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重度カードゲーマー女子、過労死転生した異世界でも恋愛をプレミして詰んだ件  作者: 酣睡


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69/119

圧倒的な実力差と、信念打ち砕かれし少年

教皇庁の深奥に位置する訓練場は、極めて稀少な万年対魔青石(たいませいせき)によって敷き詰められていた。そこは教皇庁が歴代にわたり狂暴な異端を処刑し、聖殿騎士たちが限界の試練に挑んできた場でもあった。


四方の石壁には、刃によって引き裂かれ、高階梯の神術によって焼き溶かされた焦黒の亀裂が無数に刻み込まれている。


空気中には、万年の時を経ても消えぬ冷徹な鉄錆と湿った苔の匂いに加え、濃厚な殺気が凝固していた。


二人は演武場の中央へと歩み出た。


足元には、とっくに煤けて黄ばんだ古びた白線が一本。ルシアはその華奢な身体を白線の右側に無造作に置き、いかにも脱力した様子で重心を曖昧に漂わせていた。


対するガルクは、日に焼けた逞しい上半身を露わにし、白線の左側で大剣を構え、わずか十歩の距離を隔てて対峙している。


「で、では……両者、位置につい——」


オースが額の脂汗を拭い、震える右手を挙げた。胸の奥からホイッスルを鳴らす暇もなく、音波が喉を突き抜ける前に、ガルクの獣じみた瞳の中で、野生と殺戮の本能が導火線に火をつけられたように爆発した!


「能書き垂れてんじゃねえ、喰らいな——ッ!」


コンマ一秒の躊躇すらなく、ガルクの肉体は音速すら置き去りにして突進した!


少年の右腕の腱が鋼の巻き上げ機のように激しく軋み、皮膚の下で脈打つ筋肉の筋が狂おしく波打つ。


数百キロにも及ぶ、黒玄鉄の単一塊から鍛造された刃無き巨剣(オオツルギ)を一腕で薙ぎ払い、重厚な鉄の塊が大気を裂いて耳を劈く爆音を叩きつける!


足裏が敷石を踏み砕いた瞬間、演武場全体の床が地震に見舞われたかのように激しく沈み込んだ。


鉄鎖を引きちぎった狂乱の幼狼と化した少年は、凄まじい風圧を突き破り、崩山裂石の勢いをもって、ルシアの今にも折れそうな細い首筋を目掛けて無慈悲な横薙ぎを一閃させた!


武徳の欠片もない、奇襲とも呼ぶべき致命の一撃。だが、ルシアは睫毛一つ動かさなかった。


両足を無造作にその場に据えたまま、踵すら半寸たりとも動かさない。


晦渋な呪文も、複雑な結印も、あるいは魔力を練り上げる予備動作すら一切存在しなかった。


黒鉄の大剣が彼女の黒髪の毛先まであと三寸に迫った刹那、虚空に突如として冷たい水銀の輝きを放つ液態金属の鏡面が張られた――水銀屏障。


轟――ッ!!


大剣が水銀の鏡面に真っ向から激突し、攻城槌が城門を叩き割るかのような轟音が炸裂した! 狂暴な衝撃波が実体のある暴風となって四方へ吹き荒れ、数十メートル先にある砕石と粉塵を無残に巻き上げる!


しかし、わずか薄皮一枚に見えたその水銀の流体は、破壊的な質量を浴びても決して崩壊しなかった。


それどころか激しく陥没し、無数の緻密な波紋の渦へと姿を変え、底知れぬ巨大な網の如く、ガルクが放った数千ポンドの凶悪な運動エネルギーを、音もなく分解し、呑み込んでみせたのだ。


ルシアは感情を殺した顔でその場に佇み、ただ気だるげに左手を持ち上げた。


掌を上に向け、優雅に、そして緩慢にそれを翻す。


澄み切った空間の共鳴音とともに、深褐色の鞣し革と精緻な黄銅の蝶番によって装丁された、重厚で古めかしい手札(ノート)が掌の上にふわりと現出する。


直後、病弱な少女のそれと見紛うばかりの白く細い左手首の周囲に、指先ほどの大きさの、ダイヤモンドのように透き通った五粒の魔力貯蔵水晶が虚空から結晶化した。


五粒の水晶は、まるで超高級時計の歯車のように寸分の狂いもない幾何学的軌道を描き、彼女の手首を取り巻いて静かに輪転し始める。一周するごとに、虚空へと微かな幽藍の光痕を刻みつけていた。


「チッ、鉄板みてえに硬えな……!」


初撃を阻まれ、跳ね返された反動でガルクの虎口は激しく痺れていた。だが、その瞳の野生が消えるどころか、むしろ口元を歪め、見る者を戦慄させる獰猛な笑みを浮かべた。


「なら、その亀の甲羅ごと肉塊に変えてやるよォッ!」


言い放つが早いか、少年の影は半空で人体力学を無視した軌道を描き、急激に捻じ曲がった。


彼は決して、学院派の規律に縛られた剣士などではない。荒野で数多の魔獣と殺し合うことで骨の髄に刻み込まれた肉体の記憶が、純粋な本能と慣性のみに依存する我流の戦法を生み出していた。


大剣が水銀に弾かれた瞬間、ガルクは反動を殺して後退するどころか、万力のような左手で重剣の鈍い峰を無理やり掴み取った。


跳ね返りの勢いを利用して空中で身を翻し、狂乱の弧を描きながら、右足を訓練場の黒曜石壁へと叩きつける。重々しい踏み込みが堅固な石壁に蜘蛛の巣状の亀裂を一気に走らせた。


その反発力を借りて二段目の急加速を爆発させ、制御を失った橙色の流星の如く、右上方から垂直に近い角度で頭上めがけて斬り落とす!


ガアンッ、と澄んだ金属音が鳴り響き、水銀屏障は再び寸分の狂いもなくルシアの頭上に凝固し、その一撃を冷徹に受け止めた。


だが、刃が障壁に衝突した瞬間、ガルクはその結果を見届けることすらせず、躊躇なく柄から両手を放した。


落下する重剣の勢いをそのまま残し、少年は慣性の波に乗って地を這うように猛烈なスライディングを仕掛けたのだ。


ルシアの足元へ肉薄した刹那、少年の腰背のバネが唸りを上げて跳ね起きる。右腕の筋肉が隆起し、全身の突進力を乗せた剛烈極まる鉄拳が、ルシアの眼前の水銀屏障へと叩き込まれた!


ドッ!!


拳が衝突した鈍い衝撃音が上がった直後、頭上から重力と加速度をまとって唸りを上げていた大剣が、耳を刺す風切り音とともに落下し、少年の拳と挟み撃ちにする形で、同じ水銀屏障へと同時に炸裂した。


拳の威力と剣圧が重なり合い、実体めいた衝撃の波紋を撒き散らす。だが、水銀の流体は二重の波紋を揺らめかせただけで、その鋭利極まる挟撃を涼しい顔で受け流してしまった。


攻撃が完全に無効化されたのを見ても、ガルクの瞳の飢えは増すばかりだった。


彼は空中で跳ね上がった大剣の柄を背手で正確にひったくると、着地の勢いをそのまま腰の回転へと乗せ、唸る剣先が大気に二筋の悲鳴を刻みつけながら、ルシアへ向けて重厚無比なる十字斬を疾風の如く叩き込んだ!


ガアン! ドン! ゴオオォッ! バキイィッ――!


少年の残像は、もはや交錯する橙色の残光へと溶けていた。左からの跳ね上げ、背後からの刺突、大剣を支点にした跳び蹴り、そして重力を引いて両手で叩きつける暴虐の振り下ろし。


ガルクは呼吸法を完全に捨て去り、技の間の繋ぎや予備動作すら投げ打っていた。障壁に弾かれた反動を、そのすべてを次なる一撃の推進力へと強引に変換し続けていたのだ!


地下演武場の中に、金属が交錯する狂暴な打撃音がスコールの如く降り注ぐ。


逆巻く風、少年が地を蹴る足と重剣の余波によって黒曜石の敷石が次々と破砕され、吹き飛んだ砕石が散弾のように結界へバチバチと火花を散らした。


しかし――。


ガルクの攻撃がどれほど変幻自在で、どれほど怒涛の勢いであろうと、どれほど理外の軌道を描こうと、その銀白の水銀流体は、常に人智を超えたミリ秒の刹那において形状を変え続けた。


ある時は傾斜した流体の滑り面となって大剣の落下の勢いを軽くいなし、ある時は回転する幾筋もの銀の渦となって、薙ぎ払いの鈍力をそっくり大地へと逃がしてしまう。


そして、ルシアはといえば。


最初から最後まで、ただその場に立ち尽くしていた。


質素な革のショートブーツは、煤けた白線の後ろに寸分の狂いもなく据えられ、塵一つ踏み外していない。


重装騎士数十名を鉄屑のミンチに変えるほどの猛攻を身近に受けながら、彼女は退屈そうにすら見えた。


ルシアは伏し目がちに、腰に提げた深褐色の小さな瓢箪を片手で持ち上げた。周囲で激しく爆ぜる金属の火花に一瞥もくれず、桜色の小さな唇で瓢箪の木栓をくわえると、前歯で軽く力を込める。


ポンッ、と小気味よい音が響いた。


木栓を手のひらに吐き出し、彼女は折れそうな白い首筋をわずかに反らせると、目の前で狂ったように剣を振るう少年を意にも介さず、瓢箪の口に口唇をあて、底に残っていた最上級の年代物ワインを最後の一滴まで喉へと流し込んだ。


ここ最近、彼女がこれほどまでに酒浸りになっていたのは、表向きは暴走する魔力神経に酔いという名のブレーキをかけるためだった。


だが、その実のところ、心の奥底で渦巻く狂おしいほどの思念を、自暴自棄になって押し殺すためであった。


泥酔し、意識を朦朧とさせていなければ、たとえ火花散る生死の立ち合いの最中であっても、カリーナの息の詰まるような偏執的な独占欲や、クレアの泣きじゃくる呼び声が、骨に巣食う蛆虫のように頭の中を食い荒らしてしまう。


その逃げ場のない罪悪感と愛しさが、毎分毎秒、この壊れかけた身体をずたずたに引き裂いてしまいたいほどの苛立ちへと変わるのだ。


だが――今はもう、すべてがどうでもよかった。


唇の端から零れ落ちた芳醇な暗赤色の雫をそのままに、ルシアは墨緑の瞳を微睡むように細め、脳内を侵食していく微酩の浮遊感に身を委ねた。その口元には、どこか病的な安らぎの笑みすら浮かんでいた。


「あんた……マジで俺を舐めてんのかッ?!」


その光景が、張り詰めていた少年の堪忍袋の緒を完全に叩き切った。


命を削り、荒野の戦士としての矜持を賭けた連撃が、相手にとっては酒を飲む手を止める理由にすらならなかったというのか。


ガルクはルシアの五歩手前で踏み止まり、全身を激しく震わせた。


脳内の、理性と自制を司る最後の神経が――プツン、と断ち切られた。


「グオオオォォォオオッ――!!!」


それはもはや少年の発する声ではなかった。太古の荒野から目覚め、完全に逆鱗に触れられた古の凶獣が、死の淵で上げる咆哮そのものだった。


ガルクの上半身の筋肉がミシミシと膨張し、鋼の如き青筋が腹から胸、そして首筋を這い上がって顔面を覆い尽くす。


血管の中を煮えたぎる鉛のような血が駆け巡り、肌は灼熱の赤に染まり、毛穴の至る所から高圧蒸気じみた灼熱の白煙が噴き出した!


そして――極限の肉体領域を踏破し、凡人を凌駕した強大なる剣士のみが到達し得る境地、【闘気】が、地底から突き破られた火山のように爆発した!


ゴオオォォォンッ――!!!


演武場内の空気が、一瞬にして発火した。


それは生ぬるい魔力の光などではない。純然たる破壊の重圧を孕んだ、血紅色の狂暴な気浪だった! まるで地獄を飲み込む血の嵐のように、深紅の気焔が訓練場の天井を突き上げ、密閉された空間内の気圧が一気に限界まで押し潰される!


鼻を突く血生臭さと焦熱の嵐が耳を塞ぎたくなるような音爆の悲鳴を上げ、見守っていたオースとヴァレリーは立っていることすら叶わず、法衣を激しく羽ばたかせて数十メートル後方へと顔を覆って退避した。


壁の窪みに灯されていた数十本の魔法の松明が、その暴虐な血色の闘気によって、一瞬にして爆散し火の粉へと変わった!


「守護者だか何だか知らねえが――叩き潰してやるッ!」


ガルクは数百キロの無鋒巨剣を両手で万力のように締め上げ、鈍い刀身の上に血色の闘気を狂おしく燃え盛らせ、引き伸ばした。漆黒の鉄剣は瞬く間に、五メートルにも及ぶ深紅の嵐を纏う滅びの神兵へと変貌を遂げる!


少年が右足で大地を強く踏み抜いた――。


地下ホール全体が激震し、ガルクの足元の黒曜石が、半径五メートルにわたって一瞬で陥没、破砕した!


その凄まじい反作用を受け、彼は天災の威を宿した血色の流星となって虚空へと跳ね上がった。


両腕の青筋を爆ぜさせ、研ぎ澄まされた血肉、生命力、そして狂暴を極めた血の闘気のすべてを刃先へと注ぎ込み、下方にある華奢な影をめがけ、高空から垂直に叩き落とす!


刃が届くより早く、狂乱の風圧が床に何条もの裂け目を刻みつけていた。


山を穿ち、巨大な城門すら鉄屑に変えるであろう必殺の一撃。だが、ルシアは酒気でぼんやりとした様子で、わずかに首を傾げただけだった。


その足は白線の上に据えられたまま、重心をミリ単位すら動かしていない。


ただ、左手首の周囲を規則正しく輪転していた水晶のうち、一粒が眩いばかりの深藍の輝きを放った。


ザァッ――!


薄氷のようだった水銀屏障が、瞬時にして無数の精密な錬金術式が流転する、完全なる透明度を誇る絶対の重壁へと硬化した。


刹那、彗星が地表を撃ち抜いた。


ドガアアァァァンッ――!!!!


言語を絶する爆発が、二人の交錯点から爆ぜ散った!


それは生半可な激突ではない。肉体の極限たる血色の闘気と、至高の錬金防御術式による真正面からの喰らい合いだった。


目も眩む血光と銀の閃光が接触面で激しく軋み合い、やがて視認できるほどの深紅の環状衝撃波となって狂乱のまま薙ぎ払われた。演武場の黒曜石の敷石が紙屑のように剥ぎ取られ、破砕され、塵芥へと擂り潰される!


煙塵が巻き上がり、砕石が散弾となって四方八方へ降り注ぐ。教皇庁の偏殿の床全体がその力に激しく揺れ、地表には直径十数メートルに及ぶ巨大な擂り鉢状のクレーターが穿たれていた!


「ハァ……ハァ……ハァッ……」


深坑の中心で、ガルクは砕石の中に両足を沈め、両手で大剣の柄を力任せに押さえつけていた。


血色の闘気は焼き尽くされ、少年の胸は鞴(ふいご)のように激しく上下していた。


滴る汗と立ち上る白煙が顎を伝って零れ落ち、剛腕の筋肉は先ほど走った絶望的な反動によって小刻みに痙攣し、引き裂かれるような激痛を訴えている。


彼は大剣の切っ先の直下を、獣のように細めた瞳で見つめていた。


あの傲慢な女が粉々に砕け散ったか、あるいは血を吐いて吹き飛んだ無様な姿を待ち望んで。


だが――。


吹き荒れる血風が硝煙を散らした刹那、ガルクの眼前に現れた光景は、彼の骨髄のすべてを一瞬にして凍りつかせた。


血肉の飛散などない。


血を吐いて倒れてすらいない。


それどころか、一ミリの後退すらしていなかった。


ルシアは、何事もなかったかのようにそこに佇んでいた。


彼女の足は、その薄い革靴は、最初に引かれた煤けた白線の真後ろに、寸分の狂いもなく揃えられていたのだ。


水銀屏障はすでに細かな銀の雫となって、星屑のように彼女の周囲を静かに浮遊している。


ゆったりとした黒いローブが微風に翻り、その全身には、あの荒れ狂う血の闘気によってほつれた糸一本すら見当たらない。左手首に残る四粒の魔力水晶は、変わらぬ冷徹な精密さで、規則正しく輪転を続けていた。


そして、ガルクの尾骶骨から頭頂部へ向けて、真の悪寒を突き上げたのは――。


彼の正面で、微酔に頬を染めた黒髪の少女が、わずかに首を傾げ、可笑しそうに目を細めて彼を見ていたことだった。


そして、彼女の白く細い人差し指と中指の間には、角の擦り切れた一枚の白い湿布(こうやく)が挟まれていた。


まるで猫じゃらしでじゃれつく子犬をあやすかのように、彼女は少年の眼前で、それをゆらゆらと、気だるげに揺らしてみせたのだ。


ガルクの瞳が激震した。震える手で、反射的に自分の鼻梁を触る。


……何もない。


鼻の頭はツルリとしており、そこには剥がされたばかりの微かな外気の冷たさだけが残されていた。


その瞬間、少年の世界観は音を立てて崩壊した。


誇りとしていた我流の剣法も、血肉を削って爆発させた血色の闘気も、演武場に穿った十数メートルの大穴すら……相手を一歩たりとも動かすには至らなかった。


何よりも恐ろしいのは、あの天変地異の如き血の嵐が吹き荒れた激突の極限において、この女が一体どれほどの余裕と、どれほど神速の域にある動きをもって、己の護体闘気をすり抜け、格好をつけるために毎日貼り続けていた鼻の上の湿布を、精確に、そしてこれ以上ない屈辱とともに剥ぎ取っていったのかということだ。


ルシアは酔気を含んだ墨緑の瞳を眇め、少年の傷一つない無防備な鼻梁を見下ろすと、底意地の悪い戯れの笑みを浮かべ、軽やかにからかうように口を開いた。


「あら……この湿布、ただの飾りだったの? てっきり、鼻でもへし折られたのかと思ってたわ」


ルシアが見せつけたのは、真に頂点に君臨する者の強さであった。それは喚き散らすような咆哮でもなければ、単なる腕力ですべてをねじ伏せる傲慢さでもない。骨の髄まで染み渡った、揺るぎなき「従容(しょうよう)」であった。


生死を分かつ戦場において、真の強者とは何たるか。いかに狂乱の猛攻に晒されようとも、心境を明鏡止水の如く保ち続けられるか。


刹那の交錯において、相手の底を完璧に見透かし、その凶悪に見える一撃が我が身を傷つけ得るか否かを正確に見極められるか否か。


ルシアは無造作に指先を緩め、剥ぎ取った白い湿布を足元の瓦礫の中へとひらりと落とした。


そして、腰に提げた空っぽの深褐色の小瓢箪を片手で持ち上げ、擂り鉢の底で立ち尽くすガルクの前で軽く揺すってみせた。中から革を叩く残液の、虚しい音が数滴分だけ響く。彼女は極めて気だるげな声色で、くすりと笑った。


「酒も飲み終わっちゃったわよ。私の髪の一本すら、掠りもしなかったけれど」


立ち合いの前であれば激昂してしかるべきその嘲笑を浴びせられても、今回ばかりは、ガルクの怒りに火がつくことはなかった。


少年の剥き出しの胸板が激しく上下し、何の遮蔽もなくなった鼻筋を、汗が音もなく伝い落ちる。ガルクの瞳から野生と傲慢は綺麗さっぱり抜け落ちており、代わりに宿っていたのは、息すら詰まるような衝撃と畏怖だった。


直前の一連の剣撃に、己がどれほどの殺意を注ぎ込んだか、彼自身が一番よく知っていた。そして、目の前の少女は終始、足一つ動かさなかったのだ。


ガルクの胸中に湧き上がったのは、死線を潜り抜けたことへの安堵と、かすかな感謝ですらあった。この黒髪の少女が、極限まで手加減をしてくれたことくらい、彼にも分かっていたのだ。


もしこれが、一切の情けを捨て去った本物の殺し合いであったなら。先ほどの深淵の如き実力差を前にして、己の肉体がミンチとして辛うじて識別できる形で残っていたとすれば、それだけでも神仏に感謝せねばならないところだったのだから。

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