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重度カードゲーマー女子、過労死転生した異世界でも恋愛をプレミして詰んだ件  作者: 酣睡


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27/121

異世界の知識と、羨望を集めるダウナー女子

帝都魔法学院の階段大教室は、すでに幾重にも押し寄せた人だかりで足の踏み場もないほどに埋め尽くされていた。


見渡せば、錬金術専攻以外のエリート学生はおろか、普段は傲慢な態度を崩さない大魔導士級の正教授たちまでもが、矜持をかなぐり捨てて通路の両脇にすし詰めの状態で並んでいる。


評議会で重権を握る数名の老学者にいたっては、地べたに車座となって高位の記録魔導器を必死に抱え込み、教壇から紡がれる一語一句をも漏らすまいと瞬きすら惜しんでいた。


いまやルシアという存在は、ノーランド帝国全土の学術界において、ほとんど神話に近い領域に達していた。


多忙を極める皇太子クロードですら、暇さえあれば微服で聴講に訪れるほどである。なお、講義を利用して取り入ろうとしたり、特権を振りかざそうとしたりした他の皇族たち――


残念ながら五人の皇子と三人の皇女は、学院の規律を公然と踏みにじった罪により、ルシアの手によって無表情かつ機械的に受講資格を剥奪され、この大教室への立ち入りを生涯禁止されていた。


そして、この前代未聞の学術的熱狂の源泉こそ、少し前にルシアが提唱した「二重回路動的負荷仮説」であった。


彼女は、何百年にもわたり信じ込まれてきた「二重回路の持ち主は単一回路より劣る」という旧態依然とした偏見を完膚なきまでに覆した。主回路と副回路における比率の法則性を正確に指摘し、奇跡とも呼ぶべき規格化された解決策を提示してみせたのだ。


その理論が発表された当日、近衛軍および帝国前線軍団は極秘裏に試験運用を開始した。その結果がもたらした衝撃は、軍務処を完全に沈黙させた――わずか三日間の調整訓練を経ただけで、部隊全体の魔力極限出力および持続時間における総合戦闘力は、実に二十倍以上の跳ね上がりを見せたのである。


この劇的な成果は、クロードに大陸を揺るがす軍事決断を下させる決定打となった。帝国国境に数百年にわたって澱のように巣食っていた特危魔獣群に対する、壊滅的な掃討作戦の発動である。


安定した二重回路の圧倒的な制圧力のもと、作戦全域において重傷者をただの一人も出すことなく、軍は生命の禁忌と恐れられた危険地帯を怒涛の勢いで蹂躙した。


そして、その広大な未開の荒野を、帝国の新たな領土として版図に組み込んでみせたのである。


だが、この地政学的激震を引き起こした張本人は、いま教壇の前でひどく気だるげに立ち尽くしていた。


黒板には、ルシアが白墨で気ままに描き殴った流体力学の比較図が並んでいる。魔法使いたちが「飛空魔法」を行使する様を観察した際に書き留めた講義メモだ――


高位の魔導士でさえ魔力の力任せに風圧をねじ伏せ、果ては平たい光の盾をパラシュートのように展開して風を防ぐようなこの世界において、「流線型による抵抗分散」という真理を理解している者など皆無だった。


「……直方体の断面は、その風下背面に激しい乱流負圧領域を生じさせ、甚大な形状抗力をもたらします。それに対し、風を受ける前面に放物線状の流線型障壁を構築すれば、気流は外壁に沿って滑らかに剥離することなく受け流される」


静寂に包まれた教室内に、砕けた氷が触れ合うかのようなルシアの涼やかな鈴の音が響く。彼女は白墨を走らせ、二本の流線矢印を描き足した。


「防御障壁に割く魔力をわずか五パーセントほど傾斜整流へ回すだけで、得られる空気抵抗の激減により、巡航速度は数倍以上に跳ね上がります。魔力の推進力だけを盲目的に増大させる行為は、みずからが風に向かって突進する愚鈍なレンガ塊であることを証明する以外、何の意味も持ちません」


聴講していた学者たちが息を呑み、羊皮紙の上を走る羽ペンの音が狂気じみた勢いで響き渡る。


ルシアが指先に残った白粉を払い、そろそろ仕事を切り上げてサボろうとしたその時、最前列に座っていた三年生の女子学生がおずおずと手を挙げた。


ルシアが片眉をわずかに上げ、顎を軽くしゃくって発言を促す。しかし、少女が顔を真っ赤にして絞り出した最初の一言は、厳粛な学術の殿堂を一瞬にして凍りつかせるものだった。


「あの……ルシア教授。噂では……先生は本当に、帝都での教鞭を一年限りで終えられるおつもりなのですか?」


女子学生の声は次第に小さくなっていったが、針が落ちても聞こえるほどの静けさの中にあって、その一音一音は全員の鼓膜をあまりにも明瞭に叩いた。


その場にいた全員の呼吸が止まる。


老学者たちは魔導器を握る手に青筋を立て、学生たちの瞳にはすがるような引き止めの色が宿っていた――これほどまでに世界の理を塗り替えてしまう錬金術師を手放したい者など、一人として存在するはずがなかった。叶うことなら評議会に嘆願書を叩きつけ、彼女を終身首席教授の座に祭り上げたいとすら願っていたのだ。


向けられる無数の熱い視線を前にしても、黒髪に深い森の瞳を湛えた少女の面持ちには微塵の波風も立たない。


彼女は前髪を無造作に払うと、実験データを淡々と読み上げるかのような平然とした口調で、飾り気のない本音を口にした。


「もし一年後に、とある女が約束どおり私を娶らなかったなら……その時は、ここに残り続けることも考えるかもしれませんね」


教室中が騒然となった。


ルシアは、客席で沸き起こった動揺を意にも介さなかった。カリーナの瞳の奥に宿る、窒息しそうなほどの重苦しい執着と愛に気づいていないわけではない。


あの誇り高く冷徹な北境の狼が、いま帝国の法典という泥沼の中でどれほど頭を抱えて奔走しているかも知悉している――身分も特異な二人の女性が法的な婚姻を結ぶなど、頑迷な帝国の貴族制度においては政変にも等しい大立ち回りなのだから。


だからこそ、彼女はカリーナに一年の猶予を与えたのだ。


カリーナを好いているのかと問われれば、答えは間違いなく肯定である。


愛していなかったのなら、前世の自分があの吹雪の中で命を削り尽くすほど惨めに追いすがるはずもなかった。けれど、一度すべてを投げ打って愛し抜いたからこそ、生まれ変わったルシアは逆にその感情から解き放たれていた。


彼女はとうに、疑心暗鬼に苛まれるような女ではなくなっている。生き方が達観しすぎているがゆえに、疲れたら足を止めて怠惰を貪る。


だが、もしカリーナが今度こそ死に物狂いで自分のもとへ歩み寄ってくるのなら、三文小説のヒロインのように気取って拒むつもりも毛頭なかった。


もちろん、一年が過ぎたのち、カリーナが北境の軍務や権力闘争、あるいはその忌々しい傲慢さゆえに再び怖気づき、またしても自分を置き去りにしたならば――


ルシアの唇の端が、極めてかすかに、しかし冷ややかに歪んだ。


あまりにも容易く手に入ったものは、往々にして尊ばれない。もし本当にその結末を迎えるのなら、あの傲岸不遜な北境の女公爵に、骨の髄まで沁みる後悔の味をたっぷりと噛み締めさせてやるまでだ。


だが、一同がこの特大の衝撃から立ち直る間もなく、最前列の女子学生は周囲の同級生たちの狂乱した目配せに煽られ、どこから湧いたのかも知れぬ勇気を振り絞って、帝都全土をひっくり返すような問いを重ねてしまった。


「あ、貴女の仰るその恋人とは……ルーカスの叔母君のことなのですか……!?」


その言葉が落ちた瞬間、大教室の気温は一瞬にして氷点下まで叩き落とされた。


ルーカス――入学試験の当日に試験官を床に組み伏せて叩きのめし、その手のつけられない凶暴さで全校に名を知らぬ者のないあの白髪の青年。


さらに、ルシアがかつて老教授ビクターを正面から粉砕したあの衝撃的な一件も相まって、ここ最近、各勢力は水面下で恐るべきパズルのピースを繋ぎ合わせていたのだ。


ルシア教授には伴侶がいる。それも同性の女性。


そしてその女は、あの不倶戴天のルーカスの肉親であり、ノーランド帝国において唯一無二の凶悪な権勢と威圧を誇る雌の巨獣――


グラフィエン家の当主にして、北境の鉄血の統帥、カリーナ女公爵その人である。


居並ぶ貴族の学生も古株の学者たちも、一瞬にして顔面を蒼白に染め、背筋を冷や汗が伝った。


中には、先日生徒たちの間で密かに裏取引されていた「発禁新聞」を思い出した者すらいた――そこには、新入生歓迎会の暗がりの中で、普段は冷酷非情を絵に描いたようなあの白髪の女公爵が、小柄で華奢な黒髪の教授をその腕の中に力任せに閉じ込め、貪るように口づけを交わす動的な魔法拓印が焼き付けられていたのだ。


金貨一枚――庶民の一ヶ月分の給料に匹敵する暴利で売り捌かれていたその「極秘拓印」の光景が、いまや全員の脳裏に生々しく像を結んでいた。教室は、底知れぬ震撼と恐怖、そして狂おしいほどの好奇が入り混じった死寂に包まれ、空気そのものが鉛のように重く沈殿していく。


ルシアはその深い森の瞳を細め、顔を紅潮させている女子学生へと視線を滑らせた。その胸中はとうに察しがついている。


少女の指先に微かに走る不自然な魔力の震え――典型的な「二重回路の術士」のそれだ。


ルシアが現れるまで、帝国の正統な魔法体系において「二重回路」とは、劣等な資質と呪われた宿命の代名詞に過ぎなかった。


従来の単一回路の術士であれば、体内にあるのは純粋で安定した一本の生体神経脈絡のみである。彼らが魔法を紡ぐのは小学生の足し算引き算のように単純で、百の魔力を要する標準的な火球を放つなら、ただ一つの配管から過不足なく百の魔力を引き抜くだけで事足りる。極めて簡潔で、寸分の狂いもない。


だが、二重回路の者はそうはいかない。彼らの多くは生まれつき主脈絡が萎縮しているか欠陥を抱えており、魔法の門を叩くために、後天的に第二の外生管を苦痛の中で開拓せざるを得なかったのだ――精霊回路、呪文回路、結界回路、あるいはルシアのような錬金回路といった具合に。


悲劇は、彼らが魔法を行使しようとした瞬間に始まる。材質も管径も流動特性も全く異なる二つの経路が体内に同居しているため、脳は無意識のうちに双方から魔力を同時に汲み上げてしまう。


正確な比率の指針が存在しない手探りの状態にあって、百の火球を組み上げるために主回路から闇雲に八十を引き出し、副回路からも手当たり次第に八十を注ぎ込む――放たれる炎は一見して通常の威力に見えようとも、実質的には百六十もの魔力をドブに捨てているに等しい。


六割にも及ぶ余剰魔力が体内で激突し、空回りし、神経を焼き焦がす激痛と反動へと転化する。そうして削られた果てに放たれるのは、何の変哲もない凡庸な術式なのだ。


ゆえに世人は冷酷に断じた。二重回路とは濁った不良品であり、大成することなどあり得ないと。


――ルシアが、この教壇に立つまでは。


現代の理系教育をその魂に刻み込んだルシアにとって、この世界が数百年にわたって囚われ続けてきた盲点はあまりにも明白だった。帝国に天才が欠けていたのではない。ただ単に、度量衡があまりに原始的すぎたのだ。


大陸中のあらゆる魔力測定水晶や検知盤は、すべて「総重量しか量れない体重計」に過ぎなかった。生きた人間の肉体を透かして、二本の配管それぞれの流量を個別に分離・観測できる装置など、どこにも存在しなかったのである。


直接中身を覗き見ることができないのならば、簡単な算数を使って、その差を引き算で導き出せば済むことだった。


ルシアは看破していた。人が生まれ持った主回路とは、脳中枢に直結する肉体そのものの生体神経であり、その出力上限は肉体構造によって絶対的に規定されている。


限界が百であれば百のままだ。意志の力で限界突破しようなどと息巻いたところで、待っているのは神経の炭化と脳死だけであり、それこそが生誕時の魔力量で人間の優劣が決定づけられていた理由である。


しかし、後天的に刻印された副回路は真逆だ。それは人為的に外付けされたバイパス配管であり、生体特有の安全装置を持たないがゆえに、極限の過負荷にも耐えうる余力を備えている。


何より――帝都魔法学院の門をくぐり抜けた精鋭たちであれば、副回路の出力をブレることなく「二倍(通常比二百パーセント)」へ引き上げる操作など、自身の感覚一つで完璧に制御できる最低限の基準値に過ぎない。


かくして、何百万もの魔術師を絶望の淵に沈めてきた袋小路は、ルシアの手によって、中学生でも解ける連立方程式の加減法へと鮮やかに解体された。


彼女は、町工場の鍛冶屋でも叩き出せるような無骨な魔力測定盤を学生の前に据え、二つの異なる出力を命じる。


一度目は、何の手も加えず、両方の回路を全力で押し流す。測定盤の針が揺れ動き、常態における二つの回路が混ざり合った総量が刻まれる。ルシアはこれを総量Aと定義した。主回路をX、副回路をYとするならば、X+Y=Aである。


次いで二度目。ルシアは学生に対し、主回路の出力はそのまま手付かずのXを維持させ、体に染み付いた学院水準の感覚によって、副回路のみを正確に倍増――すなわち二倍の過負荷である2Yへと跳ね上げさせた。


測定盤の数値が再び跳ね上がり、過負荷状態における新たな総量Bを叩き出す。


教室中が固唾を呑み、黒板の前で平然とペンを走らせる少女の一挙手一投足を見守る。


主回路はどちらの測定においても変わらぬひとつのXなのだから、二度目の過負荷総量Bから一度目の常態総量Aを差し引いたその差額は、過負荷によって無理やり絞り出された「二つ目のY」そのものとなる。


副回路の数値が判明すれば、あとは最初の総量Aからそれを差し引くだけで、主回路が本来持っていた上限値Xも自ずと導き出される。


血生臭い生体針を突き刺す必要も、莫大な費用を要する高位占術にすがる必要もない。ただ二度の深呼吸と、前後の差分を引き算しただけで、人体に秘められた二重の迷宮は完全に規格化され、各々の正確な回路比率が白日の下に晒されたのだ。


自らの真の比率を把握した二重回路の術士たちは、もはや魔力を無駄に浪費することはなくなった。


歯車を噛み合わせるように精緻な出力調整を身につけ、かつて反動で散っていた六割の魔力は完全に手元へと留め置かれた。


それどころか、異なる二つの回路特性を併せ持つ彼らは、一度安定を掴むや否や、単一回路の術士を瞬く間に凌駕する術式の複合展開能力を見せつけ始めたのである。


あの瞬間、長きにわたり差別に喘ぎ、神経の古傷に泣かされてきた平民や下層の魔術師たちは、涙を流して崩れ落ちた。


彼らの目に映る黒板の前の少女は、白墨の粉を倦怠げに払うただの講師などではない。偏見という暗闇の淵から自分たちを引き上げてくれた救済の光であり、帝国魔法史における唯一無二の知の女神であった。


いま教壇を見つめる女子学生の瞳にも、劣等感を拭い去ってもらったことへの無上の崇拝と慕情が宿っている。


教室を満たす誰もが息を潜め、この伝説的な導師が一日でも長く帝都に留まり、自分たちを新たな真理の地平へ導いてくれることを切に願っていた。


しかし、その熱狂的な狂信を前にしても、ルシアの胸中を満たしているのは水面のように静かな諦念だけだった。


誰かの神になど、露ほどもなりたいと思ったことはない。この学院で客員教授の席に収まったことすら、元を正せばルーカスの将来を整えるための行きがかり上の妥協に過ぎなかったのだから。


異世界で新たな生を得て、そして前世において息の詰まるような感情の追走と死を経験した彼女は、栄光という名の虚飾の空しさを誰よりも知り尽くしていた。


後世に名を刻む学術の玉座など、心ゆくまで泥のように眠れる清潔なベッドの心地よさに比べれば、何の価値もありはしない。


もし選べるというのなら――


ルシアは睫毛を伏せ、北風が吹き抜ける帝都の尖塔の群れを窓越しにぼんやりと見つめた。


冷え切った教壇で万民に傅かれるよりも、彼女の胸の奥底にある誰にも明かしたことのない片隅が真に焦がれているのは、権力争いからも政治の泥濘からも切り離された鄙びた辺境の、静かな小さな木造小屋なのだ。部屋には赤々と燃える暖炉と、ささやかな工房があればいい。


そして、その傍らには、いつも口が悪く凶暴でありながら、夜には無言で毛布の端を引き上げ、その発熱するような抱擁で骨の髄の寒気を溶かしてくれる、あの白髪の女が座っているのだ。


ただそれだけでいい。陽の満ち引きと共にある他愛のない営みの中で、お互いに寄り添いながら、ゆっくりと老いていく。


それこそが、二度の生を生きたルシアにとって最も贅沢で、そして最も素朴な、怠惰の夢であった。


あいにく、あの世間知らずで傲慢な北境の狼は、いま帝国の融通の利かない婚姻法典の壁にぶち当たって、派手に血を流しながらもがいている真っ最中なのだろうけれど。


そこまで思考を巡らせると、ルシアの唇の端が微かに綻び、漂っていた意識が再び現実へと引き戻された。


窓の外から視線を戻したルシアは伏し目がちに、その白く細い指先で教壇に散った白墨の粉を無造作に払い落とす。


眼下に並ぶ千を超える瞳は、畏敬と渇望を湛えて彼女の言葉を待っていた。帝国の権貴も泰斗たちも、誰もが息を詰めて彼女が未来への約束を口にするのを待ち侘びている。


だが、その眩いばかりの神聖な後光を一枚剥ぎ取ってしまえば、押し付けられた崇拝の裏でいま彼女を前へ進ませている原動力など、呆れるほどに乾ききった二つの事柄に集約されていた。


一つは、ヴァレリーを地球へと帰還させること。


強欲と偏執に身を焦がし、傷だらけになりながら次元の裂け目の彼方、故郷の土を踏むことだけを渇望しているあの女。


彼女が帰るべき道を均してやるために、ルシアは極めて危険な古代の神殿深くに眠る「石板」の数々を、ことごとくその手中に収めねばならなかった。


それがたとえ強大な守護者との正面衝突を意味しようと、あるいは古代防衛機構の歯車を余さず叩き折ることを意味しようと、神の領域を跨ぐこの大博打だけは、ヴァレリーのために最後まで打ち切る義務がある。


そしてもう一つの目的はといえば、これ以上ないほど単純で、どこか悪趣味な気だるさを孕んだものだった。


――カリーナを待つこと。


暴力と軍権ですべてを支配することに慣れきったあの北境の狼が、帝国の腐りかけた法典と貴族評議会の舌戦の泥沼で頭から血を流し、婚姻を阻むあらゆる障害を自らの手で一つ一つ叩き斬り、やがて血塗られた誓いを手に、自分の前へ膝を屈して求婚してくるのを待つこと。


だが、ルシアとて簡単に首を縦に振るつもりは毛頭なかった。


その時になって手を差し伸べるか、あの不器用で強引な女を受け入れるかどうかは、すべてその時の自らの気分次第であり、そしてカリーナが差し出してきた真心が、十分に重く、十分に焼きつくほど熱いものであるかどうかに懸かっている。


そもそも、ヴァレリーが抱く骨髄に徹した執念とは異なり、ルシアには「地球」という名の故郷に対する未練など欠片も残っていなかった。


かつて疲弊の果てに命を落とした「村雨」という女としての人生において、現世で挑むべきこと、見届けるべきこと、満たされるべき願望は、過労死を迎えたあの瞬間にすべて燃え尽きていたのだ。


いまさら誰かに何かを証明しに戻る必要もなければ、世界を跨いでまで叶えたい未完の理想など最初から持ち合わせていない。


生も死も、異界も故土も、彼女にとってはただ働く場所が変わった程度の話に過ぎなかった。この魔法が吹き荒れる世界で呼吸を続けるか、それとも風のように身を翻して消え去るか、すべては彼女自身の気まぐれが決めることだ。


それゆえに――この場にいる者たちが恐る恐る渇望している「帝都魔法学院で永久に教鞭を執り、真理の冠を戴く」などという栄誉。


全土の魔術師が生涯を捧げてなお届かぬその学術の玉座など、初めからただの一秒たりとも、ルシアの人生の設計図に描き込まれたことなどなかったのである。

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