原点回帰と、異世界の火花
豪雨は激しさを増し、無残に打ち砕かれた帝都広場を容赦なく打ち据えていた。
天穹を揺るがした超音速の衝突が巻き起こした猛火と衝撃波は、冷徹な氷雨の乱打を浴びて急速に冷却されていく。
鼻腔を灼く焦熱の臭気、沸き立つ刺すような白煙、そして粉微塵に崩壊した黒曜石の粉塵が中空で激しく渦を巻き、狂乱の夜風によって無慈悲に引き裂かれていった。
煙霧が晴れ渡る。
ルシアの足元に広がる大地に、もはや無事な場所など寸分たりとも残されてはいなかった。足元には蜘蛛の巣状に走る焦黒の亀裂と、泥濘と化した血溜まりがどこまでも広がっている。
かつて音速の壁を突破せしめ、無尽の超常演算力を注ぎ込んでいた外装錬金兵装は、いまや完全に跡形もなく瓦解していた。
重厚な推進脚甲は散乱する鉄屑と焦げた残滓となって地に伏し、胸部装甲は秩序を失った光屑と化して風雨の中に消え去る。
幾重もの緻密な錬金ルーンが刻まれ、数え切れぬ極限出力を共に紡ぎ出してきた錬金手袋すらも、先刻のビクターの一撃が放った余波を正面から受け止め、四分五裂に爆散。引き裂かれた革片と金属の破片となって、血水漂う泥濘の中へと力なく舞い落ちていた。
吹き抜ける一陣の狂風が、立ち込める熱い白煙の残滓を拭い去っていく。
ルシアの身に残されたのは、降り注ぐ雨を吸い尽くして肌に張り付く薄手の衣服と、泥と血に塗れた短パンのみであった。
重装甲の庇護を失ったその身体は、広大で無機質な大穴の底において、あまりにも儚く、あまりにも痛々しく浮き彫りになっていた。
身を刺す寒風に細い肩が小刻みに震え、露出した腕や足には砕石に刻まれた生々しい裂傷が無数に口を開いている。
粉砕骨折した胸の肋骨がもたらす窒息寸前の激痛は、呼吸を刻むたびに、掠れた微弱な風鳴りのような悲鳴を漏れ出させていた。
されど、彼女は斃れなかった。
ルシアは鉄錆の味が混じる冷たい雨水を肺腑の奥深くまで呑み込み、血に塗れた左手を苦痛に耐えながら持ち上げ、掌を天へと垂直に掲げた。
ヴン——!
その傍らに浮かぶ古びた錬金手札が、主の不屈の意志に呼応するように激しくページを捲らせ、刹那の間にぴたりと静止する。
手札の紙面から、極めて純粋で、視界を灼くほどに鮮烈な蒼藍の燐光が爆発的に解き放たれ、周囲を閉ざす分厚い雨幕を、透明な砕け散る水銀の深海へと塗り替えていく。
「グルル……ッ!」
低く響く金属軋みと共に、機械梟の刻刻が蜘蛛の巣状に亀裂の走る黄銅の翼を羽ばたかせ、狂嵐に抗いながら、再びルシアの前へと毅然として立ちはだかった。
蒼藍の魔力光が雨粒に乱反射し、深坑の底で対峙する二人の顔面をまだらに照らし出す。
眼前で庇うように翼を広げる機械梟。左手から奔流となって噴き上がる手札の純粋な蒼光。そして、薄着一枚のまま満身創痍で立ち尽くす己の姿。
ルシアは血で赤く染まった口元を歪め、苦々しくも、どこか自嘲を滲ませた笑みを浮かべた。
数歩の距離に立ち、漆黒の長剣を無造作に提げるビクターの、深いほうれい線が刻まれた岩石の如き面相にも、微かな眼の動きが生じていた。
——巡り巡って、振り出しに戻ってしまった。
常軌を逸した異界の装甲もなく、超重力を操る空中戦の超速もない。あらゆる装飾と外装を剥ぎ取られた末に、このノーランド帝国の広場に現出した光景は、彼女が初めてビクターと相対した日のそれと寸分違わぬものであった。
あの日のルシアも、装飾のない薄着のままで、この男の前に立っていた。
左手に手札を掲げ、眼前には無謀にも翼をはためかせる一羽の機械梟。わずかばかりの水晶演算力と枯渇寸前の魔力をかき集め、決して揺らぐことのない絶壁に爪痕を残そうと足掻いていた。
どれほどの血潮を注ぎ、常理を覆す切り札を研ぎ澄ませてきたとて、運命という名の巨大な車輪に轢き潰されれば、幾重の防壁も無残に剥ぎ取られていく。
結局のところ彼女は、最も泥臭く、最も原始的で、最も原初たる姿のままで、あの『剣撃領域』という名の嘆きの壁へと正面から衝突するしかないのだ。
「まったく……笑えない冗談ね」
ルシアは血反吐を吐き散らし、顎を伝う滴も拭わぬまま、墨緑の瞳を光らせて眼前の男を睨み据えた。
「散々暴れ回った挙句に、またあの時と同じ一文無しの貧乏モードに逆戻りだなんて」
ビクターは沈黙を保ち、深影の刻まれた頬を伝う雨水を受け止めていた。蒼光の渦中に立つその痛々しい影を瞳に映し、男の胸中には、重く、そして尽きせぬ溜息が静かに広がっていく。
運命とは、時にこれほどまでに酷薄で、時にこれほどまでに皮肉なものか。
盤面は再び最初の原点へと巻き戻された。ただし、もはや双方の背後には、退くべき退路など一歩たりとも残されていない。
凍りついた鉛の如き凄絶な殺気が坑底を満たし、降り頻る雨糸すらもその刃に切り刻まれ、無数の水煙となって散っていく。
今度こそ、ルシアは一切の猶予を与えなかった。
呼吸一つ分にも満たぬ刹那、中空に掲げられた左手の五指が力任せに握り締められる!
バキッ、バキッ、バキッ——!
手札の縁に吊るされていた三基の高純度魔力備蓄水晶が同時に破砕され、眩い蒼藍の粉塵となって大気へ飛散した。
枯渇していた魔力回路へ暴力的なまでの奔流が無理やりに注ぎ込まれ、神経を灼き尽くす過負荷の激痛が炸裂する。だが、彼女の双眸は絶対零度の氷の如く澄み渡り、揺らぐことなく原初の錬金術式を紡ぎ出した。
「——【破城の聖騎巨槍】!」
頭上に巨大な錬金術式が轟然と展開し、雷鳴にも似た大咆哮とともに、無数の複雑な紋様を纏った光輝の大槍が陣より解き放たれる!
それはただの質量衝突ではない。槍先には純粋なる「分解系」の光魔法が凝縮され、通り道に横たわる荒れ狂う雨幕も大気も、触れたそばから白い霧へと分解・気化させていく。
城門を粉微塵に穿つほどの絶対的な威圧を孕み、巨槍はビクターの眉間をめがけて一直線に急襲した!
重装騎兵すら容易く消滅せしめる必滅の一撃を前にしても、ビクターは微塵も身動ぎしなかった。
窪んだ双眸には何の波紋も生じず、ただ右手に下げた漆黒の長剣を、流れるように上空へと払う。
シュッ——!
金属の擦れ合う音すら存在しない。夜雨を裂いて奔った一筋の黒い刃風が、絶大な分解の威容を誇る光槍に触れた瞬間、それはまるで薄い紙片の如く寸分の狂いもなく両断され、爆風を伴って猛烈に弾け飛んだ!
閃光弾が一度に数百発も炸裂したかの如き極光がクレーターを呑み込み、土砂降りの広場を白銀の昼へと変貌させる。
だが、ビクターの知覚において、その目眩く光など何ら脅威になり得なかった。
これこそが、自分を策に嵌めるための誘餌に過ぎないと看破していたからだ。
異界から迷い込んだこの小娘を帝都魔法学院の門へと引き入れた師として、ルシアが彼の剣筋を熟知しているのと同様に、彼もまた彼女の戦術思想の骨子をことごとく把握している——それこそが、導師たる者の絶対の優位。
ルシアが先刻砕いた水晶は三基。彼女の病的なまでに周到な防備意識から逆算すれば、聖騎巨槍に注ぎ込んだ魔力は精々一基分。
ならば真の殺招は、強光と爆炎の帳の裏に潜ませた二段構えの連鎖罠にある。
——それこそが、錬金術士ルシアが振るう最も陰険で、最も凶悪な牙。
手札を開いた瞬間、彼女の錬金領域は泥濘の底を制圧し、術式発動の優先権を掌握していた。だがビクターの『剣撃領域』が、その程度の領域展開で相殺される道理もない。
故にルシアは、刻刻を重装形態「ベテルギウス」へと昇格させてはこない。
ベテルギウスの装甲は強大であれど、先刻の錬金装甲が誇った非接触斥力盾は持たず、自身の三メートル圏内に足を踏み入れれば瞬く間に両断され、屑鉄と化すからだ。
今この場において、ルシアが生き残るための唯一の糸口——それは多角的な陽動によって死角を作り出し、彼を拘束し得る「詭計術式」を組み上げることのみ。
「【拘束の牢獄】からの【小精霊の深吻】か……?」
弟子の常套手段を冷徹に読み切り、ビクターは足先を滑らせて迅速なバックステップを踏み、足元に潜む罠の射程から間合いを外そうとした。
だが、後ろ足が泥濘を捉えたまさにその瞬間——
異変が咆哮する!
「グオォォォッ——!!!」
背後の雨霧を裂き、獰猛極まりない獣の咆哮が地を揺るがした!
何の予兆もなく、大気中の水蒸気と白煙が一瞬で極限まで圧縮・再構成され、数丈の巨躯を誇る灰霧の巨狼の首となって顕現。世界を呑み込まんばかりに牙を剥き出しにし、上空からビクターへと喰らいつかんと顎を振り下ろしたのだ!
(違う……【生贄の牙】か……?!)
ビクターの眼光が僅かに震えた。
速すぎる。この術式の展開速度は、彼の想定を完全に上回っていた。
三基の水晶破砕は罠の設置などではなく、後退する機動を最初から読み切った上で、初動の踏み込み速度を最大化するためのものだったのだ!
回避の余地はなく、巨狼の牙が閉ざされる。
しかし、ビクターの貌に恐怖の色は微塵もなかった。
ドォン——!
全身から刺すような焦黒の雷光が爆発的に迸り、漆黒の電流が無数に渦を巻いて、彼自身を暴虐に脈動する雷球へと変貌させる!
空間を軋ませる破砕音が響き渡り、雷球が膨張させた強大なエネルギーが、霧の巨狼を内側から跡形もなく吹き飛ばした!
バチバチッ——!
狼の首を消し去った雷球は減速することなく、地表を抉り取る破壊的な運動エネルギーを纏い、砲弾の如き勢いで薄着の少女めがけて突貫した!
岩石すら瞬時に灰燼へと帰す必殺の雷霆。
だが、ルシアは退かず、瞬き一つしなかった。
真っ向から迎え撃つ道を選んだのだ!
ドグォォォッ——!!!
肺腑を揺るがす鈍重な激突音がクレーターに轟き渡った。
ビクターの推測通り、雷球が肌に触れる寸前、ルシアの全身から不可視の、されど絶対的な黄金の非接触斥力障壁が弾き出された!
暴れ狂う漆黒の雷撃は、寸分の隙もない排斥力によって肉薄を阻まれ、ルシアの喉元から漏れた呻き声とともに障壁が外側へと鋭く爆縮——その凄まじい反発によって、雷球を半歩分押し戻したのだ!
雷光が霧散する間もなく、虚空が歪み裂ける。
極純の魔力によって鍛え上げられた数十本に及ぶ銀白の鎖が全方位から射出され、生き物のような軌道でビクターの退路を封殺。その四肢と頸動脈を縛らんと殺到した!
「フッ……」
ビクターに狼狽の色はなく、口元に僅かな嘆息を浮かべるのみ。
師である自分ですら、この娘の戦術に引きずり込まれかけた。
だが、絶対的な実力差の前において、ただの鎖の術式などあまりに無力。
長剣を握る腕に力みはなく、手首の微細な閃きだけで、剣筋は肉眼の追従を許さぬ残像と化した。
ギィン! ギャン! ギン! ギィン——!
数条の漆黒の刃風が雨夜を両断し、城壁すら貫くはずの魔力の鎖は、彼の三メートル領域に踏み込んだ刹那、衣服に触れることすら叶わず、一瞬にしてことごとく細切れに切断され、光屑となって虚空に霧散した。
しかし——
鎖が粉微塵に砕け散った、その僅か半秒。
切断された光槍の爆散がもたらした閃光。雷撃に引き裂かれた巨狼の残滓。そして斥力障壁と雷球の衝突が生み出した濃密な煤煙。
三つの無秩序なエネルギーが狭隘なクレーターの中で激突し、知覚を狂わせる完全なる情報盲区を形成していた!
魔力の奔流が沸騰した油の如く乱れ狂ったその刹那、立ち込める白煙を鋭く切り裂き、二つの影がビクターの両側面の死角から音もなく射出された!
ビクターの瞳孔が限界まで収縮する。
左には、全身を血に染め、粗末な衣服を雨に濡らした黒髪の女。
右には、亀裂の走る翼を羽ばたかせ、超低空を滑空する機械梟・刻刻。
その細い肩と鉤爪には、冷徹な工業幾何学の造形美を湛えた、無骨で重厚な漆黒の金属筒が担がれていた——この異世界のいかなる魔導兵装でもない、別の次元の、地球の科学文明が極限まで研ぎ澄ました純粋なる破壊の具現、対戦車ロケットランチャー!
ルシアは魔力の弾幕を捨て、この兵器を選んだ。発射の刹那に後方へ噴き出す凄まじい爆炎が反動を完全に相殺するため、肋骨を砕かれ、魔力を枯渇させ、立つことすら覚束ない今の彼女が、姿勢を崩すことなく最大火力を叩き込める唯一無二の手段だったからだ!
(不覚を取った……ッ!)
ビクターの胸中に警鐘が乱打された。
策に嵌められたのだ。
大槍、巨狼、斥力による反発、そして虚空を舞う魔力の鎖——その全てが、この一瞬の殺招を隠蔽するための布石に過ぎなかった!
彼が鎖を切り落とす瞬間を狙い、乱反射する魔力嵐によって、その鋭敏な魔力感知を完全に麻痺させること。
感知が狂わされれば、魔法剣士は無意識にわずかな魔力の揺らぎを捉えようと意識を集中させてしまう。
だが、あの二振りの鉄塊には、魔力の脈動など一滴たりとも流れてはいない!
彼女は、卓越した魔法剣士の本能的な警戒網を、物理の死角から完全に潜り抜けてみせたのだ!
カチリ。
豪雨の中で呼吸が重なり、左右の照準器が中央の漆黒の男を同時に捉えた瞬間、ルシアと刻刻の指先が引き金を絞り込んだ!
ビクターの思考が電光石火の速度で回転する。
『剣撃領域』ならば実体弾をも両断できる。だが、両端から同時に飛来する金属塊を切り落とすには意識の分割を強いられ、その剣勢がわずかでも削がれれば、背後に潜む【拘束の牢獄】が骨の髄まで自身を縫い留めるだろう。
何より致命的なのは——この未知の兵器が秘めた破壊力を、己の焦黒の魔力被膜が無傷で受け止め切れるか否か、その確証が一切持てないことだった!
これはルシアのかつての世界が生み出した知恵の結晶であり、この魔法世界には記録されていない絶対の物理的暴力。
純粋な膂力において、この痩せ細った黒髪の女は、帝都の狂犬一頭にすら力負けするほどに脆弱であった。
しかし、この広大にして冷酷なるノーランド帝国において、貴族から皇族、果ては近衛の猛者から剣聖に至るまで、彼女を嘲笑い得た者など誰一人として存在しない。
ルシアは、この大陸に蔓延るいかなる尊大な異界の転生者よりも恐ろしい存在であったからだ。
神の恩寵に縋ることなく、二つの世界の真理を指先に編み上げ、万物創造の頂に立つ至高の錬金術士。
それこそが彼女の骨の髄に刻まれた傲骨であり、最高峰の錬金術師として、この理不尽な世界へと叩きつけた渾身の鉄槌であった!
ドバァァァァァァンッ————!!!!
発射筒の後端から二筋の猛烈な火龍が咆哮し、激しい後方爆風が豪雨を吹き飛ばして、泥濘の地を灼熱の焦土へと焼き変える。
鋼の銃口から解き放たれたのは、いかなる属性を帯びた魔力光でもなく、現代の軍工技術と錬金工芸が鋳造した成形炸薬弾——「成形炸薬破甲弾(HEAT)」!
それらは超音速の初速をもって乱れ狂う大気を突破し、左右から寸分の狂いもなく、ビクターの展開する『剣撃領域』の境界線へと喰らいついた!
ビクターの瞳孔が針の如く細まる。
二筋の斬撃を完璧に重ねる猶予などなく、この未知なる死神の接吻を許すわけにもいかない。
幾千の戦場で磨き抜かれた本能が、枯渇しかけた体内の魔力を絞り出させ、漆黒の長剣が半円の死線を宙に描く。極限の神業をもって、弾頭を衝突前に信管ごと斬り落とさんとした!
しかし、ルシアの前世における人類文明が、互いを滅ぼし合うために研ぎ澄ませた暴力の極致は、この世界が抱く「爆発」の概念を根底から凌駕していた。
火球術のような均一な拡散燃焼ではない。
これは——超高温の金属ジェットとモンロー効果による極限の貫通力!
バチンッ!
刃先が弾頭の外殻に触れた刹那、圧電信管が内部の高性能炸薬へと起爆信号を伝達。
精緻に調合された数キロのヘキソーゲンと錬金助燃剤が一瞬で連鎖爆縮を起こし、漏斗状に配置された紫銅ライナーを極限まで押し潰す。
それは摂氏三千度を超え、秒速数千メートルを叩き出す超高速の純物理「金属ジェット」へと収束された!
数百ミリに及ぶ均質圧延装甲すら、熱したナイフでバターを切り裂くが如く貫徹する究極の暴力!
ドガガガガガガガガガァァァァ————ッ!!!
黒曜石広場が、地脈そのものを引き裂かれたかのような激痛の悲鳴を上げた。
目も眩む橙白の火球がクレーターの中心で狂乱して膨張し、降り注ぐ豪雨と周囲の水蒸気が一瞬にして完全に蒸発。肉眼で視認できるほどの白い超音速衝撃波が同心円状に爆走する!
非魔法の純粋なる物理的猛威は、数トンの焦げた岩塊、石粉、泥土を数十メートルの上空へと容赦なく巻き上げ、城壁の如く立ちはだかっていた豪雨の帷を、直径百メートルにわたって吹き飛ばす完全な真空死区を現出させた!
立ち込める黒煙と火焔のただ中、ビクターが纏う「同階無敵、万法不侵」と謳われた焦黒の魔力被膜が、耳を劈く軋みを上げて砕け散っていく!
ジュゥゥゥッ——!
超高速の金属射流は絶対の物理熱を叩きつけ、あらゆる魔法耐性と術式解析を無に帰しながら、二本の絶対の杭となって、あの強固な魔力の鎧を無残に貫通し、深々と引き裂いた!
「ぐ……オ、オォォォォッ!!」
開戦以来、大槍の突貫にすら眉一つ動かさなかった男の喉から、初めて耐え難い苦痛を帯びた呻き声が搾り出された!
超高圧の衝撃波が無形の破城槌となって、その鋼の肉体を真正面から薙ぎ払う。
ドッゴォォォンッ——!!
爆風が逆巻き、砕石が四散する。
帝国の天険が如く微動だにしなかったその巨躯が、魔力を持たぬ二振りの鉄塊の前に、爆心地から無残に吹き飛ばされたのだ!
彼の両足は黒曜石の地表を深く抉り、煙を上げる二条の溝を刻み込みながら十数メートルも後退し、深坑の縁に崩落していた外壁へと背中から激突して、ようやくその勢いを止めた。
煙塵が渦を巻き、熱を帯びた雨水が煮え滾る白霧となって漂う。
ビクターは砕石の山に片膝を突いていた。その右手は、辛うじて地に突き立てた長剣を握り締め、己の崩れ落ちそうな身体を支えている。
端正であった漆黒の法衣は右肩と脇腹を無残に吹き飛ばされて炭化し、剥き出しになった肌には、金属光沢を帯びた痛々しい二条の火傷が赤黒く滲んでいた。
何より戦慄すべきは、彼の全身を覆い続けていた夜魔の如き焦黒の魔力が、いまや粉々に割れた硝子の如く、制御を失って激しく明滅し、崩壊の波紋を刻んでいることだった。
一筋の熱い鮮血が、この帝国最高峰の魔法剣士の口元から静かに零れ落ち、足元の熱い砕石へと落ちて、ジュッと小さな音を立てて蒸発した。
城楼の上は、完全なる死寂に包まれていた。
雨幕の向こう側、この光景を目撃した禁衛軍と騎士たちの心臓は、目に見えぬ巨人の手に鷲掴みにされたかのように凍りついていた。
神の加護など何もない。高位魔導の威容すらない。
ただの冷たく無骨な鉄の筒と、凡夫ですら引くことのできる二つの引き金——。
狂犬一頭にすら力負けするあの小柄な黒髪の少女が、己の世界の智慧をもって、この無敵の男の胸板に、人が神の領域を討ち砕くがごとき戦慄の轟音を確かに刻み込んだのだ!




