一触即発の決闘と、初恋めいた錬金術師
すり鉢状に穿たれた決闘場の大気は、完全に凝固していた。
直径数十メートルの死闘の檻の端と端に立つ二人の双眸には、もはや一切の手加減の余地など残されていなかった。
この皇室と学院が総力を挙げて築き上げた最高規格の決闘場には、致命傷を緩和する防護結界が敷設されており、衆人環視のただ中で真に相手の命を奪い去ることは容易ではない。
だが遺憾なことに——久しく上位に君臨し殺意を滾らせたビクターも、理不尽な条約に追い詰められ胸中に猛火を燻らせるルシアも、最初から矛を収める気など微塵も持ち合わせてはいなかった。
これは相手を徹底的に戦闘不能へ叩き伏せ、その骨の髄まで粉砕せんと欲する死闘であった。
ヒュッ——!
微かな金属の羽ばたきとともに、黄銅の機械梟・刻刻がルシアの懐から滑り出し、その眉間の真正面へと静かに滞空した。
ルシアは無表情のまま、体内の魔力を静水のように左手首へと注ぎ込む。空間を震わせる低鳴とともに、砕け散っていた水晶が再び五つの冷徹に煌めく菱形角柱として再構築された。
あらかじめ虚空へと刻み込んでおいた四層の詭計術式と合わせ、彼女の防衛線は噛み合う精密機械の如く完成し、眼前の老獪を迎え撃つに足る十全な手札が揃った。
しかし、数十年の殺戮に浸かってきたビクターが、悠長な迎撃の猶予を与えるはずもなかった。
「いざ!」
嗄れた低い咆哮が、枯れ木のような喉から迸る。ビクターは腰の細身の魔剣を逆手に執り、足元の黒曜石の敷石へと容赦なく突き立てた!
ゴォォォッ——!
魔剣を中心として、直径十メートルを超える真紅の魔法陣が地割れのように狂暴に拡散する。
灼熱のエーテル奔流が大地を両断し、暗赤色の業火で編まれた九頭の狂暴な巨蟒が耳障りな嘶きを上げ、熱浪を巻き散らしながら地中より爆ぜ狂った。
天蓋、大地、そして左右の死角——あらゆる方向からルシアを押し潰すように殺到し、視界のすべてを残虐な血の色へと染め上げる!
観客席を埋める数十万の学徒と導師たちから悲鳴が上がった。慎重を美徳とするはずのビクター教授が、初手から一切の牽制を排し、重装騎士団を丸ごと灰燼に帰す高階位の火系元素魔法を解き放つとは、誰一人として予想だにしていなかった。
押し寄せる猛烈な熱波が、ルシアの額にかかる黒髪を激しく乱す。視界を埋め尽くす火光に、その瞳孔は鋭く収縮した。
だが——その呼吸音には、乱れ一つ生じていなかった。
戦術プロトコル読み出し、発動条件成立。
【詭計術式】——水銀屏障!
ルシアの手札が展開する領域内において、敵対目標の「攻撃意図および運動エネルギー判定」が成立した瞬間、この術式は術者の指図を介さず、不可逆的に強制発動する!
ザシュッ——!
一見すれば蝉の羽のように薄く、冷たい銀の光沢を放つ液態水銀の薄膜が虚空から湧き上がり、絶対の真球を形作ってルシアと刻刻を寸分の隙もなく覆い尽くした。
ドォン! ドォンッ!
最大級の巨躯を誇る二頭の火炎巨蟒が巨大な顎を開き、万鈞の運動エネルギーを伴って水銀の薄膜へと激突した。
だが、想定されていた防壁の破砕は起きなかった。水銀の表面は微細な波紋を走らせたのみで、その暴虐な衝撃力を余すところなく吸収し、霧散させた。
それだけではない。無抵抗に防御に徹するなど、ルシアの流儀ではあり得ない。反撃判定——即時起動!
鋭利な噴射音が爆ぜる。
水銀球の表面に無数の極小ノズルが開口し、極限まで圧縮された魔力の内圧によって、剃刀より鋭利な超高圧水銀カッターが全方位へ暴雨の如く撃ち出された!
網膜の知覚限界を易々と置き去りにする刹那の解体。
殺到していた残る八頭の火炎巨蟒は、断末魔を上げる暇すら与えられず、交錯する水銀の刃によって数百の火球へと精密に解剖された。
引き裂かれた火塊は高圧の気流に揉まれ、宙に散る無数の赤き火粉となって虚無へと消滅していった。
「素晴らしい! 実に美しいぞ!」
ビクターの声は極限の昂揚によって甲高く裏返り、痩せこけた相貌には病的な紅潮が浮かんでいた。
帝都魔法学院に君臨すること数十年、自身の編み上げた包囲滅殺陣を、このような前代未聞の幾何構造によって容易く解体された経験など、彼には一度としてなかった。
学究としての飢餓感と戦士の血肉への渇望が綯い交ぜとなり、規則や保身のすべてを脱ぎ捨てて全力を叩き込める悦楽に、全身の神経が歓喜に震えていた。
「ならば、これはいかがかな?!」
ビクターの身体が幽鬼のように跳ね上がり、唯一生き残っていた巨蟒の頭部を足場にして滑空した。
猛進する巨蟒の惰性を利用してルシアの頭上へと肉薄し、構えた魔剣に不吉極まる幽紫色の魔火を点火させると、山岳を両断する剛力をもって水銀屏障の直上から一刀を振り下ろした!
【剣撃の領域】——全開!
森羅万象を断ち割り、あらゆる防壁を切り裂く概念の法則が、ここに極限まで励起される!
大地を断ち割るが如き必殺の刃を前にして、ルシアの華奢な身体は一歩たりとも退かなかった。
錬金術師の闘争とは、野蛮人のように肉体を競い合うことではない。冷徹な戦術の連鎖によって、最も確実な勝利を手繰り寄せることにある。
ルシアの双眸に冷たい光が宿り、指先が魔力の糸を手繰るように微かに動いた。
虚空の刻刻が両翼をしならせ、その幽紫の魔刃の切っ先へと真っ向から急浮上する!
斥力屏障——瞬間過負荷稼働!
ガギィィィンッ——!
領域と領域の、真正面からの激突。
ビクターの口元には、絶対の確信に満ちた冷笑が刻まれていた。自らの剣撃領域であれば、眼前の鉄の鳥など防壁ごとバターのように両断できると信じて疑わなかった。
だが、切っ先が刻刻の纏う透明な光膜へと激突した刹那、金属同士が擦れ合う爆音が全場の鼓膜を破らんばかりに鳴り響いた!
柄を通じて掌に跳ね返ってきたのは、物質を断ち割る滑らかな感触などでは断じてない。世界の果てにある天球の壁を殴りつけたかのような、絶対に揺るぎなき排他と反発であった。
この機械梟……切断の理が通じないのか?!
領域が衝突する際における絶対の鉄則——優先度のより高き理のみが、空間の法則を絶対的に支配する。
観客席の上層に陣取る数十名の高階位魔導士たちが一斉に総立ちとなった。顔色を蒼白に変え、どよめきが客席を呑み込んでいく。
ビクターが絶対の自負を抱いていた切断の概念が、目の前で人造物の防護機構によって強引に打ち消され、弾き飛ばされたのだ。
「ぐっ?!」
狂暴な斥力の反動が剣身を伝って逆流し、ビクターの虎口が裂けて血煙が上がった。宙空で強烈に仰け反り、その重心は無残に瓦解する。
そして、その無防備な胸元が完全に晒された刹那、ルシアの手首にあった水晶の一つが無慈悲に弾け飛んだ。
後攻解決、連鎖反撃シークエンス移行。
【魔法術式】——生贄の牙!
敵の攻撃意図を感知する必要すらない、ルシア自身の能動的な破砕術式。
ビクターが体勢を崩して落下するその死角の足元で、地表が突如として陥没した。濃密な灰色の霧で編み上げられた巨大な狼頭が、牙を剥き出しにして土中から爆ぜ狂い出たのだ!
鋼の如き牙を噛み合わせ、息の詰まる血の風圧を巻き起こしながら、下から上へとビクターの無防備な腰回りへ喰らいつかんと顎を閉じる!
直撃すれば、成人男性の腰骨など一撃で両断される凶弾。
「小娘が……どこまでも容赦のない手を……!」
ビクターの背筋を冷たい悪寒が駆け抜けた。だが、歴戦の魔剣士としての反射神経が、死の淵で発揮される。
空中で無理矢理に腰を捻り、左の掌に凝縮させた極小の火球を、自らの腹部からわずか数寸の距離で迷わず自爆させた!
ドォン!
炸裂した爆圧が彼の肉体を強引に半メートル押し上げる。
バヂィンッ——!
狼の巨口が虚空を噛み、鋭利な牙が彼のブーツの靴底を紙一重で掠め去って、凄まじい衝撃波を撒き散らした。
その絶体絶命の隙を逃さず、ビクターは閉じた狼の牙の先端を正確に踏み抜いて跳躍の足場とし、さらに十数メートル上方へと身を跳ね上げ、決闘場の最上空へと脱出した!
「これならどうだッ——!」
滞空する一瞬の隙に、ビクターは魔剣の切っ先を天へと突き上げた。
土系・雷系複合元素魔法——巨石の雨!
蒼穹が幾筋もの青き雷霆によって無惨に引き裂かれた。雷光が触媒となり、大気中の土石元素が瞬時に結合・実体化を完了する。
馬車ほどもある巨大な岩塊が数十個、空中に結実したかと思うや否や、空気を焦がす絶叫のような飛翔音と雷火を纏い、下方のルシアめがけて狂ったように降り注いだ!
頭上を埋め尽くす隕石の如き爆撃を前にしても、ルシアはその場から一歩も動かなかった。
刻刻の内部で歯車が高周波を刻み、両翼をわずかに開く。絶対防壁たる斥力屏障が無形の傘となって、ルシアの頭上を磐石に守護した。
ズガガガガッ! ドォォンッ!
巨大な落石が斥力屏障へと次々に激突して粉砕され、暴風の如き衝撃波が大地を幾重にも削り取る。砕け散った花崗岩の濃煙が決闘場全域を覆い尽くし、両者の視界を分断した。
だが、防壁の内側にあるルシアの双眸は、稼働中の計算機の如く冷え切っていた。
不自然だ。
これほど大掛かりな落石魔法は威容こそ凄まじいものの、斥力屏障を展開可能な刻刻を前にしては決定打になり得ない。魔法解析系の正教授たるビクターが、そのような初歩的な見落としをするはずがなかった。
降り注いだ無数の巨石——その真の目的は殺傷ではなく、地形の強制変更。
粉砕された岩盤の瓦礫を遮蔽物として利用し、視界を塞ぎ、死角からの奇襲を仕掛ける算段だ。
「視界を奪って死角からの一撃、というわけね」
ルシアの口元に、冷ややかな嘲笑が微かに浮かんだ。図面の上で日々デッドスペースと公差を睨み合ってきた元設計技術者に対し、死角の駆け引きを挑むとは片腹痛い。
彼女は迷うことなく姿勢を落とし、冷たい瓦礫の敷石の上へと身を伏せた。自身の投影面積を物理的な極限まで縮小させると同時に、左手首の二つ目の水晶を冷徹に粉砕する!
【魔法術式】——甘美なる捕縛!
ふわり、と。
極限まで濃密な、蜂蜜を煮詰めたかのような甘い芳香を放つ桃色の霧が、ルシアを中心に地を這うように広がり、彼女の左手側に広がる瓦礫の隙間を音もなく埋め尽くしていった。
果たして、読みは寸分の狂いもなく的中した。
立ち込める煙塵を突き破り、幽鬼の如き痩躯の影が超高速で肉薄していた。身を低く沈めたビクターは左側からの迂回強襲を仕掛けようとした矢先、その無害に見えた甘美な霧の中へと猛然と突っ込んだのだ!
ジュウッ——!
大気中の甘い粒子が生体組織に接触した瞬間、それは凶悪な高分子粘着剤へと相転移した。ビクターの誇る極限の突進力は強烈な抵抗に阻まれ、琥珀の中に囚われた羽虫の如く、その全身が半空に縫い止められた!
「なっ……なんだこの粘着は?!」
ビクターが驚愕に目を見開いたその時、地べたに伏したルシアの瞳に、冷酷な光が走る。
目標の能動的攻撃意図を感知——
第三層【詭計術式】——悪意の贈り物、連鎖起動!
ガシャン、ガシャンッ!
精鋼と黄銅で組み上げられた数多の微小な機械鉤爪が地表と瓦礫から弾け飛び、血の臭いを嗅ぎつけたハイエナの群れの如く、ビクターの手足、関節、そして魔剣の柄へと食らいついた!
ルシアの全身を淡金の偏折防壁が包み込み、そして——次の呼吸の刹那。
起爆!
ズドォォォォンッ——!
機械鉤爪に装填されていた高密度圧縮の錬金火薬が、ゼロ距離で一斉に連鎖殉爆を起こした!
噴き上がる火柱と黒煙が巨大なキノコ雲を形成し、猛烈な爆圧が周囲の花崗岩を粉々に粉砕する。観客席の数十万人が息を呑んで立ち尽くし、貴賓席の皇太子すらも身を乗り出して瞠目した。
誰の目にも疑いようのない現実——あの黒髪の少女は開戦からただの一歩も動いておらず、対する帝都の高名なる正教授は、その身一つで致死的な至近距離爆破を余すところなく浴びせられたのだ!
煙が晴れ切らぬ中、一筋の無惨な影が火海から吹き飛び、よろめきながら着地した。
ビクターの身を包んでいた銀糸仕立ての豪奢な法衣は木っ端微塵に吹き飛び、焼け焦げた襤褸切れとなって肌に張り付いていた。露わになった痩躯には、これまでの死線で刻まれてきた無数の傷痕が剥き出しになっている。
額と胸元から流れ落ちる鮮血が、深く刻まれた法令線を伝い、その相貌を悪鬼の如く染め上げていた。
「ゴホッ……ゲホッ!」
ビクターは激しく咳き込み、血の混じった唾を吐き捨てた。だが、落ち窪んだ眼窩の奥で燃え盛る執念の炎は、先ほどまでの十倍もの狂気を孕んでいた。
傷を負った。
正教授の地位に就いてからの数十年間、決闘の場でこれほどまでに肉体を損壊させられたことなど一度としてなかった!
己をここまで追い詰めたのが、乳臭く、領域の概念すら知らぬはずの小娘一人だというのか!
この女を……どのような代償を払おうとも、帝都魔法学院の檻に幽閉しなければならない!
「未知の初見殺しを主軸にした情報戦か……」
血を拭い去りながら、ビクターの思考は極寒の如く冴え渡っていた。ルシアの戦術構造は完全に見切った。帝国の体系に存在しない錬金術の奇策を用い、相手の初動の判断ミスを突くのが彼女の手口だ。
ならば、二度とあの不可解な術式の間合いを踏まなければよい。
シュッ!
ビクターの姿が再び残像へと溶けた。落石が作り出した無数の瓦礫の陰影を縫い、極限のジグザグ機動で間合いを詰めていく。
その速度は視覚の限界を超え、大気中に残留する甘い霧の領域を完全に迂回していた。
左手には甘美な粘着トラップ。真正面には未だ巨大な灰色の狼頭が立ち塞がっている。
防壁をすり抜け、地べたに伏した少女の喉笛を断ち切る唯一の侵入経路——それは、右側に崩落した巨石が作り出した、天然の死角たる岩壁の角を曲がった先のみ!
「チェックメイトだ、小娘ッ!」
ビクターは全身の残余魔力を両脚へと注ぎ込み、放たれた青き魔矢の如く、巨石の死角から音速に近い速度でコーナーへと突撃した!
しかし——
彼が岩肌の稜線を越えたその一瞬、視界の先に待ち受けていたのは、怯え竦む少女の姿ではなかった。
宙空に悠然と滞空し、暗金色の硝子玉の瞳に冷徹な嘲弄を宿した、一羽の黄銅の機械梟であった。
フクロウという捕食者の絶対の天性とは何か。
夜の帳の中で獲物を狩る際、その風切羽の特殊な微細構造によって、滑空飛行時の羽ばたき音を完全なる無音へと変換し、大気の渦流すら生じさせないことにある。
いま、この完全な静寂を纏った小さな怪異は、ビクターの必中突進ルートの真正面に、寸分の狂いもなく鎮座していた。
その二つの金属製の爪が構えていたのは——冷鉄で鋳造され、砲口を真っ直ぐに突きつけ、高圧推進のルーンを刻み込んだ異形の筒状兵器——【火箭筒】。
突進するビクターの老獪な脳髄が、その刹那、理解不能の空白へと叩き落とされた。
……それは、一体何なのだ?!
だが、物理の法則は歴戦の教授の困惑を待ってはくれない。
極限の突進速度が仇となり、わずか数十センチの間合いで急制動をかけることなど不可能だった。そして、この死角に照準を固定して置きエイムを完了していた刻刻は、冷酷無比に内部の撃発ゼンマイを解放した。
カチリ。
ズガァァァァァンッッ!!!!
詠唱はない。魔法陣の励起すらない。純粋なる化学エネルギーと高圧魔晶推進薬が、至近距離の閉鎖空間で爆発的に解放された!
特製の高爆ロケット弾頭は、ビクターの鼻先わずか十センチに満たない距離で、その驚愕に歪む法令線だらけの顔面へと、余すところなく、完全に、真正面から叩き込まれた!
眩い橙色の火球が虚空を殴り倒すように膨張する。
ビクターは悲鳴を上げることすら許されず、その痩身は一本の砲弾と化し、吹き散る鮮血と折れた歯を撒き散らしながら数十メートル後方へと真横に消し飛んだ。
後方の巨岩を粉砕し、岩壁を木っ端微塵に崩落させながら、雪崩を打って崩れ落ちた土砂の底へと完全に生き埋めにされた!
十数万の観客が埋め尽くす決闘場は、針の一本が落ちる音すら聞こえるほどの死寂に呑まれた。
風が吹き抜け、硝煙がゆっくりと晴れていく。
最初から最後まで、ルシアは昇格術式を発動することすらなく、カリーナと交戦した際の切り札である【クロノ・フルアーマー・アルファ・オメガ・キャノン】を抜くことすらしなかった。
彼女は法衣の袖についた埃を払い、極めて優雅に、億劫そうに地面から身を起こした。
左手を甘美なトラップで塞ぎ、正面を狼頭で封鎖し、人間工学的な慣性に従って敵を右側の岩壁コーナーへと誘導する。そして完全無音の刻刻に重火器を持たせ、自ら飛び込んでくる標的を角待ちで迎撃する。
これは奇跡などではない。
ただ一人の、疲れ果てて一刻も早く定時退社したいだけの社畜錬金術師が、冷徹な心理誘導を用いて、帝都の傲慢な老害たちへ叩き込んでやった——最初の物理演算の授業に過ぎなかった。
ルシアは袖口に残った岩の粉を軽く払うと、白くしなやかな右手を持ち上げ、熱波に乱された黒い前髪を無造作に耳の後ろへと掻き上げた。
その瞬間、晴れ渡った煙塵の隙間から陽光が降り注ぎ、彼女の白磁の如き横顔を露わにした。
墨緑色の双眸は深淵のように澄み渡り、人間味を削ぎ落とした氷山の如き冷徹さを漂わせている——普段は乱れた髪の奥に隠されていたその息を呑むほどの美貌を目の当たりにした瞬間、すり鉢状の観客席を埋め尽くしていた数多の学徒と導師たちの呼吸が、一斉に停止した。
それは「神をも殺し得る強大さ」と「世を惑わす美貌」が正面から衝突した、暴力的なまでの衝撃であった。
数秒の空白ののち、敗者を嘲弄する口笛ではなく、嵐のような熱狂の地鳴りがスタンドを揺るがした。
誰かが叫び声を上げたのを皮切りに、血気盛んな若い魔導士や貴族の令息たちが、狂乱したように一斉にビクターの名を連呼し始めたのだ。
結界の防壁を震わせる怒涛の歓声——彼らはもはや学院の権威が地に堕ちたことなど気にも留めていなかった。ただ一つの荒唐無稽で強欲な願いに、その脳を焼き尽くされていたのだ。
立て、ビクター教授! 不正でも職権乱用でも何でもいい、早くその瓦礫の山から這い上がってこい! そして、あの美しくも理不尽に強大な錬金術師を、是が非でもこの帝都魔法学院に留まらせてみせろ、と!




