音壁を裂く鋼鉄の翼と、漆黒の純愛剣士
大気は、極限の死寂の中で唐突に崩縮した。
狂暴なる駆動音が、ルシアの太腿の付け根までを覆う重厚な脚部装甲の内部より猛烈な勢いで跳ね上がり、二基の高出力魔動炉が一瞬のうちに過負荷限界へと達する。
湛藍と金白が織りなす魔力の奔流はもはや単なる噴煙にとどまらず、二条の物質化せる破滅の光柱と化し、足底の噴射孔より狂暴に吐き出された!
轟————ッ!
それは推進などという生易しいものではなかった。大気と重力を力尽くで引き裂く、暴虐なる運動エネルギーそのものであった。
雨水に濡れそぼる黒曜石の広場は、刹那の間に半径数十メートルに及ぶ真空の白煙へと蒸発し、凄まじい反動の風圧は大気に悲鳴をあげさせた。
次の瞬間、ルシアの姿は既にその場から掻き消えていた。
圧倒的な推進力が豪雨の幕を強引に引き裂き、一条の鋭利な衝撃波円錐を虚空に穿つ。帝都の天穹すべてを震わせる爆音と衝撃波を伴い、純白のヴェイパーコーンが半空で環状に炸裂した!
超音速。
それは人理の常則に背き、生身の人間の脚部機能を完全に放棄して得た、純粋無雑の暴力であった。
猛然たる風圧が重槌のごとくルシアの張り詰めた頬を打ち据え、背後から斜めに展開した超長型の巨大な盾が大気の摩擦に甲高い尖叫を上げる。
推進機関は華奢な黒髪の女を、天を突いて逆飛する巡航ミサイルの如き勢いで押し上げ、垂れ込める鉛色の暗雲と氷雨を貫いて、一条の咆哮する空洞を穿ち抜いた!
しかし、真なる「夜魔」を前にしては、音壁を突破する鋼の極速すら、あまりに鈍重な足掻きに過ぎなかった。
地表において、ビクターの全身を覆う皮膚は、狂暴な死気の浸潤を受けて寸刻のうちに焦熱し、罅割れていった。その姿は、煉獄の底より這い出た光なき悪鬼そのものであった。
パァン!
虚空に、硝子が砕け散るかのごとき硬質で鋭利な破裂音が鳴り響く。
翼もなく、推進の装甲すら纏わぬビクターは、ただ足元に実体化させた純黒の魔力を踏み台とし、一歩を以て虚空を粉砕した!
その影は、広場にいるすべての者の網膜の上で完全に失真し、まるで擦り消されたかのように消滅した。残されたのは、大気を踏み抜いたことで生じた幾重もの環状衝撃波のみであった。
彼は駆けていた――足場など一片たりとも存在せぬ千メートルの上空で、逆巻く暴風と衝撃波の余波を真っ向から切り裂き、直角の屈折軌道を描く鬼魅の速さで狂暴に爆走していた!
「遅いぞ、ルシア!」
枯れ木が軋み擦れ合うかのごとき嗄れた咆哮が、超音速の暴風を寸分違わず貫いて鼓膜を穿つ。
ルシアの瞳孔が激しく収縮し、機載魔力知覚術式と墨緑の双眸が、ほぼ同時に悲鳴のような警報を鳴り響かせた。
右側の視界の端――全身を焦黒に染め上げ、炭の塊と化した狂暴なる巨影が、驚くべきことに肉身一つで虚空を疾駆し、既に彼女と完全に並ぶ高度に達していた!
陰鬱なる天穹のただ中において、空中格闘戦が悍ましく爆発した。
それは魔導士同士の優雅な応酬などでは断じてなく、物理限界を超越した二機の高速戦闘機が雷雲の狭間で繰り広げる、血みどろの激突であった!
推進器が青白の烈焔を噴き散らし、ルシアは姿勢制御ノズルを以て慣性を強引に逆転させ、巨大な機体をほぼ直角に跳ね上げる猛烈な機動を描く。
左側の超長巨盾がギロチンの刃のごとく横薙ぎに閃いた。
だがビクターは虚空を踏みしめ、重力を嘲笑うように身を沈めて盾の殴打を紙一重で躱すと、手にした黒剣が雨幕を両断し、下段から跳ね上がる数十メートルの黒き月弧を虚空に切り裂いた!
鋼と鋼が噛み合い、魔力が引き裂かれる轟音が、雷鳴となって高空を震撼させる。
ルシアの右腕を包む錬金術手袋が眩い魔力の二連装主砲を暴発させ、狂乱の光条がビクターの残影を掠めて遠方へと奔流し、雲海の奥底で連鎖する巨大な火球を炸裂させた。
対する夜魔の男は、閃光の隙間を縫うように黒魔力の階梯を踏みしめて極速の反転を繰り返し、肉薄するごとに振るわれる刃は、盾ごと彼女を骨まで両断するに足る万鈞の膂力を孕んでいた。
音障壁を突破する推進力は、彼女が自負する切り札の元で極限まで引き出されていた。
だが、本気となり、殺意と技の極致を天災の領域まで研ぎ澄ましたビクターの御前において、その程度の速度など、深淵の前に晒された微々たる悪あがきに過ぎなかった!
ルシアは関節の構造を無視するかのような空中の急反転を敢行し、推進器のノズルを一瞬で真下へと向け直すと、超音速の慣性に乗せて雨煙る地表へと狂気の急降下を仕掛けた!
暴風が黒髪を直線状に引き裂き、墨緑の双眸には急激に迫り来る湿った冷たい大地が映り込む。だが、背後より追撃する空の裂罅音は止むことがない――それは、熔岩が沸騰するかのごとき致命の咆哮であった。
ビクターは、間合いを開けて息を整える猶予など欠片も与えるつもりはなかった。
焦げ割れた掌が虚空を鷲掴みにした瞬間、彼が身に纏う極致の火元素魔力が爆裂し、天を覆い尽くす九頭の赤炎の巨竜へと姿を変えた!
巨竜は鋭利な牙を剥き出しにし、天穹を焼き尽くす灼熱の熱波を帯びて、ルシアが急降下する軌道を囲い込むように旋回しながら食らいつかんと顎門を開く!
降り注ぐ豪雨すらその炎の前に触れることすら叶わず、沸騰する白煙と雷鳴の中で瞬時に虚無へと蒸発していった。
それだけに留まらない。
天を喰らう九頭の紅蓮の裏より、ビクターの握る漆黒の長刃が、既に逆手の構えより振り抜かれていた。
裂帛————ッ!
空間そのものが引き裂かれる耳障りな甲高い鳴動とともに、百メートルにも及ぶ漆黒の剣気月牙が赤炎の烈風を突き破り、後発でありながら先んじて、死神の振るう大鎌の如く因果を断ち切る極速を以てルシアの背後へと食らいついた!
逃れられない。その月牙と火竜は、あらゆる退路を完全に塞ぎ切っていた。
急落のただ中、ルシアの眼差しが凍てついた。左背に固定されていた超長巨盾が轟音とともにロックを解除され、念動力の牽引に従って天地を分かつ黒き天壁と化し、彼女と迫り来る漆黒の剣気の狭間へと強引に割り込んだ!
轟————ッ!!!!
剣気と巨盾が激突した刹那、天地は一瞬にしてその色彩を失った。
それは刃と金属の触れ合う音などではなく、縮退した二つの星が半空で炸裂したかのごとき衝撃であった! 極限の破壊を帯びた衝撃波が、目に見える白き環状衝撃となって中空を切り裂き、広場を取り囲む建造物の窓硝子を尽く粉微塵に吹き飛ばした。
山岳の如き重圧が防壁を伝って全身を侵食する。重装推進脚甲を纏っていながら、ルシアの全身は猛打された球の如く抗う術もなく弾き飛ばされ、雨煙の中で激しく錐揉みしながら後方へと吹き飛んでいった!
だが、虚空の火海に立つビクターの、焦熱に裂けた凶瞳が鋭く収縮した。
……抑えきれぬ驚愕が、その眼底を一瞬だけ掠め過ったのだ。
先の一撃は、決して生半可な魔力の投射などではない。あの月牙には、彼の至高の絶技――『剣撃領域』の死線が刻み込まれていたはずであった。
触れるものすべてを物理と魔力の理ごと崩壊せしめる理の刃が、あの巨盾に一条の亀裂すら刻めなかったのだ。
非接触斥力。
剣気が盾の表面を喰らわんとした刹那、浮遊巨盾の表面から展開された高周波の不可視排斥力場が、領域が金属を噛み砕くよりも先に、寸分狂わぬ純粋なる力学の法則を以て剣意の伝導を強引に遮断したのである!
「……私の領域の特性まで、完全に読み切っていたというわけか」
焦黒の皮膚に落ちる雨粒が、ジュッと音を立てて青煙へと変わる。夜魔は漆黒の魔導階段を踏みしめ、氷雨の中で冷酷なる嘲弄の笑みをその唇に刻んだ。
「よくぞここまでのものを創り上げたものだ、ルシア……!」
天地が反転する混沌の中、狂乱の衝撃波に叩き落とされたルシアの小柄な身体は、暴風に弄ばれて制御を失い、推進器の排気炎が空に幾重もの乱れた螺旋光軌を描き出していた。
激しい加重によって脳が充血し、目の眩むような眩暈が襲う。
しかし、その墨緑の瞳は、激動する世界の中で地表の一角を寸分の狂いもなく捉えていた――そこには首を長く伸ばし、興奮と嗜虐に満ちた表情で「魔女と逆賊」が無残に八つ裂きにされる瞬間を待ち望む暴民どもが密集していた。
愚昧なる観客への底知れぬ嫌悪と、極限の死闘における冷徹な計算が、その刹那に重なり合う。
ルシアの右腕を覆う錬金術手袋が、無重力の最中で標的を完全に固定し、掌の魔晶石が鋭利なる冷光を閃かせた。
轟ッ!
極太の蒼藍なる魔力主砲が躊躇いなく雨幕を貫き、千メートルの高空より天罰の流星となって、広場の縁へと真っ直ぐに撃ち落とされた!
「ギャァァァァァッ――!」
断末魔の悲鳴は、耳を聾する爆轟によって一瞬にして呑み尽くされた。先ほどまで気炎を上げていた群衆は泡を食って逃げ惑い、灼熱の魔力濁流が黒曜石の石畳を粉砕して直径十数メートルの焦土のクレーターを穿ち抜く。
吹き荒れる衝撃波と破片が数十人の暴徒を薙ぎ倒し、立ち上る熱泥の噴煙が雨の中でジュクジュクと音を立てて煮えたぎった。
見世物を楽しんでいた愚民どもは、この一撃によって阿鼻叫喚の地獄へと叩き落とされ、這々の体で四散していった。
そして上空において、ルシアはこの主砲がもたらした強烈な反動を利用し、腰を捻り切ると同時に両脚の推進器より逆方向への鋭利な斥力奔流を爆発させた。
転倒の慣性を強引に殺し切ることで、地表数十メートルの低空で落下を無理やりに制動し、機体の平衡を取り戻したのだ。
だが、息を継ぐ暇すら与えられず、天穹はすでに血の如き赤へと染め抜かれていた。
グォォォォォンッ————!
九頭の炎竜が雲を裂き、魂を揺るがす咆哮を轟かせながら、万物を灰燼と化す灼熱の圧迫感を伴って全方位より急降下し、包囲殲滅の顎を開いた!
先頭の炎竜の牙が鼻先を掠め、余熱だけで彼女の黒髪の毛先を焦がし縮れさせる。ルシアの瞳孔が縮み、推進器が猛烈に舵を切る。中空に描かれたのは、連続するS字の極限回避機動であった!
左への反転、横転バレルロール、急激な上昇角から即座の極限降下!
ドォン! ドォン! ドォン!
炎竜が次々と彼女の残像へと突撃して自爆し、炸裂した火球が重なり合って天を覆う灼熱の炉を作り出していく。
だが、七頭目、八頭目の追撃を躱し切ったその瞬間――ルシアの腰椎の神経から、心臓を抉るような鋭い痛撃と痙攣が爆発的に全身を駆け巡った!
「っ……!」
ルシアは奥歯を噛み締め、喉の奥から押し殺した呻きを漏らした。
この装具が肉体に課す過酷な負荷を、彼女自身が甘く見ていたのだ。
太腿の付け根までを固める重厚なる機械脚甲は、その自重と前面投影面積により、超音速の機動下において凶悪なまでの回転モーメントを生み出してしまう。
本来の人間の脚関節が完全に固定されている以上、空中で描かれる華麗なる急転換も、炎竜の顎門を擦り抜ける激動のロールも、その万鈞の慣性に抗うすべてを、彼女の細く頼りない腰部の体幹筋だけで強引に支えねばならなかった。
姿勢を整えるたび、腰骨が軋みへし折れんばかりの悲鳴を上げる。
冷や汗が冷雨と混ざり合ってうなじを伝い、装甲の隙間へと流れ落ちる。整った面輪は酸欠によって白磁のように青褪めていた。
最後の一頭――天を覆い尽くす熔岩の巨口がすでに頭上を塞ぎ、しかしルシアの腰は激痛と硬直のために、僅かに半拍の遅れを生じさせていた。
――限界が、目前に迫っていた。
視界を埋め尽くす熔岩の巨口、そして千切れんばかりに軋む腰の痛撃を前にしても、ルシアは無様に墜落することを選ばなかった。
冷汗と雨に濡れた墨緑の瞳に、狂気じみた獰猛な閃光が宿る。
両脚の推進器が放つ微細な逆噴射を借り、彼女の腰は人体の限界を超えたしなやかさと決死の覚悟を以て、後方へと鋭く反らされた――それは航空機の機動などではなく、陸上の跳躍競技における背面跳びのごとき極限の背反転であった!
黒髪と雨飛沫が虚空に扇状の軌跡を描き、天を仰ぐ姿勢のまま、彼女は巨大な炎竜の牙を鼻先と胸甲の僅か数ミリ外側へと滑り抜けさせた。
そして、その華奢な身体が後方へ仰け反り、死角の空間を完全に明け渡した刹那――それまで巨盾と彼女の影に完璧に隠蔽され、気配すら絶っていた死角の奥から、
「クルルゥッ――!」
刻刻の金色の鳥瞳が、逆光の中で爛々と見開かれた!
小柄な梟の鉤爪が、体躯に不釣り合いな長大な重砲を万力のごとく締め上げ、砲身の魔力回路が一マイクロ秒の間に臨界限界を超えて励起する。
陰鬱なる天幕を真昼の如く灼き尽くす、白熱の極太ビームが砲口より暴虐に噴射された!
轟音————ッ!
貫通などではなかった。それは純粋な蒸発であった。
照射型魔力光線発生器は絶対的なエネルギー密度を以て、反転追撃のために大口を開けた炎竜の喉奥へと深々と突き刺さり、荒れ狂う光点が竜の胎内で爆発的に膨張した。
天を覆っていた最後の火竜は核より寸刻で解体され、宙で四散して降り注ぐ紅蓮の火雨へと還元された!
だが、爆炎と蒸気が吹き荒れる彼方、虚空の黒霧を踏みしめて毅然と立つ焦黒の影の眼差しには、一切の動揺など存在しなかった。
そこに宿っていたのは、すべてを見通した者の冷徹な賞賛のみであった。
「見事な誘い込みだ、ルシア」
ビクターの嗄れた声音が、衝撃波と火焔の残滓を切り裂いてルシアの耳朶を穿つ。
「腰の限界を装い、体勢を崩したと見せかけることで、私が仕留めんと間合いを詰める瞬間を待っていたのだろう? 私が不用意に間合いへ踏み込めば、背後に潜ませた使魔がその至近照射で私を討ち滅ぼす手筈だったというわけだ……見事な策だよ」
「……チッ」
仰反る姿勢から強引に態勢を戻したルシアの唇から、悔しさを隠しきれぬ舌打ちが零れ落ちた。
この老練なる怪物の戦闘直覚は、あまりに研ぎ澄まされすぎていた。
彼は先の隙に釣られて前に出ることなどせず、致命の間合いを保ちながら進退を完全に支配していたのだ。
刻刻が命がけで隠蔽していた必殺の一撃は、ただの一発の召喚術を相殺しただけに終わってしまった。
奥の手を空振らされたルシアは、推進器の微調整を以て崩れた重心を立て直そうと試みる。
だが、ビクターが二度目の好機を与えるはずもなかった。
「だがな――戦場における逡巡は、命で購うものだ!」
男の言葉が落ち切らぬうちに、その乾き爛れた焦黒の右足が、虚空を容赦なく踏み抜いた!
ドッ!
踏み砕かれた魔力の塊が、肉眼で捉え得る放射状の衝撃波となって飛散し、夜魔の姿はその場から完全に消失した。
次の刹那、底知れぬ凶刃を纏った漆黒の体躯は、物理の理を嘲笑うかのように、ルシアの真上わずか三メートルの位置へと転移していた!
空間の認識すら剥奪する、絶対の極速。
ビクターは漆黒の長剣を両手で固く握りしめ、痩せこけた筋肉を鋼の如く隆起させていた。
剣身には物理法則のすべてを切り裂く『剣撃領域』の死線が渦巻き、重力と全身の膂力を乗せて、ルシアの頭頂部へ向けて真っ向から振り下ろされた!
それは、城塞の本丸すら正中線から両断するに足る、必滅の唐竹割りであった。
逃れ得ず、躱す術もない。
この刹那の死線において、金属手袋に包まれたルシアの右手の指が、左側の浮遊巨盾の内側に深く埋め込まれた錬金の主軸を万力のように締め上げた!
ガキンッ、ジャリィッ――!
無慈悲なる機構の噛み合う激音が、巨盾の内部より連鎖して鳴り響いた。
衝撃を受け止めるはずであった厚重なる鉄壁が、中央の継ぎ目から左右へと裂けるように展開し、外装の高硬度装甲板が甲高い金属音とともに反転し、折り畳まれ、収束していく。
内部の芯骨レールが、骨格の如く一瞬にして伸長した!
瞬きの間に、巨盾の姿は掻き消えていた。
彼女の掌に握られていたのは、全長三メートルを超え、凶悪なまでに太く研ぎ澄まされた螺旋構造の重型騎兵ランスであった!
手札に埋め込まれた七つの水晶が一斉に共鳴の悲鳴を上げ、純白の魔力が穂先の螺旋へと怒涛の勢いで注ぎ込まれる。
キィィィンと空間が軋みを上げ、燃え盛る陽光の如き燦然たる黄金の高周波排斥力場が、鋼鉄の巨槍の全身を完全に包み込んだ!
「うおおおおおおおおッ!」
黒髪の女は胸を引き裂くような咆哮を轟かせ、推進器が放つ全力の逆噴射を背負って、黄金の光を纏う規格外の巨槍を両手で掲げ、天より落ちる漆黒の死刃へと真っ向から突き出した!
ガギィィィィィィィンッ————!!!!
天穹が、激突の瞬間に完全に砕け散った。
それは極限の凶暴さを孕んだ二つの絶対的な力が、寸分の狂いもなく正面から噛み合った激震であった。
金属同士が擦れ合う悲鳴は、最初の半秒において人間の可聴域を遥かに超越して天地を絶対の静寂へと突き落とし――次いで、破滅的な音波と衝撃波が、巨大な球状の津波となって四方へと爆散した!
触れるものすべてを分解せしめるビクターの『剣撃領域』と、螺旋巨槍の周囲を狂乱して回転する『黄金の排斥力場』が、虚空で互いの理を削り合う惨烈な圧殺劇を展開する。
漆黒の剣芒は貪欲な毒蛇の群れの如く黄金の防壁を喰い破らんと狂い乱れ、巨槍が巻き起こす斥力の暴風は、無数の回転ヤスリとなって頭上から圧し掛かる黒霧を粉々に挫き砕いていく!
眩い火花と黄金の光片が交差点から豪雨のように吹き荒れ、虚空に零れ落ちる粒子のひとつひとつが、大気を焦がして幾重もの歪んだ熱傷を焼き付けていく。
槍の柄と推進器を通じ、想像を絶する反動が骨身を軋ませた。
ルシアは右腕の骨が砕けんばかりの悲鳴を上げているのを感じ、裂けた虎口から生暖かい鮮血が手袋の裏地へと滲み出た。
頭上からの圧倒的な質量に内臓が激しく揺さぶられ、喉の奥へと鉄の味が込み上げてくる。
そして頭上のビクターもまた、巨槍が放つ斥力の暴風に黒髪を激しく乱し、焦黒の痩躯を震わせていた。
足場としていた魔力の階梯は寸断され、確実に首を刈り取るはずであった必殺の斬撃は、この理外の錬金兵装によって完全に中空で押し留められ、激しい雨の裂け目の中で硬直し、止まっていた!




