狂気の戦術と大胆なる賭徒
太古の絶嶺の第一層平原は、今や完全に沸騰する焦熱の煉獄へと成り果てていた。
ヴァレリーは上空千メートル近く、対流圏の縁に滞空し、そのワインレッドの長髪を吹き荒れる猛風に狂おしく乱舞させていた。
普段のどこか眠たげな顔立ちには微塵の波風も立たず、掌を下方へと虚しく押し広げる。
すると、天幕を引き裂く真紅の豪雨の如き超小型流星群が途切れることなく降り注ぎ、耳を劈く甲高い飛翔音を轟かせながら、惜しげもなくこの開けた平野一面を狂ったように耕し尽くしていった。
それは精密な殲滅を意図した爆撃などでは断じてない。
灼熱の流星は、凍てつく大地、腐植層、そして累々と重なる魔獣の残骸へと連鎖的に叩き込まれ、地表の奥深くに凝縮された粘濁な水分と油脂を一瞬にして爆裂させた。
血肉は高熱のもとで気化し、焦げ付いた硫黄、泥土、砕け散った骨片と混ざり合って、天を覆い日を遮る真っ黒な噴煙の幕へと変わる。
平原全体が拭い去れぬほど重厚な灰黒の霧障に呑み込まれ、視界は呼吸の合間に瞬く間に五メートル未満へと急落した。
鼻を刺す肉の焦燥臭と閃光に誰もが目を開けることすらままならず、ただ大気が幾重にも引き裂かれる鈍い衝撃音だけが鼓膜の奥で狂乱の余韻を響かせていた。
しかし、その一寸先すら闇の如き濃煙の深部から――
ドォン――ッ!
耳を覆うほどの凶悪な機械の咆哮とともに、青藍の烈火が泥煙の奥底から轟然と噴き上がった!
純白の機械騎士【ベテルギウス】は、全高約二メートルの重装甲の巨躯を極限まで低く構え、背部のダンパーパイプと黄銅の歯車を限界寸前の回転数で狂おしく噛み合わせている。
引き締まりながらも爆発的な運動エネルギーを秘めた鋼鉄の両足が焦土を踏み砕き、さながら疲労を知らぬ純白の破城槌か、あるいは屈強なアメフトチームの理不尽極まるスーパーランナーのように、正面に立ちはだかるあらゆる障害を――
へし折れたモミの巨木であれ、数トンに及ぶ魔獣の巨骸であれ、影に潜む暗殺の死士であれ――その純粋な激突の破壊力だけで容赦なく弾き飛ばし、無残に踏み砕いていく!
ベテルギウスの幅広く分厚い右肩装甲の上には、黒髪に深緑の瞳を持つ少女、ルシアが全身を低く伏せてへばりついていた。
小柄で華奢な身体は、さながら暴風雨の中で絶壁にしがみつく黒燕のようだった。
熱波と突風に乱れ飛ぶ前髪の隙間から覗く深緑の双眸は骨の髄まで冷徹に凍りつき、右手のアウターガントレットのスリットからは熱い白煙が噴き出し、機体の突進軌道を冷酷に修正し続けていた。
そして、ベテルギウスの太く逞しい左腕の懐――アメフトのボールよろしく脇腹に力任せに抱え込まれていたのは、他ならぬオースだった。
――正確に言えば、首から上の頭部を喪失したオースの胴体であった。
この狂気じみた、人間性を放棄したかのような戦術は、開戦前夜、オース自身が真剣に提案し、全員で練り上げたものだった。混乱が勃発した瞬間にのみ成立する奇策。
この少年教皇は己の特異体質を熟知しすぎていた。体内に宿る異質な神聖の血髄は、彼に「首を落とされようとも一定時間肉体の活性を保ち、やがては肉体を再構築する」という規格外の再生能力を与えていたのだ。
刺客どもの標的が自分一人であるならば、全員がこの混乱に乗じて自らの首を欲しているのならば、最も効率的な解答は一つしかない。「教皇の象徴」と「教皇の頭脳」を完全に切り離すことだ。
ルシアが全軍のヘイトを一手に引き受ける唯一の囮となり、ヴァレリーは上空から絨毯爆撃を装いつつ、視界を完全に遮断する泥煙の幕を展開する。
そして今、ベテルギウスに抱えられて爆走するこの肉体の上では、正視に耐えぬ荒唐無稽な光景が繰り広げられていた。
オースの首の切断面は鋭利かつ滑らかであり、そこからは何十本もの細かな暗金色の肉芽が驚異的な生命力で蠢き、絡み合い、失われた頭部を求めて外へ外へと伸びようとしていた。
だが、神聖な白い泡を吹き出し続けるその血肉の断面のド真ん中へ、ルシアは手首ほどの太さがある肉焼き用の黒ずんだ粗雑な長竹串を、「ブスリ」と容赦ない力任せに気管と胸腔の骨肉深くまで突き刺していたのだ。
その竹串の先端には、真ん丸とした巨大なスイカが一丸、無造作に突き立てられている。
スイカの皮には、先ほど噴き出させたオース自身の神聖な金色の血が乱暴に塗りたくられ、放たれる濃厚な教皇の魔力波長が煙霧の中でサーチライトの如く明滅していた。
さらにスイカのてっぺんには、閃光魔獣の死骸から無理やり引き千切ってきた焦げ茶色の剛毛が樹液で適当に貼り付けられ、突風に煽られて滑稽な金髪アフロのように震えている。
その上から、血に汚れた教皇の白法衣のフードをだらしなく被せてしまえば――百メートルの流星雨と濃煙に視界を奪われた状況下では、誰もがその姿を一瞥しただけで「教皇オースが縮こまって泥濘を逃げ惑っている」と誤認するに違いなかった。
首のない胴体は神経反射と激痛の刺激によって激しく痙攣し、両手は本能の命じるままに法杖を振り回しては眩い神聖光を撒き散らしている。
平原全域で血走った目を剥く各国の刺客や魔獣の群れは、火に誘われる蛾のように、ベテルギウスの背後へと引き寄せられていた。
そして、ベテルギウスが強引に切り開いた混乱の死角では――
陽炎のように細くしなやかな黒い影が、常軌を逸した速度で魔獣の奔流の隙間をすり抜けていた。
桃香はその忍者としての身のこなしを極限まで研ぎ澄ましていた。
跳躍の反動すら必要とせず、暴走する剛甲熊の背甲に爪先をかすめるだけで、木の葉のように地を這って数十メートルを滑走し、刺客たちの警戒網をことごとく無力化していく。
だが、その胸の中には、重く温かな黒布の包みがきつく抱き締められていた。
布の合わせ目がわずかに滑り落ちる。
そこから覗いていたのは、オースの真の頭部であった。
今この瞬間、常に無垢な聖子の微笑を湛えていた少年教皇の顔からは、優雅さも余裕も完全に消え失せていた。
端整な顔立ちは極限の肉体的苦痛によって無残に歪み、紙のように蒼白に染まっている。
神聖血髄が大脳の意識を繋ぎ止めているため「死ぬこと」こそないものの、首を断たれた瞬間から、彼は肺と気管の繋がりを完全に喪失していた。
彼は、呼吸ができないのだ。
それは乾いた大気の中で意識を保ったまま溺れ死んでいくという、究極の拷問に等しかった。
気管の切断面にある神経が揺れ動くたびに狂乱の悲鳴を上げ、酸欠によって眼窩の周囲の毛細血管が一斉に破裂、深い蒼眸は充血して禍々しい赤に染まり、目尻からは生理的な激痛による大粒の冷汗と血涙がとめどなく溢れ出していた。
唇は意志と無関係に大きく開かれ、熱せられた焦岩の上に打ち捨てられた瀕死の魚のように、喉の奥からは「ヒュ……ッ、ケホ……ッ」という隙間風の漏れるような痙攣音しか紡ぎ出せない。
下顎の筋肉は引き攣り、顔中を青筋が覆い尽くし、極度の窒息と神経の断裂感の中で際限のない地獄を味わわされながら、悲鳴を上げることすら許されず、ただ血走った眼をカッと見開いて、桃香の腕の中で激しい急制動のたびに無様に揺さぶられ続けていた。
オース自身、冷酷な錬金短刃が己の首筋を裂いた時、どれほど絶望的な酸欠地獄が待ち受けているかは重々承知していた。
だが、退く資格など彼にはない。
天蓋のヴァレリーは己の魔力の反動も顧みず、数時間にもわたり高位の広域破滅術式を展開し続けている。
地上では、ルシアがスイカの刺さった己の肉体を掲げ、数千の毒刃と暴虐な獣群が渦巻く中心で唯一の標的を引き受けているのだ。
いつでも肉片に刻まれかねないルシアの危険に比べれば、息が詰まる程度の苦痛など、弱音を吐く理由にすらならなかった。
泥煙と血の雨が交錯する死角の深奥で、ガルクと桃香は暴走する獣の骸の合間を決死の覚悟で縫い飛んでいた。
二人の間に言葉の交わし合いなどない。神経は限界まで張り詰めていた。
前方の退路が丘のように巨大な鋼甲魔犀三頭に塞がれ、背後を二名の熟練の死士に取られた瞬間、桃香の爪先が泥濘を鋭く削って二条の溝を穿つ。少女は眉ひとつ動かさず、腰元から両腕を前へと突き出した――
フッ!
防血布に包まれた数キログラムの教皇の生首が、猛烈なスピンを帯びたパスとなって、魔獣の牙をかすめながら虚空を一直線に飛翔する。
巨木の陰の死角を完璧に捉えていたガルクの巨躯が、鉄壁の如く立ちはだかる。
片手に大剣を逆手に提げたまま、電光石火の速さで反対の腕を伸ばし、その飛来したオースの頭部を手慣れた仕草で腕の中へとすっぽり収め取った。
その重心移動の刹那を利用し、桃香の姿は大気を裂く黒い一条の線となって魔犀の角を軽やかに踏み越え、二振りの漆黒の短刃が音もなく死士の喉笛を掻っ切る。
彼女が着地の反動を殺した瞬間、ガルクは腰のバネを利かせ、その筋骨隆々の巨躯からは想像もつかぬしなやかさで片手を前へと押し出し、鋭いチェストパスを放って、危機を脱したばかりの少女の胸元へとオースの頭部を正確に送り返した。
一度、二度、三度。
それはミンチ機の刃の隙間で行われる極限のパス回しだった。呼吸が一度でも乱れれば、パスを一度でもファンブルすれば、死ぬことはなくとも無防備な教皇の脳髄は泥濘の中で無惨に踏み潰される。
狩猟祭初日の正午に設定された表向きの休戦まで、まだ少なくとも三十分は残されていた。
だが、その「休息」とやらは号砲の慈悲によって与えられるものではない。
血肉を削り、暴走する獣潮と刺客どもを生きた心地がしないほど叩きのめし、一時的に退かせて初めて泥の中で勝ち取れる、ほんの束の間の延命に過ぎなかった。
上空では、雲を切り裂いていた狂暴な火雨に、ついに微かな途切れが生じていた。
ヴァレリーは俯き、止め処なく鼻腔から溢れ出る温かな鮮血が法杖の宝玉へと滴り落ち、ジュウと焦げた音を立てていた。
体内の魔力回路は完全に枯渇し、焼き焦げるような激痛が走る。血を拭う力すら残っておらず、ただ舌の先を噛み切って強引に意識を繋ぎ止めていた。
指先の術式が乱暴に切り替わる。眩い流星群は霧散し、無数の重厚な岩塊と泥濘を巻き込んだ二筋の暴虐な竜巻へと姿を変え、平原の両翼へと叩きつけられた!
止まるわけにはいかない。今の自分にできることなど何もない。ただ眼下の純白の機影にすべてを賭け、ルシアが生きてこの包囲を突破することを信じ抜くしかなかった。
そして地上のルシアもまた、竜巻が巻き起こった瞬間に上空の異変を即座に察知していた。
「チッ……限界ね」
ルシアは肩で激しく息を乱し、呼気のたびに肺の奥が火を吹くように痛んだ。
上空で浮遊法陣を維持し続けること自体が毎秒魔力を搾り取られる行為であり、ヴァレリーが禁呪級の火力をここまで維持し続けたこと自体、すでに命を削る領域だと痛いほど理解していた。
だが、彼女自身の消耗もまた凄惨を極めていた。
右前腕を覆うアウターガントレットは高頻度の過負荷によって完全に白煙を上げ、放熱スリットは鈍い赤熱に染まり、合金関節は焼き付いてロックされていた。
皮膚は熱の逆流によって水膨れと焦臭さを放ち、これ以上の発射を強行すれば腕そのものが吹き飛びかねない。
そして左手に浮かぶ錬金手札の周囲で等速旋回していた予備の魔力水晶五基も、今や最後の一基が手首の傍らで頼りなく明滅しているのみだった。
これは一般的な陣地攻防戦などではない。全員が崖っぷちの針金を渡り歩く、消耗し尽くすまでの死の削り合いだった。
誰一人として、コンマ一秒の猶予すら勝ち取ることはできない。
上空のヴァレリーは術式を止められない。泥煙と竜巻が晴れれば、ベテルギウスが抱えているのが首にスイカの刺さった紛い物だと露呈してしまう。
ルシアとベテルギウスもまた突進と斬撃を止めるわけにはいかない。機体の動きがわずかでも鈍れば、刺客の毒刃と魔獣の牙がその粗雑な偽装を引き裂くだろう。
桃香とガルクは常にベテルギウスの死角に張り付き、ルシアが立てる激しい喧騒に紛れて気配を消し続けなければならず、ガルクは身を挺して桃香が躱しきれない大型の圧殺を粉砕し続けねばならない。
四人の命は、見えない一本の絞首縄によって固く結び合わされていた。
肺腑が灼け、筋肉が軋み、視界は汗と血に塗れて赤く滲む。
喉の奥に鉄の味が満ちようとも、神経が狂気の淵へと摩耗しようとも、立ち止まる資格など誰一人として持ち合わせてはいなかった――
半歩でも足を止めれば、そこには絶対の死が口を開けているのだから。
荒れ狂う竜巻と泥煙がいまだ晴れぬ中、前方の崩落した焦土の奥底から、鼓膜を震わせる凶暴な絶叫が轟然と響き渡った。
三階建ての建造物にも匹敵する、黒曜石の如き重厚な棘甲に覆われた古竜種の巨獣が断崖を粉砕し、昏暗な天蓋を一瞬にしてその巨大な影で覆い尽くした。
濁った黄色の凶光を放つスリット状の瞳が、ベテルギウスとルシアを真っ向から捉える。その口腔の深部には、総毛立つような灼熱の輝きが灯っていた――破滅的な高熱を孕んだ竜息の予兆!
胸腔が急激に膨張し、荒れ狂う熱波が周囲百メートルの雨水と泥濘を一瞬で白い沸騰蒸気へと蒸発させていく。
避けられない。
ガントレットは過負荷で完全に機能を停止し、ベテルギウスは突進直後の硬直の最中、背後数十メートルには密集して追いすがる刺客の群れ。
「……これで最後ね」
冷汗と焦げた煤に塗れたルシアの小さな顔に、恐怖の色など微塵もなかった。あるのは、ただ狂気に等しい氷の決意だけだった。
躊躇など爪の先ほどもない。左手の五指を虚空で強く握り締めると、甲高く鋭い金属の破断音とともに、手首の傍らで浮遊していた最後の予備魔力水晶が青白い煌めきの破片となって弾け飛んだ!
枯渇しきっていた体内の二重回路が、恵みの雨を貪るようにその純粋な魔力を猛烈に喰らい尽くし、神経を裂くような激痛が脳天を貫く。
虚空に浮かぶ錬金手札が突風に煽られたように激しくめくれ、暗金色の符文が刻まれた頁の上でピタリと静止した。
詭計術式――【プリズム・バリア(稜鏡の障壁)】!
フッ――!
羽毛のように薄く、七色の豪奢な微光を乱反射させる半透明の多面体光幕が、ルシアの周囲三尺に何の予兆もなく一気に展開された。
光幕の表面は水銀のように激しく波打ち、精密に噛み合わされた幾何学の切削面が虚空に幾重にも折り重なって、不気味なほどの静寂を放つ。
次の瞬間、巨竜がその顎を限界まで広げ、重装甲の城門すら鉄屑ごと融解せしめるほどの灼熱の赤きブレスが、天地を滅ぼす真空の咆哮とともに真正面から撃ち放たれた!
ズドォォォォン――ッ!
だが、機体ごと消し炭に焼き尽くされる凄惨な結末など訪れなかった。
荒れ狂う純粋な熱エネルギーが光幕に激突した瞬間、プリズムの表面に無数の銀色の波紋が走る。
この術式は、正面衝突によって攻撃を阻むものなどではない――内部に渦巻く錬金の逆流が貪欲なブラックホールと化し、降り注ぐ灼熱の奔流を、物理法則を踏みにじるような暴力性をもって、一瞬にして剥ぎ取り、貪り、収束させていく。
吹き荒れていた巨大な火炎の奔流は、ルシアの前方わずか半メートル足らずの空間で極限まで圧縮され、瞬く間に拳大の、白熱する光彩を帯びた超高密度の光球へと凝縮された。
光球は虚空で激しく身悶えし、針で刺すような超高周波の甲高い唸りを立てている。
巨竜の濁った双眸に、人間じみた困惑と恐怖の光が過った。
ベテルギウスの肩に立つルシアは、蒼白な顔をゆっくりと上げた。その深緑の瞳は、白光に照らし出されて死神の如く冷え切っている。薄い唇を微かに歪め、彼女は左の人差し指で虚空をそっと弾いた。
「――お返しよ」
ピシリ。
超圧縮された光球の表面に、微細な亀裂が走る。
直後、破滅が解き放たれた。
カッ――――!!
光球の内部に押し込められていたエネルギーが一瞬にして解き放たれ、指ほどの細さでありながら網膜を焼き尽くす無数の純白の怪光線となって、大地で炸裂した超新星の如く、三百六十度死角なき放射状に平原全域へ向けて乱れ撃たれ、空間を切り刻んでいく!
ドスッ! ドスッ! ドスッ!
それはもはや魔法などではない。無差別の解体嵐だった。
真っ先に浴びた巨竜は顎を閉じる暇すらなかった。巨大な頭部と胸郭は千条もの高熱光線によって一瞬で蜂の巣へと穿たれ、硬質な骨甲は爆ぜ、煮え滾る竜血は大地に落ちる前に高熱で赤い霧へと蒸発し、その巨躯は地響きを立てて崩落した!
そして、光線の余波は減衰することすら知らなかった。
巨竜を貫通した千万の白熾の光線は、空気を引き裂く鋭鳴を響かせながら周囲数百メートルを薙ぎ払う――
背後から追撃していた魔獣の群れは断末魔とともに胴体を両断され、内臓と千切れた四肢が豪雨のように撒き散らされた。
混乱に乗じて肉薄していた各国の暗殺死士たちは盾ごと容易く溶かされ、胸板に拳大の焦げた風穴を開けて倒れ伏す。さらには、包囲網を敷こうとしていた名門の私兵や正規軍の斥候までもが、この無差別の光線嵐に巻き込まれ、隊列ごと粉砕されて焦げた肉片へと成り果てた。
敵も味方もない。生者など残らない。ただ純白の光線によって徹底的に耕された無慈悲な修羅場だけがそこにあった。
やがて眩い光が消え去った時、平原の全土には白煙を上げる無数の黒い溝が刻まれていた。
ルシアの右腕のガントレットは完全に機能停止に陥り、彼女は力尽きたようにベテルギウスの肩の上に膝をつき、鉄の混じった血を激しく吐き捨てた。
足元には崩壊した古竜の巨骸、そして周囲には敵味方問わず焦土と化した、絶対の真空たる静寂が広がっていた。
太古の絶嶺の第一層平原は、先ほどの一撃――無差別の【プリズム・バリア】によって徹底的に洗い流され、一面の静寂の中、焼け焦げた肉と融解した大地がジュウジュウと音を立てて異臭を放つ白煙だけが漂っていた。
ルシアは荒い息を繰り返し、喉の奥に広がる焼けるような血の味を噛み殺していた。奥歯を噛み締め、放熱管から警戒音を鳴らし続けるベテルギウスを気力で再起動させようとしたその時――
斜め前方の崩れ落ちた焦石の陰から、唐突に、この修羅場にあまりにも不釣り合いな爽やかな声が響いた。
「美しくも強大なるお嬢さん、僕と同盟を結んでくれませんか? 報酬なら……」
ドォンッ!
ルシアは顔を上げることすらなく、その台詞を最後まで聞く気など微塵も持ち合わせていなかった。
枯渇した体内の二重回路から痛みを伴う最後の魔力を強引に絞り出し、何も身につけていない左手の指先で虚空を苛立ち混じりに弾く。
超圧縮された純白の魔力砲弾が鋭い風切り音とともに、声の発生源へと容赦なく叩き込まれた!
「うわっ、ちょっ――!? 待って待って待って!」
相手もまさか、満身創痍の状態でいきなり牽制なしの砲撃を撃ち込まれるとは思っていなかったらしく、泥土と砕石の狭間を無様に転がって間一髪で回避した。
白熱の魔弾は男の外套の裾を焦がしながら背後の岩壁へと着弾し、巨大な岩塊を粉々の瓦礫へと吹き飛ばす。
ぬかるんだ泥水から慌てて這い上がってきた青年は、顔にへばりついた煤や泥を拭う暇もなく、ぎょろりと旋回したベテルギウスの鋼鉄の面甲と、ルシアの殺気に満ちた深緑の射すような眼差しを前にして、慌てて両手を挙げて叫んだ。
「撃たないで! 味方だよ! 君はさっき、僕の仇敵の総財務官を一発で消し飛ばしてくれた! 恩人なんだ、本当に!」
ルシアの、二発目の魔力弾を放とうとしていた指先がピタリと止まった。
硝煙に燻されて赤く染まった瞳を細め、彼女は泥まみれになりながらも狩猟服の裏地に高級な金糸の刺繍を覗かせている若い貴族を、冷徹に見据えた。
……仇敵の財務?
至近距離での刺客の爆殺、古竜のブレス、そして隘路で意味も分からず吹き飛ばしたあの豪奢な馬車……混沌としていたすべての断片が一瞬にして脳裏で一本の線へと繋がった。
極度の疲労で麻痺しかけていたルシアの思考が、急速に冴え渡っていく。
この野郎……私を「凶器」に使って人を殺しやがったな。
あの哀れな財務馬車は、混乱に巻き込まれて逃げ遅れたわけなどではない。
十中八九、目の前の男が自身の権限か混乱を利用して、政敵にとって最も価値があり、同時に最も致命的な命綱を、最も決壊しやすい隘路の泥濘へと意図的に誘導したのだ。
絶対に成功する保証などない計画だったはずだ。だが、数万の人間が暴走するこの狂乱の絶嶺において、彼は極めて分別のない、分の悪い大博打を打ち、そして勝った。
生き延びるためならルシアが必ずあの隘路へ向けて規格外の魔砲をぶち込むこと、そしてその破壊の奔流が政敵を帳簿ごと跡形もなく消し去り、死人に口なしの状況を作り出すことに、全財産を賭けたのだ。
そして今、全賭けの博打に勝ち残ったこの投機的な狂人は、まだ冷え切らぬ一面の焦熱の肉片を踏み越え、たった今政敵の喉元を掻っ切る刃となったばかりの血塗れの凶器――ルシアのもとへと、自ら手を結びに来たのだ。




