強者たちの姿があった。


笑い声と管弦の調べが潮騒のように押し寄せてくる。しかしそれは、分厚く冷たい深水の底を隔てているかのようで、決して彼女の鼓膜を真に揺らすことはなかった。


彼女の脳裏には、先刻の冷え切った暗がりの中で聞かされた、ユリアンの鉄のごとき冷酷な告白が絶え間なく木霊していた。


――無裁判の虐殺、秘密牢獄での生体実験、軍費のために女たちを遊郭へ売り払って得た四万枚の金貨……。


鼻を突く血の匂いと深秋の乾いた寒風が、彼女の肺腑をかき乱し、胃の腑に馴染み深い鈍い痙攣をもたらす。


その瞬間、彼女は本能のごとく粗悪で辛辣な強い酒を求めていた。喉を焼き尽くし、冴えわたる神経を根こそぎ麻痺させてくれる、あの灼けつくような痛みを。


彼女は冷え切った両手をだぶついた袖の奥へと深く押し込み、痩せさらばえた身体を人の流れに任せて漂わせる。


虚ろな眼差しは焦点を結ばず、喧騒が織りなす浮光の残影が、空洞となった瞳の底をただ無為に通り過ぎていった。


やがて大通りの尽きる場所へ至ると、喧噪は遥かな森のざわめきに呑まれて次第に薄らいでゆく。


灯火は絢爛から静寂へと移ろい、光の奔流は引き潮のように疎らになっていった。


そこは市場の最も外れ、古びた太鼓橋の袂。大樹の紅楓が薄暗い水面に向かって枝垂れ、霜を含んだ葉の縁には、薄く脆い白銀の結晶が張りついていた。


何かに導かれるように、ルシアはその冷ややかで頼りなげな光溜まりの前でふと足を止め、わずかに身を引いて振り返った――。


東風は夜に千樹の花を咲かせ、さらに吹き落とす、星の雨のごとく。


長街の無数の繁華が色褪せ、灯火が闌珊として影を落とすその深淵に、ひとつの見知った影が、物言わぬまま佇んでいた。


幾千の紅塵と人の渦をかき分けて巡り逢えたかのように、不意に振り返ったその一刹那、視界のすべてを奪い去って飛び込んできたのだ。


カリーナは、斜めに差し込む橙の残光と、薄霜が降りた宵闇の境界に立っていた。


その瞬間の美しさは、深秋の凍てつく夜の息吹すら止めてしまうほどに圧倒的であった。


華美な衣装を纏っているわけではない。だというのに、彼女には俗世の塵に染まらぬ清貴と静謐が備わっていた。


舞い散る赤金の霜葉が彼女の傍らで弧を描いて滑り落ち、弱まりゆく灯影が高く引き締まった優美な輪郭を浮き彫りにし、その流れるような長髪に柔らかく煙る黄金の縁取りを与えている。


明暗の揺らめきの中で、その貌は息を呑むほどに美しかった。眉宇には容易に融けぬ冷徹さを湛えながらも、雑踏の中にあの小さく痩せた影を捉えたその瞬間、秋水のごとく澄み渡る双眸の奥に、極めて優しく、極めて深いさざ波が広がっていった。


夜市の沸き立つ熱気のすべてが、彼女の背後で輪郭を失うただの背景へと成り果てる。


天は高く、万籟は静まり返り、ただ彼女一人だけがこの寂寥たる片隅に孤高に立ち、あたかも幾百、幾千の昼夜をそこで静かに待ち続けていたかのようだった。


ルシアの胸の芯が、見えない柔らかな絹糸で強く締めつけられた。


彼女には分かっていた。カリーナは決して気まぐれに歩いていたのではない。あの怜悧な瞳の奥には、無数の通りを駆け巡って彼女を探し求めた焦燥の残滓が、確かに焼きついていたのだから。


彼女は、自分を探すためだけに、ここへ来たのだ。


夜風が吹き抜け、カリーナの額にかかる一筋の髪を揺らした。白き女は歩みを進め、深秋の清冽な気配を纏いながらゆるやかに近づき、ルシアのわずか半歩前でその足を止めた。


互いの吐く淡い白霧の輪郭が判るほどの間合いで、カリーナはそっと袖の中からその手を掲げた。


白磁のように白く、節くれの美しい細く長いその掌の上には、小ぶりで精緻な髪飾りが静かに横たわっていた。


深海を思わせる幽玄な月光石と、細やかな銀糸を撚り合わせて仕立てられた装飾。


弱まりゆく灯影を受け、控えめで冷ややかな芳香を放つかのように静かに煌めいている。その弧は極めて小さく繊細で、揺れる細い房飾りすらも過不足なく収められていた――。


黒髪を持ち、小柄な骨格をした女人にしか似合わぬ意匠。一目見ただけで、目の前にいるこの痩躯のルシアを措いて、この世の誰にも似合わぬよう誂えられたものだと知れた。


カリーナは、彼女がどこへ行っていたのかを問い詰めることはしなかった。その瞳の底にまだ澱のように沈む暗鬱と苦痛を暴こうともしなかった。


ただ伏し目がちに、長い睫毛が落とす柔らかな陰影の下で指先を微かに動かし、極めて自然に、それでいて拒絶を許さぬ手慣れた優しさをもって、秋風に乱れたルシアの黒髪の隙間へと、かすかに温もりを宿したその髪飾りをそっと差し入れた。


「……行きましょう」


カリーナが低く紡いだ声は、玉を打つ清水のごとく清らかであり、ルシアの胃の腑でくすぶっていた鈍い疼きを、不思議なほど優しく解きほぐしていった。


引かれた手は、ごく自然にルシアの冷え切った外套の裾へと添えられ、太古の絶嶺から吹き降ろす冷酷な霜風から、その頼りなげな身体を庇うようにそっと寄り添った。


ルシアの睫毛が微かに震える。こめかみに触れた冷たく精巧な石の感触に指を這わせると、氷の底へと沈みかけていた心象が、その微かな熱によって音もなく融けはじめた。


言葉は要らなかった。強張っていた肩の力を静かに抜き、その唇に極めて淡く、けれど確かな弧を刻む。


「……ええ」


再び灯火が色づきはじめる光輪の中、背の高い影と小さな影が並び立ち、喧騒の渦へと歩み戻っていった。


太古の絶嶺に霜は音もなく降り注ぎ、この深秋の夜を白昼のごとく照らす現世の市場に、ようやく真の温もりが宿り始めていた。


ルシアは細く冷たい手を伸ばし、カリーナの微温を帯びた前腕にそっとすがりついた。


その上等な布地と、その下で規則正しく脈打つ鼓動に触れた瞬間、彼女は自らの魂に穿たれた残酷な真実を、不意に突きつけられたような気がした――


この身の魂は、いまのルシアであれ、かつて「村雨」と呼ばれた前世の女人であれ、とうの昔にこの世の無情によって無惨に磨り潰されていたのだと。


絶望の淵にあってなお声を限りに号泣し、狂乱の叫びを上げられる人間は、まだどこかで足掻く力を残しているのだ。


泣き叫ぶことで、この無慈悲な世界から何らかの応答が得られるのではないかという、儚い希望を捨てきれずにいるからこそ、人は激しい感情を爆発させることができる。


しかし、現実に幾度となく踏みにじられ、感情を撒き散らすことすら許されない年輪を重ねてしまった者は、絶望と対峙する術そのものを変えてしまう。


その痛みは外へ向かって炸裂することはない。鋭利な切っ先を音もなく内側へと反転させ、沈黙のうちに己が身を苛む、自壊の衝動へと変質していくのだ。


かつて地球で目にしてきた、多くの大人たちと同じように。背負いきれぬ重圧に魂が軋むとき、人はただ己の神経を麻痺させ、痛覚を欺くための寄る辺に溺れていく――電子の創り出す虚妄、喉を焼く酒精と紫煙の苦み、歓楽街の猥雑な狂騒、果ては禁断の劇薬の陶酔へ。


それは堕落などではない。すでに壊れ果てた抜け殻が、ほんの一瞬の息継ぎを求めて垂死の淵で藻掻いているに過ぎないのだ。


いまのルシアもまた、その軛から逃れられてはいなかった。愛した者に存在そのものを忘れ去られて以来、彼女が安酒の焼けつくような苦痛に身を浸し続けてきたのも、過剰に冴え渡り、過剰に痛みを拾い上げるこの脳髄を、ただ一時でも眠らせたかったからに他ならない。


ルシアの指先が強張る。縋りつくように、カリーナの衣の袖を強く握りしめた。


熱い涙の筋が、何の脈絡もなく、息を呑むほど静かに彼女の瞼から零れ落ち、痩せた青白い頬を滑り落ちていく。


それは弱さに屈したからでも、脆い子供に戻ったからでもない。ユリアンの見せつけた血の現実も、人世の不条理も、そして抗う術を持たぬ己の数奇な運命をも、あまりに明晰に理解しすぎてしまったからだ――


見通しすぎてしまったからこそ、その圧倒的な無力感が鈍色の刃となって、五臓六腑を音もなく引き裂いていくのだ。


隣に立つカリーナは、声を上げて慰めることもしなかった。


ただ霜降の夜市の、闌珊たる灯影の下に静かに佇み、ルシアが己の腕を掴むその痛みにじっと耐えている。


カリーナには分かっていた。この枯れ木のように脆く、いまにも折れてしまいそうな女の骨の髄に、どれほど孤高で強靭な魂が棲まわっているかを。


ルシアが求めているのは安っぽい憐憫などではない。彼女が必要としているのは、張り詰めた防壁を解き放ち、束の間だけでも痛みを預けられる、安らぎの錨地に過ぎないのだと。


「……カリーナ」


震える声で、ルシアはその名を呼んだ。その身に染み入るような無言の優しさが伝わってくる――かつて帝国の公爵として冷徹に君臨し、独断で万物を統べていたあの女らしからぬ、あまりに慎ましく、抑制された温もり。


記憶を奪う呪いのせいかもしれない。だからこそ彼女は、これほどまでに脆い硝子を扱うような手つきで寄り添っているのだろう。


かつてのカリーナであれば、躊躇うことなくその腕の檻の中へ、強引に抱き竦めていたはずなのだから。


カリーナはわずかに目を伏せ、彼女の次の言葉を静かに待っていた。促すことも、焦ることもなく、その双眸の奥には底知れぬ慈しみと忍耐だけが揺蕩っている。


「残酷な現実と、虚妄の理想……貴女なら、どちらを選ぶ?」


先刻、暗がりの中で彼女の胸を苛んだあの問いを、ルシアはそのまま投げかけた。


「理想よ」


刹那の迷いすらなく、カリーナの返答は抜き放たれた白刃のごとく静かに落ちた。


ルシアの身体が微かに震える。驚愕に目を見張り、弾かれたように顔を上げると、熟成した琥珀のごとく幽邃な、紅き双眸と真正面から衝突した。


幼き頃より血みどろの権力闘争に塗れ、無数の骸の山を踏み越えて公爵の座を掴み取ったこの冷酷な支配者が、生き残りを賭けたこの残酷な問いに対して口にしたのが、現実ではなく「虚妄の理想」であったという事実。


それはルシアに底知れぬ当惑をもたらし、同時に本能的な疑念を呼び覚まさずにはいられなかった。


「虚妄の理想が、虚妄でなくなりさえすれば――それはやがて、現実へと変わるわ」


カリーナは彼女の瞳を真摯に見つめ、一言一句を噛み締めるように、重みのある声を紡ぎ出した。


「私はまだ幼い頃、兄と義姉を相次いで惨殺された。血煙と暗殺の毒刃が飛び交う泥沼の中で、私は無理やりに公爵の座へと押し上げられたの。……ここまで歩んでくる道は、決して平坦なものじゃなかった」


そこまで語ると、カリーナの長い睫毛が微かに伏せられた。胸の奥からせり上がる切なる情動を、もはや押し留めることはできなかった。


彼女は白くしなやかな両腕を伸ばし、その小さく痩せた身体を、壊れ物を包み込むようにそっと己の胸へと抱き寄せた。


その仕草は信じられぬほどに優しく、ルシアの痛む身体にひとつの軋みすら与えなかった。ただ心地よい温もりと、雪松の清冽な香りが鼻腔をくすぐる。


その腕の牢獄に抱かれながら、ルシアの神経は甘やかな麻痺の中に溶け落ちていきそうだった。


「身を守る術すら持たなかったあの頃の幼子にとって、『強大にして正しき公爵になる』ことなど、それこそ絵空事の虚妄に過ぎなかったわ」


カリーナは彼女の耳元に唇を寄せ、髪を揺らす吐息を落とす。


「けれど……その後、どうなったと思う?」


ルシアの心臓が、大きく跳ねた。


理解できてしまったのだ。それは無知な夢想家の戯言ではない。「不可能」のすべてを力尽くで粉砕し、血の滲む手で「虚妄」を「現実」へと鋳造し直してきた覇者だけが口にできる、世界への解答なのだと。


ルシアは腕の中でその痩せた小顔をわずかに持ち上げ、すべての防備と猜疑を脱ぎ捨てて、初めて真摯に、凝視するようにカリーナの貌を見つめた。


深緑の瞳の奥に、目の前の美しき白髪の女人を、一筋の影すら逃さぬよう焼きつけていく。


微霜の夜と闌珊たる灯火の狭間で、白銀の瀑布のごとき髪を靡かせるカリーナは、まるで神話から抜け落ちてきた白玉の神祇のように非現実的な美を放っていた。


だが、ルシアには分かっていた――その絶対的な神性の皮膜の下にいるのは、血を流し、痛みに耐え、孤独に怯える、ひとりのただの女なのだと。


ただその鉄の手腕があまりに苛烈で、その背負う宿命があまりに重すぎたがゆえに、帝国はおろか、彼女自身ですら己がただの人の子であることを忘れ去ってしまっていたのだ。


瞳の中に映る自分を見つめ返しながら、カリーナの目頭が微かに熱を帯びる。


「私は貴女のすべてを調べ上げたわ。貴女が『忘却の守護者』となってから、私は貴女に関わる一切の記憶を強奪された……けれど。たとえ貴女を忘れてしまっても、私はもう一度、貴女を愛したいと思ったの。これから先の歳月を、静かに貴女と寄り添いながら老いていきたい……ルシア、これすらも、決して手の届かぬ虚妄の理想だと笑うの?」


ルシアの喉元を、強い酒を染み込ませた綿の塊が塞いだようだった。


赤く染まりかけた瞼を閉じると、酸っぱい無力感と、胸を焼く熱い激情がせり上がってくる。


この女には、どこまでも敵わない。記憶を奪われようと、数奇な運命に弄ばれようと、時空の果てで忘却の霧を越えて、自分はやはり、救いようもなくこの同じ女を二度愛してしまったのだ。


「……この、卑怯な悪女」


ルシアは火照った顔をカリーナの柔らかな胸元へと深く埋め、湿った鼻声を押し殺しながら、ぽつりと罵った。


牙を抜かれたその毒のない罵声に、カリーナの胸が小さく震え、やがて鈴を転がすような低い笑い声が零れ落ちた。渓谷の氷を融かす陽光のようなその響きが、深秋の冷たい陰鬱をことごとく吹き払っていく。


「私を面と向かってそう罵ったのは、この世で貴女が初めてよ」


カリーナは微笑みながら腕を締め直し、その小さく愛おしい身体を、慈しみと有無を言わせぬ独占欲をもって自らの胸へと密やかに閉じ込めた。


その頼りなげな魂ごと、己の血肉の中へと融かし込んでしまおうとするかのように。


夜風が絶嶺を渡り、深秋の白霜が吹き溜まる枯葉を覆い尽くしていく。


けれど、この闌珊たる灯火の底にあって――たとえこの安らぎが、残酷な運命が束の間だけ恵んでくれた泡沫の幻影に過ぎず、行く手に待ち受けるものが底知れぬ断崖と虚妄であったとしても。


少なくともこの一瞬、ふたりは互いの体温という、唯一の真実を抱きしめていた。


市場の浮光は、このとき完全にその喧騒を脱ぎ捨てていた。


薄絹を纏った桔梗色の硝子宮灯が、古びた太鼓橋の反り返った軒先から斜めに吊るされ、川面を撫でる微風の中で、淡い黄金と幽玄な紫の光輪を幾重にも滲ませている。


灯影は霜降の冷たい靄を透かして、静まり返る水面へと散り敷かれ、あたかも天の川を砕いて、岸辺から舞い散る赤金の楓葉と共に夜の波間をゆるやかに揺蕩わせているかのようだった。


遠くの管弦の調べも人の賑わいも、紅楓と青柳のカーテンに隔てられたこの石段の片隅には届かない。


天地に満ちるのは、白霜が結晶を結ぶ微かな静寂と、灯火によって引き伸ばされ、重なり合って溶け合う二つの影法師だけであった。


カリーナの肢体は月下に立つ白樺のごとく嫋やかで高く、銀白の毛皮の外套が夜風に揺れ、神祇めいた清貴さを漂わせている。


対してその胸元に寄り添うルシアは痛々しいほどに小柄で、その頼りなげな輪郭のすべてが、大きな温もりの腕の中に易々と包み込まれていた。


その際立った身長の隔たりには、いささかの不調和もなかった。それはあたかも、孤高の切っ先を誇る一振りの名剣が、己の切っ先を優しく収めてくれる、唯一無二の鞘を見出したかのようであった。


カリーナがわずかに首を垂れると、絹糸のごとき白銀の長髪が肩を滑り落ち、ルシアの首筋と漆黒の髪の間に柔らかく零れ落ちた。白と黒の対比が、淡い光の中で密やかに絡み合っていく。


白く長い指先が、ルシアの痩せて小さな頬を両側から優しく包み込んだ。親指の腹が、壊れ物に触れるような祈りを込めて、冷え切った目尻の涙の跡をそっと拭う。


少しでも力を込めれば、泥濘の底から命がけで咲き誇ったこの一輪の野花が、霜の重みに折れてしまいかねないと恐れるかのように。


ルシアは細い首をわずかに仰がせ、長い睫毛を暖簾のような灯火の下で微かに震わせた。それは警戒の翼を静かに閉じた、夜の蝶のようであった。


ふたりの吐息が、澄み切った冷気の中で淡い白霧となって立ち上り、言葉もなく溶け合っていく。


胸の奥底で跳ねる切なさに身を委ね、カリーナは己の傲岸さも尊厳もすべて優しく折り畳むように身を屈め、その薄く冷たい唇の上へと、そっと自らの唇を重ねた。


それは極めて静謐で、けれど魂の深淵を震わせるほどに深い口づけであった。


奪い取るような激しさも、焦燥もない。そこにあるのは、悠久の別れを経てようやく巡り逢えた者同士の、慈しみと痛惜の念だけであった。


カリーナの唇は雪松の清らかな香りと熱を帯び、ルシアの微かに震える唇を優しく手繰り寄せ、その隙間に沈んでいた苦みと寒冷を、一滴残らず吸い尽くそうとする。


ルシアはその細く頼りない手を伸ばし、カリーナの滑らかな白髪の中へと指を沈めた。本能のままに縋りつき、その温かく大きな胸の奥深くへと、己のすべてを預けるようにその身を沈めていく。


風が渡り、薄霜を宿した数片の赤き楓葉が、ふたりの重なり合う肩と、混ざり合う黒と白の髪の上へと、音もなく舞い落ちた。


灯火は闌珊として、霜華は夜を染め抜く。


ひとりは身を折り、果てなき庇護と包容を注ぎ、ひとりは顔を上げ、唯一無二の依存と温もりを捧げ尽くす。


市場の忘却された静寂の片隅で、ふたりは互いの唇を重ね合い、この絶嶺を満たす寒霜も、世界の残酷も虚妄も、すべてをこの長き口づけの中に融かし去っていく。


それは永遠に覚めることのない、甘美で優しい微睡みの夢そのものであった。

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