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俺の声が、みんなを動かしてる

 翌朝。

 目を覚まして最初にしたことは、スマホを確認することだった。


「……は?」


 通知。

 通知。

 通知。

 通知。

 画面の上から下まで、数字だらけ。


 昨日のスーパーについて書いた投稿が、信じられないほど拡散されていた。


『いいね 12,843』


『共有 4,219』


「い、一万……?」


 思わずベッドの上で起き上がった。

 俺のアカウントなんて、昨日まではフォロワーが二百人ちょっとしかいなかった。

 それが今では……。


『フォロワー 3,817』


「うっそだろ……」


 一度アプリを消し、もう一度起動してみる。


『3,824』


 ……もう一度更新してみる。


『3,831』


「増えてる……!」


 数秒ごとに増えている。

 

 俺は夢中になって画面を眺めた。

 半笑いのまま確認したコメント欄も、凄いことになっていた。


『勇気を出して告発してくれてありがとうございます』


『同じ当事者として涙が出ました』


『ずっとこういう声を待ってた』


『てっちゃんさんが声を上げたから、自分も頑張ろうと思えました』


『もっと発信してください』


『あなたは一人じゃない』


「……みんなぁ」


 胸の奥が、じわっと熱くなった。


 昨日まで俺は、ただの植松徹也だった。

 でも今は……こんなにも大勢の人が、俺の言葉を待っている。


「俺……すげぇかも」


 声に出すと、本当にそう思えてきた。

 布団の中でコメントを読み続けていると、健太さんからメッセージが届いた。


『植松さん、見ました?』


『見ました!! やばいです!!』


『伸びてますね。てっちゃんさん、発信向いてますよ』


 向いてる。俺にも出来る事がある。秀でているものがある。

 その言葉が妙に嬉しかった。


『俺、文章とか得意じゃないですよ』


『文章力じゃないんです』


『?』


『伝える力ですよ』


「伝える力……」


 何だそれ……! めっちゃ格好いいじゃん!


『植松さんの言葉って、余計なこと書かないじゃないですか』


『そうですか?』


『短くて、分かりやすくて、感情が伝わるっていうのかな? 人を動かす文章ですよ』


 人を動かす。

 ……この俺が?


 思わず、スマホを握る手に力が入った。


『もう一個、何か投稿してみたらどうです?』


 俺はしばらく考えた。


 何を書けばいい?

 昨日のこと?

 警察?

 スーパー?

 手帳?


 頭の中で、昨日言われた言葉がぐるぐる回った。


 金を払え。


 時間を守れ。


 責任を取れ。


 普通はこうだ。


 普通ならこうする。


 ……普通。普通普通普通。


 俺は投稿画面を開き、素早く指を動かして文章を紡いでいく。


『健常者はいつも「普通」を押し付けてくる。


 普通は金を払う。

 普通は時間を守る。 

 普通は我慢する。

 普通は責任を取る。


 でも、その「普通」を決めたのは誰だ?


 俺たち抜きで勝手に作ったルールを、俺たちに押し付けるな!』


 投稿。

 

 十秒——いいね、十二。


 三十秒——四十八。


 一分——百を超えた。


「はや……」


 次々にコメントがついていき、通知でスマホが怯えているのかと思うくらい、バイブレーションが止まらなかった。


『ほんとこれ』


『言語化ありがとうございます』


『保存しました』


『健常者中心社会そのもの』


『私の心に刺さった。ありがとうございます!』


『これは名言だろ! 後世に語り継ぐべき!』


「名言……」


 名言。

 俺が考えた言葉が?


 ……おかしくて、笑いが込み上げてきた。

 

 なんだ。俺、やっぱり才能あるじゃん。


 

 それから俺は、思いついたことを次々投稿した。


『配慮って、お願いするものなんですか? 俺たちが社会で生きるために必要なんだから、最初から用意されてて当然じゃない? それが人権でしょ? 俺たちも人間なんだよ!』


 五千いいね。


『「できないなら努力しろ」って言う人へ。できないことを努力させるのって、それもう暴力じゃないですか? あなたの言葉が誰かを殺すんですよ?』


 八千いいね。


『俺たちは特別扱いしてほしいんじゃない。俺たちが困らないように、社会の方を変えてほしいだけ。たったそれだけの願いが、何故踏みにじられなきゃいけないんだ』


 一万二千いいね。


「おお……」


 面白い。


 書けば伸びる。

 書けば誰かが頷いてくれる。

 書けば誰かが怒ってくれる。


 そして何より――誰かが俺に『ありがとう』と言ってくれる。


 今まで、こんなことはなかった。


 学校でも。

 職場でも。

 家であっても。

 俺はいつも誰かに怒られていた。


 ちゃんとしろ。

 もっと頑張れ。

 人に迷惑かけるな。

 普通に考えろ。

 


 でも今は違う。

 俺が何か言うたびに、人が褒めてくれる。


「……気持ちいいな」


 気がつけば昼を過ぎていた。

 支給品のカップ麺を食べながらスマホを見る。

 そこへ、一件の通知が届いた。


『安杉スーパー公式アカウントが声明を発表しました』


「え?」


 慌てて開く。


『昨日、弊社店舗において発生したお客様対応につきまして、一部対応に配慮を欠く点がございました。関係されたお客様に不快な思いをさせましたことをお詫び申し上げます。

なお、商品の無断持ち出しおよび警備員負傷の事実につきましては、現在関係機関と確認を進めております。』


 俺はしばらく画面を見つめた。


「……謝った」


 謝っている。

 あの警備員を雇っていたスーパーが……俺に。


「勝った……?」


 口元が緩んだ。

 すぐに《ブルーハンズ》のグループチャットを見ると、すでに大騒ぎになっていた。


『勝利!』

『企業側が謝罪しました!』

『てっちゃんさんのおかげです!』

『声を上げれば変わる!』

『俺たちは黙らない!』

『次は警察だ!! 警察の横暴を許すな!!』


 健太さんからもメッセージが来る。


『やりましたね』


 震える指で返信を打つ。


『俺らが勝ったんですよね!?』


『そういうことです!』


 文章を理解し、心臓が跳ねた。


 俺(・)が勝った。

 俺が声を上げたから、俺が正しかったから店が謝った。

 俺が言葉にしたから、何千人もの人間が動いた。


 俺はすぐに新しい投稿を書いた。


『声を上げれば、社会は変えられる。

昨日まで、俺はただの一人の当事者でした。

でも、みんなが一緒に声を上げてくれた。

その結果、企業が謝罪しました。

黙っていたら何も変わらなかった。

だから、もう黙らない。

俺たちには声がある!』


 投稿した瞬間から数字が跳ね上がる。


『いいね 243』


 更新。


『517』


 更新。


『906』


 胸が熱い。

 指先だけでなく、全身が歓喜なのか武者震いなのか、とにかく震えていた。


「……俺たちには声がある、か!」


 我ながらいいこと言った。


 その時、健太さんからまたメッセージが来た。


『徹也さん!』


『はい?』


『次の集会、来ません?』


『集会?』


『ブルーハンズのリアル交流会です』


『行きたいです!』


『みんな徹也さんに会いたがってますよ』


「俺に?」


 思わず声が出た。


『昨日の件で一気に有名人ですから』


 有(・)名(・)人(・)。

 その文字を何度も読み返した。

 有名人だと? この俺が??


『少し話してもらえませんか?』


『何をです?』


『昨日のこととか。今思ってることとか』


『俺なんかが?』


『徹也さんだからですよ』


 昨日、健太さんにも似たことを言われた。


 俺たちだからできる。

 今度は、俺だから。


『やります』


 迷わず返信した。


『俺、話します』


『ありがとうございます』


『みんなに伝えたいです』


『何を?』


 俺は少し考え、そして打った。


『俺たちは、何も悪くないってことを』


 送信。


『それです』


 そう、すぐに返ってきた。


 俺はベッドに寝転がり、天井を見上げた。

 昨日まで、自分の声なんて誰にも届かないと思っていた。


 何を言っても理解されない。

 何を訴えても無視される。


 そんな社会だと思っていた。


 でも違った。

 俺が言えば、誰かが聞く。

 俺が怒れば、誰かも怒る。

 俺が敵を指差せば、誰かがそこを見る。


 そして、俺が正しいと言えば、何千人もの人が俺を正しいと言ってくれる。


 スマホが震える。


 通知がまた一つ増えた。


 フォロワー。


『10,001』


「……一万」



 たった一日で、俺の言葉を聞く人間が、一万人になった。


 なんだ。

 世界って……思っていたよりずっと簡単に、動くじゃないか。


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