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重度カードゲーマー女子、過労死転生した異世界でも恋愛をプレミして詰んだ件  作者: 酣睡


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肌寒き春の夜、薔薇の香りと予言の兆し

夜色は墨のように濃く垂れ込め、グラフィエン家の精緻な紋章が刻まれた重厚な馬車が、北境の要衝に位置する広大な古き荘園へと静かに滑り込んだ。


カリーナの権能がもたらす影響により、現在の北境は春の装いを見せていたが、その夜気には依然として抜けきらぬ寒冷と張り詰めた冷たさが残っていた。


それでもルシアは、天候のみならず季節そのものを書き換えてしまうカリーナの底知れぬ権能に対し、改めて畏敬の念を抱かずにはいられなかった。


荘園の白石が敷き詰められた大通りの両脇には、丹精込めて育てられた耐寒性の薄桃色の花々が咲き乱れ、魔導庭園灯が放つ柔らかな金色の光輪を浴びてひっそりと佇んでいる。


夜風が吹き抜けるたび、解氷の土の匂いとともに落花と若草の微かな甘い香りが立ち上り、北境特有の清廉な冷たさと温もりとが夜の帳の下で静かに溶け合っていた。


だが、その春めいた静寂は、馬車の車輪が本館正面の石段前に止まった刹那、無残にも引き裂かれることとなった。


従者が恭しく扉を半ば開いたばかりで、ルシアが足掛けに足を乗せきらぬうちに、紫の衣を纏った細身の影が統制を失った足取りで取り乱すように駆け込んできた。


出迎える使用人や厳めしい甲冑に身を包んだ衛兵の列を狂わんばかりにすり抜け、車門から漏れる光の中へと真っ直ぐ飛び込んできたのだ。


次の瞬間、熱を帯びた荒い呼気と、骨の髄まで凍りついたかのような激しい恐慌の気配が正面から雪崩れ込んできた。


「……ルシア!」


微かな泣き声と激しい喘ぎを喉元に詰まらせた呼び声。侯爵令嬢としても、商会を牛耳る辣腕の長としても保つべきはずの体面など一切かなぐり捨て、クレアは両腕を広げ、身を乗り出したばかりのルシアを全身全霊の力で抱き留めた。


骨も肉も残さず圧し折らんばかりの、凄まじい抱擁だった。


ルシアが羽織っていたのは、他ならぬクレア自身の大衣である。今こうして胸を密着させると、あの侯爵令嬢特有の、幾重にも重なる冷ややかな薔薇の濃厚な薫香がたちまち津波のようにルシアの全感覚を呑み込んでいった。


夜風に冷えた上着と、その下に肌寄せる和服の生地越しに、成熟した美女ならではの嫋やかでしなやかな体躯の温もりが生々しく伝わってくる。細く引き締まった腰、硬直した背筋、そして激しい恐怖によって乱れ、ルシアの前胸に激突するように早鐘を打つ心音。


それは紛れもなく、彼女が深く愛する者の、生きている確かな体温だった。


しかし、その陶酔を誘う柔らかな温もりの中で、ルシアが何よりも鮮明に感じ取ったのは、クレアの歯の根すら微かに鳴らしている、細かく激しい戦慄だった。


クレアが、震えている。


普段は商海を縦横無尽に泳ぎ、刃や策謀を前にしても冷笑を浮かべて敵を追い詰めるあの気位の高い令嬢が、今はまるで吹雪の中で巣を見失った幼鳥のように激しく身を震わせていた。


彼女の両手はルシアの背中に食い入るように回され、過度な力のために白く変色した指先は、分厚い生地を突き破って肉に爪を立てんばかりだった。


わずかでも力を緩めれば、腕の中にある黒髪の女が実体のない煙と化し、北境の冷酷な夜風の中へと永遠に掻き消えてしまうとでも恐れているかのように。


『貴女は遠からぬ未来、極めて凶悪で重篤な奇病に冒されることになる……あまりにも永い昏睡に沈み……』


馬車の内でオースが囁いた不吉な低語が、再びルシアの鼓膜を鋭く刺した。


腕の中で無力に震え続ける愛する人の姿に、ルシアの心臓は冷たく粗暴な手で鷲掴みにされたように軋み、呼吸のたびに酸っぱい苦味が胸を満たした。


この恐怖の正体を、ルシアは誰よりも痛切に理解していた。


クレアは破産など恐れない。刺客も、己の死すら恐れてはいない。彼女が唯一心底から恐れているのは、ルシアが再び己の目の前で枯れ果て、倒れ伏すこと。


国を傾けるほどの富と権力をいくら積み上げようとも、この胸に抱く者の命をほんの僅かさえ買い戻せないという、あの残酷な現実だけなのだ。


しかし、その重く灼熱のような恐怖を前にして、ルシアの胸に湧き上がったのは窒息しそうなほどの無力感だった。


予言された大病がいかなる姿で訪れるのかすら分からず、己の身を守る術すら定かではない今の自分に、クレアを安堵させる約束など口にできるはずもなかった。


自分は何も与えられず、何一つ変えることすら叶わない。


「……大丈夫よ、クレア」


ルシアは微かに溜息を漏らすと、大衣の袖口に隠れていた手をそっと引き抜いた。月光を宿したように艶やかなクレアの紫の髪に触れ、強張って硬くなったうなじから震える背中へと、愛おしさを込めて幾度も、幾度も優しく撫で下ろした。


今の自分にできるのは、こうして弱々しく自らの鼓動と温もりを分け与え、凶報によって崩壊の淵に立たされた愛する者を宥めることだけだった。


その時、馬車の後部から軽やかな着地音が響いた。


純白の法衣を纏ったオースが塵一つない身のこなしで降り立ち、付いてもいない衣の埃を払うと、まるで豪奢な公爵邸に招かれた高貴な客のように悠然たる笑みを浮かべた。


本館へと続く白大理石の階段の上には、仕立ての良い軍服に身を包み、銀白の長髪を風に揺らしたカリーナが剣の柄に手をかけたまま仁王立ちしていた。


血のように紅い双眸は氷のように研ぎ澄まされ、オースが姿を現した瞬間、周囲の気温が一気に数度落ち込んだかのような錯覚を覚えさせる。両脇に咲く春の花々すら、その殺気の前に霜枯れそうな気配を漂わせていた。


常人なら両断されていてもおかしくない圧倒的な威圧感を前にしても、オースはただ微苦笑を浮かべるばかりで、その態度はいっそ小憎らしいほどに軽妙だった。


「そう殺気立たないでください、公爵閣下。夜が明ける前にこの荘園が恐慌で埋め尽くされるのを見たくないのなら……静かな場所で少し腹を割って話す必要がある。私のこの目が捉えた全て、知る限りの詳細を、包み隠さず貴女にお伝えしましょう」


カリーナの凍てついた美貌が僅かに陰った。


紅い双眸でオースの薄笑いを刃のように削ぎ落とすと、その視線は階段の下で抱き合うルシアとクレアの姿へと流れた。


クレアの腕に抱きしめられながらも、怪我もなく無事であるルシアの姿を確かめ、カリーナの瞳の奥で渦巻いていた凶暴な殺気がわずかに凪いだ。


彼女は鉄血の軍権を統べる冷徹な指揮官であり、何が最優先であるべきかを誰よりも心得ていた。愛する者との情愛の睦み合いは深夜に譲るとしても、ルシアの頭上と帝都全土に吊るされたダモクレスの剣は、今夜のうちにその正体を暴き出さねばならない。


「離れの小花庁へ」


カリーナは視線を戻し、二度とオースを見ることなく、傍らで息を詰めていた侍女長へと冷徹に下命した。


「最も濃い気付けの茶を。私の許可なくして、百歩以内に鳥一羽近づけるな」


「御意にございます、公爵閣下」


侍女たちが足早に下がり、重厚な公爵邸は静寂の中で最高警戒体制へと移行していった。


クレアの温かな肩口に身を預け、カリーナの無駄のない指示を耳にしながら、ルシアの胸の重圧は増すばかりだった。


狂乱の果てに冷え切った建国祭、北境の庭に咲き始めた春の花、教皇がもたらした不吉な死の凶兆、そして腕の中で収まらぬ美人の震え……それら全てが夜の闇の中で交錯し、逃げ場のない巨大な網となって己を絡め取っていくようだった。


ルシアは二人の交渉を遮ることなく、ただクレアの細い身体を一層強く抱きしめ返した。己の顎をクレアの冷たい頬に擦り寄せ、このささやかな温もりで、冷え込む春の夜の寒さを少しでも払い除けようとするかのように。


カリーナが身を翻し、小花庁へ向けて歩みを進めようとしたまさにその時、あの氷を砕いたような冷涼な声が、夜の静寂の中にふと響き渡った。


「ルシア……明日以降の祭りだが、行きたいのなら好きに出かけるといい。どうせ倒れる運命にあるのなら……今のうちに外の空気を吸って、気晴らしでもしてくることだ」


カリーナは背を向けたまま、春の冷気に外套を揺らしていた。いつも通り毅然とした声音の奥底に、本人すら気づいていない微かな震えが紛れ込んでいた。


オースの因果を見通す瞳が、運命の託宣において一度として誤りを犯したことがない事実を、彼女は誰よりも弁えていた。


この厄難が鉄のように覆らぬ定めであるならば、ルシアを屋敷の奥深くに閉じ込めて怯えさせ、徒に不安を募らせるよりも、陽光の下へ解き放ち、この帝都の最後の賑わいを見届けてこさせる方が余程いいと判断したのだ。


クレアに抱かれたままその言葉を聞いたルシアの胸に、静かな波紋が広がった。


冷たい甲冑の奥底に隠された、不器用でありながら一片の偽りもないカリーナの配慮が痛いほど伝わってきたからだ。この銀髪の女は、確かに変わった。


軍権と公爵家の重責を担う場にあっては今なお冷酷無比な鉄血の公爵であるが、己の前に立つ時だけは、血と威厳に覆われた防壁を静かに溶かし、一人の伴侶としての純粋な優しさを覗かせるのだ。


「……もし私が本当に倒れてしまったら、目を覚ました後、たくさん傍にいてくれる?」


ルシアはクレアの柔らかな肩から僅かに顔を上げ、階段の上に立つ凛とした背中に向けて、微かな声で問いかけた。


一見すれば珍しい我儘な甘えのようにも聞こえるが、その実、ルシアは極めて冷静に確かめていたのだ——目の前にいるカリーナが、今も己と魂を分かち合えるあの成熟した女性のままであるかどうかを。


カリーナは足を止め、端正で凛々しい横顔を振り返らせた。その真紅の瞳に夜灯の光が揺らめき、返された言葉は平然としていながら、万鈞の重みを秘めていた。


「帝国の存亡と我が家の防衛に関わる急務がない限りは……必ずお前の傍にいる。どこへも行かん」


その約束だけを残し、カリーナは二度と振り返ることなく、外套を翻して本館の影へと迷いなく消えていった。


階段の端で見守っていたオースは、抱きしめられたままのルシアへ悪戯っぽく優雅な笑みを投げかけると、細い指先をひらひらと振って、足音一つ立てずに白銀の公爵の後を追った。


二人の去りゆく背中を見つめ、ルシアの口元には苦笑混じりの、けれど確かな安堵の笑みが浮かんでいた。


彼女は決して、無意味に感情をぶつけて相手を困らせるような女ではなかった。ルシアにとって、今のカリーナこそが最も愛おしく、最も信頼に足る存在なのだ。


私情のために万余の兵と民の命を投げ出すような愚を犯さず、愛のために狂気に走る安っぽい劇の主役を演じることもしない。


前世の地球に溢れていた甘言の物語では、権力者が一人の女のために国や職責をあっさりと捨て去る様が好まれがちだが、その結果として女は「国を滅ぼした傾城」として数千年にわたり後ろ指を指されることになる。


ルシアはそのような立場など御免だった。彼女の誇りと冷めた理性が、歴史の罪人として名を刻まれることなど断じて許さない。


カリーナはルシアを理解し、ルシアもまたカリーナを理解していた。


二人の絆がルシアに揺るぎない安らぎを与えるのは、この愛が盲目的で破滅的な衝動ではなく、分別と責任という確固たる地盤の上で支え合っているからに他ならない。


カリーナはルシアが倒れようとも公爵としての責務を忘れはしないが、その口から下された約束の重みは、いかなる甘言よりも重く尊いのだ。


これこそが、ルシアが魂の奥底で真に希求していた関係だった——成熟し、安定し、何者にも揺るがされぬ熱を帯びた絆。


無論、それはカリーナの多忙と身動きの取れぬ不自由さが、決して消え去らぬ日常であることをも意味していた。


かつてカリーナがクレアを第二の妻として迎え入れることを認めたのも、己が戦陣や政務に追われる間、ルシアに寄り添い、細やかな温もりを満たしてくれる存在を欲したからこそだった。


だが皮肉なことに、帝都という盤上が大きく揺らぎ始めれば、一方は軍権を握り、一方は商路を統べる身。二人が動き出せば揃って姿を消してしまうことに変わりはない。


結局のところ、ルシアは時として、がらんとした廊下と静まり返った書斎に一人取り残される宿命なのだ。


「……もう、冷たい風の中でぼんやりしないで」


耳元で、甘えるような湿り気を帯びたクレアの囁きが落ちてきた。


思考の海から引き戻される間もなく、ふわりと身体が浮き上がり、視界がぐるりと反転した。


クレアがルシアの膝裏と背中に迷いなく腕を差し入れ、一息にその身体を横抱き——いわゆる「お姫様抱っこ」の体勢で軽々と抱き上げてしまったのだ。


「ちょっ……クレア!?」


ルシアは慌ててクレアの白く優美な首筋に両腕を回した。


実のところ、幼少より何不自由なく育った正真正銘の侯爵令嬢であるクレアの筋力は、決して武芸百般に通じるほど強靭なわけではない。


ひとえにルシア自身の身体があまりに華奢で小柄なため、和服と大衣に包まれていようとも、抱き上げるのに大した苦配を要さなかっただけのことだった。


自分より背の高い、普段は傲慢なまでの美貌を誇る令嬢の腕の中にすっぽりと収まり、その胸の確かな起伏と薔薇の甘い吐息を間近に浴びながら、ルシアは安堵を覚えつつも、言いようのない気恥ずかしさと居心地の悪さに身悶えした。


曲がりなりにも帝国特立の筆頭錬金術師であり、二世を生き抜いてきた魂の持ち主が、妻たちに猫のように軽々と抱き運ばれるなど、面目丸潰れもいいところである。


ルシアはクレアの胸元で小さく息を吐きながら、この騒動が収まり、あの忌々しい大病から無事に目覚めた暁には、何としても滋養をつけて体重を増やさねばならないと固く誓った。


少しくらい肉がついたところで、こうして女たちに玩具のように持ち運ばれる屈辱に比べれば遥かにましだ。


腕の中で抗議も虚しく身を縮めるルシアの愛らしい様子を見下ろし、クレアの瞳を覆っていた暗雲がようやく僅かに晴れ、その薄い唇に極めて微かな笑みが灯った。唯一の熱源を抱き締め直すと、彼女は大理石の階段を踏みしめ、暖気の満ちる公爵邸の奥深奥へと足を進めていった。


分厚い絨毯の敷かれた静謐な廊下を抜ける間、壁に灯るランプの鈍色が二人の影を長く引き伸ばしていた。


クレアはルシアを抱いたまま主寝室へと入り、背後では気の利いた従者が音もなく彫刻扉を閉ざして、外の厳戒な巡回靴音を遮断した。暖炉の中では薪がパチパチと心地よい爆ぜる音を立て、部屋全体を春のように暖めていた。


クレアはルシアの身体を柔らかな天鵝絨の天蓋ベッドへと慎重に降ろしたが、己の身を起こすことはせず、そのまま覆いかぶさるようにして両腕をベッドに突いた。棘を持つ薔薇のように鮮麗な美貌が、鼻先を掠めるほどの至近距離に迫る。


波打つ紫髪が肩から滑り落ち、ルシアの首筋の敏感な肌を擽りながら、濃厚な重弁の冷薔薇の香りで小柄な錬金術師を小さな影の中に完全に閉じ込めた。


「……護衛からの報告で耳にしたのだけれど」


クレアは紫水晶の双眸を微かに細め、指先でルシアの顎をそっと持ち上げた。掠れた声音には、事後追及のような微かな嫉妬と咎めるような酸味が滲んでいる。


「うちのルシアは、外でも随分と退屈せずに過ごしていたみたいね——あのみすぼらしい伯爵令嬢のミアさんと、百万の群衆が仰ぐ花火の下で、指を絡め合って最後まで見届けるほど仲睦まじくしていらしたとか?」


その語調には、包み隠そうともしない独占欲と僅かな苛立ちが満ちていた。


ルシアの胸が微かに跳ねたが、誤魔化したり嘘を吐くつもりは毛頭なかった。この観察眼の塊のような商会の女と長く暮らす中で、彼女に嘘を吐く代償が何であるかなど知り抜いていたからだ。


下手に繕えば、明日の朝までベッドの上で散々に弄ばれ、指一本動かせぬまま起き上がる権利すら剥奪されるのがオチだった。


「……あの子のことが、放っておけなかったの」


ルシアはクレアの冷たい指先に顎を預けたまま、墨緑の瞳でその探るような視線を真っ直ぐに見つめ返した。


「あの子の身体の病は重すぎるのよ。まるで一陣の風が吹いただけで吹き飛んでしまいそうなほどに……手を握った時、その冷たさは骨の髄まで染み通るようだった。ただ……私の知らない朝に、あの子が前触れもなく消えてしまうんじゃないかって、それが怖かったの」


ルシアの声は低く、拭いきれぬ無常感と悲哀を孕んでいた。


一片のやましさもなく、純粋に零れ落ちゆく命を惜しむその声音に、嫉妬に駆られていたクレアの動きがぴたりと止まった。


商会令嬢の瞳から拗ねた色が引いていき、代わりに大陸全土に張り巡らされた巨大情報網を統べる者としての鋭利な慧眼が戻ってきた。


美しい紫の瞳が微かに収縮し、日常の感傷に過ぎないはずの言葉の中から、情勢を一変させかねない決定的な単語を鋭敏に捉え取ったかのように——


「病が……重い……?」


クレアはその二文字を低く反芻し、眉根を深く寄せると、シーツの上に置いた指先が無意識に絹の布地を強く握り締めた。


その強張った表情の変化を見て、長年培われた呼吸の如き阿吽の呼吸から、ルシアは瞬時に相手の思考の行き先を悟り、自らその薄氷を割るように切り出した。


「貴女、まさか……ミアの身体を何年も蝕み、骨の髄まで冷え切らせているあの奇病が、オースが先ほど予言した大疫病と何か関係があるんじゃないかって疑っているの?」


クレアは身を起こし、その面持ちを完全な執務モードの冷静沈着なものへと切り替えたが、瞳の深奥に宿る焦燥と懸念までは覆い隠せなかった。


「……ただの直感よ。けれど、気味が悪いほど辻褄が合いすぎるわ。帝都の内城は厳重に警備され、神殿の結界も日に三度改められている。帝都全土を麻痺させるような天災級の疫病を本当に何者かがばら撒こうとしているのなら、病源を無から作り出すことなど不可能よ。没落貴族として日陰に身を潜め、長年不治の病を抱えているミア……もし彼女の身体が、何者かによって病巣の培養器として利用されていたのだとしたら、筋は通ってしまうわ」


クレアの瞳に満ちる焦慮と痛ましさを見つめながら、ルシアは得心がいった。


だが、もしクレアの直感が的を射ているのだとすれば、この状況は決して絶望一色というわけでもない。


何せ、先ほどの中央大通りにおいて、夜空一面に咲き乱れる花火の下で、彼女はすでにミアのあの凍てつくような冷たい手を固く握りしめ、吐息が触れ合うほどの距離で長い時間を共に過ごしていたのだ。


もしミアが真に災厄の源であり、その身に致死の毒素を宿していたのだとすれば、ルシア自身はとっくに「引き当てて」しまっている。


今こうして平然としていられるのは、潜伏期間が明けていないか、あるいは体内の石板の力が病巣を一時的に押さえ込んでいるだけに過ぎない。


今更恐れても始まらず、毒がとうに血肉に根を下ろしているのだとすれば、逃げ出すことなど何の意味も成さないのだ。


むしろ、この糸口こそが、真っ暗な詰みの盤面において唯一穿たれた微かな突破口となり得る。


これから成すべき行動は極めて明瞭だった。慶典が完全に混乱の渦へと叩き落とされる前の数日間、ルシアは特立錬金術師としての立場を使い、隙を見つけてミアに接触しなければならない。あの子の骨の髄まで冷え切らせるあの異常な寒気の正体が何であるのかを、徹底的に解明するのだ。


特立錬金術の比類なき解析能力をもって病因と抑制の手立てを突き止めることが叶えば、帝都全土を飲み込もうとする大疫病を、萌芽の段階で握り潰す勝機すら生まれる。


無論、その全ての希望は、「ミアが真に病源である」という仮定の上にしか成り立たない。


もし読みが外れ、ミアの冷たさが単なる一少女の不治の病に過ぎなかったのだとすれば、全ては振り出しに戻り、彼女たちは依然として姿も見えぬ暗黒の予言と正面から向き合わねばならなくなる。


だが、この息詰まるような陰霾の中にあって、わずか一筋であっても掴み取れる可能性の微光があるのなら、それこそが彼女たちに残された唯一の主導権に他ならなかった。

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