撃墜さるる流星、浅薄なる覚悟
天穹の頂において、時空は巨力により強引に断ち切られたかのようであった。
それは尋常なる白刃の交わりなどではなく、二柱の歩く微小なる天災が、高度千メートルの虚空にて繰り広げる純然たる力比べであった。
ギチチチチ——————ッ!
鋼鉄の軋みと魔力の衝突が引き起こす金切り声は大気伝導の極限を超越し、帝都の天穹を満たす氷雨の帳は、交鋒点と接触した刹那、逆巻く蒸気と球状の排斥波によって吹き飛ばされ、方円数百メートルに及ぶ真空の死域を現出せしめた!
ルシアは両腕を万力のように締め上げ、全長三メートルに及ぶ螺旋騎兵ランスを必死に支え持っていた。錬金手袋の深奥に埋め込まれた金属骨格は、万鈞の重圧を受けて崩壊寸前の悲鳴を上げる。
七つの水晶は狂乱の自転を繰り返して過負荷の唸りを上げ、穂先の螺旋を覆う黄金の高周波排斥力場はもはや薄い光膜にとどまらず、実体化した金色熔岩と雷霆の如く唸りを上げ、毎秒数万回転の超高頻度斥力を以て、頭上より圧し掛かる黒刃を狂暴に削り、打ち据えていた!
対して、彼女の頭上に位置するビクターの、全身を焦黒に染め上げた痩躯は、逆さの黒き山脈の如く微動だにしなかった。
漆黒の長剣は寸分たりとも後退せず、刃の通る軌跡は周囲の光線すら呑み尽くしていく。『剣撃領域』の死線と暴虐なる黒炎が剣脊より狂い咲き、地獄の深淵より這い出た万千の黒蛇の如く、眩い黄金の光環へ激しく絡みつき、貪り喰らわんと牙を剥く。
黒と金。
純黒の破滅死気と燦然たる黄金斥力は、互いに死锁せる切先において、天地を揺るがすエネルギーの暴風雨を巻き起こしていた。
肉眼で捉え得る魔力の光弧が雷霆となって四方へと乱れ飛び、光条が撫でるたび、鉛色の雲海には底知れぬ亀裂が穿たれる。千メートル下の地表へ降り注ぐ光屑の残滓は、市街の鐘楼や堅牢な外壁に溶融せる焦黒の灼痕を深く刻みつけていった!
両者が噴出させる魔力量は、局地的な気象改変すら引き起こす絶望的な領域へと達していた。狂風は極致の焦熱と死寂を孕み、雨に濡れそぼるルシアの黒髪を狂おしく引き裂き、腰部の体幹筋と両脚の推進器は、絶え間なく押し寄せる反動の前に圧砕寸前の軋みを上げていた。
しかし、神仏すら目を瞠るこの極限の力比べのただ中において――
ピキッ……バチィッ!
ルシアの右腕を覆う錬金術手袋の魔力回路に、突如として肉眼では捉え難い致命的なノイズが走った。
円融に循環していた黄金の高周波斥力場が、槍先において不自然な波紋を散らし、螺旋巨槍の内部に組み込まれた鋼鉄の軸受より、かすかではあるが決定的となる空転の歯車音が響いたのだ。
それは、刹那の魔力供給途絶であった。
並の魔導士の眼であれば、ただの瞬きの乱れと見過ごしたやもしれぬ。
だが、幾重もの生死の修羅場を数十年潜り抜けてきた「夜魔」の前にあっては、その微細な動揺は、暴風雨の暗夜に突如灯された篝火の如くあまりに露骨であった。
ビクターの、焦黒の死気に爛れた眼窩が鋭く沈み込んだ。押し下げていた黒剣の膂力は弾き返されることなく、あたかも最初から察知していたかの如く中空でぴたりと静止する。刺すような黄金の閃光と黒炎の照り返しの中、その皺深い痩せた相貌に、極めて冷徹でありながら身の毛もよだつ嘲弄の弧が刻まれた。
「なるほど……そういうことか」
男の、石臼を擦り合わせるがごとき嗄れた声音が、周囲の耳を裂く嵐を貫いて、ルシアの耳元で直に囁くかの如く明瞭に響き渡った。
「外見こそは極めて精緻な独立錬金兵装に見えるが……太腿の付け根までを拘束する超重推進脚甲、そして巨盾を組み換えたその騎兵ランス――本質的には、通常の金属加工物などではないな?」
ビクターが目を細めると、漆黒の刀身を覆う死線が一気に沈み込み、黄金の螺旋槍を強引に半寸ほど圧し潰した。
「貴様の持つあの錬金手札より具現化せしめた『術式』……概念の固定によって辛うじて形を保たせている『外装兵装』に過ぎん」
「くっ……!」
ルシアは奥歯を砕けんばかりに噛み締め、墨緑の瞳を激しく収縮させた。極限の圧迫と底牌を見破られた動揺により、その整った顔立ちには苦痛と屈辱が入り混じった苦悶の色が浮かび上がる。
……この怪物が。
喉の奥に込み上げる血の味を呑み込みながら、彼女は心中で激しく息を呑んだ。
これは、彼女が秘匿していた最大の切り札であった。かつて地球で親しんだカードゲームの論理構造をこの世界の錬金術式へと落とし込み、心血を注いで構築した新機軸の戦闘形態――
「装備カード」の概念による自己の上書きであり、短時間において音速の壁を突破する機動性と破壊力を強引に獲得するための術式であったのだ。
重厚なる金属の質感と精巧な機械変形機構によって、その本質が術式であることなど完全に欺き切れると踏んでいた。
それが、刃を交えて僅か数合。底牌の第二展開にすら至らぬうちに、眼前の百戦錬磨の男は、魔力のわずかな乱れ一つからその虚実を完全に看破してみせたのだ。
さらに致命的であったのは――
ルシア自身の魔力炉が、崩壊に等しい恐怖の速度で急速に底を突きかけていたことであった。
超音速巡航を支える推進力、非接触斥力場の絶対障壁、そして『剣撃領域』を真っ向から受け止める螺旋巨槍の維持――「装備カード」が貪り喰らう魔力の消費効率は、事前の机上計算を遥かに凌駕していた。
手札に嵌め込まれた水晶はすでに高熱を帯びて微細な亀裂を走らせており、このまま魔力を放出し続ければ、武装の崩壊はもはや時間の問題であった!
上空千メートルの暴風雨は、二人の放つ凄絶な殺気によって完全に引き裂かれ、巨大な円環状の空洞を穿ち抜いていた。
長剣と巨槍が死鎖する僅か寸隙の間隙より、灼熱の鉄飛沫のごとき魔力の残滓が四方へと狂乱して迸る。深いほうれい線が刻まれたビクターの痩せこけた顔面には、焦黒の死気が怒濤の如く渦巻き、窪んだ双眸の奥底より、形を成したかのような暴虐なる凶光が噴出していた!
「覚悟が――浅すぎるぞ、ルシア!」
雷鳴の如き怒号が、この枯れ果てた中年男の喉より爆裂した。その衝撃波は、背後で唸りを上げる二基の魔動炉の絶叫すら完全に圧殺した。
「青すぎる! 稚拙すぎるわ! 貴様はこの世の真なる地獄を知らず、運命に骨の髄まで擂り潰される絶望を背負うたこともない! その胸の内に、一歩たりとも退けぬ『大義』など欠片も存在せぬのだ!」
黒剣に宿る死線が狂乱の侵食を見せ、ビクターの両腕に鋼鉄の如く浮き出た筋繊維が、抗う術なき万鈞の重圧となって螺旋巨槍の切先をルシアの眉間へと寸分ずつ圧し戻していく。
「大義なき者に、背水の覚悟なき者に……今の貴様には、私の全力を引き出す資格すら毛頭ないわ!」
その怒声は、重槌となってルシアの激しく打つ心臓を容赦なく打ち据えた。
彼女は誰よりも理解していた――先刻、学院で繰り広げられた前回の戦いなど、眼前の男が後輩の戯れに付き合って戯けた末、最後は過興じて力尽きたと見せかけて倒れ込んだ茶番に過ぎなかったのだと。あれは、先達が後輩にくれてやった傲慢な手加減に他ならなかった。
だが、今は違う。
ミアの命が懸かっている。絶望に浸かりきったあの家庭の命運を前にして、この男は退路を完全に断ち切った悪鬼へと成り果てていた。彼がこれ以上、半歩たりとも退く道理など毛頭存在しなかった!
ジジジジッ――ドォン!
巨槍を覆う黄金の斥力場が狂乱の悲鳴を上げる。ルシアは歯を食いしばり、魔力の激しい枯渇によってその貌を死人の如く白く染めていた。
ビクターの『剣撃領域』が、触れるあらゆる物理と概念を無慈悲に両断する絶対規則である以上、あの死神の刃に対抗し得る手段は、一切の物理的接触を許さぬこの高強度斥力のみであった。
それは『剣撃領域』をもってしても容易には断ち斬れぬ、数少ない例外の理。
だが、その対価は体内魔力の加速度的な破綻であった! この規模の排斥を維持し続けることは、崩落する万丈の巨山を素手で支え続けるに等しい。
全身の血管が痙攣し、両腕の骨格は連鎖する反動の前に砕け散らんばかりの軋みを上げていた。
「ハァッ……ハァッ……!」
窒息せんばかりの重圧と脱力感の中、ルシアの墨緑の瞳に宿る光は潰えるどころか、窮地に追い詰められた野獣のごとき獰猛な光彩を放ち始めた。
頭上から圧し掛かる、ほうれい線に刻まれた冷徹な相貌を見据え、彼女は血の滲む喉を裂かんばかりに吠え返した。
「大義がなければ……人を守る資格すらないって言うのッ?!」
口内に溢れ返る生温かい鉄の味を噛み締め、脊椎を押し潰さんとする万鈞の重量に抗いながら、ルシアは嗚咽を孕んだ、されど一片の揺らぎもなき絶叫を放った。
「あなたの絶望なんて知らないわよ! 面倒くさがりで、サボることばかり考えて、厄介事からは逃げ出してばかりの人間だって自分でも分かってる! だけど――」
黒髪を暴風の中に狂乱させながら、彼女はビクターの瞳を射抜かんと睨み据えた。
「――そんな私にだって! 絶対に譲れない一線くらい、あるんだよぉぉぉッ!」
「浅薄だッ!!」
ビクターの雷霆の一喝が、彼女の絶叫を無慈悲に粉砕した。
言葉が落ち切るや否や、ビクターの握る漆黒の長剣は力比べを打ち切り、老練の極致にある巧みな脱力をもって、巨槍の螺旋溝に沿わせながら斜め側方へと強引に薙ぎ払われた!
ガキィィンッ――!
巨槍が受けていた支点が唐突に消失し、絶大な慣性に引っ張られてルシアの上半身が前方へと激しく前のめりになる。
しかし、死線を潜り続けてきた本能が、この千載一遇の間隙を逃しはしなかった――前傾する勢いをそのまま乗せ、両脚背面の魔動炉が過負荷の臨界を突破し、足底より二条の白熱せる光柱を噴射した!
「逃がすかぁぁぁッ!」
それは手札に残された全魔力を注ぎ込み、全身の骨身を粉砕するリスクを背負った、極限の一撃必殺の刺突であった!
全長三メートルの螺旋巨槍は天地を引き裂く黄金の光竜へと昇華し、切先の排斥力場は数十倍へと膨張した。
山脈を薙ぎ倒し、帝都の王宮すら地図上から消滅せしめるがごとき破滅の運動エネルギーを宿し、音速の壁を幾重にも貫く暴力的な速度をもって、ビクターの無防備な胸元のど真ん中へと寸分狂わず穿ち込まれた!
轟隆隆隆隆隆——————ッ!!!!
激突の刹那、天穹は爆散した。
それはもはや魔力の炸裂などという生易しい規模ではなく、上空において極小の太陽が暴虐に起爆したかのごとき光景であった!
白熱と燦然たる黄金が織りなす魔力の濁流は超新星爆発の如く全方位へと拡散し、直径数千メートルに及ぶ光球の衝撃が、暗雲立ち込める暴風雨の空を一片の雲も残さず消し飛ばした。
目に見える津波と化した黄金の衝撃波が高空を薙ぎ払い、数十里外の帝都外延を取り囲む雲海すら平らに押し流していく!
天地は直視能わぬ金色の閃光によって真昼の如く照らし出され、凄まじいエネルギーの摩擦は大気そのものに連続する空間崩縮の悲鳴を上げさせた!
この一撃の威力は、神話に謳われる巨獣を骨まで灰燼と化し、いかなる護国の結界をも塵芥へと粉砕するに足りるものであった。
しかし。
吹き荒れる狂乱の余波の中、氷雨が再びその灼熱の裂け目を満たし始めた時――
黄金の光屑が虚空を舞い散り、ルシアは肩で息を荒らげ、震える両腕で巨槍の柄を突き出したまま中空に留まっていた。
だが、彼女の瞳孔は、網膜に焼き付いた光景を捉えた瞬間に針の如く収縮した。
……貫かれてなど、いなかった。
否、一寸たりとも、突き刺さってすらいなかったのだ。
閃光が霧散した虚空において、ビクターは依然として微動だにせずそこに立っていた。都市を灰に帰す極限の一撃を真っ向から受けながら、彼は半歩の後退すら見せていなかった。
痩せてはいるが鉄塔の如き剛性を誇るその体表には、極限まで練り上げられた漆黒の魔力が深淵の衣となって妖しく揺らめいていた。
それは防壁などではない。彼自身の魂と殺意が結実した「魔力被膜」――猛威を振るった黄金螺旋の斥力は、この純黒の膜と接触した刹那、底知れぬ永劫の深淵へと呑み込まれるが如く、あらゆる運動エネルギーと排斥の理をその薄い黒気によって無残に食らい尽くされ、圧し殺されたのだ!
ビクターの胸元には、身に纏う薄手の衣類に綻び一つなく、焦黒に乾き割れた肌の上には、かすり傷一つ刻まれてはいなかった。
男は己の胸に突き立てられた切先を静かに見下ろしていた。その眼差しは、盤石の上に落ちた一粒の塵芥を見つめるが如く、底知れず冷徹であった。
無傷。
己が全身全霊と意志のすべてを賭した渾身の一撃が、真に覚醒した「夜魔」の前においては、あまりに滑稽で、あまりに無力な足掻きに過ぎなかったのだ。
切先と胸板が接する死寂は、僅か一秒と持たなかった。
ルシアの墨緑の双眸が「破防不能」という絶望から立ち直る間すら与えられず、眼前にある深いほうれい線を刻んだ相貌は、一切の人間的感情を削ぎ落とした氷の冷酷さによって塗り潰されていた。
「終わりだ」
ビクターは手にした漆黒の長剣を傍らの虚空へと放り投げると、枯木のごとき左腕を跳ね上げた。その初速は網膜の認識限界を遥かに超越しており、鉄の万力と化した五指が、三メートルの螺旋巨槍の切先を強引に鷲掴みにした!
狂暴な高周波斥力がその掌の中で凄まじい火花を撒き散らすも、漆黒の魔力を纏う焦黒の肉肌を裂くことすら叶わない。反手で掴み取った万鈞の握力をテコとし、この精悍なる中年男はルシアの機体を前方へと力任せに引き寄せると、右肘を小さく引き、溜めを作り――
装飾も虚飾もない、極めて無骨なる一撃の重拳が、天より撃ち下ろされる破城槌の如き質量を伴って、ルシアの華奢で薄い胸元の正中へと正面から叩き込まれた!
ドォォォォォンッ————!!!!
それは金属が割れる甲高い音などでは断じてなく、心臓の鼓動を直に圧殺するがごとき、重苦しく鈍い落雷の轟音であった。
拳が触れた刹那、ルシアの胸部を覆っていた錬金衣甲――幾重もの防御術式が刻まれ、精鋼と概念固定によって編まれたはずの防具は、一発の打撃にすら耐え得なかった。
柔軟でありながら衝撃を分散させるはずの装甲は一瞬で内側へと圧壊し、狂暴なる拳勁と深淵の魔力が放射状に爆発して、無数の鋭利な精金破片と化して背後へと激しく吹き飛んだ!
「が、はっ……!」
胸腔の骨が軋み砕ける生々しい破裂音が、耳朶を容赦なく打つ。
ルシアの身体は海老のように折れ曲がり、肺腑に残されたあらゆる大気が一瞬にして暴力的に吐き出された。引き裂かれるごとき激痛と共に、ドス黒く熱い鮮血が白磁の唇より大量に噴き上がり、千メートルの氷雨の中で惨烈な血煙となって散華した。
抗う術など、どこにもなかった。
絡繰りも奇策もなく、ただ純粋無雑の魔力被膜と、幾星霜の死線を越えて研ぎ澄まされた大宗師の膂力のみが、彼女の誇る巨槍と防護のすべてを塵芥へと擂り潰したのだ。
ヒュォォォォ————ドォンッ!
耳を劈くヴェイパーコーンの悲鳴が再び天を裂いた。だがそれは前進の吶喊ではなく、頭上より暴虐に叩き落とされた敗者の墜落であった!
ルシアの小柄な身体は、天穹より地上へ撃ち落とされた燃え盛る流星と化していた。極限の過負荷と急激な失速が大脳の思考を白く焼き尽くし、両耳は狂乱の風切り音に満たされ、胸の骨折痛は半呼吸を吸い込むことすら許さない。
両脚を拘束する二基の重装推進脚甲は、拳撃の余波を受けて激しい電弧を散らして完全に沈黙。減速の噴射叶わぬどころか、その凶悪な自重が、彼女をより冷酷なる加速度をもって氷の大地へと引きずり落としていく!
視界が狂乱して回転する。血に濡れた墨緑の瞳に、地表に広がる漆黒の黒曜石広場が猛烈な勢いで迫り来る――五百メートル、三百メートル、百メートル!
肉体の神経網すべてが機能停止を告げる警報を鳴らし、指先一本を動かす筋力すら奪われた彼女に、落下の姿勢を正す術など残されていなかった。
この終速のまま無防備に地表へ激突すれば、その肉体は刹那のうちにミンチとなって飛散するのみ。
絶対の死局。その極限において、魂の深淵に刻まれた盟約のみが、激しく共鳴の震えを上げた。
「クルルルルゥゥゥッ————!」
雨幕を引き裂き、耳を聾するほどの悲痛なる啼鳴が高らかに響き渡った!
上空で旋回待機していた黄銅の機械梟が、狂気じみた急降下を敢行したのだ。刻刻の暗金色の琉璃眼は、盲目を呼ぶほどの真紅の輝きを放ち、体内に組み込まれた無数の精密歯車と発条は、許容限界を遥かに超越した回転数によって灼熱の白煙と火花を狂乱して撒き散らしていた!
それは落下する残影を死に物狂いで追いすがり、地表まで僅か数十メートルという生死の瀬戸際において、ルシアの砕けた胸元へと強引に割り込んだ!
黄銅の機械翼をいっぱいに広げ、刻刻は血に塗れた少女の胸をその小さな身体で抱き締めると、機内に残されたあらゆる錬金回路を自爆覚悟で全面過負荷駆動させた――
ブゥゥン!
純粋なる魔力で織り成された幾重もの菱形光盾、護身障壁、そして高周波斥力被膜が、蓮華の如く刻刻の周囲へ狂乱して展開され、二人の前方へ瞬時に数十層もの強固な防護術式を張り巡らせた!
次の瞬間。
流星が、爆ぜた。
ズグォォォォォォォンッ————!!!!
ノースランド帝国の帝都の大地が、激突の瞬間に大地震の如き激震に見舞われ、悲鳴を上げた!
黒曜石の堅牢なる広場は脆弱な乾酪の如く、億万トンに及ぶ運動エネルギーを流し込まれて寸刻のうちに隆起し、爆砕した!
石畳は一撃のもとに目視できぬ微粉末へと擂り潰され、濁った泥水と衝撃波を巻き込んだ漆黒の環状巨浪となって四方八方へと吹き荒れた!
半径数百メートルに立ち並ぶ青銅の街灯や防護石柱は根こそぎ薙ぎ倒され、遥か遠方に位置する王宮外縁の鉄柵は、暴風の爪痕によって雑草のように歪み、なぎ倒された!
衝撃波は土砂降りの雨幕を吹き飛ばして直径百メートルの真空環を穿ち、沸騰した白煙と泥濘が天高く吹き上がった。
……やがて。
吹き荒れる暴雨が再び無慈悲に降り注ぎ、大気に充満する焦熱の火薬臭と生臭い血煙を冷たく洗い流していく。
広大であったはずの黒曜石広場の中央には、直系三十メートル、深さ数丈に達する蜘蛛の巣状の巨大なクレーターが悍ましく穿たれていた。
外縁の砕石は焦熱を帯びて赤く燻り、冷雨が触れるたびにシュウシュウと白い蒸気を立ち上らせる。
そして、隕石が穿ったかのごときその深淵の底において――
血に塗れた黒髪の女が、砕石の山の中に力なく横たわっていた。かつて精緻を極めた推進脚甲は無惨に捻じ曲がり、装甲の破片と歯車が周囲に無惨に散らばっている。
胸元に抱かれた黄銅の機械梟は琉璃の瞳に痛々しい亀裂を走らせ、翼の駆動部は完全に破断して噛み合わず、ただ途切れ途切れの微弱な機械摩擦音をカラカラと鳴らすのみであった。
天穹の頂には、鉛色の暗雲がなおも淀みなく渦巻いている。
ビクターの焦黒の影は、実体化した漆黒の魔力階段を踏みしめ、千メートルの高空より虚空を一歩ずつ冷酷に踏み下ろしていた。
手放されていたはずの漆黒の長剣は再びその手に握られ、雨幕を裂いて引きずられる切先が、虚空のキャンバスに絶対の絶望たる死線を無言で引き続けていた。




