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重度カードゲーマー女子、過労死転生した異世界でも恋愛をプレミして詰んだ件  作者: 酣睡


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131/135

雨洗う修羅場、交わらぬ二つの魂

土砂降りの豪雨が無休無止に降り注ぎ、この世の煉獄へと変わり果てた帝都広場を容赦なく洗い流していく。


灰白色の煙塵と立ち込める焦臭は、雨水に洗われて生臭い泥漿と化し、砕け散った黒曜石の敷石を伝って縦横無尽に流れ下る。


冷酷な雨糸は大気から狂暴な熱波を奪い去りはしたが、骨の髄にまで染み付いた悽愴と残酷さだけは、どうしても洗い流すことができずにいた。


この一面に広がる焦土の瓦礫の真ん中で、二人の華奢で儚い少女が、泥濘に身を沈めて互いを強く、強く掻き抱いていた。


ミアの涙は大雨と混ざり合い、両腕にありったけの力を込めて、血泥にまみれた小さな身体をその胸に抱き締める。


そしてルシアは、ようやく安住の地を見出した手負いの幼獣のようにミアの首元へ力なく崩れ落ち、華奢な背中を激しく痙攣させながら、微かで、あまりにも無防備な泣き声を漏らしていた。


刻刻のへし折れた歯車が傍らに横たわり、白磁の機械猫・おにぎりは、泥に濡れたルシアの指先へ、愛おしそうにそっと頭を擦り寄せる。時間はまるで、この死線の果てに残された微かな温もりだけのために、歩みを止めたかのようであった。


そして遠く、赤紅の猛火が荒れ狂い、今や豪雨によって完全に鎮火された焦黒の深坑の縁に、静かに立ち尽くす一つの影があった。


ビクターの立ち姿はどこまでも真っ直ぐで、天地の狭間に突き立てられた、決して折れることのない玄鉄の古剣の如くであった。


過酷な破壊を耐え抜いた漆黒の長剣を砕石の大地へ垂直に突き立て、男の両手は柄頭の上で優雅に、泰然自若と重ね合わされている。その長身には微かな屈みすらなく、背骨はかつてと変わらず、帝国の揺るぎなき天険そのものとして聳え立っていた。


だが、このあまりにも神聖にして典雅な大宗師の風情は、今のこの光景にあって、胸を締め付けるほどに痛ましく、かつ荒唐無稽な凄愴さを漂わせていた——。


破城巨槍の斥力による貫通と、特化ロケット弾による至近距離での爆炎の洗礼を受け、学院の威厳と貴族の矜持を象徴していた漆黒の長袍はとうに粉微塵に吹き飛ばされ、下着の裏地すら残されてはいなかった。


今この瞬間、帝国全土を震え上がらせてきたあの「夜魔」は、身に纏うものとてなく、ただ火の粉に舐められて黒ずみ、穴だらけとなった憐れなパンツ一枚だけを晒して立ち尽くしていたのだ。


雨水が引き締まった、しかし無数の裂傷刻まれる胸板を伝い落ち、めくれ上がった肉塊と、胸元の恐るべき貫通傷を洗い流していく。吹き荒れる寒風の中にあって、その姿はあまりにも狼狽であり、あまりにも痛々しかった。


ビクターは微かに瞼を上げ、その深く沈み切った瞳で煙る豪雨の帳を透かし、抱き合って泣き崩れる二人の少女の姿を見やり、そして最後に、警戒線の外で涙に暮れるデイジーの視線と、正面からぶつかり合った。


夫婦の視線が、虚空の中で音もなく絡み合う。


赤く腫れ上がったデイジーの目元を見つめ、煤に汚れ、ほうれい線が深く刻まれたその顔から、死闘の間ずっと張り詰めていた冷徹な輪郭が、ようやく微かに綻びを見せた。


口元が極めて微かに動き、ごく淡い、本当に淡い笑みが零れ落ちる。


聞こえていないはずがなかった。


オースが教皇の名のもとに帝国全土へ轟かせた宣告は、今なお耳朶を打っている。教廷の神託は、あらゆる血祭を神への冒涜たる反逆の罪と断じたのだ。


この瞬間、ビクターはようやく、真に、徹底的に全局面の理を悟った——。普段は執務室で居眠りばかりを貪り、この世のあらゆるものに無関心を装っていたあの黒髪の女が、いかほどの決死の覚悟を胸にこの処刑台へと上がったのかを。


彼女は力で自分をねじ伏せようなどとは毛頭考えておらず、誰かを殺めようなどとも思っていなかった。


ただ、己のすべてを賭け金として差し出したのだ。


深く隠し通してきた双回路の切り札を賭け、刻刻の破損を賭け、そして今や何本の骨が砕けたかも分からぬあの華奢で儚い肉体を賭けて。運命の断頭台と帝国の万丈の重圧の狭間で、一寸ずつ、一秒ずつ、自らの鮮血を垂らしながら死神と競走していたのだ。


血潮と怨嗟の骸によって幕を閉じるはずだった帝国の悲劇。愚民どもの狂気の中で擦り潰されるはずだった無辜の命。それを、全身傷だらけのあの少女が、文字通り骨肉を粉々に砕く代償を支払って、力尽くで買い戻してみせたのだ。


教廷通信光スクリーンが放った威厳ある聖裁の余音がいまだ漂う中、高くそびえる城壁の上から、あの尊大なる影が動き出していた。


クロードはいつの間にか皇権を象徴する玉階を降り、焦灰と血水に塗れた死地へと足を踏み入れていた。


身に纏うのは、塵一つ付いていない深藍の皇太子礼服。豪雨の飛沫を浴びて、金糸の刺繍が冷徹な煌めきを放っている。


傘も差さず、降りしきる暴雨に額の金髪を濡らすに任せ、一歩、また一歩と、優雅に、そして緩慢に黒曜石の瓦礫と粘つく泥濘を踏み越えていく。その表情は陰鬱にして、底知れず深い。


周囲に残る禁衛軍の兵たちは皆一様に息を殺し、次々と片膝を突いて臣下の礼を取ったが、クロードはその一瞥すら寄越すことなく、鎮火した焦坑の縁へと静かに歩み寄り、背筋を伸ばして立つビクターの傍らで足を止めた。


輪郭の整った横顔を雨水が伝い落ちる中、クロードは微かに首を巡らせ、ビクターの胸に穿たれた悍ましい巨大な貫通傷と、あの焦げ跡だらけの無残な下着へと冷酷な視線を落とした。


その声は波風一つ立たぬほどに平穏でありながら、骨を凍てつかせるほどの殺意を孕んでいた。


「ビクター教授。この国中が注視した決闘において、貴公……まさかあの瀬戸際で、わざと手を抜いたわけではあるまいな?」


焦土の上に立つ、下着一枚のビクターは眉一つ動かさなかった。


漆黒の長剣の柄に重ねた両腕を微動だにさせず、裂けた胸板を雨水が洗うに任せながら、いつも通りの泰然とした口調で、恐れなど微塵も感じさせずに静かに告げた。


「殿下がもしご疑念をお抱きであるならば……いかがですかな、今ここで殿下自らが剣を執り、臣が先ほど振るった力と、本気で刃を交えてみられますか?」


冷徹に放たれたその一言が、クロードの喉元へと迫る詰問のすべてを、無慈悲にねじ伏せて塞き止めた。


クロードの瞳孔が、誰にも悟られぬほど微かに収縮する。


帝国の皇太子たる彼は、目の前に立つこの落ちぶれた風貌の、「夜魔」と恐れられる男の真の恐怖を、誰よりも理解していた。


先ほど広場の幾何学模様の石畳を丸ごと耕し尽くし、空間すらも両断せんとしたあの【漆黒の魔力津波】。ノーランド帝国全土を見渡しても、あれを正面から受け切れる者など片手で数えるほどしか存在しない。


もしビクターが手加減をしていたのだとすれば、この男が真に本気を露わにした時、この帝都がどれほどの惨禍に見舞われるかなど、誰も想像することすら恐ろしい。


だが、クロードの胸中に巣食う「嵌められた」という直感だけは、どうしても払拭できなかった。


ビクターの太刀筋、天地を揺るがす一撃を放ちながらも致命傷を逸らさせたあの間合いには、極めて陰微な共謀と黙認の気配が漂っていた。


しかし、この残酷な現実を前にして、いかなる証拠も見出すことができない。ビクターの胸に生々しく穿たれた血の風穴は紛れもない本物であり、荒れ狂う魔力の乱れも事実であり、至近距離からロケット弾の直撃を浴びて下着一枚にまで吹き飛ばされたその無様な姿もまた、動かしようのない真実であった。


本来であれば、寸分の狂いもない完璧な筋書きとなるはずだったのだ。


帝都を覆う疫病への民怨を利用し、宗教の狂熱を煽ってミアという駒を断頭台へと送り、ルシアを完全なる孤立無援の絶望へと追い詰める。そうして最後に、未来の皇帝たる自らの足元に跪かせ、庇護を乞わせるはずだった。


それなのに——何百年もの歴史を紡ぎ、幾千もの命を飲み干してきた帝国の冷酷なる権謀の巨大な挽き肉機が、今日この日、泥濘の中で血を吐き骨を折られた、あの小柄で華奢な黒髪の女の、奇怪にして致命的な奇策の数々によって、完膚なきまでに叩き壊されたのだ。


丹念に仕組んだ死の罠は、教廷によるペストの真相暴露という喜劇へと成り下がり、民意の大義名分は荒唐無稽な戯言と化し、高みから盤面を操っていたはずの彼自身が、これほどまでに無様な窮地へと立たされている。


だが、雨煙の彼方の泥水の中に転がる、あの痛々しい姿を見つめるクロードの口元には、狂気にも似た笑みが不気味に浮かび上がっていた。


怒りか? 当然、胸を焦がすほどの憤怒はある。


しかし、その敗北感による陰鬱の底から湧き上がってきたのは、言葉を失うほどの歓喜と、狂おしいまでの熱狂であった。


喚き散らすような屈服などしない。操り人形のような脆弱さなど欠片もない。最も頼りない肉体一つで、大宗師を謀り、教廷を覆し、皇太子の盤面を木っ端微塵に打ち砕いた——それこそが、ルシアだ。


それこそが、余の、このクロードの見初めた女に相応しい。


クロードの双眸に宿る冷酷さは、次第に執着に満ちた獲物を狙う光へと変じていった。


彼はビクターから視線を外し、泥水に汚れた革靴を踏みしめ、泥濘の中で抱き合って慟哭する二人の少女へと向かい、重々しい足取りで歩みを進めた。


泥水を踏み砕く規則正しい革靴の音が、次第に弱まる雨音の中で、異様なほど耳障りに響き渡る。


クロードは泥濘の中で抱き合う二人の少女の前に立ち、冷徹にその姿を見下ろした。


チャリン——!


澄んだ冷たい金属の擦過音が、唐突に雨の帳を切り裂いた。


クロードは何の前触れもなく、腰に帯びた皇権の象徴たる佩剣を抜き放った。帝国の秘銀によって鍛え上げられた細身の刀身が、陰鬱な天光の下で凍てつくような冷光を放ち、その切っ先は微かに下がり、ミアの無防備なうなじを正確に切先で捉えている。


刃が鞘を滑り出た刹那、周囲に残る数十名の近衛兵たちの身体が、弾かれたように強張った。皇太子の手飼いの死士たる彼らは、クロードの瞳の奥に宿る決然たる殺意の正体を、瞬時に悟ったのだ。


言葉による交わしなど何一つなく、重厚な甲冑の激突音が広場に響き渡った。数本の長戟と重剣が電光石火の早業で切っ先を翻し、氷のように冷徹な鋼鉄の包囲網を瞬く間に敷き詰める。重傷を負って力を失い、下着一枚で佇むビクターと、息を呑んで絶句するデイジーの退路を、完全に外側へと遮断した!


「殿下ッ!」


デイジーの悲鳴は、近衛兵たちの冷たい盾の壁によって無慈悲に跳ね返された。


そして泥の底にあって、ミアを抱きしめ、生き延びた安堵の涙に暮れていたルシアの神経が、剣撃の音と共に一瞬にして極限まで張り詰めた。


至近距離から突きつけられた、隠す気すらない純粋な殺意。それは頭上から氷水を浴びせられたかの如く、彼女の意識を覚醒させた。


教廷の宣告はすでに帝国全土へ響き渡り、神の赦免は下されたというのに。この狂人は……この男は、ここで力尽くでミアを斬殺する気なのだ!


「っ……!」


ルシアは奥歯を砕けんばかりに噛み締め、唇から血を滲ませた。


全身を苛む激痛と脱力感が狂おしく引き裂き合っていたが、その身の動きは、もはや思考を越えた本能であった——彼女は華奢な身体を無理やりに捻り、骨折と打撲に塗れた己の背中を盾とするようにして、震えるミアを己の胸の内へと逆転させて力任せに抱え込んだ!


泥の中で折れた右脚が激しく痙攣したが、痛みを感じる暇などなかった。幼子を庇い立てして袋小路に追い詰められた獰猛な獣のように、血泥と涙に汚れた顔を跳ね上げ、墨緑の瞳を危険な針の如く細め、目の前に聳え立つ尊大なる皇太子を、骨の髄まで噛み砕かんとする凄絶な形相で睨み据えた!


だが、クロードは眉一つ動かさなかった。


彼は手首を優雅に返し、剣先をルシアの足元の泥水へと軽く突き立てると、路傍の蟻を踏み潰すかのように、傲岸にして冷淡な口調を紡ぎ出した。


「そのような目で余を見るな、ルシア。教廷の放送が何だというのだ? 今この広場に生き残っているのは、ことごとく余の手の者だ。余が今ここでこの女の喉笛を刺し貫いたとて、後から『罪人は恐れをなして抵抗したため、その場で討ち取った』とでも、あるいは『疫病によって頓死した』とでも布告を出せば済む話だ……。風向きに流されることしか知らぬ卑しい愚民どもに、この余を裁くことなどできようか?」


冷酷無比なる言葉が死の静寂の中に木霊し、ルシアの胸に抱かれたミアは、木枯らしに震える木の葉のように身を竦ませ、ルシアの破れた服の裾を血が出るほど強く握りしめていた。


しかし、死線を彷徨いながらも己を睨み据え、消えることのない焔を燃え上がらせるルシアの瞳を見つめるうち、クロードの瞳の奥にあった残虐の光が、ふと不自然に揺らめいた。


白刃の冷光が微かに揺れ、泥に塗れながらも、狂おしいほどに眩い輝きを放つその女を見下ろしながら、彼は唐突に、何の前触れもなく言葉を翻した。


「……だが、決して道が残されていないわけでもない」


クロードは微かに身を屈め、その瞳の底に、押し殺し続けてきた執着と狂気的な渇望をギラつかせた。


「今ここで頷くのだ、ルシア。余の皇太子妃となることを誓え——ならば、この卑賤な女の命など、結納の品としてくれてやる。完全に許してやろうではないか」


大気が、一瞬にして凍りついた。


そのあまりにも理不尽で傲慢な条件を耳にした瞬間、ルシアの細い肩が激しく波打ち、胸の内に燃え盛る激怒が、傷だらけの内臓を焼き尽くさんばかりに爆発した。


怒りのあまり、乾いた笑いが込み上げる。全身の骨が軋み、歯の根が合わぬほどに震えていた。


もう我慢ならなかった。異世界の体面など、知ったことか。彼女はその整った尊大な顔面へ向けて、肺腑の血をすべて吐き出すかのように、剥き出しの罵詈雑言を叩きつけた。


「クロード、お前は人の言葉も理解できないのかッ?!」


濃厚な血の匂いを孕んだルシアの怒号が広場を引き裂き、嗄れた声が破れんばかりに響き渡った。


「何度も何度も言わせるんじゃないわよ——! 私はこの生涯、我が愛する二人の妻しか愛さない! 私の心にはあの子たち以外の居場所なんて、爪の先ほども残ってないのよ!」


彼女はミアを腕の中に押し込め、爪が掌に食い込むほど拳を握り締め、血走った瞳で周囲の瓦礫と近衛兵を指差しながら、喉を裂いて叫んだ。


「天下の衆人環視の前で、全帝都の兵士たちの目の前で公爵夫人を力尽くで奪おうだなんて——天下の皇太子が、恥というものを知らんのかッ?! お前の誇りは犬にでも喰われたわけ?!」


叩きつけるような怒号は、何発もの痛烈な平手打ちとなって、静まり返った広場の廃墟に狂おしく木霊した。


近衛兵たちは誰一人として動けず、息をすることすら忘れ、広場にはただ焦土を吹き抜ける風の唸りだけが虚しく響いていた。


クロードの身体が微かに硬直した。佩剣を握る指先が、白くなるほどに軋んでいる。


分かっていないはずがなかった。


帝国の次代を担うべき頂点として、彼自身が法の境界を、皇室の体面を誰よりも弁えていた。白日の下、神聖なる布告が下された直後というこの場で、無辜の平民の命を盾に臣下の妻を奪おうとするなど、帝国の法理、政治の倫理、そして皇族の矜持のいかなる視点から見ても、一線を越えた最も醜悪な暴挙であることなど。


自分は常に理性的であり、天下を碁盤の如く操る存在であると自負していた。


だが、どうしても納得がいかなかったのだ。


至高の権力を持ち、揺るぎなき野心を持ち、この女に帝国で最高の栄華と舞台を与えられるはずの自分が、なぜ——。


一片の躊躇いもなく、刃の如く断ち切られ、底知れぬ嫌悪と軽蔑に満ちたその罵声を浴びせられ、クロードの顔に貼り付いていた、すべてを掌握する仮初めの優雅さは、乾ききった泥の仮面の如く、音を立てて粉々に崩壊していった。


高貴なる皇太子はその場に立ち尽くし、瞳の奥に渦巻いていた残虐と執念のすべてが潮が引くように消え失せ、後にはただ、底のない空虚と痛烈な自嘲だけが残された。


それは、完全なる敗北者の姿であった。


血泥の中でミアを命懸けで守り抜き、鉄のように冷たい眼差しを向けてくるルシアを呆然と見つめ、剣を握る手から、力が抜け落ちていく。


「……そうか」


クロードの喉仏が苦しげに上下し、その口元に、青白く、壊れきった惨めな笑みが浮かんだ。


激怒することも、剣を振り下ろすこともなく、ただ風雨に吹き消されそうなほどに微かで、虚ろな呟きが、独り言のように零れ落ちる。


「……どこまでも、余では……駄目だというのか」


クロードは緩やかに顔を上げ、冷たい細雨が己の頬を無情に濡らすに任せた。


荒れ狂っていた暴風雨はいつの間にか勢いを失い、天を覆う刺すような冷気を孕んだ微細な雨糸へと変わっていた。


細やかな雨粒が額の丹念に整えられた金髪を濡らし、濡れそぼった幾筋かの前髪が無惨にも額と目元にへばりついて、かつて天下を睥睨していた彼の傲岸な眼差しを、晴れることのない鬱屈と暗鬱の中へと深く沈めていく。


かつて味わったことのない重苦しい窒息感が、帝国の皇太子の胸元を締め上げていた。


光の一筋すら射し込まぬ灰色の天穹を見上げ、顎を伝って滴り落ちる雨水は、先ほど自らが演じた正気とは思えぬ一人芝居を、無残に嘲笑っているかのようであった。


あまりにも滑稽だった。


自分はクロード・レグニス。皇室に生を受けたその瞬間から、ノーランド帝国の未来そのものであると称えられてきた男だ。


深謀遠慮を巡らせ、非情に徹し、権謀術数、政治、人心、果ては神に対する熱狂すらも掌の上で転がしてきた。自らが万人を超える至高の玉座に就きさえすれば、世界はすべて自らの意志の前に平伏し、手に入らぬものなど何一つ存在しないと、そう信じて疑わなかった。


それなのに、この無残にして汚らわしい泥濘の廃墟の中で、身に纏うものすら裂かれ、全身の骨を幾重にも折られたあの女の前にあって——。


彼の誇りと執念を支えていた壮大なる幻想の城は、あの血の匂いを帯びた一喝によって、木っ端微塵に打ち砕かれたのだ。


クロードは視線を落とし、血水の中でミアを強く掻き抱く、あの黒髪の少女を再び見据えた。


行き倒れの幼い野獣のように泥に塗れ、傷の重さに今にも息絶えそうでありながら、その墨緑の瞳の奥には、寸分の曇りもない嫌悪と決絶、そして己の愛する者を護り抜かんとする純然たる魂の焔が、なおも燃え盛っている。


それは、彼がどれほど生涯をかけて謀略を尽くそうと、いかなる権力を積み上げようと、永遠に欠片すら揺るがすことのできない魂の輝きであった。


この刹那、クロードの胸中に渦巻いていた狂おしい執念と熱情は、完全なる凍てついた死寂の中へと沈み込んでいった。


あまりにも明瞭に、そして残酷なまでに、一つの真実を突きつけられたのだ。


いつの日か、自らが元老院と教廷を平らげ、真に天下に君臨し、ノーランド帝国の版図を世界の頂へと押し広げてこの大陸の至高の覇者となろうとも——たとえこの世の頂点に登り詰めようとも。


ルシアは、どこまでいってもルシアのままであり続けるのだと。


彼女が自らの権力に眩惑されて視線を向けることなど断じてなく、死の恐怖に屈して微かな温もりを差し出すことなど、天地が裂けてもあり得ない。


二人の間に横たわっているのは、身分の高低でも、権力の差でもない。魂の根源における、決して交わらぬ隔絶なのだ。最初から、今この時も、そして未来永劫にわたって——。


自分と彼女が交わることなど、絶対にあり得ないのだと。

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