夜会への招待状と、呪われた愛の回帰
入学試験におけるあの息詰まる死闘が幕を下ろした後、ルシアはブラックな組織体制による理不尽な制裁から逃れることが叶わず、帝都魔法学院への正式な就任を余儀なくされ、錬金術系の「実習教授」という肩書を背負わされることとなった。
しかし就任からわずか一週間、研究室の片隅で静かに怠惰な日々を貪りたかっただけの黒髪の少女は、押し寄せる人の波の猛烈な歓迎攻めによって完全に呑み込まれることとなった。
氷霜を思わせる冷淡な佇まい、無造作に前髪をかき上げた際に決闘場の全観衆を息を呑ませたあの絶世の容貌、さらには正教授と真正面から渡り合った伝説的な武勲が相まって、彼女は一夜にして無数の学生や若手教員たちの心を奪う女神へと祭り上げられたのだ。
来る日も来る日も、錬金工房の扉の前には黒山の人だかりができ、名だたる貴族の子弟たちは先を争うようにして学術的な疑問を携えて門を叩いた。ただ実験台の向こうに立つ彼女が、一度でも多く視線を向けてくれることを願って。
そうして疲れ果てるような一週間が過ぎ去り、学院全体における最大の年間行事——新入生歓迎夜会の日が、巡り訪れた。
今期最も世間の注目を一身に集める「特例実習教授」として、ルシアが主催者側からの強制的な出席要請から逃れられるはずもなかった。
帝都魔法学院の歓迎夜会は、単なる学内の舞踏会などでは断じてない。幾重もの過酷な選抜を突破した入学者たちは、大陸中から選び抜かれた麒麟児であり、帝国の向こう数十年の屋台骨を支える俊英たちであった。
それゆえ歴代の帝国皇帝は毎年この日に必ず臨席して祝辞を述べるのが慣例であり、会場には名だたる名門貴族や軍政の巨頭たちが一堂に会し、極上の華やかさを誇る場となるのだ。
その頃、学院から宛がわれた上級教職員用の個室寝室内において。
ルシアは化粧台の前に座し、開封されたばかりの豪奢な木箱を無表情で見つめていた。
箱の中には、大胆な裁断が施され、夜の冷たい光を流し込んだかのような気品漂う夜会服が丁寧に収められていた。
北境の仕立てであることは一目で知れた。そしてその衣装の底に押し込まれるようにして置かれていたのは、表面に複雑怪奇な陰影の紋様が刻まれた、漆黒の小箱型の上位魔道具であった。
それは、極めて特殊な長距離転移具であった。
北境の地脈は年中荒れ狂っており、高位の魔獣たちは魔力の流れに対して異常なまでに鋭敏である。通常の空間跳躍であれば幾重もの中継を挟まねばならず、その途上で生じる空間の歪みは凍原の捕食者たちを悉く刺激し、空を覆い尽くすほどの致命的な強襲を招くこととなる。
だが、手の中にあるこの漆黒の箱の内側に刻まれていたのは、極めて希少な高位の指向性折り畳み回路であった——言うまでもなく、あのカリーナという狂女は、ルシアが帝都で教鞭を執るこれからの夜のすべてにおいて、この魔道具を用いて素直に公爵邸へと戻り、己に侍ることを強要する腹づもりなのだ。
さらにルシアの首筋を冷え込ませたのは、箱の底面に微かに刻まれていた製作の日付であった。
刻印された呪文の定着痕は明白に示していた。大魔導士ですら数日の調整を要するはずのこの至宝が、あろうことかルシアがルーカスを助けるために帝都へ向けて旅立ったその日、すでにカリーナの手によって密かに組み上げられ始めていたという事実を。
あの白銀の女公爵は、初めから彼女を手元から完全に解き放つ気など毛頭なかったのだ。
ルシア自身はその価値に対して無自覚であったが、カリーナはその華奢な肉体の奥底に、いかに常軌を逸した怪物が眠っているかを誰よりも深く理解していた。
かつてルシアが北境からの逃亡を企てた折、カリーナがあれほどまでに追い詰め、冷酷な言動を重ねてルシアに本物の殺意を抱かせたのも、己が深く愛した女が秘める真の実力をその目で見極めたいがためであった。
あの誰にも知られぬ死闘において、カリーナが【天刻の騎士・ベテルギウス】を粉砕した際、待っていたのは少女の屈服などではなく、刻刻の暴走めいた二段昇格——【天刻全装・アルファ・オメガ・キャノン】であった。
それは北境の暴君たるカリーナをして戦慄せしめた、純然たる破滅の武装であった。
砲口の眼前で重力は無残に歪み砕かれ、噴き荒れるエネルギーの奔流は、カリーナが誇る絶対的な防護魔力すら根こそぎ引き裂いた。
近接を一切許さぬ絶対の近接戦闘領域を前に、カリーナはあらゆる優雅な戦法をかなぐり捨て、人の身を外れた強靭な肉体のみを頼りに、霊峰すら平たく削りかねない灼熱の砲撃を真正面から耐え忍んだ。
己の肉を削らせる代償として、間一髪のところで刻刻の核を力任せに素手で引き剥がし、ようやく力尽くで制圧したのだ。
結果としてカリーナが切り札のすべてを曝け出すには至らなかったものの、北境において無敗を誇り続けた彼女が、「喉元に刃を突きつけられる」ような息詰まる重圧を味わったのは、実に久方ぶりのことであった。
それは一瞬でも意識を散漫にすれば、その場で両断され絶命しかねないという、極限の刺激であった。
そもそも、平時におけるカリーナの武威とは如何ほどの領域にあるのか。
かつて邪神、太古の巨竜、妖精王、そして死霊王が暗黒の深淵より一斉に蜂起し、時を同じくして六つの大陸が結託して北境の凍原を包囲し、その莫大な資源を強奪せんと雪崩れ込んだことがあった。
その未曾有の国難においてすら、カリーナの対応は退屈極まりないものであった。激戦の半ばには眠気を催して居眠りを始め、半身を瞑想のまどろみに預けたまま、六ヶ国の精鋭軍団を一人残らず屠り去ったのだ。
ついでとばかりに、一時代を築いた魔神の王たちを凍てつく大地へ叩き伏せて骨肉をへし折り、屈辱的な不平等講和条約へ無理やり血判を押させた。
この殺神の如き怪物が君臨しているからこそ、北境は過酷を極める気候でありながら、最底辺の民草が享受する物資と安全の保障は、脆く華美な王都のそれを遥かに凌駕していたのである。
その絶対の怪物が、かつてルシアの怒りの反撃を受けた際には、顔面を血に染め、常軌を逸した超高速再生能力と狂気的な肉体の意志力のみで前線を維持し、辛酸を舐める思いをしてようやくルシアを押さえ込んだのだ。
ルシア本人の肉体は、いつ手折れてもおかしくない枯れ枝のように薄く儚い。しかし、その指先が紡ぎ出す錬金術式は、大陸全土の覇王たちを狂乱させるに足る価値を秘めていた。
それゆえに、北境で杯を傾けるカリーナの胸中には、拭い去ることのできぬ不条理な疑問が常に渦巻いていたのだ——
己がねじ伏せる際にあれほど流血を強いられ、王座から引きずり降ろされかけたほどの怪物が、なぜ前世においては……己が過ちで放った、たった一発の稚拙な火球ごときで、あのように脆く命を散らしてしまったのか、と。
だが、その不可解な思考に長く囚われるつもりは毛頭なかった。
今の彼女の脳裏を支配しているのは、ただ一つ——ルシアに逢いたいという、猛烈で抗いがたい渇望だけであった。
逢いたいと望むなら、動けばよい。カリーナはすでに、帝都魔法学院の新入生歓迎夜会へ出席するための最高格式の礼装と馬車の手配を済ませていた。
公私いずれの側面から見ても、ルーカスにとって現存する数少ない直系の保護者である彼女が、後継者の門出たる大舞台に直々に顔を出すことに、異を唱えられる者など帝国中に一人として存在し得ない。
もっとも、ルーカス自身は痛いほど知っていた。あの冷徹無比で氷山のような女公爵の瞳には、甥である己の存在など、微塵も映っていないのだということを。
帳が降り、帝都と北境は幾千幾万の山河によって隔てられていたが、今この瞬間、ルシアとカリーナの間には、目に見えぬ玄妙な共鳴がかすかに結ばれていた。
それはカリーナが細心の注意を払い、一筋ずつ丹念に編み上げてきた見えざる鎖であった。
この大陸の魔法の理において、強大な魔法使いたちが神聖な婚姻の誓いを結ぼうとする最大の動機は、世俗の政略結婚の枠組みを越えた、魂と肉体の深層における共鳴にあった。
日夜を共に過ごし、肌を重ね合わせるほどに、互いの体内に巡る魔力回路は甘やかな抱擁の中で波長を合わせ、やがて神話の如き領域へと至る——互いの能力と魔力の貯蔵を、何の障壁もなく共有し行使し合えるという境地へ。
つまるところ、カリーナはルシアの操る緻密で冷ややかな古代錬金術や機械構造に対して、格別の愛着を抱いているわけではなかった。
公差を突き詰め、寸分の狂いもなく計算を積み重ねるような戦い方は、圧倒的な力で敵を粉砕することを好む彼女の覇道とは、あまりにかけ離れていたからだ。
しかし、ルシアのあまりに脆弱な命脈を護るためであるならば。ルシアの細く危うい回路を、底知れぬ己の魔力の海と強引に結びつけて共鳴させることは、彼女に授け得るこの世で最も強固な護符となるに違いなかった。
カリーナは、ルシアを真に愛しているのか。
その始まりを辿るならば、おそらくは底なしの罪悪感に根ざした、歪で重苦しい感情に過ぎなかったのかもしれない。
幼少の頃、カリーナは幾つも年の離れた兄の背中を、誰よりも眩しく見上げていた。あらゆる面において自分より遥かに秀でており、領地の民草のすべてから熱烈な信愛を一身に集めていた偉大な継承者。
呼吸をするだけで肺腑を凍てつかせる北境の無慈悲な凍土において、兄の顔には常に陽光の如く温かな笑みが湛えられており、彼が歩む先では、過酷な貧困と風雪に耐え忍ぶ人々が心からの笑顔を咲かせていた。
幼き日のカリーナは、己とあの男との間にある絶望的な隔たりを痛感していた。自分には兄のように人の心を温める力はない。それゆえ、人智を超えた魔法の才覚が発現してからは、早々に公爵家を飛び出し、見聞を広めるための果てなき放浪の旅へと身を投じたのだ。
少女の日のカリーナにとって、公爵家の栄光と行く末は、あの優しく完璧な兄が背負ってくれさえすれば、それだけで満ち足りていた。
だが、運命は最も残酷な形で彼女を嘲笑った。
カリーナが驚異的な早さで帝都魔法学院を飛び級で修了し、大陸全土の泥濘の中で我を忘れて戦火に身を投じていた最中、血の涙で綴られた兇報が彼女の眼前へ突きつけられたのだ。
敬愛してやまなかった兄が、暗殺された、と。
それは皇室が放った刺客の手によるものではなかった。皇室が公爵家を牽制するために雇うのは、決まって命の惜しくない破滅的な無頼漢たちであった。
病に伏せる家族を救うための大金と引き換えに、皇室の密命を帯びて公爵邸を襲撃するものの、決して致命傷を与えることはなく、ただ公爵家に平穏な休息を許さぬよう緊張を強いるだけの存在。
しかし、その日の刺客は決定的に異なっていた。
それは真の死士であり、公爵家の政敵が何年もの歳月を費やして影の中に研ぎ澄ませてきた、確殺の毒牙であったのだ。
その年、カリーナはまだ十四歳であった。
きらびやかなドレスを纏い、舞踏会で年頃の少年たちから甘やかな賛辞を贈られて然るべき年齢の少女は、兄と義姉の冷たい棺の前に立ち尽くし、三日三晩、乾き果てた瞳から一粒の涙も流すことができなかった。
その傍らに立ち尽くしていたのが、従妹のクレア・シルヴィアであった。
類まれなる美貌を誇る魔法の天才少女。しかし葬儀のその日、クレアの代名詞であった太陽のような温かな笑みは、跡形もなく砕け散っていた。
襲撃の夜、幼きクレアは己の魂を削り尽くす勢いで全力を尽くしたものの、血の海の中から幼いルーカスを奪い返すのが限界であり、敬愛する公爵夫妻の命を繋ぎ止めることは叶わなかったのだ。
以来、クレアは周囲に陽気で快活な光を投げかけ、傷つく人々に勇気と救いの手を差し伸べ続けながらも、「魔法の天才」という肩書を、決して心から受け入れることができなくなっていた。
もし己が真に天才であったのなら……血煙が吹き荒れたあの凄惨な夜に、なぜ最愛の従兄と義姉を護り通すことができなかったのか。
あの惨劇は、幼いクレアの胸中に癒えることのない心の病を刻みつけた。感情が激しく波立ち、自責の念に苛まれるたびに、彼女の心臓は引き裂かれるような激痛に襲われるようになった。
憧憬のすべてであった兄と、慈愛に満ちていた義姉を冷たい墓碑へと変えられ、残されたのは庇護を求める幼いルーカスと、心の傷に喘ぎながら胸を押さえる従妹のクレア。
十四歳のカリーナは、冷徹な仮面を被り、自らの手で心の扉を永遠に閉ざした。
血風吹き荒れる最悪の時勢において公爵の冠を戴き、帝国史上最年少にして、個の武力において最も凶悪な北境の女公爵となったのだ。
失ったものはあまりに多く、その華奢な肩には北境の数百万の民の生殺与奪という重責がのしかかった。世人の目に映る彼女は不敗の神話であり、恐れ慄くべき冷酷な暴君に過ぎなかった。
公爵位に登りつめた時の彼女が、わずか十四歳の小娘であったことを思い返す者など誰もおらず、彼女もまた凍えに震え、疲弊に折れ、血を流して痛むただの少女であったことなど、顧みる者など一人として存在しなかった。
来る日も、来る日も。
カリーナは、己が一人の血の通った女であることを忘却の彼方へと置き去りにしていった。
グラフィエン公爵という名の、絶対の武力をもって四方を威圧する破壊兵器で在り続けることだけを己に課したのだ。
愛されることなど求めず、誰かを愛するという理を解することすら拒絶した。欲しいものは刃の力で強奪し、侮辱する者はその頭蓋を叩き潰す。それこそが、彼女の生きる世界のすべてであった。
——あの、華奢で薄い身体つきをした、強情な眼差しを持つ小さな錬金術師が、数奇な巡り合わせによって公爵邸へと引き摺り込まれてくるまでは。
時を止め、凍りついて久しかったはずの冷酷なる公爵の屋敷は、あの黒髪の少女が足を踏み入れたその瞬間から、錆び付いた歯車が音を立てて静かに回り始めたのだ。
ルシアが無防備に綻ばせた、陽光のように温かな笑み。澄み渡る瞳のすべてをカリーナ一人で満たし、溢れんばかりに注ぎ込まれる純粋な信愛。
その一切の打算なき真摯さは、向かう所敵なしであったはずの暴君の心に、生まれて初めての恐慌をもたらした。
カリーナの歪みきった認識の深淵には、血で汚れた絶対の鉄則が呪いのように刻まれていたのだ——己が真に心から慈しみ、深く愛した存在は、例外なく過酷な運命の手によって無慈悲に奪い去られる、と。
それゆえに前世において、カリーナは胸が破裂しそうなほどに激しく脈打つ鼓動を押し殺し、ルシアに対して徹頭徹尾、冷酷で残酷な拒決の態度を貫き通した。
自分のような人間が、幸福を享受することなど許されるはずがない。今その手に握る至高の権力も栄光も、すべては最愛の兄の骨灰を踏み躙った果てに手に入れた汚れた代物なのだから。
苛烈な罪悪感に苛まれる彼女は、全身に針を逆立てた野獣の如く、己へ向けて差し伸べられる温かな光のすべてを拒絶し続けた。
己が愛に応えさえしなければ、冷淡に突き放してさえいれば、あの脆弱な錬金術師は己の庇護の陰で安全に生き永らえることができるはずだ、と。
そうやって稚拙な自己暗示をかけ、自分を呪縛し続けた。
それは、カリーナという女一人に課せられた、逃れ得ぬ「呪い」であった。
だが、この過酷な現実に、呪いなどという都合の良いものが存在するはずもない。
つまるところ、それは悪意に満ちた幾重もの不運な偶然が重なり合い、彼女自身が編み上げた心の迷宮に自らを閉じ込めていただけの喜劇に過ぎなかったのだ。
ルシアが体温を失い、冷たい骸となって己の眼前から崩れ落ちたその刹那、カリーナは手遅れとなってからようやく、その取り返しのつかぬ過ちに気がついた。
ルシアの喪失は、無数の返し針を備えた毒針となって彼女の心臓を永遠に貫き、永劫に癒えることのない、血を流し続ける悪夢となって彼女を苛んだ。
幾多の血戦を乗り越え、禁忌の理である時を巻き戻す権能をその手に収めた折、カリーナの脳裏を一瞬だけよぎったのは、十四歳のあの日に戻り、まだ命の灯火を宿していた兄と義姉を救い出すべきではないかという迷いであった。
しかし、因果の理に導かれた奇跡が発動したその時、運命の針が無慈悲なまでに指し示した回帰の座標は、彼女の魂の最深部において、決して耐え難い激痛を刻み込んだまさにその場所であった——
カリーナは戦慄と共に悟ったのだ。兄の死よりもなお、前世の己を狂気と絶望の底へと叩き落とした最大の傷痕とは、あの華奢な女の儚い死そのものであったのだと。
かくして、ルシアを黄泉の彼方から現世へと強引に引き摺り戻すため、カリーナと、拭えぬ自責の念に囚われたルーカスはすべてを賭けて立ち上がり、クレアもまた躊躇うことなくその禁断の企てへと身を投じた。
クレアとルシアの間に、深い交わりがあったわけではない。しかし公爵邸の常客であった聡明な彼女は、ルシアがカリーナに向けていた想いが、いかに深く、純粋で、一片の偽りもないものであったかを誰よりも理解していた。
従兄夫婦が斃れてからの長い年月、クレアは心臓を刺し貫く痛みに耐えながら公爵邸へと足繁く通い、孤児となったルーカスの世話を焼きつつ、日ごとに人間性を削ぎ落とし氷塊と化してゆくカリーナの魂を、悲痛な思いで見守り続けていたのだ。
そしてルシアが現れた束の間の日々に、あの冷酷無比な氷雪の暴君の双眸に、初めて微かな光が灯った瞬間を、クレアは見逃さなかった。
ルシアの死に打ち拉がれたあの暗黒の年月において、クレアは幾度となく窓辺に佇み、溢れる涙を拭いながら、胸の奥で叶わぬ仮定を反芻し続けていた。
もしあの時、カリーナが心中の魔に目を曇らせることさえなかったなら。
もしあの二人が、何の蟠りもなく互いの温もりを確かめ合い、手を取り合って歩むことができたなら。
あの冷たく閉ざされた灰色の未来の果てにも、二人だけの、陽だまりのように温かな幸福の華が咲き誇っていたのではないだろうか、と。




