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重度カードゲーマー女子、過労死転生した異世界でも恋愛をプレミして詰んだ件  作者: 酣睡


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焦熱の煉獄、微笑む狂女

地球の現代科学の知恵に、異世界の錬金術による強化が加わった爆発の火光が天を衝いて燃え上がり、強大な衝撃波が無情な蛟竜の如く異世界の文明を呑み込み、天と地を引き裂いた。


それは普通の轟音などではない。鼓膜はおろか脳髄までも一瞬にして磨り潰すような、破滅の轟鳴であった!


ビクターの身に食らいついていた数十本もの超小型錬金高爆弾が、両断された魔力ルーンの連鎖励起を受け、中空で無秩序な殉爆を完遂せしめたのだ!


白熱した強烈な光が視界を呑み込み、直後、数十メートルの径を持つ、地獄の餓鬼が咆哮を上げるかの如き暗紅の火球へと変貌する!


荒れ狂う衝撃波は数千度もの熱風を巻き込み、球状に猛り狂って四方八方へと暴力的に吹き荒れた。


「くっ……!」


深坑の最深部にある焦黒の窪みの中、ルシアは全身を硬く丸め、満身創痍の機械梟・刻刻を、自らの薄く窪んだ胸の下へと死に物狂いで庇い込んでいた。


大地が狂乱したように激しく痙攣する。


数メートルの深さがある坑壁を隔ててなお、人智を超えた過圧は万鈞の鉄槌となって、無防備なルシアの背中を容赦なく叩きつけた!


「ガハッ——!」


少女の喉から絞り出すような悲鳴が漏れ、内臓の破片の混じった煮えたぎる鮮血が、刻刻の冷え切った黄銅の翼へと激しく噴き散らされた。


耳に届いていたすべての音が一瞬にして掻き消え、代わりに鋭く耳障りな、終わりのない高周波の耳鳴りが満ちた。


視界は血の赤と漆黒が入り混じるノイズへと塗り潰され、脳髄は高速回転する石臼に投げ込まれてすり潰されたかのように揺らぎ、天と地が逆転する。凄まじい吐き気と激しい眩暈が、最後の神経を引きちぎろうと暴れ狂っていた。


彼女は自分が覚醒しているのか、それとも深淵へと堕ちてしまったのかすら判別できず、ただ動物めいた最後の生存本能のままに爪を泥濘へと深々と突き立て、胸元で歯車の崩壊音を立てる金属の躯を、さらに強く、強く抱きしめ続けることしかできなかった。


だが、この暴走した狂乱の爆発の中で、真の生ける地獄へと成り果てたのは、深坑の外の地表であった。


これはもはや、通常の魔法による決闘などではない。錬金高爆弾の炸裂が生み出した数千本もの超微細な金属破片と高温高圧の爆風が、音速の数倍の速度で広場の半分を薙ぎ払ったのだ!


城楼の直下や石柱の周囲に整列し、見物を決め込んでいた帝国の近衛兵、騎士たち、そして観覧を許されていた僅かな貴族の従者たちには、防衛障壁を展開する時間すら与えられなかった。


ピキッ! バツンッ! ズチャッ——!


それは、生身の肉体が引き裂かれる、嘔吐を催すような破壊の音。


最前列に並んでいた数十名もの重装の精鋭たちは、人ごと盾を貫かれ、一瞬にして金属破片に全身を蜂の巣にされた。


重装甲の鉄鎧は超高速の衝撃の前に薄紙の如く脆く裂け、破片は高熱を帯びたまま骨肉へと突き刺さり、人体の内側を一瞬にして肉泥へと掻き乱す。


ある者は胴体を真っ二つに削ぎ落とされ、下半身だけが泥濘の中に直立したまま、吹き飛ばされた上半身は十数メートル先へと投げ出され、内臓と黒い血飛沫を黒曜石の敷石一面にぶちまけた。


この世の終わりの如き阿鼻叫喚と悲鳴は、わずか半秒で、押し寄せる灼熱の熱波に喉ごと圧し潰された。


無数の野次馬が地表へと薙ぎ倒され、引きちぎられた四肢が無残な屠殺場の残滓のように暴雨の中を四散する。


高熱の爆風を顔面に受けて皮膚が生きたまま融解し、眼球が濁った粘液へと破裂した者が、焦げついて骨を晒した顎を両手で狂ったように掻き毟りながら、血泥の中をのたうち回っていた。


風雨は依然として降り注いでいたが、地表に触れた雨水は瞬時に「ジュッ」と耳障りな蒸発音を立てる。


帝都広場の上空を覆っていた雨水と泥の匂いは、前代未聞の悪臭によって完全に塗り潰されていた——。


それは、激しい炎に煮え滾った人間の皮下脂肪、炭化した毛髪、そして破裂した内臓から溢れ出た汚物が混ざり合った……吐き気を催すほどに濃厚な、人肉の焦げ爛れる悪臭。


黒焦げになった肉片が、広場の至る所でへし折れた立柱や瓦礫にこびりつき、粘ついた青煙を燻らせている。


激しい雨は濃密な血生臭さと焦臭を洗い流すこと能わず、むしろ地を覆う血漿と肉片と骨屑をかき混ぜ、泡立つ温い血泥となって、深坑の縁をぬらぬらと這い回っていた。


深坑の底、極限の眩暈と耳鳴りに苛まれるルシアの全身は激しく震え、冷たく粘りつく雨水に混じった誰のものとも知れぬ肉片の残滓が、ポタ、と音を立てて、彼女の惨白な頬へと落ちてきた。


耳を貫く高周波の耳鳴りは依然として頭蓋を突き刺すように鋭く、視界の縁では血のような赤い残像が乱れ狂って明滅している。


ルシアは激しく咳き込み、泥砂と内臓の破片の混じった濁った血を口元から大股に吐き出した。


肋骨の骨折がもたらす激痛は、息をするたびに神経を削り取るように苛む。だが、彼女は決して意識を手放さなかった——この過酷な死地において、瞳を閉じることは、まな板の上の魚となって破滅を受け入れることに他ならない。


彼女は、人肉の焦げる濃厚な悪臭を孕んだ冷たい空気を肺腑の奥まで吸い込み、鉄鉤のように強張った五指を、爆風に焼き崩された焦黒の坑壁へと深々と突き立てた。


「動け……動いてよ、私の身体……!」


喉の奥から野獣の如き低い呻きを漏らし、今にも崩壊しそうな華奢な身体を無理やりに駆り立てる。手と足のすべてを泥に這わせ、負傷した激痛の右脚を引きずりながら、血水と砕石の泥濘の中を、一寸、また一寸と這い上がっていった。


爪は剥がれ、鋭利な石の角に肉を切り裂かれながらも、眉一つ動かさない。その瞳の底には、狂気にも似た病的なまでの執念のみが宿っていた。


やがて、血と泥に塗れた右手が、深坑の縁をしっかりと捉えた。


ルシアは舌の先を噛み砕き、その引き裂かれるような痛みで意識を保ち、地獄の底から己の身体を力任せに引き摺り上げた。


しかし、両脚でどうにか立ち上がり、吹き荒れる風雨の中に身体を支えた瞬間、眼前で広がった光景に、彼女の瞳孔は鋭く収縮した。


雨幕と煙塵が渦を巻く瓦礫の中央、そこには、依然として槍の如く直立する一つの影が屹立していた。


ビクターの身を包んでいた衣服は——あの強靭な特製の長ズボンを含め、先刻の至近距離における機械爪の連鎖殉爆によって跡形もなく焼き尽くされており、今や全身を晒し、硝煙に煤けた下着が一枚残されているのみであった。


だが、見る者を戦慄せしめたのは、これまで彼の肉体を覆い、蠢く刺青の如く張り付いていた夜魔の焦黒の魔力が、今や完全に綺麗さっぱりと掻き消えていたことだった。


その代わりに現れ出たのは、彼が普段見せるありのままの姿。


暴雨に打たれる中年男の精悍な顔貌には、深く刻まれたほうれい線が相変わらず刻まれ、全身には無数の擦り傷、熱傷、そして砕石が穿った生傷が広がっており、確かに極めて狼狽した姿を晒している。


——だが、それも「単に手酷く傷を負った」というだけに過ぎなかった。


ルシアの墨緑の瞳が僅かに震え、頭脳の演算領域が一瞬でフル回転し、瞬時にして真相を看破した。


(このクソオヤジ……高階の回復ポーションを飲んだな……!)


帝都魔法学院における幾度とない秘密裏の立ち合いの中で、ルシアは幾度となく全出力の重装構装体「ベテルギウス」を駆り、夜魔状態のビクターと真正面から激突してきた。


彼女は帝国の誰よりも、夜魔状態が強いる代償を熟知している——闇属性の魔力で肉体を深部まで侵食させ、絶対の防壁と殺傷力を引き出すあの禁術は、どれほど持続時間を引き伸ばせようと、術者の魔力、体力、ひいては細胞活性に対する激しい消耗は紛れもなく存在するはずなのだ。


それにもかかわらず、魔改造熱圧ロケット弾の直撃を浴び、さらに零距離で【悪意の贈り物】の数十発に及ぶ錬金高爆弾の連鎖殉爆を真正面から受け止めたはずのビクターは、夜魔状態を解いた後も呼吸の乱れ一つ見せず、その足取りに寸分の揺らぎすら晒してはいない。


爆炎の煙幕に隠れたあの隙を突き、高位の魔導補給薬を呷ったとしか考えられなかった。


ルシアの体側に垂れた指先が、微かに跳ねる。


手札の空間収納の奥深くには、同様に彼女の手で調合され、水晶を介して体力と魔力を同時に引き上げる規格外の効果を秘めた「超回復薬」が数本、静かに眠っている。


——使うか?


その考えは脳裏を一瞬過っただけで、彼女は即座にそれを断ち切った。


己が開発した代物だ、その非人道的な毒性については誰よりも理解している。


超回復薬の本質とは、使用者の未来の生命力と魔力回路の許容限界を前借りし、肉体の潜在能力を強引に搾り取るものだ。


肋骨を砕かれ、内臓から大量出血を起こしているこの状態で無理に服用すれば、戦いが終わった後に待ち受けるのは、全身の神経と魔力回路の少なくとも三分の一が壊死するという凄惨な結末である。


割に合わない。


今日この場を生きて脱し、このボロ屑のような命をカリーナの下まで引きずっていくことさえできれば、事象干渉によって負傷した事実そのものを捻じ曲げてしまうあの女の手にかかれば、冥府の淵からでも引き戻してもらえる。後遺症の残るような永久の傷を負うこともない。


帝都魔法學院の執務室にいるヴァレリーの計略が、今この瞬間に何処まで進んでいるのか、あの女がミアを救出する包囲網を完成させるまでにあとどれほどの時間を要するのか、今のルシアには知る由もなかった。


だが……それが一体何だというのだ。


土砂降りの雨が、大地に散らばる焦黒の肉片を叩き続けている。


深坑の縁に立ち、薄手の濡れそぼったシャツと短パン一枚を晒す女と、数歩の間合いを隔てて下着姿を晒す中年男は、血生臭い悪臭が立ち込める暴雨の中、互いに視線を交錯させていた。


二人の眼光が中空で激突する。


言葉はなく、身動ぎすらない。


されど、互いの前代未聞の無様な姿を目にしたその瞬間、二人の口元には、ほぼ同時に極めて冷たく、そして心を通わせたかのような嘲弄の笑みが浮かび上がっていた。


それは、骨の髄から湧き上がる痛快な嘲笑。


二人の瞳の底には、眼前に広がる阿鼻叫喚の修羅場が如実に映し出されていた——。


数百メートル四方に広がる広場において、かつて最前列に群がり、顔を歪めて「反逆の魔女を処刑しろ」「ミアを殺せ」「帝国万歳」と狂乱の叫びを上げていた見物人や貴族の従者たちは、今や機械爪の放った破片と爆風の餌食となり、折り重なる死屍累々と化していた。


吹き飛んだ四肢が焦げた敷石を覆い尽くし、人肉の焼ける悪臭は雨風の中で吐き気を催すほどに濃密に漂い、虫の息となった呻き声が泥血の中から微かに響く。


救いようのない愚民ども。


権力の庇護の下で、結末の決まった処刑劇を高みの見物と洒落込み、道徳と皇権の優越に浸りながら他人の命を気安く踏み躙り、挙句の果てに怪物の如き激突が巻き起こす余波から逃げ出すことすら忘れ、愚鈍にもその場に留まり続けた連中だ。


この甚大な惨劇は、すべてこいつら自身が招いた当然の報いに過ぎない。


さらに都合の良いことに、城楼の上に座すクロードは、今頃顔を墨のように歪めているに違いないが、この惨状の責任を彼ら二人に問うことなど絶対にできないのだ。


なにせこれは、帝国の特命錬金術師が決闘を執行しているのであり、「極めて凶悪な反逆者」を鎮圧するための死闘なのだから。


激闘の最中に余波が制御を失ったとして、見物に現を抜かして逃げ遅れた愚民どもに落ち度があるのは明白。


クロードはどれほど腹の中で殺意を煮えたぎらせていようと、人肉の焦げた苦みごと、この結果を丸呑みにするしか道はない!


雨水が、ルシアの血に塗れた顎を伝って滴り落ちる。


眼前で立ち尽くす、満身創痍でありながらも揺るぎなき帝国の天険を見据え、墨緑の瞳に宿る最後の躊躇いは完全に消え去り、代わりに獰猛な光を宿した冷徹な殺意が爆ぜた。


「まだ……水晶が二つ残ってるんだよね……」


ルシアは、泥と血に汚れた左手を震わせながら持ち上げた。手首の周囲には、残された二基の蒼藍の魔力備蓄水晶が暴雨の中で静かに浮かび、極めて規則正しい速度で緩やかに旋回している。


それこそが彼女に残された最後の火種であり、真なる切り札。


乾ききった唇から吐き出されたその言葉は、一見すれば虚勢を張った挑発のようでありながら、二人が交わした視線の裏側には、当事者にしか理解し得ぬ暗号が確かに通い合っていた——。


彼女はビクターに告げているのだ。自分には、これと同規模の「惨劇」をもう一度引き起こす余力があるのだと。


先刻のような制御不能の爆炎をもう一度巻き起こし、広場の周囲に居残る見物人、盲目的な狂信者、そして煽動に興じる愚民どもを綺麗に片付けることができれば、クロードが掲げる政治的な「大義」は、足元から完全に崩壊する。


クロードがミアを断頭台へと送る最大の論拠は、沸騰する「民衆の怒り」と「帝国の威信」に他ならなかった。


だが、その民意の象徴である見物人どもが余波の前に全滅してしまえば、「民の怒りを鎮める」という名目は茶番と化し、皇室の権威はこの凄惨な屠殺場によって泥溝へと叩き落とされる。


時間を稼ぎさえすればいい——暗躍するヴァレリー、そしてそれぞれに異なる手段を備えた己の二人の妻たちが、教廷と元老院を説得して動かし、法理と神権の双方から圧力をかけることができれば、ミアはこの死地から名実ともに救い出されるはずなのだ。


ましてや、今のルシアが全身の骨を折り、血肉に塗れ、外装も手札も全壊寸前まで追い込まれたこの惨状は、誰もがその目で目撃している。


クロードがどれほど猜疑心の塊であろうと、どれほど冷酷であろうと、ルシアが「手を抜いて八百長を演じた」とか「庇い立てした」などと難癖をつける余地はどこにもない。


これは、自らの血肉を切り売りして活路を抉じ開ける大博打なのだ。


「ハァ……ハァ……」


ルシアは激しく肩を揺らして息を吸い込んだ。呼吸のたびに軋む肋骨と内臓が、刺すような激痛を神経に走らせる。人肉の焦げた匂いと氷雨が喉へと流れ込み、その双眸の冷徹さをより一層研ぎ澄まさせていく。


この瞬間に至ってもなお、彼女の手元には最後の手札が秘められていた——先程の錬金武装や、いかなる機巧構装体よりも遥かに隠密で、遥かに致命的であり、ビクターすらも目にしたことのない殺招。


この異世界に転移し、錬金と魔法の頂へと駆け上がって以来、彼女はこの技を誰の前でも披露したことはなかった。


己の絶対の秘奥を晒さねばならぬ最初の相手が、他ならぬ己の師となろうとは、夢にも思わなかった。


しかし同時に、山嶺の如き重苦しい無力感が、彼女の胸の奥底で静かに疼いていた。


眼前に立つビクターは、煤けた下着を一枚纏い、引き締まった鋼の肉体を晒しながら、夜魔の魔力を解き、ただ微かな疲労を滲ませてそこに佇んでいる。


……そう、たかだか「微かな疲労を滲ませている」だけに過ぎないのだ。


ルシアはありったけの通常兵装を使い果たし、この世界の次元を逸脱した熱圧ロケット弾を撃ち放ち、【悪意の贈り物】による至近距離の連鎖殉爆まで叩き込んだというのに、得られた戦果といえば、相手の底札を暴き、一本の高位ポーションを呷らせただけにとどまっている。


この絶望的な戦況を招いた元凶を、彼女は痛いほど理解していた——ビクターが、あまりにも彼女を知り尽くしているからだ。


自らの手で彼女を帝都魔法学院へと招き入れ、彼女の特性に見合った戦い方を授けた師として、ビクターは彼女の術式構造、魔力配分、果ては思考の癖に至るまで、その七、八割を掌握している。


「情報の格差」を広げることのできぬ死闘において、ルシアの劣勢は無限に拡大していく。


彼女が過去に打ち立ててきた輝かしい戦歴は、本質的に異界の現代科学、化学エネルギー、そして未知の体系による圧倒的な認識の格差を叩きつけ、敵が理解する間もなく不意打ちを喰らわせてきた結果に過ぎない。


己の手の内を読み切り、一瞬の間に演算の限界を見抜く相手と真正面から相対した時、それら精緻な詭計は、純粋なる力によって少しずつ解体されていくのだ。


(天才……)


泥水と血溜まりの中で、ルシアはその言葉を自嘲を込めて噛み締めた。


これこそが、真の天才というものなのだ。


小細工に頼ることなく、異界の記憶による次元の暴力にすがることもなく、ただ己の肉体と、一本の長剣と、万物を「断つ」という概念を常理を超えて鍛え上げた宗師。


それは、この世界の頂点に君臨する怪物と激突して初めて突きつけられた、真の意味での埋めがたい格差。


後天的な血の滲むような鍛錬や、どれほど綿密に積み上げた計画を以てしても、決して埋めることのできぬ絶望の深淵。凡俗と神域の間に横たわる、冷徹にして越えがたき天険。


だが——。


ルシアの血に塗れた口元の歪みは、その瞬間、獰猛に跳ね上がり、瞳の奥で燃え盛る緑の猛炎が降り頻る雨幕を引き裂いた。


——それが、どうしたというのだ。


常理の溝を埋められぬというのなら、泥濘の底の底から、最も理不尽で狂った最後の手を用いて、その天険ごと木っ端微塵に爆破してやるまでだ!


ルシアは僅かに視線を落とし、泥と乾いた血に塗れた凍える指先で、腕に抱かれた機械梟を極めて優しく撫で上げた。


刻刻の誇る美麗な黄銅の翼は無惨に拉げて歪み、露出した胸腹部の歯車機構は豪雨の中で弱々しい火花を散らし、暗金の硝子眼球には蜘蛛の巣のような亀裂が走っている。


しかし、冷え切った金属の骨格をその指先が愛おしむように撫でた瞬間、血に汚れながらも妖しいまでに精緻なルシアの貌に、極めて緩やかに、恐ろしいほどの笑みが刻み込まれていった。


それは虚勢などではない。極限の悪意を孕んだ、絶対の狂気の笑み。


深淵の縁に立ち、連鎖起爆装置の引き金に指を掛けた狂人の如く、墨緑の瞳の奥で骨の髄まで凍てつかせる昏い燐光が爆ぜる。


雨幕を隔て、焦げた下着一枚で標槍の如く立ち尽くす男の瞳孔が、その瞬間に無音のうちに針の先ほどに収縮した。


ビクターの背筋に粟が生じ、かつて味わったことのない刺すような悪意が、氷雨と濃密な人肉の焦臭に混じり合って、彼の神経中枢を毒針の如く真っ直ぐに貫いたのだ。


男は、この女を知り尽くしている。


知り尽くしているが故に、彼はその場の誰よりも確信していた——ルシアという名の怪物は、師である自分ですら底を覗き見たことのない、未知の切り札を未だその手に握り込んでいるのだと。


しかし、それは予測の及ばぬ未知。どれほど見識が広く、神域の直感を研ぎ澄まそうとも、異界より迷い込み、歪んだ物理と狂乱の化学を頭脳に宿す女が、この世界の理解を超えたどんな殺招を隠し持っているのか、無から導き出せるはずもない。


それこそが、錬金術士ルシアの持つ、最も忌まわしく、最も破滅的な脅威であった。


この女の手札と空間の裂け目に、いかなる常軌を逸した怪物が眠っているのか、誰にも計り知ることはできない。


冷徹に、時には軽薄さすら漂わせるその皮膜の下で、彼女の頭脳がどれほど狂気じみた速度で致命の算段を紡ぎ上げているのか、誰一人として見通すことは叶わないのだ。


過去のあらゆる死線を振り返っても、彼女はいつだって己の身を血みどろに擦り減らしてきた。


純粋な膂力において彼女はあまりに脆弱であり、帝都の路地裏を走る野良犬の一頭にすら力負けするほどに頼りない。


運の巡り合わせにおいても、まるで運命の神に呪われているかのように、最悪の窮地に立たされて袋小路へと追い詰められる疫病神のような存在。


重装は砕け散り、骨は折れ、血反吐を吐きながら泥濘を這い蹲る……いつだって彼女は、風雨の前に揺れる今にも消えそうな蝋燭のように無様であった。


だが、この広大にして冷酷なる帝国の中で、権勢を誇る皇族に至るまで、この無様な女を心底から侮り得た者など誰一人として存在しなかったのだ。


断崖の淵へと追い詰められようと、残された息が途絶えようとしていようと、ルシアの瞳に「絶望」という名の光が灯ったことなど、ただの一度たりともなかったからだ。


彼女はいつだって、氷の如き冷徹さで戦局を観察し続けている。


極限の激痛と混迷の中にあってなお、如何にして盤面を暴力的に覆すかを狂乱の演算力で計算し続けている。


蜘蛛の巣の核心に潜む猛毒の蜘蛛の如く、獲物の荒れ狂う足掻きに耐え忍び、骨肉を裂かれる激痛に声一つ上げず、ただ己の張り巡らせた連鎖が触れられる刹那をじっと待ち続けているのだ。


そして、一度その罠の導火線に火が点けば、訪れるのは単なる応酬などではない。天地を覆し、因果を噛み砕き、常理と生機を根こそぎ呑み尽くす、破滅の連鎖劇!


これこそが、ルシア。


数多の血戦を潜り抜け、泥塗れになりながらも傲然と頭を垂れぬ、極めて危険で、息を呑むほどに美しい女。


雨水が、白く引き締まった顎を伝って滴り落ちる。左手首の周囲を旋回する最後の二基の魔力水晶が、冷徹にして規則正しい青藍の光を放って静かに共鳴していた。


眼前に聳え立つ神話の巨壁たる男を見据え、その口元に刻まれた狂乱の笑みは、生者を喰らい尽くさんとする真実の牙となって剥き出しにされた。

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