漂う茶の香と、二人の壊れた少女
公爵邸の無紋章の黒木馬車は、ルシアを平民街と中流貴族街の境界まで送り届けるにとどまった。
下車する際、ガルクはあの重い黒油傘を開いて付き従おうとしたが、ルシアはただ彼に向かって小さく首を横に振った。
少年は雨霧の中に立ち尽くし、あの橙色の髪は灰色の空の下で光を失い、唇を微かに動かしたものの、結局は喉元まで出かかった言葉を呑み込んだ。
ただ腰の短刃に手を掛け、音のない影のように三十、四十歩の距離を保ち、背後の人波の中へと静かに溶け込んでいった。
ルシアは深青色の防水外套の襟を立て、大きなフード付きのマントを目深に被り、青白い顔の大半を覆い隠した。
帝都の敷石道はこの陰雨に濡れそぼって黒ずみ、滑らかで冷ややかな光を放っていた。
建国祭典は今もなお続いているはずだった。街路の両脇に聳える高いアーチには、今も金と赤の入り交じるリボンと、皇室の威光を象徴する茨薔薇の花冠が巻き付けられている。
だが、盛大で狂乱を帯びた人造の歓楽も、この綿々と続く陰惨な冷雨の前には抗うべくもなかった。
斜めに降り注ぐ雨糸は不可視の鈍刀のごとく、本来であれば沸き立つはずの大気を一寸ずつ削ぎ落とし、冷まし尽くしていく。
街行く人々は判を押したように首を縮め、糊のきいた強張った厚手の綿入れや古びたマントを固く身に纏い、水溜まりを踏みしめる靴底から泥混じりの疲れた水音を響かせていた。
路傍に油布の天幕を張った露天商たちは首を竦め、炉の中の炭火は湿気に圧されて半死半生の態を晒し、ただ虫の息のように細い灰色の煙を吐き出しては、たちまち雨粒に叩かれて虚空へと散っていく。
賑わいは相変わらず賑わいではあったが、それはまるで色褪せた古い影絵芝居のようであり、分厚い水煙の膜を隔てて、気だるげで支離滅裂な荒唐無稽さを醸し出していた。
ルシアは街角に佇む、幾星霜を重ねたとおぼしき典雅な茶館の前で足を止めた。
半木造の二階建ての古びた洋館で、外壁には雨をたっぷりと含んだ暗緑の枯れ蔦が這い回っている。曇りガラスに陰影を刻んだ木扉を押し開くと、鴨居の銅鈴が短く籠もった音を立てた。
貴族のサロンに満ちる鼻を突く豪奢な薫香などはなく、ただ炭火に炙られて微かに乾いた木材の匂いと、淡い茶葉の渋みが漂っているばかりだった。
彼女は窓際の片隅の席を選び、マントを解いて椅子の背に掛けた。
間もなく、給仕が温もりを湛えた厚手の陶器杯を運んできた。ルシアが注文した紅茶だった。深紅の茶液には濃厚な搾りたての牛乳が注ぎ込まれ、白と紅が杯の中で溶け合って潤いのある駱駝色を描き出し、底には野百花蜜が匙の半ばほど沈められていた。
銀匙が音もなく巡るにつれ、蜂蜜の甘い香りと乳の芳香が混じり合って立ち昇り、細く柔らかな白煙となって、彼女の冷たく強張った指先を優しく包み込んだ。
ルシアは両手でその熱を帯びた陶器杯を抱きかかえ、窓外へと視線を投げた。
水滴が斜めに走る明透な窓枠を隔て、細雨は優しく、そして残酷に、この長大な帝国の心臓を抱きしめていた。
遥か遠く、神殿の高く聳える尖塔は灰白の雨雲の奥深くに煙り、青黒い瓦屋根は水光の中で濃淡の異なる墨痕となって連なっている。
軒先から一滴、また一滴と零れ落ちる雨水は、幾千筋もの透き通った糸となり、この雄大で繁華にして罪悪と権謀術数に満ちた古都を、永き眠りのごとき幽夢の中へと隙間なく縫い留めていくかのようだった。
水溜まりに生まれては消えゆく無数の波紋を見つめながら、ルシアは思わず我を忘れていた。
微かな甘みを含んだ茶の香りと雨音の中で意識が限りなく漂白されていく、その時まで——
ごく微かな、木椅子を引く擦れ音が響いた。初雪の融けゆく気配を帯びた、微かに苦い薬草の冷香とともに、音もなくこの温もりある一隅へと染み入ってきた。
ルシアは微かに息を呑み、墨緑の瞳を巡らせて、窓外の雨幕から卓の前へと視線を戻した。
いつの間にか、彼女の真正面には、ひとすじの細く儚い人影が佇んでいた。
極めて年若い少女だった。色褪せながらも寸分の乱れなく洗い糊をきかせた浅青色の細麻の長衣を纏い、肩には素白の花織りの薄い肩掛けをただ一枚羽織っている。
雨水を含んだ柔らかな栗色の髪が幾筋か、あまりに蒼白な額と耳元に張り付いていた。
息を呑むほどに美しい容貌であったが、それはカリーナの持つ人を圧する高貴な峻厳さでも、クレアの放つ目を奪う圧倒的な華麗さでもない。
少女の美しさは、どこまでも透明に近い「硝子のごとき脆さ」を宿していた。皮膚は透けるほどに白く、その下を走る細い青い血管までが見て取れそうだった。
濡れた蝶の翅のように伏せられた長い睫毛は触れれば折れんばかりに頼りなく、だがその双眸——森林の奥底で春を待つ雪解けの泉のように澄み渡った緑の瞳は、清らかで透明でありながら、理不尽なまでに骨の髄へと染み渡る冷え冷えとした孤独を宿していた。
今、少女は腹の前でぎこちなく両手を重ねていた。少し力を込めれば折れてしまいそうなほどに細い十指だった。彼女は微かに身を屈め、その塵ひとつない清澄な瞳でルシアを窺い、その眼差しには幾許かの歓喜とともに、拒絶を恐れる怯懦と卑下が深く隠されていた。
窓の外では雨音がさらさらと鳴り続け、室内の茶の香がゆらゆらと立ち昇っている。
少女は血の気のない唇を引き結び、窓枠を打つ雨粒のように、極めて低く、極めて柔らかに口を開いた。
「あの……ルシア様……もしご迷惑でなければ……」
彼女は言葉を切り、睫毛を震わせ、ありったけの勇気を振り絞るようにして、囁くように問いかけた。
「……お向かいに、腰掛けてもよろしいでしょうか?」
ルシアは微かに頷き、無駄な挨拶も交わさず、ただ手元に漂う蜂蜜の甘みと乳の温もりを湛えた陶器杯を、ミアの前へと静かに押し遣った。
「お飲みなさい」
ルシアの声は極めて低く、極めて緩やかで、まるで手のひらに舞い落ちた薄雪を護るかのようだった。言葉の響きをほんの少し強くしただけで、大気の震えがこのあまりに頼りない少女を打ち砕いてしまうのを恐れるかのように。
「身体を温めれば、少しは楽になる。私の前で、気兼ねなど要らないわ」
ミアは目の前に差し出された駱駝色の茶湯を見つめ、睫毛を震わせ、やがて唇を綻ばせて笑みを零した。彼女は機微を弁えていた。
ここで辞退すればかえって他人行儀となり、この稀有な温もりを無下にすることになると分かっていたのだ。
「それでは……お言葉に甘えて。ありがとうございます、ルシア姉様」
少女は白く細い十指を伸ばし、温かな杯を確かにおさえた。茶を捧げ、引き寄せ、唇へと運ぶ所作はどこまでも優美で淀みがなく、指の描く曲線には些かの瑕疵もなかった。幼少より極めて厳格かつ洗練された貴族の礼法を叩き込まれてきた証左であった。
しかしその骨の髄まで染みついた教養こそが、洗い晒された浅青の古着の上にあっては、かえって運命に見捨てられた凄愴さを際立たせていた——
彼女にもかつて錦を纏う日々の輝きがあったのだ。その輝きが失われた今、彼女は心から愛したただ一人の人間と結ばれることすら叶わなかった。
ルシアはマントの袖の内で、神経質に拳を握り締めた。
掌に食い込む爪の鋭い痛みが、彼女の意識を辛うじて繋ぎ止めていた。なぜ自分がこれほどまでにミアの挙措に心を波立たせているのか、彼女自身にも分からなかった。あるいは……あの澄んだ緑の瞳の奥に、戦慄を覚えるほどの既視感を見出していたからかもしれない。
それは、鏡であった。
窓外の密やかな冷雨は音もなく青石の街路を洗い流し、ルシアの乱れる思考を一手ごとに削り落としていく。少女が口を窄めて紅茶を啜る姿をぼんやりと見つめながら、ルシアの胸裏を鈍い槌のような衝撃が貫いた。
彼女は不意に覚悟した。目の前のミアは、あり得たかもしれないもう一人の自分なのだと。
もしもかつてカリーナのあの暴烈なまでの偏愛を得られず、クレアのあの隙間もない溺愛に包まれていなければ……世界から棄てられ、闇の奥で完全に枯死していたはずの、もう一人の自分。
かつてカリーナとクレアが己の記憶を失った時、彼女もまた夜な夜な安酒を呷り、自壊の深淵へと神経を腐らせていった。
ならば、ミアの身を蝕むこの沈疴は……果たしてただの肉体の病魔や損壊に過ぎないのだろうか? それとも、底知れぬ絶望と自己犠牲によって育て上げられた「心の病」と呼ぶべきものなのか。
「ミア……」
ルシアは重い鉛を押し出すように唇を割り、声を極限まで忍ばせた。そこには拭い去れぬ羞恥と後ろめたさが滲んでいた。通りすがりの身でありながら、この問いは無礼の極みである。
だが、数々の修羅場を見定めてきた彼女の双眸は、ミアが自分に向けている本能的な親愛と依存を敏腕にも捉えていた。
彼女はその微かな好意を、卑劣に、ほとんど計算ずくで利用し、あの禁忌の疑念を静かに紡ぎ出した。
「……訊いてもいいかしら。あなたはどうして、その病を得ることになったの?」
言葉が落ちるや、向かいで陶器杯を抱えていた手が、ほんの刹那、止まった。
ミアは杯を置き、僅かな病感を帯びた精緻な面を上げた。触れられたくない傷痕を暴かれたような気まずさも、怨嗟も、そこには微塵も見当たらなかった。
それどころか、今日の天候を口にするかのように、彼女の口調は信じがたいほどに軽やかだった。
「これですか……? 私、お姉様の代わりに病気になったんです」
極めて平然とした一言だったが、それはルシアの鼓膜の奥で音もなく炸裂した雷管のように、激しい轟音となって響き渡った。
「昔、デイジーお姉様が不治の重病にかかってしまって。でも、私、お姉様が大好きだったんです。お姉様が苦しみながら少しずつ死んでいくのなんて、絶対に見ていられなかった……」
ミアは透き通るような両眼を細め、陰雲を穿つ一条の光のように朗らかに笑った。窓外を閉ざす冷たい雨すら、彼女の瞳の奥に一片の翳りをも落とすことは叶わないかのようだった。
「だから、古い転移の禁術を使いました。すべての痛みも、毒も、あの呪いも、丸ごと自分の身体の中へ封じ込めたんです。あの術はすごく厳格で、血の繋がりを依り代にして、最も親しい肉親の間でしか災厄を肩代わりできないものでした……あの時、私は本当に神様に感謝したんですよ。デイジーお姉様の実の妹に生まれてこられて、お姉様の身代わりになる資格を持てて、本当によかったって」
「あなた……どうして……」
ルシアの喉は、粗い砂で擦られたように干からびていた。
それがどれほど荒唐無稽か詰問したかった。その愚行とも言える自己犠牲を罵倒したかった。
だが、その生まれたてのように屈託のない笑顔を前にして、彼女のあらゆる冷徹も、理性も、特立錬金術師としての傲慢も、瞬時にして灰燼へと帰した。彼女はそれ以上問い質す勇気すら失い、本能的に顔を背けて逃げ出したくなった。
だが今回ばかりは、いつも怯えを見せるミアのほうが、彼女に逃げ道を与えなかった。
少女は温かな杯を両手で包み、その瞳に極めて深く、息が詰まるほどの哀憐を湛えながら、ルシアの墨緑の瞳を真っ直ぐに見据えて、静かに言葉を継いだ。
「私、ビクターを愛しています……でも、デイジーお姉様のことも同じくらい愛しているんです。お姉様が死んでしまったら、ビクターは一生を悔恨の中で生きることになる。お姉様が生きていてこそ、二人は幸せになれる……二人の狭間に挟まれるこの感情、ルシア姉様なら、誰よりもよく分かってくださるんじゃないですか?」
ミアの声は早春の微風のように温かかった。だがそこから紡ぎ出された言葉の群れは、ルシアを瞬く間に氷獄へと突き落とし、指先から骨髄の芯に至るまで、凍てつく悪寒を這い上がらせた。
ルシアの呼吸は、ほとんど止まりかけていた。
……そうだ。
分からないはずがなかった。
同時に二人の女を愛し、ひとつの心を無残に二つに引き裂いた身である彼女に、愛する者たちの狭間に立たされ、極限の苦痛の中で「自らを粉砕してすべてを全うさせる」という結末を選ぶ絶望が、理解できないはずがなかった。
もしもいつの日か、運命がその手に刃を握らせ、カリーナとクレアのどちらか一方を生かすための選択を迫ったなら、彼女——ルシアとて、一片の躊躇いもなく自らの心臓へとその切っ先を突き立てるに違いないのだから。
だが、その残酷な感情は、自分自身の身の上にのみ許されるものだった。
煎じ詰めれば、ルシアという女は、骨の髄まで利己的で傲慢な人間に過ぎなかった。
己の庇護の輪の内側に囲い込んだ人間が、皆あまねく幸福であることを願うほどに利己的であり、脆弱な人の身でありながら、手中の歯車と石板を頼みに、神と世界から愛する者たちの無事息災を力尽くで奪い取ろうとするほどに傲慢だった。
彼女は自らが代償を背負うことには慣れきっていた。しかし、もうひとつの同様に無垢で清廉な魂が、満面の幸福を浮かべながら他者を救うために自滅を選び取ろうとする時、それがこれほどまでに胸を抉り、血を吐くような責め苦となることなど、想像だにしていなかったのだ。
雨水は茶館の硝子を伝い落ち、留まることのない涙痕を描き出していた。
ルシアは下唇を強く噛み締め、口中に濃い鉄の味を広げた。
苦い果実は既に呑み下された。そして残酷な審問が、今まさに眼前に横たわっている——もしも目の前の少女の運命が、あの定めの自滅へと向かう一本道であるとするならば。もしもこの残酷な犠牲こそが、ミアが命を賭して貫こうとする「自由意志」であるとするならば……。
ならば、ルシアは冷然と傍観し、この神聖にして悲愴な死を全うさせるべきなのだろうか。
それとも、横暴で理不尽な侵入者のごとく、如何なる代償を払ってでも、この自己陶酔の絶景を己の手で引き裂くべきなのだろうか。
ルシアは緩やかに項垂れた。
黒髪が襟元から零れ落ち、その貌の大半を覆い隠し、瞳の奥に揺らぐ崩壊寸前の動揺を覆い隠した。
この問いはあまりに重く、あまりに酷薄で、二度の死を潜り抜け刃の上で命を算盤に弾いてきた彼女の魂をして、今この瞬間に無様に背を向けて逃げ出したいと思わせるほどだった。
この選択に向き合いたくなどなかった。眼前に突きつけられた己の鏡を、直視したくなどなかった。
しかし、その極限の脆さと悲愴を、ミアの瞳が見逃すはずもなかった。
微かで蒼白な手が、何の予兆もなく卓の向こうから伸び、ルシアの白く強張った手の甲の上へと、そっと重ねられた。
その手は薄く、ひどく細かった。指先から伝わる温度は骨の髄まで冷え切っており、窓外の早春の冷雨よりもなお鋭く、あたかも北境の凍土の底に長年埋もれていた残雪のようだった。
だが、その病的なまでに冷たい皮肉の奥から、ルシアは確かな脈動の震えを感じ取っていた——ミアの心音だった。微弱でありながら、この帝都のあらゆる営みよりも熱く、退路を断った鼓動。
「ルシア姉様……あの女公爵様と、侯爵令嬢様を、深く愛していらっしゃるのでしょう?」
ミアは微かに身を乗り出し、その緑の瞳には一片の濁りもなく、底まで見通せる森の泉のように澄み渡っていた。
「私も同じなんです。誰かを心から愛してしまったら、たとえ遠くから見つめることしかできなくても、その人に世界で一番の幸せを手に入れてほしいって、浅ましくも望んでしまう……結局のところ、ミアも欲張りで、我儘な悪い女なんですよ。姉様だって……根っこのところでは、そういう人間じゃありませんか?」
ルシアは弾かれたように墨緑の瞳を上げ、あの澄み切った緑の双眸を捉えた。
彼女は唇を開き、反論しようとした。特立錬金術師としての冷徹と嘲弄を総動員して、その言葉を否定しようとした。
だが喉元には冷たい鉛を流し込まれたかのようで、あらゆる語句が唇の間で凍りつき、ただ一つの音節すら紡ぎ出すことができなかった。
反論など、できるはずもなかった。ミアの言葉があまりに正しく、身の置き所を奪われるほどに真実を射抜いていたからだ。
ルシアは疾うに悟るべきだったのだ。なぜ初対面の瞬間から、この見知らぬ少女に対してこれほど強い共鳴と恐怖を抱かずにいられなかったのか。
二人は紛れもなく同類だった——ひとたび真心を捧げてしまえば、愛する者の安寧のために自らを病的なまでに貶め、抹殺して顧みない殉教者。
彼女たちの愛は、あまりに重く、あまりに卑屈で、そして純粋すぎた。
今朝のことがそうであったように。彼女は孤独を極限まで恐れ、広大無辺な深邸の中で寂寥に苛まれ息も絶え絶えになりながら、それでも歯を食いしばり、すべての悔しさと涙を腹の底へと呑み下した。
クレアの追跡術式が身に刻まれるのを甘受し、ガルクが影のように遠く付き従うのを許しながらも、妻たちが大局のために奔走するその時に、彼女たちの心を乱すような愚痴の一言すら漏らそうとはしなかった。
孤独など耐え忍べば済むことだ。凍えることなど、昔から慣れきっている。
だがもしも……もしもいつか、嵐の渦中に立つカリーナが斃れたなら。もしもクレアが解く術のない呪詛と沈疴に侵されたなら?
ルシアは卓の上に重なり合うあの冷たい手を見つめ、底知れぬ麻木に似た戦慄を覚えた。
彼女は自分という存在を誰よりも知悉していた。
その時が訪れれば、彼女は指先ひとつ躊躇うこともなく、損得を秤にかけることもない。躊躇なく己の魔力回路を引き裂き、禁忌たる錬金術を起動して、二人の背負うあらゆる災厄と呪いと病苦を、自らのこの細く脆い肉身の内に残らず引き受けるに違いないのだ。
二人は、あまりにも似通っていた。
愛という名の解毒剤なき重病において、ミアは疾うに迷いなく深淵の極みへと踏み入っており、そしてルシアは……未だ深淵の縁で無様に足掻いている、次の影に過ぎないのだ。
茶館の片隅に切り取られた小世界は、この唐突な沈黙の中で、緩やかに熱を帯びていった。
卓の中央に置かれた厚手の陶器杯の中で、紅茶と牛乳の交じり合う駱駝色の茶液が静かに澱を沈めていた。
野百花蜜の芳醇が茶葉の微かな渋みと溶け合い、炭火の温もりの中で極めて細く柔らかな白霧となって揺らぎ立ち、薄いヴェールのごとく、等しく蒼白な二つの貌を優しく隔てていた。
窓外の冷雨は依然として降り止まず、さらさらと、明透な硝子窓を叩いては、帝都の喧噪と冷酷のすべてを間一髪の彼方へと遮断していた。
重ね合わされた二つの手——ひとつは深冬の融け残る残雪のように冷たく、ひとつは今にも折れそうな枯枝のように細い。二人は立ち昇る暖かな湯気の向こうで静かに見つめ合い、もはや誰も言葉を発しようとはしなかった。
雨糸は途切れず、茶の香は未だ尽きない。
定めの破滅が降り注ぐその前に、やがて暴風雨に呑み込まれる古都の一隅で、愛の深みの中で等しく自らを粉々に砕いた二つの魂は、こうして一杯の微かな甘みを持つ熱い茶と、僅かな体温の重なりを頼りに、灰色の冷雨の底で、束の間の互いの存在を確かめ合っていた。




