亡霊の特権と、破格の優勝報酬
精巧な聖徽が刻まれた教廷の重装黒檀馬車が、砂利の敷き詰められた林道を疾駆していた。
凍土を踏み荒らす車輪の激しい揺れが、分厚い絨毯を貫いて車内へと容赦なく突き上がってくる。
教廷において「移動する行宮」と称されるその密閉された空間には、今や極めて濃密で、醱酵して酸味を帯びた安麦酒の悪臭が充満していた。
「……ぅ……っ、げほっ……」
ルシアは、幾重にも天鵝絨のクッションが敷き詰められた長椅子の上で、全身を丸めて蹲っていた。
血の気の引いた青白い額を桃香の首筋へと強く押し当て、暴走する魔力によって燻る熱を帯びた頬には、不自然な灰白色の脂汗がびっしりと浮き出ている。
長生寺という破れ寺をようやく離れ、神殿そのものの強烈な拘束から解き放たれたのだから、外の寒風に当たれば少しは酔いも醒めるだろうと高を括っていた。
だが、長年のアルコールに侵された脆弱な胃袋は、出立直前に煽った半樽もの烈酒と、山道を行く馬車の狂ったような悪路の揺れの直撃に耐えられるはずもなかった。
胃の腑が引っくり返り、揺れるたびに冷酷な手で内臓を雑巾のように絞り上げられるような錯覚に襲われる。
酸苦しい液が喉元まで競り上がってくる。その眩暈と窒息感は、守護者としての反噬に苛まれる苦痛よりも数百倍も忌まわしいものだった。
「ルシア様、大丈夫ですよ……私がおります。胃の中の澱みを吐き出してしまってください、無理に堪えてはなりません」
桃香は敷物の上に正座し、ルシアの全身をその柔らかく温かな胸元へとすっぽりと抱き寄せていた。
片腕をルシアの痛々しいほど細い腰へと回し、もう片方の手で激しく上下する背中を優しく撫で下ろしながら、掌から途切れなく穏やかな火行の真気を送り込み、愛しい者の胸に渦巻く嘔吐感を鎮めようと努めている。
自らの淡青色の着物がルシアの口元の酒染みで汚れることなど気にも留めず、桃香はただ頭を垂れ、吐き気による生理的な涙を柔らかな指先で拭い去り、熱を持つこめかみへそっと唇を寄せながら、偏執的で低い声で宥め続けた。
「もう少しの辛抱です……宿場に着きましたら、生姜の温湯を煮出して差し上げますからね」
ルシアは青ざめた唇を噛み締め、桃香の胸元の布地を細い指で強く握り締めたまま、言葉一つ紡ぐことすらできず、掠れた苛立ち混じりの呻きを漏らすのみであった。抱き抱えられた機械梟の刻刻も、小さな歯車を鳴らして慰めるような音を立てている。
現在のルシアは最悪の極致にあった。覚醒状態では体内の「忘却の魔力」が凄惨な責め苦をもたらし、烈酒に溺れて半夢半醒の泥濘に沈むことでのみその侵食を緩和できるというのに、馬車の揺れがここまで過酷だとは計算外であった。
彼女たちの向かいの長椅子には、ようやく見繕った代えの白麻の祭司服に身を包んだものの、頭上の黒焦げのアフロヘアーが依然として強烈な異彩を放つ教皇オースが、茶杯を手に座していた。
彼は気まずげに、そしていつ爆発するかと戦々恐々とした眼差しで、今にも胃の中身をぶちまけそうな黒髪の女を見つめている。
「……あの、ルシアさん、薄荷水でも飲んで少し落ち着かれては?」
オースは相手の機嫌を損ねて車内で即興の錬金陣を叩き込まれぬよう、恐る恐る杯を差し出した。
だが、ルシアは瞼を開ける気配すら見せず、ただ氷のように冷徹な「近寄るな」という殺気だけを放っていた。
オースは察して静かに茶杯を引き、息詰まるような車内の空気を逸らそうと、わざとらしく咳払いを落とした。
「コホン……実のところ、太古の絶嶺へ向かうのは、私が一方的に君を肉盾として巻き込んだわけでもないのですよ」
オースは風に乱れた襟元を整え、僅かに表情を引き締めた。
「三大陸が連合して執り行う『太古絶嶺狩猟祭』は、名目上は至高の正義です――君もご存知の通り、深淵の黒獣は数十年に一度、爆発的な繁殖期を迎える。絶嶺深部に巣食う古の災厄種や高階層の魔獣を定期的に間引きせねば、雪解けの春を迎えた途端、数万もの獣潮が帝国や周辺諸国の平民の街を蹂躙することになる。各大陸の精鋭騎士団や魔導部隊を総動員するのは、表向きは民の憂いを払う神聖なる武威の顕示なのです」
そこまで語ると、オースの口元には政治家特有の嘲笑と皮肉が浮かんだ。
「もっとも、神聖な大義など大衆に見せるための幕に過ぎません。貪欲な帝国の皇族、貴族の門閥、果ては異端の教派に至るまで、奴らが命を賭して深山へと繰り出す真の動機は――狩猟祭の優勝報酬にあるのです」
彼は指を一本立て、揺れる車窓から遠方の険しい雪山の輪郭を見据えた。
「これは、剥き出しの経済的再編なのです。百年前に三大陸の帝国が交わした聖なる条約には、明確に記されている――狩猟祭において最強の魔物を屠り、総合得点の首位をもぎ取った勢力は、次の狩猟祭を迎えるまでの間、他二国の『全面的な関税免除特権』を掌握する、と」
オースは桃香の腕の中で眉を顰めたままのルシアへと視線を戻し、声を潜めて続けた。
「大陸間貿易に絡む金は、数千億に及ぶ魔導鉱石、食糧、軍需物資、贅沢品……。免税権を手中に収めた者は、向こう数十年にわたり敵国の商業の動脈を締め上げ、莫大な富を独占できる。だからこそ……カリーナの北境軍団は最高峰の重騎兵を率い、クレアの魔導同盟は主席魔導士団を差し向け、皇太子クロード自らが督戦に当たり、そして他国の教皇どもは私という障害を消そうと躍起になっているのです」
オースは嘆息し、お手上げとばかりに両手を広げた。
「どの勢力も、免税の特権を象徴する災厄種の首級を血眼で狙っている。私たちがひとたびあの猟場へ足を踏み入れれば、四方八方から命を刈り取る刃が押し寄せるのは、火を見るより明らかなのですよ」
長椅子の上のルシアは、依然として目を閉じたまま眉根を寄せていた。
大陸の覇権を巡るオースの長々とした計算を聞き終えた彼女は、喉仏を微かに動かして狂おしい逆流をねじ伏せ、桃香の胸元から掠れきった、底知れぬ倦怠の籠もる嘲りを絞り出した。
「……語り終わったかい?」
「え、ええ……終わりましたが」
オースは虚を突かれたように瞬いた。
「終わったんなら……黙りな」
ルシアは熱を帯びた顔を桃香の腕の中へとさらに深く埋め、酒気と殺意の滲む声を落とした。
「……これ以上このポンコツ馬車を揺らしてみな……刺客に殺される前に、あんたを車輪の溝に叩き込んで挽き肉にしてやるからさ……」
車輪が隆起した凍石を轢くたび、ルシアは己の魂が見えない巨手に引きずり出されるような感覚に襲われていた。
もはや限界だった。
果てしない眩暈と内臓を抉る激痛の中、学者としての思考回路が極限まで追い詰められていた。彼女は至って真剣に思考を巡らせていたのだ。
烈酒で泥酔する以外に、神経系をあの「半夢半醒」の遮断状態へと落とし込む術はないものか、と。
前世である地球の記憶を手繰れば、激痛を数分で麻痺させ、虚妄の恍惚をもたらす依存性の高い違禁薬物が存在することは知っていた。
だが、世界から見捨てられた深淵の守護者に零落しようとも、かつて研究員であった矜持と倫理の残滓が、それを頑なに拒絶していた――脳を完膚なきまでに破壊し、自己の輪郭を奪い去る劇薬の類いなど、死んでも手を出してなるものかと。
だが、禁薬を拒んだツケが、まさにこの無様極まる現状であった。
胃底の酸水がアルコールの気配を伴って狂ったように逆流し、喉が熱湯を注がれたように焼ける。激しい悪心は、馬車の無情な跳躍によって、とうとう最後の防壁を決壊させた。
「っ……!」
痰壺や布を探す猶予など残されていなかった。生存本能に突き動かされた彼女の、先ほどまで脱力していた腕が瞬時にして驚異的な速度で跳ね上がり、向かいのオースが羽織ったばかりの新しい祭司服の襟首を鷲掴みにして、力任せに手元へと引き倒したのだ!
「待っ――!? ルシアさん、何をす――」
オースの悲鳴が喉で引き攣る。
ルシアは容赦なく高価な法衣の胸元を引き剥がし、その雪白色の内張りに向けて、顔を突っ込むなり一切の躊躇なく勢いよくぶちまけた。
「おえぇっ――ごほっ、げほっ……!」
強烈に酸敗した安麦酒と未消化物が、体内の過剰魔力が排斥された淡い金光の飛沫と共に、至高たる教皇の胸板へと余すところなく滝のように降り注いだ。
数秒後、ようやく胃の腑の底まで吐き出し終えたルシアの体内に、えも言われぬ解放感が満ちてゆく。
乾ききった腹腔の奥底に潤いが行き渡るかのように、頭蓋を破裂させんばかりの脳圧と窒息感が潮が引くように去り、水底から水面へと浮上したかのように、深い息が肺を満たした。
「ふぅ……はぁ……っ」
ルシアはオースの襟を掴んでいた手を満足げに放し、重荷を下ろした子猫のように、桃香の柔らかな抱擁の中へと倒れ込んだ。
桃香は痛ましげにその身を受け止め、口元に残る雫を指先で優しく拭うと、柔らかな天鵝絨の毛布でその華奢な体を包み直した。
ルシアは安堵に目を細め、桃香の白くしなやかな首筋に火照った頬を深く擦り寄せ、喉の奥から猫のような微かな吐息を漏らした。
「……せいせいした」
ルシアは微かに涙の滲む墨緑の瞳を薄く開き、向かいで石化した彫像へと視線を流した。天気を論じるような平坦な声で告げる。
「よし、これで話を聞く余裕ができた。で……あんたは一体どんな厄種を抱え込んだら、私のような守護者級の化け物を護衛に駆り出す羽目になるんだい?」
向かいの席で、オースは前傾姿勢のまま両手を虚空に固まらせ、魂が肉体を抜け出しかけていた。
彼は己の胸元に広がる、鼻を突く酸臭を放つ麦酒混じりの汚泥を見下ろした。ぬるりとした温かい液体が、胸筋を伝ってズボンのウエストへと流れ落ちてゆくのを感じている。
泣くに泣けないとは、まさにこのことだった。
なぜあの時、忘却の神殿などという禁忌に手を出してしまったのか。なぜあの破れ寺から、このとんでもない厄介者を連れ出すなどという狂気の決断を下してしまったのか、心の底から己の愚行を悔いていた。
この女は……美しい皮を被ったただの悪魔だ。
オースは震える手で汚れにまみれた法衣の胸元を押し開き、酸っぱい空気を肺を満たして引き攣った笑いを浮かべ、自棄になったように冷汗を拭った。
「……ルシアさん、君の減圧手段は、相変わらず神聖なまでの暴力性に満ちていますね」
彼は観念したように息を吐き、馬車から身を投げてしまいたい衝動を無理やりねじ伏せると、自嘲の奥に氷のように冷ややかな影を差させた。
「三大陸の免税権を巡る巨額の利権争いを除けば……最大の急所は、私の身に流れる血脈です」
オースは口元を歪め、泣き顔よりも無惨な笑みを作った。
「私には、皇室の正統なる血が流れている。系図を辿れば、現ノースランド帝国の皇太子クロードの紛れもない従弟にあたる。だが私は、一介の平信徒として枢機卿の座を実力で這い上がり、この至高の教皇の神座に就いてしまった」
オースは己の胸を指差し、その声音には政争の底知れぬ血生臭さが滲んでいた。
「皇帝とクロードの目には、皇室の血を引く教皇など、神権をもって皇権を簒奪しかねぬ最大の逆賊と映る。他二国にとってみれば、皇族の正統性と神権の大義を併せ持つ教皇など、数十年先まで続く最大の脅威に他ならない。そして教廷内部の守旧派どもにとっても、世俗の皇血を引く私という存在は、不浄の呪いそのものなのですよ」
彼は淡い青光を帯びた瞳を上げ、苦渋に満ちた静寂の中でルシアを見据えた。
「皇族の血を引き、かつ現世の教皇であること。この二つの身位が重なっているというただそれだけで……三大陸の全勢力が手を組み、私を千度、万度と殺戮するには十分すぎる理由になるのですよ」
ルシアは桃香の胸元に寄りかかったまま、静かに耳を傾けていた。
嘔吐の後に訪れた束の間の明晰さの中で墨緑の双眸を微かに揺らめかせ、冷淡で嘲弄に満ちた弧を口元に刻む。
「なるほどね」
神権と皇権の忌み子、各大国が寝首を掻かんと狙う毒の棘。
衣服の一枚すら残されぬほど追い詰められるのも、至極当然の成り行きというものだ。
ルシアは毛布の中に顎を引き、目を閉じて、気怠げに言葉を投げかけた。
「なら、あんたのその自慢の『未来予知』とやらも、言うほど融通の利く代物じゃないんだろ? 見たい時にいつでも覗ける全能の視界じゃない。もし未来の筋書きをいつでも捲れるなら、ここまで四面楚歌で針の筵の無様な真似を晒すはずがないからね」
桃香の腕の中から放たれたルシアの淡々とした言葉は、精密なメスの如くオースの虚勢を容赦なく引き裂いた。
オースの口元の笑みが微かに硬直し、否定の言葉は出なかった。
ルシアの双眸に冷徹な光が巡る。彼女はオースが誇る神座の裏側に潜む底知れぬ空洞を見透かしていた。
彼の置かれた死地は想像以上に過酷であり、そして彼が「忘却の石板」に異様な執着を見せる理由も、世界の覇権や神域の探求などではなく――
純粋な保身のため。
忘却の石板が誇る真の権能は、至高の「因果と記憶の切除」にある。
ルシアのように「守護者」に選ばれれば、世界から存在を抹消され、長生寺の地脈に魂を縛られる代償を払わねばならない。
だが、「挑戦者」として守護者を打倒し、正規の手順で石板を継承したならば、その権能は反則じみた概念迷彩と化すのだ。
世の人々は、現世に若く強権的な皇血の教皇が存在することを知っている。
だが神殿の外へ一歩出れば、雑踏を堂々と歩こうとも、行き交う刺客や騎士、密偵の意識からは、彼の容貌、体躯、気配の記憶が瞬時に消去される。
それは永遠の「認知の死角」に身を置くことを意味し、三大陸が放つ暗殺の刃は、狙うべき標的の輪郭を永遠に見失う。
全土から喉元を狙われる教皇にとって、これ以上に完璧な護符は存在しなかった。
そこまで思考を巡らせたルシアは、熱を持つ頬を桃香の柔らかな鎖骨へと深く押し付け、口元に底意地の悪い嘲笑を浮かべた。
そういえば、守護者の肉体に宿る「忘却の特権」を理解して以来、退屈で腐り果てそうな日々の暇潰しとして、彼女はこの権能を弄んで数々の理不尽な悪戯を働いてきたものだ。
それが道理に外れ、道徳的に褒められた行いでないことなど百も承知だった。
だが、名前も、過去も、愛した者たちもすべてを世界に奪われ、存在そのものを亡霊と断じられた身にとって、世俗の掲げる倫理規範など尻を拭く紙屑ほどの価値もなかった。
今でも鮮明に覚えている。
長生寺の麓の寒村で行われた村長選挙での出来事だ。設営された木造の高壇には旗が翻り、身なりの整った敏腕の青年が、胸を張り熱弁を振るって数百人の村人を鼓舞していた。
ちょうど酒壺を提げて通りかかったルシアは、誰の記憶にも留まらぬその顔のまま、白昼堂々、群衆の視線を擦り抜けて壇上へと悠然と上がっていった。
そして、青年が演説の最高潮を迎え、両手を掲げたその刹那――彼女は無表情に両手を伸ばし、男のズボンのベルトを掴むと、長ズボンを下着ごと足首まで一気に引きずり下ろしたのだ。
広場は水を打ったように静まり返り、次の瞬間、天幕を吹き飛ばさんばかりの悲鳴と口笛が沸き起こった。
先ほどまで意気揚々としていた青年は、剥き出しの白い足のまま壇上で凍りつき、完熟したトマトのように顔を真っ赤に染め上げていた。
事を起こした張本人のルシアは、逃げようとすらしていなかった。壇の脇で腕を組み、安酒を喉に流し込みながら、被害者と聴衆が織りなす悪夢のような混乱を冷酷に見届けていたのだ。
三秒も経たぬうちに、群衆は青年の無様な姿に指を差して騒ぎ立てたが、壇の傍らに立つ黒髪の女が何をしでかしたのかを認識できた者は一人もおらず、その存在すらも空気のように脳内から濾過されていた。
この病的なまでの悪戯こそが、カリーナとクレアに忘れ去られた果てしない空白の年月の中で、魂の砂漠を僅かに埋める唯一の嗜虐的な慰めであった。
そして、高熱に神経を焼かれ、あの二人への狂おしい思慕に発狂しそうになる夜ごと、さらに危険で陰湿な妄執が幾度となく脳裏をよぎったものだ。
誰にも認識されぬ亡霊の特権を用いれば、厳重に警戒された北境公爵府や、天を衝く魔導同盟の侯爵魔導塔へ、何者にも気づかれず忍び込めるのではないか。
眠るカリーナの寝台の傍らに一晩中静かに佇むこともできれば、クレアの優雅な衣装箪笥を開け放ち、彼女たちの体温と馴染み深い冷香の残る下着やネグリジェ、外套を戦利品のように盗み出し、長生寺の雨漏りする破れ部屋へと持ち帰ることすら叶うのではないか。
そうして、二日酔いの泥濘の中でその布地に顔を埋め、息を繋ぐのだ。
どうせ……あの二人が翌朝に衣類の紛失に気づいたところで、「存在しない人間」を疑う術など、世界のどこにもありはしないのだから。
「……ルシアさん?」
向かいからの、怯えと探りを孕んだオースの呼びかけが、ルシアの沈潜する意識を遮った。
オースは身を竦めて車内の隅へと後退り、吐瀉物に塗れた己の胸元を見下ろし、次いで桃香の胸元で不気味な薄ら笑いを漏らし続ける黒髪の女を戦慄の眼差しで見つめていた。
「君……そんな気色の悪い笑みを浮かべて、まさか頭の中で私をクロードに売り飛ばす算段でも練っているのではありますまいね?」
ルシアは桃香の胸元から億劫そうに視線を上げ、墨緑の双眸に露骨な嫌悪と氷の光を灯した。
「あんたをクロードに売り払ったところで、美味い酒が何樽手に入るってんだい? 被害妄想も大概にしな、教皇様」
彼女はより楽な体勢へと身じろぎし、後頭部を優しく撫でる桃香の温かな掌に身を委ねた。投げやりな声音の底に、残酷な光を閃かせる。
「ただ考えてただけさ……猟場でカリーナやクレアに出くわした時、あんたの防壁を剥がしてあいつらに半殺しにされるのを眺めるべきか、それとも奴らの陣営から……相応の『精神的慰藉料』を掠め取ってやるべきかね」




