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重度カードゲーマー女子、過労死転生した異世界でも恋愛をプレミして詰んだ件  作者: 酣睡


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そなたの覚悟は、ただの不服にすぎない

客間の内に満ちる高価な竜涎香の冷たい匂いは、次第に粘度を増し、まるで溶けきらぬ膠のようになって大気から最後の酸素をじわじわと奪い去っていく。


クロードはルシアに一息つく間も、間合いを取る隙も与えなかった。彼が長い脚を踏み出し、前へと一歩進むごとに、ノーランド皇室の正統なる血脈が宿す恐るべき威圧感が色濃く立ち込めていく。


佩剣を抜き放つことすらなく、体躯と地位の絶対的な懸隔だけを武器に、見下ろすような圧迫感を伴って、彼は深青色の華奢な人影を一歩ずつ追い詰めていった。


やがてルシアの背中は「トン」と、骨の髄まで凍てつかせるような白玉の壁の角に突き当たった。


もはや、退路などどこにもない。


頭上から覆いかぶさる長身の影は、崩れ落ちてくる黒金の巨壁のごとく暖炉の微かな火影をことごとく遮り、小柄で薄い黒髪の少女を、自らの陰影の中へと完全に閉じ込めていた。


「やめろッ……!」


数歩離れた場所にいたガルクが目を血走らせ、獣が檻の中で喘ぐような唸り声を絞り出した。オレンジ色の髪の少年は全身の骨を軋ませ、足元の絨毯を蹴って無我夢中で飛びかかろうとした。


だが、その身はわずか半寸すら前へ進まない。


底知れぬ深淵と広大さを湛えた、まるで鉛色の雲海が天からそのまま落ちてきたかのような重圧が、客間の中に突如として降り注いだ。


視認すら困難な無数の金色の術式鎖が虚空から音もなく織り成され、瞬時にしてガルクの全身を巡る魔力と経絡を絡め取ったのだ。


それはありふれた魔術師の使う束縛術などではない。レグニス皇室に代々受け継がれ、臣民を傅かせ叛徒を圧伏せしめるためだけに研ぎ澄まされた鎮圧術式であった。


少年の四肢は鉛を流し込まれたように重く強張り、不可視の膂力によって筋肉は激しく痙攣し、指先ひとつ動かすことすら叶わない。


そして何より致命的なのは、理性という名の絞首縄であった。ガルクには痛いほど解っていたのだ——ここがノーランド帝国の心臓部であり、東宮の禁足地であるという現実が。


もしここで無理やりに荒れ狂う闘気を爆発させて封印を破れば、近衛兵の重戟と内廷の宮廷大魔導師たちが、瞬く間にこの場を更地へと変えるだろう。


己の命など、路傍の小石のように捨て去っても惜しくはない。だが目の前のルシアには一瞬にして「皇太子暗殺の首謀者」という大逆の汚名が着せられ、北境の公爵家もシルヴィア商会も、国家叛逆の深淵へと道連れに叩き落とされる。


乱れたオレンジ色の髪から冷や汗が激しく滴り落ち、充血した瞳の縁から血混じりの汗となって純白の絨毯を汚していく。


少年は奥歯を砕けんばかりに噛み締め、口内に広がる鉄錆の生臭さをただ耐え忍びながら、目を見開いて見届けるしかなかった。あの金髪碧眼の略奪者が、何の躊躇もなく自らのアネさんへと間合いを詰めていく様を。


部屋の片隅で、クロードは見えない鎖に縫い留められた若き猟犬に、視線の端すら向けていなかった。


凍りつくように冷徹なルシアの墨緑の瞳に見据えられながら、彼は緩やかにその身を屈めた。


しなやかで強靭な腕が、優雅にして致命的な絞首索のごとく何の躊躇もなく伸ばされ、ルシアの驚くほどに細い腰を直接抱き寄せた。


掌が引き締められた刹那、薄手のマントの布地が引き攣れて鋭い皺を刻み、衣服越しにも男の体温が生々しく侵略的に染み渡ってくる。


彼はこれ見よがしに彼女の身体を自らの胸元へと引き寄せた。二人の間合いは、吐息が互いの唇を撫でるほどに狭まっていく。


クロードは切れ長の目を伏せ、布地越しに、極めて自然に、あまつさえ欲しいままの淫らさを帯びながら、少し力を込めれば折れてしまいそうなほどに脆いその腰の輪郭を、時間をかけて撫で回した。


男の薄い唇の端に、微かでありながら侮蔑に満ちた冷笑が浮かぶ。深海のような碧眼にルシアの蒼白な顔を映し込み、低く濁った声を鈍刀のように響かせながら、彼女の神経を削り取っていった。


「カリーナは北境数十万の鉄騎兵の生殺与奪を握り、クレアは帝国の半分を買い取れるほどの巨大商会に君臨している……」


クロードは腰を抱く腕に力を込め、耳元へと口唇を寄せて小さく喉を鳴らした。その声調には、底知れぬ嘲弄が滲んでいた。


「あやつらはそなたを手中の珠のごとく愛で、天を覆うほどの権力と富を抱えておきながら……なぜ、そなたのその身を、少しばかり太らせることすらできんのだ?」


腰に回された掌から伝わる熱量は、赤く焼けた焼きゴテのように、衣服越しにルシアの神経を灼き続けていた。


彼女は全身を強張らせ、背中には嫌悪に満ちた冷や汗を滲ませながら、両手を広い袖の中に押し込み、掌に爪を深く食い込ませていた。


拒絶することはできない。突き放すことも、逃げ出すことすら許されない。ルシアの脳裏は、この極限にあってなお、残酷なまでの清明さを保ち続けていた。


ここは東宮の内廷であり、目の前に立っているのは帝国の次代を担う君主。


もし指先に微小な魔力でも集約させれば、わずかでも過剰な抵抗や反撃の兆候を見せれば最後、扉の向こうの近衛兵と闇に潜む宮廷魔導師たちは、正々堂々と「皇太子襲撃」の咎によって彼女をその場で誅殺し、公爵家と商会を謀反の連座で根こそぎ処刑へと追い込むだろう。


一手でも誤れば、そこは底なしの無間地獄であった。


だが、逆を言えば——耐え忍びさえすればいいのだ。


身動ぎもせず、言葉も発さず、武力行使の口実となる証を何ひとつ与えなければ、この場における礼を失した侵犯と冒涜は、最初から最後まで、すべて皇太子ひとりの過失となる。


クロードが勝手気ままに振る舞えば振る舞うほど、見えない政治の天秤の上では、その不義と失態が皇室の背骨へと重く焼き付けられることになるのだから。


これは言葉なき謀略の戦いであった。彼女は己の尊厳と肉体を沈黙の防波堤とし、一歩も退かずに立ち向かっていた。


クロードとて、己の現在の振る舞いがどれほど一線を越えているかなど、百も承知であった。


掌の下で、少女の華奢な躰が硬直と拒絶に引き攣っているのを敏感に感じ取りながら、彼の口元の弧はむしろ深まりを見せていた。


無造作に力を込めるような真似はせず、優雅に、極めて緩慢に頭を垂れると、わずかに冷たい薄唇を、微かに震えるルシアの耳朶へと近づけた。


温かな吐息が竜涎香の冷香を帯びて耳元の後れ毛を揺らし、水のように静謐でありながら狂気を孕んだ男の囁きが落ちる。


「解っているさ。己が今、どれほど下劣で、悪辣な真似をしているかなど……」


彼は吐息交じりに小さく喉を鳴らし、寒気を覚えるほど平然とした声音で告げた。


「明日の朝、私は自らの手で文を認め、レグニス皇室の印璽で封をし、今日ここで為した一切の行いを、一言の漏れもなくカリーナへと伝えてやる。そなたの腰に触れ、その腕に口づけ、東宮の片隅へと追い詰めたのだとな……あやつの前に立ち、降り注ぐ怒りの全てを無防備のまま受け止めてやろう」


そう言い終えると、クロードはゆっくりと顔を上げた。


二人の間にはわずか一寸の間隙しか残されていなかった。


男の瞳からはもはや何の虚飾も消え失せ、凍てついた深海のごとき碧眼の奥底には、身を焼き尽くすような狂熱と病的な執念が爛々と渦巻き、血の気を失ったルシアの横顔を射抜いていた。


彼は墨緑の双眸を見据え、薄い唇をわずかに開くと、巨石を投げ落とすかのように、一語一語を重々しく紡ぎ足した。


「たとえカリーナが剣を抜き、この私を半死半生の目に遭わせようとも。死に損ないの犬のように父帝の御前へと引きずり出され、問責を受けようとも。国中の嘲笑の的となり、権限を剥ぎ取られて深宮に何週間幽閉されようともな……」


クロードの双眸に宿る光は劫火のごとく熾烈であり、その声音は覆すことのできぬ真理を告げるかのように揺るぎなかった。


「——私は、躊躇いなくそれをやってのける」


男の掌がルシアの腰へと見えぬほど微かに力を込め、彼女を自らの胸の中へとさらに半寸引き寄せた。放たれた言葉は重槌のごとく、ルシアの魂を容赦なく打ち据える。


「なぜなら、これこそが、そなたに対する私の覚悟なのだから」


客間の中の空気は目に見えぬ力で吸い尽くされたかのようで、ただ息の詰まるような圧迫感だけが澱んでいた。


クロードは半歩たりとも身を引こうとしなかった。その巨躯は光をも通さぬ黒金の城壁のように立ちはだかり、ルシアを冷え切った白玉の壁と己の胸板の間に完全に封じ込めている。


暖炉のくべる竜涎香の冷たい匂いはねっとりと重く、男が纏う侵略的な熱気と混ざり合っては、彼女の呼吸へと強引に割り込み、慣れ親しんだ雨の湿り気を容赦なく駆逐していく。


二人の距離は、危ういまでの濃密さに染まっていた。そしてクロードはわざと頭を垂れ、その端麗な顔をいっそう近づけて、ルシアの美貌をつぶさに値踏みするように見つめ直した。


ルシアには、彼の低く重い吐息が、微かに震える己の睫毛と唇に温かく吹きかかるのを感じ取ることができた。


深青色のマント越しに腰を抱く掌は、まるで焼けた鉄のように布地を通して肌を灼き、指の節々が微かに蠢く振動すら肌身に伝わってくる。


上位者の絶対的な支配欲を孕んだその接触は、恋人が手向け合う睦言のようでもあり、あるいは処刑人が刑の直前に獲物の首の皮を無造作に測る手つきのようでもあった。


恐怖が、氷の毒針となってルシアの神経の末梢を駆け巡る。


それは生物としての本能が告げる、根源的な戦慄であった。二度の死を経験し、この世の誰よりも深い深淵と絶望を見届けてきた彼女であっても、この男は違っていた——狂気に呑まれているのではない。


あまりにも清醒であり、自らの払うべき代償の全てを天秤の皿に乗せるだけの冷徹な覚悟を抱いている。


その狂気じみた潔さと、圧倒的な皇統の権能の前にあって、彼女の小柄な躰は嵐に揉まれる若木のごとく脆く、胃の腑は激しく痙攣し、血液は一寸ごとに凍りついていった。


だが、心臓が肋骨を突き破らんばかりに跳ね上がる恐怖の極限にあって、かつて社畜として地を這い回った思考回路が、残酷なまでの冷酷さをもって極度の平静を保ち続けていた。


墨緑の瞳の奥底で、湧き上がる恐慌を何層にも押し殺し、極北の氷海に似た冷徹な理性へと昇華させる。


ルシアは睫毛を伏せ、全身の魔力回路の揺らぎを完璧に抑え込み、呼吸のリズムすら無理やりに平坦に整えた。


男の襟元に光る精巧な皇室の金の飾り留めを冷ややかに見据え、その脳裏を高速で思考が駆け巡る——震えてはならない。瞬きすらしてはならない。追い詰められた動揺を微塵も見せてはならない。


この躰が物言わぬ沈黙を貫き通す限り、この甘やかな禁忌の侵犯劇は、永遠に皇太子の側が一方的に犯した失格の重罪に留まり続けるのだから。


クロードは目を細め、彼女を見下ろしていた。


その瞳の奥底に渦巻く戦慄を見透かし、冷徹な仮面の下に押し隠された、狂おしいほどに頑迷な理性をも正確に読み取っていた。


恐怖の淵に立たされながらも決して屈しようとしないその傲骨は、むしろ男の碧の双眸の奥に広がる暗潮へと、病的なまでの燃料を注ぎ込むこととなった。


男は、かすかに喉を鳴らして笑った。


空いていた長い指先を持ち上げ、二人の間の熱を帯びた隙間をすり抜けさせると、ルシアの耳元にかかる一筋の黒髪を、この上なく優美にすくい上げた。


拷問のような緩やかさで、冷たい黒髪が指の隙間を滑り、掌の中へと巻き取られていく。そしてわずかずつ間合いを縮め、男の薄く冷えた唇の前へと引き寄せられた。


耐え忍ぶルシアの冷え切った視線を浴びながら、クロードは黄金色の長い睫毛を伏せ、敬虔でありながら冒涜の情を尽くすように、その一筋の黒髪へと唇を押し当てた。


彼は目を閉じ、柔らかな髪越しに深い口づけを落とし、少女の髪に残る冷たい雨の名残を、微かに吸い寄せるかのように息を呑んだ。


温かな唇が髪をそっと撫で、やがて彼は深海のごとき碧の瞳をゆっくりと持ち上げた。瞳の奥に剥き出しの熱狂と尊大さを滾らせ、ルシアの蒼白な顔を見据えながら、心臓を凍りつかせるような笑みを無言のまま刻みつけた。


「そなたの勝ちだ、ルシア」


長い沈黙の果てに、クロードは嘆息を漏らした。名残惜しさに満ちた未練を湛えながら、少女の腰と黒髪を繋ぎ止めていた手を、緩やかに解いていく。


掌の熱が引き、二人の間に冷えた雨気が再び流れ込む。


昼夜を分かたず脳裏と夢路を苛み続けてきた小柄な女が、ようやく一息つくための空間を取り戻した。


クロードの瞳に宿る狂熱は、決して根拠なき気まぐれではなく、ましてや浅薄な美貌への執着などではなかった。


彼がこの病的な執心へと落ちていった発端を辿るならば、ルシアが公爵家へと輿入れした後の日々へと立ち返らねばならない。


世人の目には、二大貴族の政略結婚が生んだ愛玩の従属物にしか映っていなかった。


だが、彼が帝都の各所へと放った間諜たちだけが、息を呑むような真実を報告してきたのだ——あの特立錬金術師は私的な立場において、カリーナのために北境の広大な領地を統治するための数々の思想を組み上げていた。


荒野の土壌を改良する農業技術から、鉱脈の採掘における公差の再構築、商路と流通の回路設計、果ては巨大水門の建設に至るまで……わずか数ヶ月の間に、長年過酷な気候に喘いできた北境の民の暮らしは、目に見える速度で繁栄へと変貌を遂げていた。


その瞬間、クロードは思い知らされたのだ。この病弱で細身に見える女が、誰もが想像するよりも遥かに息を呑むほど美しいのだと。


彼女の骨の髄には、恐怖と強権に対する絶対的な冷笑が刻み込まれていた。


それは、神に見捨てられた禁域へと単身足を踏み入れ、破壊神殿の守護者へと立ち向かった気魄。


その後の狩猟祭において、矮小な身躯でありながら天地の狭間を裂き、不死鳥フェニックスを討ち倒す奇跡を自らの手で切り拓いた力。


そして、魔獣の群れが終末の黒潮のごとく国境を呑み込もうとした際、たった独りの存在でありながら、ノーランド、セリフィア、バルトークという互いに腹を探り合う三大帝国の戦士たちを同じ軍旗の下に結束させ、鉄壁の防衛線を築き上げた驚天動地の偉業。


その壮挙を成し遂げた者は、悠久の歴史を紐解いてもただの一人も存在しない。


大陸最強と謳われる天災級の上位五名の戦力をもってしても、水と油のごとく反目し合う三大国の戦士たちに、互いの背中を預けさせることなど不可能なのだから。


焦土と化し、戦火が天を焼き尽くすあの戦場の中で、クロードは彼女に決定的に恋い焦がれた。


ルシアはあまりにも強靭で、長夜を貫く冷たい刃のごとく眩い。だがそれと同時に、その躰はあまりにも細く、風霜に触れれば消え去ってしまいそうな淡雪のように脆い。


その致命的な矛盾が、猛毒のようにクロードの胸を苛み続けていた——深宮の高殿に閉じ込めてその翼を折り、これ以上嵐の中で擦り減ることのないよう囲い込みたいと狂おしく願う一方で、魂の深淵では、世に二つとないその利器が運命の喉元を再び刺し貫き、神すらも震え上がらせる新たな奇跡を紡ぎ出す姿を、病的なまでに渇望している。


クロードは、荒い息を吐きながら墨緑の瞳に氷霜を湛える女を見つめ、その双眸に極めて微かな温情を過らせた。


彼は長い右手を持ち上げると、親愛を込め、どこか溺愛を滲ませた傲慢さをもって人差し指を曲げ、ルシアの小さく冷え切った鼻先を、軽く、いたずらっぽく撫でた。


そして、一切の未練を残すことなく背を向け、凛とした足取りで客間の重々しい大扉へと向かって歩き出した。

金髪が蝋燭の光に照らされて幽かな燐光を放つ。


彼はルシアに背を向けたまま、冷たい真鍮の取っ手に手を掛け、豪奢でがらんとした部屋の空気を揺らすように、静かな声を響かせた。


「そなたの二人の妻には、直々に屋敷へ赴き詫びを入れてやる。だが……そなたに対する私の覚悟は、露ほども揺らぐことはない」


クロードの言葉がふと途切れる。彼は冷徹に研ぎ澄まされた横顔をわずかに向け、深海のごとく無慈悲な碧眼で、ルシアが心の奥底で死守し、最も直視することを恐れていた残酷な現実を抉り出した。


「ところで……そなたには、それほどの覚悟があるのか?」


「……」


ルシアの呼吸が、ふいに止まった。


「ミアを救いたいのだろう? わが東宮へと身を挺して踏み込んできた気概は見事だが、所詮は……覚悟などと呼べる代物ではない。定められた過酷な運命を前にした、ただの凡人の無力な『不服』にすぎん」


男の言葉は氷の楔となって、彼女の神経へと容赦なく打ち込まれる。


「私であれ、そなたの家に巣食う二人の妻であれ——己の望むもののために全てを賭け金にする覚悟において、我らは皆、今のそなたよりも遥かに高い高みに立っているのだよ」


ルシアはマントの袖の中で指を白く軋ませるほど固く握り締め、爪が肉を裂いて血が滲むのを感じながらも、ただの一言も反論を吐き出すことができなかった。


クロードの言葉が、あまりにも完璧に真実を射抜いていたからだ。


彼女には、カリーナのように愛する者を傍らに留めるためだけに国境を氷雪で閉ざし、万物を焼き尽くしても構わないと叫ぶ狂気の執着など持てない。


クレアのように巨万の富と商会の命脈を薪とし、誰の手も届かぬ黄金の鳥籠を築き上げる無慈悲さも持ち合わせていない。


ましてや、一国の軍勢を単独で滅ぼしかねない怪物であるカリーナを前にして、命を賭けて平然と他者の領域を奪い取ろうとする、目の前のクロードのような真似ができるはずもなかった。


己が信じていた「独りで背負う」という決意など、深淵と嵐の只中に君臨するこの狂人たちの目には、ただの幼く軟弱な逃避劇にしか見えていなかったのだ。


己の抱く覚悟の、あまりの脆弱さと虚妄さを思い知らされた刹那、ルシアの全身から一切の膂力が失われた。


張り詰めた弓弦のようだった躰が激しく戦慄し、膝の力が抜け、冷酷な白玉の壁を背にして、純白の絨毯の上へと無力にずり落ちていった。


深青色のマントが床に広がり、小柄な身体を雨風に散った枯葉のように小さく包み込む。


墨緑の瞳は光を失って虚空を彷徨い、扉の前に立つ男の背中を焦点の合わない視界に映しながら、脳裏は白く染まり、その魂は下された審判によって粉々に砕け散っていた。


クロードは彫刻の施された大扉をゆっくりと押し開けた。回廊から忍び寄る冷たい雨風が吹き込み、彼の服の裾を翻す。


敷居を踏み越える直前、男はわずかに首を巡らせ、盤上のすべてを掌握した冷徹さと、どこか無邪気なまでの残酷な期待を唇に刻み、最後の言葉を落とした。


「ミアの骨髄に刻まれた禁呪を調べに来たことは知っている。そなたの一挙手一投足は、初めからすべて見届けさせてもらっているよ」


クロードの瞳には侮蔑の色はなく、ただ未知なるものへの熱い期待だけが揺らめいていた。


「扉は開けておいてやろう、ルシア——この残酷な現実を前にして、これからのそなたが……果たしてどのような選択を下すのか、楽しみにしておくよ」

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