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重度カードゲーマー女子、過労死転生した異世界でも恋愛をプレミして詰んだ件  作者: 酣睡


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31/115

真の掟と、思惑すれ違う者たち

打ち捨てられた修道院の皮を被った神殿の大広間に、荒原を吹き抜ける冷酷な風が扉の隙間から細く、鋭く滑り込んできていた。


立ち込めるのは、湿り気を失った腐葉土の微塵と、数千年の時を経てなお石の肌にこびりつく乾涸らびた古血の生臭さ。


その場を満たす空気のすべてが、底の知れない悪意と不条理な困惑に澱んでいた。


ルシアは衣服越しに軋む下腰を片手で庇いながら、その無機質な大扉を幾度も閉ざし、そして押し開けた。


――ギィ、と乾いた蝶番の軋み音が、がらんとした石造りの前庭に三度、四度と冷ややかに反響する。


どこかの機械的な噛み合わせが生んだ悪戯なのか、それとも単なる気まぐれな偶然か。


それを確かめようとするルシアの冷徹な試みは、しかし残酷極まりない事実を浮き彫りにするだけだった。


先刻、三年生の首席候補たるジュリアが全身の魔力を脈動させて体当たりを喰らわせても、微塵の震えすら見せなかった青銅の巨門。


それが今、ルシアの蒼白な手のひらが表面に触れた途端、何ら力を込める風でもなく、ただ軽々と押し開かれ、外の世界へと続く生路をやすやすと見せつけているのだ。


彼女ただ一人に出入りが許され、他の者たちは一歩の踏み込みすら拒絶されている。


「……まさかあんた、その門が開いたのって、単に腰を痛めてるからじゃないでしょうね?」


壁際の石柱に背を預け、腕を組んでいたヴァレリーが、先ほど石扁額の直撃を受けて赤紫に鬱血した額のたんこぶを押さえながら、容赦のない皮肉を吐き捨てた。


その辛辣な調子に、ルシアの端正な眉がぴくりと跳ねる。


屈辱の極みだった。帝国魔法学院において不可侵の天才学者として崇められてきた自分が、馬車から降りた途端に情けなくも腰椎を痛めて歩行すらままならなくなり、挙句の果てにその醜態を神殿の謎解きの鍵として揶揄われるなど。


だが、胸の奥を走った羞恥の熱は次の瞬間に冷え切り、ヴァレリーが放った一見すれば滑稽な当て推量が、ルシアの思考回路の中で昏い閃光を放った。


「……仮に私が今、腰椎の神経組織に重篤な機能障害を負っている状態だとするならば」


ルシアは背骨の深部を走る、筋膜を引き裂くような疼きに息を潜め、沈痛な深緑の瞳を眇めた。


「石碑に刻まれた『完全なる存在は非ず』という文言は、言葉通りの意味――すなわち『損壊した肉体を持つ者』を指しているのではないかしら? 肉体が十全たる機能を喪失し、不完全の刻印を押された状態にあって初めて、神殿の拒絶をすり抜ける資格が得られるのではなくて?」


その冷徹な仮説は、淀みきった湖面に投げ込まれた鉛の重りのように、全員の思考の枷を叩き割った。


最も性急に食いついたのはジュリアだった。崇敬してやまないルシア教授の眼前で自らの覚悟を証明せんと欲した三年生の少女は、躊躇うことなく腰帯の短剣を抜刀した。


銀の刃先が閃き、奥歯を噛み締める音とともに、自らの人差し指の腹を躊躇なく横一文字に切り裂く。


皮膚が裂け、赤黒い生血が溢れ出して、埃に覆われた石畳の上にぽたぽたと染みを作っていく。ジュリアは鮮血に塗れた指先を一同へ掲げて見せると、一切の迷いを断ち切って青銅の門扉へと突進した。


ルシアに対する盲目的な狂信が、彼女の判断力を完全に奪っていた。少女は手加減など露ほども残さず、全身の骨身と魔力の全重量を預け、冷え切った扉の面へと自らを投げ打った――


――ドガァンッ!


骨と金属が正面衝突する、生々しく鈍い破砕音が響き渡る。


しかし、青銅の巨門は太古の氷河のように沈黙を保ち、髪の毛筋一本ほども揺らぐことはなかった。


反作用による激烈な衝撃波がジュリアの華奢な全身を打ち据え、彼女は激痛に顔を歪めながら、氷のように冷え切った扉の板に背を擦りつけて崩れ落ちた。打撲した肩を抱え、荒い息が喉の奥で詰まる。


「……怪我じゃないっていうの?」


ヴァレリーは額の腫れを乱暴に押さえつけ、金色の双眸を険しく尖らせた。最も直接的かつ安易な「自らを傷つけて不完全を装う」という抜け道が完全に否定された今、この不気味な死の領域において、神殿が要求する「不完全」の境界線がどこに引かれているのか、完全に暗礁へと乗り上げた形だった。


「あるいは、突破口は自らを穢すことなどではなく、ルシア教授が先ほど仰ったもう一つの可能性……絶対に完全なる存在を顕現させ、その論理矛盾によって規則を内側から崩壊させることにあるのかもしれませんね」


静まり返った広間に、クレアの耳朶を撫でるような嫋やかな声音が滑り込んできた。


事態は混迷を極めていた。ルシアは通れ、ジュリアは拒絶された。二人の相違点は、前者が腰の激痛に苛まれ、後者は指を切り裂いているという事実のみ。


同じ「負傷状態」に身を置きながら、神殿が下した審判は完全に明暗を分かつ結果となった。


クレアは長い睫毛を伏せ、その深紫の双眸の端で、隊列の末尾に佇む「メガネ男」ロドの姿を冷然と盗み見た。


分厚いレンズの奥から、始終自分を舐め回すように注がれるあの湿っぽく下卑た視線。


この男の存在そのものに、彼女はとっくの昔から全身の毛穴が粟立つほどの嫌悪感を抱いていた。


貴族としての体面、そして自ら幾重にも塗り固めてきた「慈愛深き聖女」の仮面を保つために教え子として遇してきただけに過ぎず、視界の隅に映り込むことすら汚らわしい。


これまでの学園生活においても、クレアは「無力で心優しい導師」の微笑みを絶やさず、ロドを利用して数々の泥臭く厄介な雑務を処理させてきた。


だが、報われぬ片思いに自我を焼き爛れさせた下層の男とは、実に御しやすいものだ。クレアの唇の端から零れ落ちる僅かな施しの甘言一つで、どれほど無様に使い潰されようとも、彼はその惨めな使役に歓喜すら覚えてきたのだから。


欺瞞と虚飾に塗れたこの帝国において、人々はクレアの博愛を讃え、誰もが彼女を至高の初恋の偶像として祭り上げる。


しかし、洗練された礼法と完璧な淑女の皮膚の下に、いかに自己中心的で、他者の命を塵芥としか思わぬ偏執的な怪物が巣食っているかなど、誰一人として想像すらしていない。


クレアは自らを聖母などと思ったことなど、生涯で一度たりともなかった。否、自己犠牲を尊ぶ愚昧な善性こそを、彼女は何よりも唾棄していたのだ。


許されるならば、群がる有象無象を等しく慈しむ太陽などという反吐の出る役回りは今すぐ脱ぎ捨て、すべてのくだらぬ理を蹂躙し、望むものすべてを奪い尽くして、己と対等に呼吸し得る唯一の魂とともに底のない暗渠へと沈んでいきたかった。


幼く、まだ何も知らなかった揺籃の季節、彼女もまた純粋な温もりをもって他者に微笑みかけていた。その頃の純潔は決して偽りではなく、だからこそ目の肥えた上位貴族たちもこぞってその足元に跪いたのだ。


だが、人の心とは澱み、腐臭を放つものだ。成長とともに自らに向けられる無数の眼差しが、剥き出しの濁った肉欲に塗れていることを彼女は思い知らされた。


高位の男たちはその細い項や腰のくびれを飢えた獣の舌先でなぞるように品定めし、如何にして自らの閨に組み敷くかを舌なめずりしながら画策する。


表面上は友人を装って腕を絡めてくる令嬢たちも、サロンの影に回れば毒々しい嫉妬と陰湿な中傷を撒き散らす。


日々繰り返されるその醜悪な汚泥が、彼女の胸の奥底に残されていた最後の情を完全に窒息死させた。


だが、侯爵家の至宝であり、学院に君臨する天才教授という立場上、至高の体面を維持するために彼女はその聖なる皮をさらにきつく縫い合わせ、完璧に演じ続けねばならなかった。


いつしか彼女は帝国中の男たちの夢となり、その胸のうちは凍りついた嘔吐感と疲弊だけで埋め尽くされていったのだ。


この世において、同じ泥濘の中で足掻き、等しく凶暴で残虐な爪牙を持つ従姉のカリーナだけが、彼女の仮面の裏に広がる暗黒を微かに覗き見ていた。


やがてクレアは、骨の髄から完璧な捕食者へと変貌を遂げた。自らの執着を満たすためならば、他人の命を踏み躙ることなど塵を払うほどの躊躇いもない。


そして振り返った瞬間には、無垢で儚げな涙を瞳に湛え、すべての罪を洗い流してみせるのだ。


クレアは衣の袖の奥で、誰にも悟られぬよう指先を微かに跳ねさせた。


次の瞬間、不可視の共振衝撃波が虚空を穿ち、完全に無防備だったロドの下腰へと寸分の狂いもなく叩き込まれた。


「ぐ、ぅあ……っ!?」


筋繊維と神経叢の深部で炸裂した不可視の音波は、人体の限界を超える無慈悲な力で、ロドの腰の両脇にある筋膜を生きたまま引き裂き、歪ませた。


焼き鏝を直接押し当てられたかのような激痛が跳ね上がり、青年は悲鳴にも似た呻きを漏らして膝を折り、床に崩れ落ちかけた。


額から吹き出る脂汗が眼鏡のレンズを曇らせ、彼は乱暴に腰を押さえた。背骨が異様に強張り、その凄まじい苦痛の度合いは、先ほど腰を痛めたルシアのそれと寸分違わぬものだった。


クレアは即座に魔力を収めると、駆け寄る足取りで歩み寄った。深紫の瞳には計算し尽くされた焦燥と無力感が滲み、その声音は守ってやりたいと錯覚させるほど弱々しく震えていた。


「ごめんなさい……ロド! 防御を探ろうとした私の魔力が暴発して、あなたを巻き込んでしまったわ……いま神殿の規則は完全に闇の中よ。この場でみんなのために規則を試す気概を持ってくれているのは、頼もしい男性であるあなたしかいないの……みんなのために、もう一度試してくださるわね?」


水のように柔らかく、すがりつくような甘い懇願。


引き裂かれそうな腰の激痛が神経を苛んでいたが、間近で見つめてくる「私にはあなたしかいない」と語る初恋の女神を前にして、恋情に脳を焼かれたロドの思考は真っ白に染まった。


歪んだ庇護欲と肥大化した自尊心が恐怖のすべてを塗り潰し、彼は奥歯を砕けんばかりに噛み締め、引きつった笑みさえ浮かべてみせた。


「だ、大丈夫です、クレア教授! 僕に任せてください……あなたのためなら、僕が必ず……!」


痙攣する下半身を引きずり、冷や汗を撒き散らしながら、ロドは一歩一歩青銅の扉へと這い寄った。


肺腑の空気を吸い込み、残された全身の膂力を掌へと集中させると、狂信めいた情熱を込めて扉の表面へ渾身の力で突っ伏した!


――ガギィ……。


埃を噛んだ鈍い石の摩擦音は、一瞬で途絶えた。


扉は依然として岩のように硬く閉ざされ、この哀れな信徒に一片の隙間すら恵んでやることはなかった。


「……腰の痛みですら、条件じゃないってわけ?」


ヴァレリーの眉間には深い皺が刻まれた。この神殿の底流にある論理が完全に読めない。


同じ負傷、同じく動きを縛る腰の損傷でありながら、結果は真逆に出た。これによって「単なる負傷が不完全を意味する」という仮説は打ち砕かれ、盤面は再び完全な暗中模索へと引きずり戻されたのだ。


「術者の魔力特性……あるいは錬金回路の有無が関係しているのかしら?」


クレアが数歩退きながら、心細げに別の推論を口にした。しかしヴァレリーは力なく首を横に振る。


「あり得ないわ。ジュリアの生まれ持った副回路は純然たる錬金術式よ。さっき指を切って扉を押した時、彼女は『錬金回路』と『負傷』の二条件を同時に満たしていたけれど、扉はぴくともしなかった。それに軍部の古い記録でも、以前この破壊神殿から生還した兵士の多くは、副回路すら持たない半人前の魔法使いばかりだったとあるわ」


ヴァレリーの断定を聞き届けた瞬間、クレアの伏せられた睫毛が微かに震えた。


誰にも気づかれぬ薄暗がりの中で、彼女の脳裏にはある奇怪で、それでいてあまりに筋の通った結論が浮かび上がっていた――しかし、それを口にするつもりなど毛頭なかった。


扉に寄りかかり、茫然自失となって息を乱しているメガネ男を見つめ、クレアの口元に冷酷な弧が刻まれる。


この神殿は誂え向きだった。隠しているつもりで隠し切れていない、ロドのあの湿り気を帯びた粘つく独占欲には、吐き気を催すほど辟易していたのだ。


身の程知らずの凡庸な学生の分際で、何を勘違いして自分を私物のように見つめているのか。


神殿が実験台を欲し、その規則が混迷を極めているというのなら……「規則を解き明かす」という大義名分のもと、この哀れな虫けらの利用価値を最後の一滴まで絞り尽くし、そのまま神殿の悪意に呑まれて朽ち果ててもらえばいい。


広間の全員の意識が閉ざされた青銅の扉に釘付けになっている隙に、クレアは袖の中に隠した右手の指先に、極めて微弱な幽光を灯した。


彼女は音もなく、ロドの背後へと凶悪極まりない隠蔽術式を植え付けたのだ。


それはあらかじめ標的へ仕掛けておく遅延発動型のマーキング魔術だった。


この術式が肉体に寄生している限り、たとえ数キロ離れようと、どれほど入り組んだ物陰に隠れようと、クレアの念じる一手でいつでも遠隔起動できる。


一度発動すれば、不可視の音波が標的の肉体を逃げ場なく包み込み、血液と体液に極限の高周波共振を引き起こす――血管の中で血液は瞬く間に沸騰し、温度を跳ね上げ、音もなく稼働する電子レンジの如く、対象を内側から生きたまま「煮え爛れ」させるのだ。


命の保証などどこにもない神殿に足を踏み入れた以上、この目障りな男を生きて連れ帰る気など毛頭なかった。


前方の学生たちは扉を前に小声で議論を交わし合っており、隊の背後がすでに冷徹な殺意によって音もなく包囲されていることなど、知る由もなかった。


クレアはロドから視線を外し、前立ちで片手を腰に当てているルシアの背中を見つめた。


その深紫の双眸の深淵で、病的な渇望が濁流となって渦巻いていた。この黒髪の女が欲しくてたまらない。叶うならば、自らの腕の檻の中に永遠に閉じ込め、生涯を共にしたい。


確かに、北境に座すカリーナは容易に揺るがせぬ暴虐の巨獣であり、あの狂人からルシアを奪い取るのは至難の業だ。だが、この混沌とした神殿の中でロドのような羽虫を一匹圧し潰すことなど、手のひらを返すより容易い。


何より、クレアの頭脳において、「破壊神殿」の不条理な謎の答えはとうに輪郭を結び終えていた。


「完全なる存在は非ず」――それこそが最も純粋な表層の解答、すなわち負傷と欠損だ。かつて神殿から生還した帝国兵たちの記録に残る者たちは、一人残らず手足を失い、再起不能の重傷を負った残骸ばかりだった。


今、全員が論理の迷宮に陥っている最大の盲点は、「負傷の程度が、その個体の生命活動に占める損壊比率」にある。


ルシアのあの干からびた肉体がどれほど脆く崩れ落ちかけているかなど、この場の者たちには想像もつかない――長年の拒食、脆い骨、枯渇した魔力回路。


生身の戦闘能力で言えば、荒野をうろつく少しばかり大きな野犬にすら敵わないだろう。


そうしたすでに片足を棺桶に突っ込んでいるような女にとって、腰椎の関節を捻挫したという程度の損傷ですら、自立歩行を含む一切の行動能力を完全に麻痺させるに足る。


神殿の判定において、彼女は文句のつけようのない「生命機能が完全に破綻した合格基準の壊れ物」なのだ。


対するロドは、よりによって肉体強化魔法を専攻する頑強な魔法使いだ。


骨も筋膜も人並み外れて強靭に鍛え上げられている。クレアの衝撃波で引き裂かれた腰の筋肉は確かに激痛をもたらすが、生物としての機能で見れば、彼は依然として十全な戦闘力と生存能力を保持している。神殿が要求する「残損の敷居」には遠く及ばない。


クレアは答えを完全に看破していた。だが、それを明かす気など微塵もなかった。


この規則をロドを合法的に抹殺するための隠れ蓑にするだけでなく、彼女は冷徹に理解していたのだ。


ヴァレリーが各地の神殿を攻略するようルシアを影で唆していることを――利益のために動くあの女は、いつルシアを取り返しのつかない破滅へと突き落とすか分からない。


三年生のジュリアがルシアへ向けるあの盲信に満ちた熱い視線も、クレアにとっては目障りで苛立たしいことこの上なかった。


そしてヴァレリーが連れてきた残り二名の学生も、不測の事態が起きた際には自分にとって都合の悪い証人となり得る。


ならば、誰一人として生かしてはおけない。


クレアは平然とした面持ちで周囲を見回し、心の中で冷徹に損得を天秤にかけた。


この神殿の混乱に乗じてルシア以外の全員を誰にも悟られず消し去るのは、確かに骨が折れる。百戦錬磨の血風を潜り抜けてきたヴァレリーという狂犬も、決して一筋縄でいく相手ではない。


こうして、ヴァレリーが地球へ帰還できるか否かを賭けた神殿遠征は幕を開けたばかりであるにもかかわらず、結束しているかに見えた精鋭部隊の内部は、声なき視線の交錯の中で、互いの思惑が噛み合わぬ奈落へと音もなく裂け始めていた。


石柱に凭れるヴァレリーの指先が、微かに動いた。獣じみた鋭敏な直感が、空気を震わせた一瞬の冷酷な殺気を逃さず捉えていた。


彼女は横目でクレアの非の打ちどころのない聖女の微笑みを冷ややかに見据え、胸の底で凍てついた嘲笑を漏らす。


石板の回収こそが最優先事項だが、もしあの人食い花が攻略の途上で自分に牙を剥くというのなら、その化けの皮ごとこの場で叩き潰し、骸を埋めてやっても構わない。


そもそも、ヴァレリーは最初からクレアという女を毛嫌いしていた。あの完璧すぎる清廉潔白さなど、貴族階級の吐き気を催す欺瞞に決まっている。


そして今や、ルシアに対する病的な執着を隠そうともしないクレアの態度は、ヴァレリーの縄張りを侵犯するものだった。


ルシアをあの女に譲る気など、毛頭ない。


ヴァレリーがルシアに抱いているのは、色恋などという生々しく愚かしい感情ではない。


だが二人は、この蛮荒たる異界において唯一、同じ「地球」の血脈を分かち合う同類なのだ。


ヴァレリーの算盤において、魂の重さであれ、言葉を交わさずとも通じ合う共犯の絆であれ、ルシアの胸中に占める自らの重みは、この異世界に巣食う狂人どもの戯れ言などより遥かに崇高で、絶対的なものだった。

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