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重度カードゲーマー女子、過労死転生した異世界でも恋愛をプレミして詰んだ件  作者: 酣睡


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深愛と見紛うは、我が身の思い上がり

高窓の彫刻を抜けて差し込む暖かな午後の陽光が、砕けた金のように柔らかいビロードの掛け布団の上へと静かに降り注ぎ、ルシアの身体をもそっと包み込んでいた。


少し熱を帯びた温もりが艶やかな黒髪を温め、乾いた微かに甘い香りを漂わせる。


まさにその物憂げなまでの心地よさが、混濁していた彼女の脳を少しずつ再起動させ、暗闇の中から緩やかに意識を覚醒させていった。


ルシアは身を起こそうとしたが、突如として動きを止め、力なく枕へと顔を埋め直した。


……情けなさすぎる。


意識を失う直前に起きた荒唐無稽な茶番を、彼女は完全に思い出したのだ。


二度もの人生を潜り抜けてきた底辺のサバイバルマスターであり、いかなる盤面でも絶対的な理性を保ち、後攻からの捲り(逆転)を得意とする錬金術師を自負していた自分が――


あろうことか戦闘で高位術式に撃ち破られたわけでもなく、為政者の謀略の罠に落ちたわけでもなく、あの北境の大公に窒息せんばかりの力で胸元へと力任せに押し付けられ、極度の酸欠によってその場で目の前を真っ暗にし、気絶したなどと。


その冷徹にして残酷な現実は、ルシアに今までにない挫折感と屈辱を味わわせていた。


この肉体は、あまりにも華奢すぎる。長年の栄養失調と魔力反噬(反動)のせいで、彼女の骨格はまるで発育途上の幼い少女のように細い。


熟れた果実のように重厚で、致命的な圧迫感と驚異的な弾力を湛えたカリーナのあの豊満な胸元を思い出し、ルシアは無意識に、自らの胸元にある――


少し気を抜けばゆったりとした衣服に完全に押し潰されてしまう程度の、僅かに盛り上がった小さな膨らみへと視線を落とした……。


勝負は一目瞭然。完膚なきまでの敗北、それどころか完全なる次元の違い(ディメンション・アタック)だ。


「……これが世に言う、階級の格差ってやつか」


ルシアは感情を殺した無表情のまま、心の中で限界社畜特有の自嘲を吐き捨て、小さく息を漏らした。それから余計な雑念を払い、警戒を露わにしながら、己が今横たわっている空間を見回し始めた。


視界に飛び込んできた光景は、豪奢と峻烈さが矛盾した姿で絡み合う空間であった――ここは決して客室などではない。カリーナ女公爵の主寝室だ。


部屋全体は呆れるほどに広大で、壁面は帝都の貴族が好む金箔の装飾や華美なタペストリーではなく、極北の雪山から切り出された青灰色の玄武岩の巨石によって組み上げられている。


冷たい石肌の表面には、暗殺を防ぎ魔力探知を遮断するための複雑な防御術式と暗銀色の秘紋が幽かに明滅していた。


高く聳える丸天井には高位魔獣の頭骨と氷晶によって削り出されたシャンデリアが吊り下げられ、灯火が灯っていない昼光の下でも、刃のように鋭く冷たい光沢を乱反射させている。


この部屋の主が、かつていかなる屍山血河を踏み越えてきたのかを無言のうちに物語っていた。


しかし、一軍の最高指揮官が纏う殺伐とした気配に満ちたこの冷徹な要塞は、その細部において息が詰まるほどの違和感と、常軌を逸した偏執を覗かせていた。


彼女の身体の下にある、大人四、五人が転がれるほどに巨大なウォールナットの大ベッドには、信じられないほど分厚い極地雪狐の毛皮の絨毯が敷き詰められており、一度沈み込めば二度と這い出せない流砂の罠のように柔らかい。


枕元のサイドテーブルに至っては、滑り止めのコースターすら高価なミスリルの銀糸で編まれていた。


そして、ルシアの神経を最も張り詰めさせたのは、部屋の反対側にある重厚な大理石の執務机の後ろから伝わってくる気配であった。


机の上には山のように積み上げられた北境軍団の動員令状と、封蝋の乾ききっていない機密報告書。


そして、普段は帝国の諸侯たちを震え上がらせているはずの女公爵が、いまは身を締め付ける冷徹な仕立ての、黒地に暗金の刺繍が施された部屋着(ローブ)を纏い、大ベッドに背を向けたまま巨大な掃き出し窓の前に佇んでいた。


部屋の中は静まり返り、窓の外から微かに届く風の音と、カリーナが落ち着きなく無意識に窓枠を指先で叩く細かな音だけが響いていた。


その背が高くすらりとした後ろ姿は変わらず凛々しい。


だがルシアは鋭敏に感じ取っていた。女公爵の体の脇に垂らされた指先が、目立たぬように微かに震えているのを。身に纏うはずのあの果断な殺伐さは、いまや濃厚で拭い去れぬ焦燥と硬直に呑み込まれていた。


彼女はベッドの方を振り返ることすら躊躇っているようだった。


まるで己が振り返ったり、あるいは呼吸の音を少し荒げただけで、ベッドの上に横たわる薄氷のように儚い黒髪の少女が、再びこの世界から粉々に砕け散って消え去ってしまうのを恐れているかのように。


「目が覚めたの……?」


その声は極めて微かで、聞き取れぬほど微かに震えていた。まるで初春の薄氷が、重圧に耐えかねて軋んだ最初の音のようであった。


ルシアは息を呑み、思考が一瞬だけ真っ白になった。


前世における丸三年の記憶の中で、カリーナ・グラフィエンという女は常に切っ先を剥き出しにした極北の刃そのものだった。


北境に転がる無数の骸と山なす魔獣の死骸を踏み越え、己の腕一本で公爵の武名と統帥の権力を血で切り拓いた女。


誰もが知るその女の血潮は冷酷で、強硬で、疑う余地などないはずだった。


だというのに今、その長身がベッドに向かって緩やかに歩み寄ってくる。


その足取りは極めて遅く、あまりに静かだった。まるで靴底が立てる音すら、割れやすい硝子細工を打ち砕くのではないかと怯えているかのように。


カリーナがベッドの縁に腰掛けた時、彼女は身の内の膨大な魔力を徹底的に収束させ、その動作を卑屈なまでに緩慢にしてみせた。


なぜ?


なぜこの高嶺の花であるはずの女公爵が、いまのいま、これほどまでに……粉々に壊れそうな姿を見せているのか?


ルシアは顔を上げ、カリーナの深紅の双眸と視線を交錯させた。


その濃密な血の色の奥底で、ルシアの喉を詰まらせるほどの感情が渦巻いている――苦痛、恐慌、そして永久に取り返しのつかない劇的な喪失を前にした時にしか現れない、絶望的な後悔。


ルシアはこの眼差しを痛いほど知っていた。自らの腕の中から最も大切で愛おしい存在を生きたまま奪い去られた者だけが浮かべる、無様で痛ましい慟哭の色。


……けれど、カリーナが自分に対してそんな表情を浮かべるはずがないではないか。


荒唐無稽な現実が氷水を浴びせかけるように、温もりによって芽生えかけたルシアの心のさざ波を一瞬にして凍りつかせた。


彼女は心の中で声もなく自嘲し、自らの意識の深淵をひっぱたくように残酷に言い聞かせた。


目を覚ませ、ルシア。


もう二度と、自分を特別だと思うな。


前世のあの三年間、自意識過剰に溺れた代償を、まだ味わい足りないというのか? 胸を内臓ごと焼き尽くしたあの灼熱の火球は、まだ冷え切っていないとでもいうのか?


ルシアは無意識に下唇を強く噛み締めた。青褪めた唇に鋭い痛みが走るまで。


極度に酸鼻を極めた「やるせなさ」という名の暗流が、胸の底から一気に決壊して広がり、喉元を硬く締め上げた。


彼女は人間だ。本当に水銀とゼンマイだけで組み上げられた冷徹なオートマタではない。


愛されたいと願っていた。身寄りもなく、水道の蛇口すら存在しないこの異形の荒野で、誰かが自分を唯一無二の宝物として見てくれることを、あらゆる重荷を脱ぎ捨てて身を委ねられる温かな抱擁を、心の底では狂おしいほどに渇望していた。


だが残酷な現実が、彼女に狂人のごとき振る舞いを強いるのだ。愛を渇望するその傍らで、理性という名の刃で己の心を削り落とし、繰り返し警告し続けなければならない――お前はただの取るに足らない底辺平民だ。


支配層の目には、使い捨ての雑巾にすら劣る存在なのだから、絶対に自作自演の情に溺れるな、と!


この引き裂かれるような苦痛に、彼女は己の弱さとやるせなさを激しく呪った。


愛されたいと願っていた。しかし、立て続けに二度も無残な死を遂げた血塗られた教訓が、最も深い猜疑心を骨の髄にまで刻み込んでいる。


誰も信じてはならない。神々と貴族が操る運命という名のカードゲームにおいて、他人の善意という不確定要素に己の手札を一枚でも賭ければ、待っているのは粉骨砕身の破滅だけなのだ。


いま、彼女は何よりも明晰であった――。


この世界において、唯一「チームメイト」と呼べるのは、同じ地球からの転生者であり、利害が一致し、いつ裏切って刃を交えるかまで白日の下に晒しているあのヴァレリーだけなのだ。


そして目の前にいる、前世で三年間も卑屈に追い縋り、全身全霊で愛慕を捧げ尽くしたこの女は……永遠に、己が信頼を預けてよい人間ではない。


三年の歳月など、悠久の歴史から見れば瞬きに過ぎないのかもしれない。


しかし見知らぬ異郷を漂流する孤独な魂にとって、それは千日以上の長きにわたり、惜しみなくすべてを注ぎ込み続けた日々の積み重ねだったのだ。


手放すと言って手放せるのか? 痛まぬと言って痛みを消し去れるのか? すべては自分を誤魔化す嘘に過ぎない。


人の心とは常にこれほどまでに矛盾し、醜悪なものなのだ。理性が狂ったように警報を鳴らし、決して踏み込んではならない死路であると知り尽くしながらも、かつてあの女のために脈打った胸の奥の傷口は、今も一寸刻みに痛み悶えていた。


目頭に焼け付くような熱い痛みが込み上げ、ルシアはただ掌を強く握り締め、爪を肉に食い込ませることで、溢れ出そうになるやるせない涙を、一滴残らず血を流す心の底へと飲み下した。


「ルシア……?」


雪狐の毛皮に身を縮め、目元を赤く染めて今にも泣き崩れそうな華奢な少女を見つめ、カリーナの心臓は生きたまま抉り取られたかのように痛んだ。


彼女はもはや躊躇うことなく両腕を伸ばし、ルシアの脇の下と膝裏をそっと掬い上げて、骨が折れそうなほどに痩せこけたその身体を抱き起こすと、慈しむように、壊れ物を包むように再びその胸の中へと抱き寄せた。


カリーナは知る由もなかった。ルシアの胸中でいま荒れ狂っている酸鼻と「やるせなさ」が、一体どこから湧き上がっているのかを。


だが、そんなことはどうでもよかった。いまの彼女にある唯一の渇望は、己の血肉と権力のすべてを盾として、かつて自分に惜しみない愛を向け続けてくれたこの娘を、羽の隙間すらなく完全に守護することだけだった。


前世の一千日を超える歳月において、その傲慢と冷徹さでルシアを傷だらけに切り刻んだのは己自身なのだ。


ならば今世では、己がその閉ざされた心の扉を叩く番だ。一度で駄目なら十度、一年で届かぬなら三年――たとえ冷たい蔑みの視線を向けられようと、たとえ生涯のすべてを贖罪に捧げることになろうとも、喜んで受け入れよう。


二人は互いの魂の真意を、何一つ知ることはなかった。


抱きしめられたルシアは、奇妙なほどに抵抗しなかった。彼女はただカリーナに抱かれるがまま、影を落とした深緑の瞳の奥で冷徹に演算を続けていた。この公爵邸にはもう一秒たりとも留まれない。


体裁の整った、法にかなった口実を早急に見つけ出し、カリーナに辞職願のサインと捺印をさせ、即座にヴァレリーと合流しなければならない。


だが、打算に長けた社畜ルシアは、致命的な誤算を犯していた――。


いま彼女の目の前にいるカリーナは、記憶の中にある、冷酷ながらも貴族の体面と契約の精神を弁えたあの女公爵などでは疾うにないのだ。


一度死に、後悔の煉獄で数年間も魂を焼かれ尽くし、いまやルシアの手足をへし折って深閨へと幽閉したい衝動を、全身の最後の理性で辛うじて抑え込んでいる……正真正銘の、狂人なのだから。


「んっ……」


カリーナは陶酔したようにルシアのうなじへと頬を寄せ、細く長い指先で薄い衣服の上から、少女の骨張った背中を痛いほど優しく撫でさすった。


彼女の深紅の瞳がゆっくりと滑り落ち、ベッドから零れ出たルシアの素足へと釘付けになる。己の前腕と大差ないほどに白く細いその足は、まるで力を込めて捻れば容易く砕けてしまいそうだ。


これほどまでに儚く脆い娘を、あの人を喰らう外の世界へと放り出すなど、どれほど危険なことか。吹き荒ぶ風邪が彼女を吹き倒し、野の獣が彼女を引き裂き、あの不埒な企みを秘めたヴァレリーが彼女を骨まで貪り尽くすに決まっている……。


断じて、あのような真似を二度とさせてなるものか。


ルシアの身体が徐々に奇妙な火照りと強張りを覚え始めたその時、カリーナは骨ばった顎をルシアの柔らかなつむじの上へとそっと乗せ、喉の奥から病的な愛惜に満ちた溜息を零した。


「おやすみなさい、私のルシア……何も考えなくていいのよ。ただ公爵邸で、ゆっくりと休んでいればいいのだから」


背筋が凍りつくほどに優しいその甘言が耳朶を打った刹那、ルシアの全身の産毛が一斉に逆立った!


彼女は空気の中に混ざり合う、決定的な異常の源をようやく嗅ぎ取ったのだ――カリーナの腰に結ばれていた金糸の匂い袋。


あれはただの気付け薬などではない。極北特有の幻惑草『息夜花(そくやか)』が調合されている。


あの薬草は、津波のごとき魔力を誇るカリーナにとっては微風に等しいが、魔力が乏しく肉体の脆弱なルシアにとっては、致命的な即効性の麻酔薬に他ならない!


呼吸とともに薬効が瞬く間に神経を侵食し、ルシアの手足から急速に力が抜け落ちていく。カリーナの胸元を押し戻そうとしていた腕は力なく滑り落ち、指先ひとつ動かすことすら敵わなくなった。


恐慌が野火のように爆発した。ルシアは残された微かな魔力を振り絞り、微観知覚を用いて己の最後の切り札――刻刻へと意識を繋ごうとした!


しかし返ってきた反応は、彼女を氷のように冷たい絶望の深淵へと突き落とした。


部屋の最も暗い片隅で、手のひら大の機械梟が、青白い光を放つ三重の拘束術式によって宙に縫い止められていたのだ。


極めて緻密に組まれた封印の中で、刻刻は虚しくゼンマイの翼を震わせ、助けを求めるように小さな歯車の軋み音を立てるしかなかった。


刻刻の存在まで計算されていた……。


私は軟禁されるのだ。自由を奪われ、いつ命を落としてもおかしくないこの公爵邸の奥深くに、力尽くで閉じ込められるのだ!


その冷酷な現実を悟った瞬間、ルシアの瞳から堰を切ったように、屈辱と恐怖に塗れた涙が青褪めた頬を伝って零れ落ちた。


彼女が泣いたのは、カリーナのこの唐突な「優しさ」が本心からのものであるなどと、露ほども信じることができなかったからだ。


信じられるはずがない、信じてなるものか! 二度の悲惨な死を遂げ、火球で胸を穿たれたあの激痛の教訓が、あらゆる理外の好意に対する本能的な拒絶を叫んでいる。


もし愛ゆえの行動でないとすれば、カリーナがこれほど周到に自分を麻痺させ、主寝室へと幽閉してまで待ち受けているものは、一体何なのだ?


ヴァレリーを牽制するための政治的な人質か? それとも公爵邸が、自分を生きたまま人身御供にする禁忌の錬金実験の素体にでも使うというのか?


未知への極限の恐怖が、身動きの取れぬ少女をカリーナの腕の中で激しく震わせた。蜘蛛の巣に絡め取られ、毒牙を突き立てられるのをただ待つだけの枯葉蝶のように。


「怖がらないで、ルシア……怖がらなくていいの。すべて上手くいくわ。私が貴女を守るから」


腕の中で小刻みに震え、涙を流し続ける少女を見つめ、カリーナの疾うに狂気に侵されていた心臓は完全に制御を失った。


ルシアの霞む視界の中で、美しくも青褪めたその貌が急速に迫り――。


次の瞬間、冷たく柔らかな唇が、拒絶を許さぬ圧倒的な力と微かな震えを伴って、ルシアの血の気を失った唇の上へと重々しく重ねられた。


カリーナは最後の理性の仮面を完全に引き裂いた。二世にわたり押し殺し続けてきた狂乱の飢えを解放し、歯列をこじ開け、ルシアの口内に残る微かな苦みを貪るように啜り、少女の身に染み付いた苦い薬草とインクの香りを狂ったように吸い込んだ。


これこそが生きた温もりだ。炎によって消し炭に焼き尽くされていない、確かな血肉の感触なのだと。


しかし、強引に抱きすくめられたルシアの内心は、生きながらにして肉を削がれるような責め苦に喘いでいた。


強烈な生理的悪心と精神的拒絶が潮のように押し寄せ、ルシアは苦痛に顔を歪めて瞳を閉じた。熱い涙が二人の重なり合う唇の隙間に混ざり合い、息が詰まるほどに苦い。


理解できなかった。麻痺していく脳と極度の混迷の中で、魂が悲鳴を上げ続ける――。


なぜ?


前世では視線ひとつ寄越さず、ゴミのように自分を三年間も無視し続けたあの傲慢な女が……なぜ、己が完全に未練を断ち切り、今世こそは自分のために生きると決めたまさにその時に、これほどまでに狂気に満ちた眼差しを向け、前世では夢想することすら許されなかった狂気の沙汰を演じているのか?!


意識が薬効と闇の中に完全に呑み込まれようとした最後の刹那、恐怖に掻き乱されていたルシアの脳の深奥で、現代の社畜として培った理性の一線が激しく跳ねた。


おかしい。


この女の行動は、あまりにも常軌を逸している。


北境の軍団を統率し、万人の血で手を染めてきた冷血な支配者が、身分の卑しい平民の家庭教師に対して、何の前触れもなくこれほど病的で狂乱的な執着を抱くはずがない。


もし「愛」という変数が論理的に成立し得ないのだとすれば、あらゆる荒唐無稽な非合理的仮説を排除した後に残る唯一の答えは――利益と、危機。


電光石火の如く、無数の欠片がルシアの脳内でパズルのように噛み合っていった。


前世におけるあの奇襲、胸を直接貫いたあの致命的な爆炎。


ルーカスの幼少期に両親が遭った惨烈な暗殺。先代大公が今なお病床に伏している重い障害。果ては、先刻のルーカスによる過剰なまでの抜刀と警戒態勢……。


この堅牢に見えるグラフィエン公爵邸は、最初から一度として安全であったことなどなかったのだ!


暗殺とは突発的な事故などではない。公爵家の頭上に十数年もの長きにわたり吊るされ、常に隙を伺い続けているダモクレスの剣そのものだったのだ!


ルシアの歯根がガチガチと鳴った。彼女は四肢に残された最後の力を振り絞り、震える指先でカリーナの胸元の漆黒の襟首を力任せに掴み取った。


彼女は重い瞼を無理やりに押し上げ、唇の隙間から細く、掠れた喘ぎを絞り出した。


「公爵邸に……刺客が……いるのですね……?」


その微かな囁きが落ちた瞬間、ルシアははっきりと目撃した。


直前まで狂気的な執着と貪婪さに満たされていたはずのその美貌から、一瞬にして血の気が完全に引き絞られたのを。


カリーナの全身が、凍りついたように硬直した。


女公爵の瞳孔は激しく収縮し、呼吸すら半拍止まっていた。それは最も触れられたくない秘め事を白日の下に晒された者だけが見せる、蒼白な戦慄そのものであった!


カリーナのその反応を目の当たりにし、ルシアは心の中で声もなく口元を歪め、極めて苦々しく、されどこの上なく腑に落ちた冷笑を浮かべた。


やはり。


私の推理は当たっていたのだ。


すべての論理が、この瞬間に完全に閉じた――。


前世の自分は、偉大な愛のために散った聖女などでは決してなかった。己には理解すら及ばぬ支配者層の政治闘争に巻き込まれ、身代わりの捨て駒として殺されただけに過ぎなかったのだ。


そして今世においても、たとえ公爵邸の警備が表向き厳重であろうと、ルシアの立場とは何だ?


雀の涙の手当てを受け取るだけで、貴族の叙爵も受けておらず、神の前で忠誠の誓約すら交わしていないただの平民の家庭教師に過ぎない。


階級制度の厳格なこの帝国において、部外者である平民が公爵邸の中で変死を遂げれば、大掛かりな手口すら必要としない。


「北境大公は平民を虐げ、無能ゆえに賊を引き入れた」という不名誉な汚名を着せ、元老院の弾劾裁判においてカリーナに致命的な傷を負わせるための絶好の口実となってしまう。


だから……すべて辻褄が合うのだ。


カリーナが先ほど見せたあの唐突な優しさも、背筋が凍るほどの熱情も、果てはあの震える狂気じみた口づけすらも――。


すべては、演技だったのだ。


これは極めて高度で、莫大な対価を支払った政治的な偽装なのだ!


カリーナは自分を隠さねばならない。最も警備が厳重で、羽虫一匹すら侵入できぬこの主寝室に軟禁しなければならない。


だが、公爵邸が何者かに侵入されていることを公表すれば、内部の恐慌を招き、藪を突いて蛇を出すことになる。


ならば、若き家庭教師を二十四時間、女公爵の私室に閉じ込めておきながら、誰にも疑われず、誰もが納得する名分とは一体何なのか?


ただ一つ――「公爵の愛人」。


暗がりに潜む政敵や密偵の目には、強大な権力を握り生涯独身を宣言した女公爵が、自室で従順な平民の小鳥を囲い、情欲に溺れて白昼から深閨で睦み合っている……それこそ貴族社会において日常茶飯事の爛れた私生活に過ぎず、何者も「屋敷内部が致命的な暗殺の脅威に晒されている」などという真相を疑おうとはしない!


家の体面と政治的取引のために、この北境の大公は己のプライドをかなぐり捨ててまで、身分の卑しい平民の小娘を相手に、これほど真に迫った影絵芝居を演じてみせたのだ。


ルシアの手から力が抜け、掴んでいた襟首から指先が滑り落ちた。重い薬効が、彼女の瞼を一寸ずつ押し下げていく。


視界が完全に虚無へと沈む最後の一瞬、彼女は首を巡らせ、主寝室の高窓に嵌められた玄武岩の彫刻格子を辛うじて見据えた。


午後の陽光は眩しいほどに煌めいていたが、風に揺れるカーテンの隙間の向こう――築山の陰、屋根の庇の闇の中に、冷たい双眸が潜み、この大ベッドの上の閨事を冷然と覗き込んでいるような錯覚を覚えた。


……なるほど。


窓の外には……監視の目が光っているのですね。


素晴らしい大根役者ぶりでしたよ、大公閣下。


ルシアはすべてを見透かしたと思い込んだまま、疲弊と寒々しさを抱いて、カリーナのあの灼熱の抱擁の中で、完全に意識を手放した。

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