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重度カードゲーマー女子、過労死転生した異世界でも恋愛をプレミして詰んだ件  作者: 酣睡


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冷雨の彼方、もう一度貴女に恋をする

冷雨はいまだ止まず、細やかな雨糸が無音のままクロードの肩を打ち続け、骨の髄まで刺すような冷気を染み込ませていく。


彼はルシアとミアの傍らに立ち、佩剣を鞘へと納める動作は極めて緩慢であった。黄金の乱れ髪は雨水に濡れそぼり、紙のように蒼白な額へと痛々しく張り付いている。


クロードはそれを拭おうともせず、ただ肌を刺す冷たさが内へと浸透していくに任せていた。それはまるで、「覚醒」という名の毒杯を己に無理やり煽らせているかのようであった。


雨は樹を深く愛していたが、樹の瞳には陽光しか映っていなかった。


それは最初から、運命の石碑に刻み込まれていた無言劇に他ならない。


ノーランド帝国の法理が万丈の鉄律であり、森厳にして古く、何者にも侵し得ぬものであることなど、世の誰もが知るところだ。


帝国の幾千年の歴史において、同性同士が生涯の契りを交わすことなど、かつて一度として許された試しはなかった。ましてや、三人の女性が結ばれるという荒唐無稽で世の道理を外れた婚姻など、論外であった。


元老院の唾棄すべき罵詈雑言と、貴族たちの激しい糾弾の嵐の中にあって、それは本来、ルシアという存在を木っ端微塵に引き裂くはずの狂風暴雨であったのだ。


それを阻んだのは、クロードであった。


簒奪と大逆の汚名を着せられる危険を冒し、自らの統治の根基を掘り崩すに等しい非情な手腕を振るい、深宮の血雨腥風の中で、彼は己の意志を貫き通して玉璽を捺した。


彼女のために、自由へと至る法理の天険を力ずくで切り開いてみせたのだ。


粉骨砕身の代償を払い、帝国全土からの非難と無数の刃のすべてを、己の漆黒のマントの下へと引き受けながら。


彼は沈黙を守り、誰にも知られることのないその偏愛を土壌の奥深くの養分へと変え、密かに彼女の枝葉を潤し続けた。彼女が自らの愛する天地の中で、思うがままに咲き誇れるようにと。


彼は信じていたのだ。これこそが、自ら一人だけに許された壮大なる祭祀なのだと。


しかし、世界が白み始め、暗闇が退いた時、ルシアが歓喜の声を上げて駆け寄ったのは——彼女に温もりを与えてくれる二筋の陽光であった。カリーナの纏う沈静な木質の残り香、クレアの放つ鮮烈な薔薇の艶色。


ルシアは彼女たちのために懸命に枝葉を伸ばし、陽光の下で屈託なく、純粋に笑い、あまつさえその温もりこそを己の生命のすべての救済であると信じ込んでいた。


彼女は知る由もなかった。暗夜の中で誰が彼女の代わりに身を刺す氷霜を遮ったのかを。土壌の深淵が、とっくにあの男の血と涙で濡れそぼっていたことなど、露ほども知らなかった。


クロードは自嘲するように瞳を微かに閉じ、喉の奥から乾ききった苦渋が込み上げた。


どれほど無様であろうか。


自分はこの帝国で最も冷酷で、最も理知的な支配者であるはずだった。それなのに、あの黒髪の少女に対してだけは、どうしても完全な冷淡を貫くことができなかったのだ。


たとえ彼女から猛獣の如く忌み嫌われようとも。彼女の瞳の中では、卑しく病弱なミア一人の重みすら、至高なる皇太子たる自らの存在を遥かに凌駕していようとも。


それは彼の永く、凍てつき、殺戮に塗れた生涯において、初めて覚えた愛であった。そして、生涯でただ一度きりの愛であった。


彼は高みにある皇族の衣を脱ぎ捨て、雲の上から自らの不器用な七色の光を覗かせようとさえ試みた。あまつさえ今日この日には、己のすべての尊厳と体面をかなぐり捨て、狂人のように佩剣を抜き放ち、彼女へ振り返る眼差しを、ただ一つの名分を乞い求めたのだ。


だが、返ってきたのは、樹が見上げた時に放った、あの冷徹で困惑に満ちた拒絶の一言だけであった。


「お前は一体誰だ? なぜ私の陽光を遮るのか」


風が強すぎた。刃のような豪雨が喉を切り裂くように痛ませ、彼には弁解の言葉一つ口にすることすら許されなかった。


クロードは瞼を持ち上げ、その眼差しで濛々たる雨霧を今一度貫き、泥濘の中で固く抱き合うルシアとミアの姿を捉えた。


かつて自らの羽翼の陰で密かに守り抜き、今や全身の力を込めて己を憎悪しているその少女を見つめ、彼の口元に、極限まで痛ましい微かな笑みが浮かんだ。


雨は大地へと激突し、粉々に砕け散った。


「……余の訪れが、あまりにも遅すぎたのだな」


彼は小さく呟いた。その声はあまりに微かで、刹那のうちに冷たい風にかき消されていく。


己が足りなかったのではない。天下の玉座が低すぎたわけでもない。


ただ、彼女が土を割って芽吹いたその刹那、陽光は彼よりも遥か先に、彼女の心の奥底へと降り注いでいたというだけの話なのだ。


そして自分は——所詮、降る季節を違えた冷雨に過ぎなかった。


細やかな冷雨が無音のまま深藍の礼服を濡らし、氷のように冷たく、重く、深宮の奥底にある永遠に陽の目を見ぬ果てなき長夜のようにまとわりつく。


クロードは泥濘と焦土の境目に佇み、雨の帳を越えて視線を投げかけた。血溜まりの中でミアを必死に護る、あの黒髪の少女のもとへ。


その墨緑の瞳に宿る不屈の野火は、全身の骨を砕かれ、残る息がわずかであろうとも、決して運命に頭を垂れようとはしない。


似通いすぎていた。胸が軋むほどに似通い、狂気を孕むほどに彼の心を狂わせる。


世の人々は、今の彼が高みに座し、天下の権勢をほしいままにする姿ばかりをもてはやし、帝国そのものの化身であると称え、その冷徹非情な手腕を畏怖する。


だが、一体誰が覚えているというのか。この重たい王冠を、彼がどれほど血塗られた両手で、泥沼の底から一歩一歩奪い取ってきたのかを。


彼の前には、天賦の才に恵まれ、輝かしい才気にあふれた三人の優秀な皇姉たちがいた。彼女たちは幼き頃より神の寵愛の如き魔力と驚くべき武芸を示し、その一挙手一投足には王族の眩い栄光が満ちていた。


そして彼の背後には、父皇と幾多の側室たちが産み落とした無数の皇弟、皇妹たちが群狼のように取り巻き、誰もが玉座への野心と悪意を瞳にギラつかせていた。


あまつさえ……あのオースのように、近親婚の奇形なる血を受け継ぎ、未来予知の神能を掌中に収めながら底知れぬ危険を孕んだ怪物のごとき弟までもが控えていたのだ。


彼は皇后が産んだ最初の男子であり、名目上の嫡長子であった。


だが、運命は彼に最も残酷な呪いを下した——彼は、天才ではなかったのだ。


皇姉たちのように生まれながらの神の寵愛はなく、兄弟たちのような驚天動地の祖先の血統も持ち合わせてはいなかった。彼の魔力は凡庸であり、資質は平凡であった。


弱肉強食、天賦の才のみが英雄を定義するこの帝国の巨大な挽き肉機において、凡庸とはそれ自体が原罪であり、才なき皇子に待つ末路は、血を分けた肉親に骨の髄まで食い散らかされることだけであった。


だからこそ、彼は運命に屈しなかった。


奥歯を噛み砕き、魂を薪として燃やし、常人の百倍、千倍に及ぶ自虐的なまでの修練を重ね、針の穴を通すほどの緻密な智謀と権術を駆使して、彼は天才という怪異たちの狭間から力ずくで血路を切り開いてみせた。


あらゆる屈辱と暗箭を呑み込み、血肉の凡躯をもって、彼は「天才」との間に横たわる越えがたい天険を一歩ずつ削り均し、無数の白骨を踏み越えて、この至高なる皇太子の座へと登り詰めたのだ。


それは、地獄の底を這いずり回った者にしか理解し得ぬ、孤独と苦痛であった。


人波のただ中に、ルシアの姿を見出すその日までは。


あの少女もまた、誇るべき血統を持たず、一折りに折れてしまいそうなほど小柄で華奢な黒髪の娘であった。異界の暴風の中でよろめきながらも、凡人の機巧算術、異界の冷鉄火器、そして自傷に等しい狂気的な執念のみを武器に、怪物と天才たちが犇めく学院の空を、己の手で無理やり切り裂いてみせた。


あの瞬間、クロードの静まり返っていた心の湖に、天地を覆す巨浪が巻き起こったのだ。


彼はこの世で初めて、同類を見出した。


彼が彼女を愛したのは、その容貌ゆえではない。自分と寸分違わず——同じく運命を受け入れず、血と汗と凡人の知恵を絞り尽くして天賦の神権に抗い続ける、あの不屈の傷だらけの魂をこそ、心の底から愛してしまったのだ。


彼女なら自分を理解してくれるはずだと信じた。この冷酷な世界において、唯一己と肩を並べて歩める影なのだと。


それなのに……なぜだ?


クロードは瞳を閉じ、その口元に極限まで苦渋に満ちた惨めな笑みを浮かべた。


同じく「凡人」の身であったはずのルシアが、最後に駆け寄った先は——依然としてこの大陸の頂点に君臨する二人の天の寵児であった。


比類なき【事項干涉】の権能を操り、不滅の武勲を誇る名門に生まれた白髪の女公爵カリーナ。


生まれながらに世界最大の商団を背負い、魔法塔の首席にして帝国の初恋と讃えられる天驕クレア。


彼女たちは天才であり、神に選ばれし寵児であり、生まれたその瞬間から雲の上に座し、泥濘の中でもがく螻蟻の苦しみなど知る由もない存在なのだ。


なんと残酷で、なんと皮肉なことか。


己が魂の共鳴と信じ、持てる偏愛のすべてを注いで陰から守り抜いた少女が、運命の不条理を呪い、神の定めに全身全霊で抗いながら——最後に身を寄せ、全霊で愛を捧げた相手は、生まれながらに眩い天賦を手にしたあの寵児たちだったのだ。


細やかな雨糸が彼の青白い頬に降りかかり、瞳の奥に残されていた最後の微光を容赦なく消し去っていく。


所詮は、どれほど足掻こうとも、どれほど血を吐く努力で万人の上に登り詰めようとも、凡人は天才の纏う光輪には敵わないのだ。運命に最も激しく抗った者ですら、最後の安息の地として選ぶのは、神に選ばれし者たちの懐なのだと。


底知れぬ絶望が、底なしの深淵のようにクロードを飲み干していった。


現実には、奇跡など何処にも存在しない。


彼は皇位を勝ち取り、権力を手中に収めたが、運命という盤面の上では完全なる一敗地に塗れたのだ。降る季節を違えた冷雨は、所詮、残骸の散らばる土の中で朽ち果てるしかなく、あの樹が、躊躇いもなく永遠の暖陽の腕の中へと飛び込んでいくのを、ただ見届けることしかできないのだ。


クロードの、かつては万里の晴れ渡る空の如く澄み渡り、至高なる皇権を象徴していた蒼藍の双眸が、細やかな冷雨の中で、一点、また一点と、完全に光を失っていった。


それはもはや皇太子が見下ろす傲慢でもなければ、冷酷な政客の底知れぬ陰鬱でもない。果てなき絶望と虚無に呑み込まれた、死相を帯びた灰色であった。


濡れそぼった金色の睫毛から雨水が滴り落ち、視界を滲ませる。それでも彼は前方を見つめ続けていた——生臭い血泥の中でミアを自らの身の下に死守し、眉をつり上げて己を睨みつけ、瞳のすべてを嫌悪と唾棄で染め上げた黒髪の少女を。


己を骨の髄まで噛み砕かんとするその憤怒の形相を前に、クロードの、常に優雅と体面を保ち続けていた美貌は、重槌を打ち込まれた薄氷のように音を立てて剥落し、極限まで打ち砕かれた凄惨な表情を露わにした。


心臓を不可視の手で生きたまま引き裂かれたかのように、血が滴り落ちていく。


「……ハッ」


乾ききり、嗚咽に近い掠れた乾笑が彼の喉元から零れた。


クロードは微かに首を横に振り、血の気の失せた唇を震わせ、己とこの冷雨にしか届かぬ微弱な呼気をもって、魂の深淵に永く押し殺してきた悲鳴を、独り言のように零した。


「……余たちは、同類だと思っていたのだ……」


なぜだ?


そなたも余と同じく、生まれながらにあの高みにおる天才たちに踏みにじられてきたのではないのか。そなたも余と同じく、地獄の泥沼で歯を食いしばり、凡人の肉体をもって神々に拳を振り上げてきたのではないのか——それなのに、なぜ、そなたが最後に選んだのは、生まれながらに眩い天賦を賜りし寵児たちであったのだ?!


なぜそなたまでが、余を裏切るのだ?!


なぜそなたまでが、泥濘の野犬たる余を、たった一人この永夜の中へと置き去りにするのだ?!


キィィィィィン————!!!


極限の屈辱と、存在そのものを根底から否定された狂気が、一瞬にして彼の理性の堤防を押し流した!


すでに下ろされ、金糸の鞘へと完全に納められるはずであった帝国の秘銀長剣が、電光石火の刹那、耳を劈く凄絶な蜂鳴を轟かせた!


いかなる予兆もなく、いかなる政治的打算もなく、帝都の全臣民の視線も、神が下したばかりの聖裁すらも投げ捨てて——クロードの双眸には悍ましい紅い血走りが走り、全身を雨幕を切り裂く暴虐の雷霆と化して、虚空から引き抜かれた佩剣が、狂気と絶望の銀白の殺気を纏い、ルシアの胸に抱かれたミアの脳天へ向けて、寸分の容赦もなく振り下ろされた!


剣先が届くより早く、鋭利にして骨を凍らす剣気が、足元の泥水を底知れぬ亀裂となって両断する!


あまりにも速すぎた。


生死の反応の限界を遥かに超越した速さであり、大気中の雨糸すら断ち切られる暇もなく、高圧によって一瞬にして蒸発するほどの神速であった!


「——ッ?!」


その瞬間、ルシアの墨緑の瞳孔が、針の先ほどに収縮した。


言語を絶する戦慄が幾千万本の氷針となって、一瞬にして四肢百骸を貫き通す!


血液がこの刹那に完全に凍結したかのようであった。折れた右脚、陥没した肋骨、全身の魔力回路は先刻の死闘によって疾うに枯渇し果てており、刻刻は破損し、おにぎりの空間共鳴すらこの至近距離での迎撃を間に合わせることは叶わない——。


反撃する暇もない。【プリズム・バリア】を展開する時間もない。短刀を抜いて受け止める時間すら、無慈悲に剥ぎ取られていた!


生命の最深部にある恐怖と本能に突き動かされ、ルシアの脳裏は真っ白に染まり、彼女が為し得た唯一の動作は、己の小柄で傷だらけの脆い肉体をもって、狂ったように覆いかぶさることだけであった!


彼女は血に染まった両腕をきつく締め直し、この残躯に残された最後の一滴の力を振り絞って、恐怖に竦むミアを寸分の隙もなくその胸の中へと掻き抱き、固く目を閉じ、哀れなほど薄い背中を弓なりにして、天地を引き裂く銀白の死線へと晒した——!


だが、肉を裂くはずの冷酷な激痛は訪れなかった。


ギャァァァァァン——————!!!


天を衝くほどに甲高く澄み渡る、氷原が砕け散るかのような金属の轟音が、ルシアの頭上の至近距離で炸裂した!


火花を四方へと撒き散らす狂暴な衝撃波が、降り注ぐ雨糸を吹き飛ばし、朦朧たる白い水煙へと霧散させる。


痙攣寸前まで硬直していたルシアの身体が、微かに強張った。乾いた目蓋の下から、墨緑の瞳が恐怖の余韻に震えながら、信じがたい思いを抱いて、極めておずおずと顔を持ち上げた。


弾け飛んだ冷たい水煙の向こうに映し出されたのは、風雪の極地より舞い降りたかのような、一筋の長身の姿であった。


スラリと高く、真っ直ぐに立ち、世を睥睨する冷徹と神聖を纏っている。


吹き荒れる氷雨の中、初雪のように純白で無瑕の銀髪が風を孕んで激しく舞い踊り、陰鬱な天光と剣戟の残光を浴びて、氷晶の如き幽玄な冷芒をきらめかせている。


彼女が身に纏うのは、無駄を削ぎ落とした極めて洗練された仕立ての、豊満な起伏の美を際立たせる玄黒の軍装。翻るマントは風に鳴り、背後に蹲る無残な少女の姿を、寸分の狂いもなく、完璧に自らの影の下へと庇護していた。


カリーナ・グラフィエン。


大気中に充満していた硝煙、焦臭、そして血泥の生臭さが、この刹那、あまりにも懐かしい香りによって強烈に引き裂かれた——それはシベリアモミと沈香が織りなす、深遠にして揺るぎなき木質の冷香。


優雅で、清冽で、あらゆる狂乱を鎮める覇道たる温もりを携え、窒息しかけていたルシアの鼻腔へと強引に満ちていく。


カリーナは片手で剣を執っていた。グラフィエン家に伝わる古のルーンを刻んだその佩剣は、いつの間にか抜き放たれており、霜雪を戴く孤峰の如き切っ先が、クロードの放った絶望と狂気の斬撃を、微動だにせず受け止めていた。


刃と刃が噛み合い、交差する切っ先から火花が狂おしく迸り、息を呑むほどに美しい彼女の清冷な横顔を鮮烈に照らし出す。


白磁の肌は冷雨に濡れて透き通るように白く、長密な睫毛には水晶のような水滴が宿る。そして純粋なるピジョンブラッドのルビーの如き紅き双眸には、凡俗の波風など微塵もなく、ただ深淵の如き冷酷と、神のごとき威厳だけが沈殿していた。


振り返りもしない。余計な言葉など何一つ発しない。


ただ、目の前に立ち塞がるその背中だけで、この崩壊した無残な世界において、永遠に倒れることのない唯一の巍然たる雪山そのものであった。


「……カリーナ……?」


ミアを抱きしめた姿勢のまま、ルシアは完全に呆然と見惚れていた。


狂風がカリーナの銀髪を揺らし、清冽な木の香を帯びた数筋の白い髪が、血と涙に塗れたルシアの頬をそっと撫でる。冷たく、されど魂を震わせるほどに熱い。


折れた肋骨は依然として激痛を放ち、四肢を襲う虚脱感は意識を飲み込まんとしていたが、ルシアは息をすることすら忘れていた。


雨水が長い睫毛を伝って零れ落ち、視界の世界は音を失ったかのようであった。


焦げた人骨も、教廷の光幕も、クロードの絶望に歪む顔すらも消え去り、天地の間には、ただ雨幕を背に自らのために剣を掲げて立つ、あの白銀の姿だけが存在していた。


その瞬間、宿命にも似た烈しい悸動が、魂の最深部から轟然と蘇った。


ルシアは見慣れた背中を見つめ、心臓が制御を失って激しく脈打つのを感じていた。


この女性の強さを目にするのは初めてではない。その胸の中に溺れたのも、一度や二度ではない。


だが、全世界から死角へと追い詰められ、凡人の智謀と血肉を尽くして自らを粉砕せんとしたこの泥濘の底にあって——この女は再び風雪を従え、運命の刃を打ち砕き、冷雨を踏み越えて現れ、彼女の唯一の、不可侵の防壁となってくれたのだ。


意識が眩み、滲む血の涙が視界を静かに潤していく。


ルシアは呆然と彼女を見上げ、その蒼白な唇に、この上なく柔らかな笑みを浮かべた。


反則だ。


彼女は思った。


ボロボロに傷つき、疾うに擦り切れきった己の魂が……この刹那、治しようもないほどに、もう一度、目の前の女性へと深く恋に落ちてしまったのだと。


先ほどまで荒れ狂い、帝都のすべてを引き裂かんとしていた豪雨は、いつの間にかその獰猛さを完全に失っていた。


雨脚は極めて微かに、極めて細やかに変わり、天を覆う朦朧たる銀糸となって、煙の如く、霧の如く、無残に砕かれた処刑広場を包み込んでいく。


微かに冷たい雨糸が無音のまま降り注ぎ、ルシアの熱くひび割れた額、血泥に汚れた頬、そして砕け散りそうな華奢な肉体へと、細やかに、密やかに口づけていく。


それはもはや先ほどのような刃の如き冷酷な刑罰ではなく、大地の深き悲憫を湛えた無数の優しき手のひらのように、彼女の胸の内に軋む骨折の鈍痛を極めて穏やかに撫で下ろし、干からびて寸断されかけた魔力回路を静かに潤していく。


大気に充満していた息の詰まる硝煙と鉄錆の匂いは、この細雨によって優しく沈められ、後にはただシベリアモミと沈香の清冽な香りと、甘露に潤された土壌の微かな甘みだけが残されていた。


世界は一瞬にして、信じがたいほどの静寂に包まれた。


狂乱の咆哮も、鋼鉄と骨肉が激突する凄惨な音もなく、風すらも息を潜めている。


細やかな雨水は折れた黒曜石の巨柱を濡らし、刻まれた傷痕を伝って滑り落ちていく。それはまるで、この古き帝国の負った無数の傷を優しく拭い去っているかのようであった。


焦げ跡を残す無残な瓦礫も、立ち込める水蒸気と薄霧に包まれてその輪郭を柔らかく融かし、時の流れに滲む淡い水墨画の如き風情へと変わっていく。


砕けた石の隙間にできた水たまりは、白み始めた空の微光を映し出し、雨粒が落ちるたびに、極めて繊細な波紋が無数に広がっては、音もなく消え去っていく。


あらゆる狂気、執念、悲哀、そして殺戮のすべてが、この細雨の中に静かに包み込まれ、沈殿し、鎮められていくようであった。


幽かな銀光を帯びた雨幕の中、カリーナの漆黒の軍装と滝の如き銀白の長髪は、俗世を離れた神聖な美しさを放っている。雨に濡れた数筋の雪白の髪が微風に揺れ、ルシアの墨緑の瞳に宿る微光と無言のまま交差する。


ルシアは今なおミアを胸に抱き、腕の中で次第に落ち着きを取り戻していく少女の微かな鼓動と、頭上に聳える雪山の如く、世のあらゆる風雨を遮ってくれるあの凛とした背中を感じていた。


重圧と疲労が潮の如く押し寄せてくる。だが、張り詰め続けていた神経の奥底の弦は、この深き静けさの中で、ようやく完全に解き放たれた。


言葉を失うほどの静寂。


まるで、この傷だらけの世界のすべてが、この優しい雨の中で深き眠りにつき、ただこの一瞬の安寧を、彼女たちへと惜しみなく返すためだけに存在しているかのようであった。

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