やっぱり俺たちは悪くない
支援センターに戻ると、俺は非常食としてカップ麺と栄養バーを二本もらった。
「弁当じゃないんですか?」
「すいません。今日は備蓄品しかなくて」
「えぇ……」
俺は露骨に顔をしかめた。
さっきまで特盛唐揚げ弁当を食べる予定だったのだ。
それが……カップ麺。
しかも普通の醤油味なんて。
「せめてシーフードないんですか?」
「うーん。醤油味しかありませんね……」
「選べないんですか?」
「備蓄品なので」
「はぁ~……。そういうところなんですよねぇ……」
嫌味っぽく言った俺の軽口を、三浦さんは聞こえなかったふりをした。
俺は仕方なくカップ麺を持って、センターの休憩スペースへ向かった。
◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆ ◆◆◆
中央生活支援センター。
社会生活支援認定者の相談、就労支援、生活補助、医療機関との連携。
その他にも、俺たちが社会で安心して暮らせるよう、色々なことを手伝ってくれる場所だ。
昔はこういう施設も少なかったらしい。
二十一世紀は、本当に酷い時代だったと思う。
俺たちみたいな人間を放っておいて、自己責任だとか努力不足だとか言っていたという。
今だったら大問題だ。
「はぁ……」
休憩スペースの椅子に座る。
給湯器からお湯を入れ、三分待つ間にスマホを確認した。
返してもらったばかりのスマホには通知が大量に溜まっている。
俺は早速、今日あったことをSNSに投稿していた。
『スーパーで食品ロスを減らそうとしたら窃盗扱いされました。しかも警備員に身体を掴まれてパニックに。警察まで俺を犯罪者扱い。二級持ちだって説明してるのに理解されませんでした。これが今の社会です』
投稿してからまだ一時間も経っていない。
それなのに、もう百件以上の反応がついていた。
『酷すぎる』
『また健常者か』
『店名晒した方がいいですよ』
『身体触るの普通にアウトでしょ』
『警察にも苦情入れた方がいい』
『当事者の声を聞かない社会』
「ほらな」
俺は思わず呟いた。
やっぱり、俺の感覚は間違っていなかった。
こんなにも多くの人が分かってくれている。
コメントを眺めていると、一件だけ妙に目立つものがあった。
『てっちゃんさんですよね? 投稿いつも見てます。自分も二級です。今センターにいるなら少し話しませんか?』
「ん?」
アイコンをタップしてプロフィールを見てみる。
『KEN@配慮は権利』
アイコンは黒地に白文字で『NO CARE, NO LIFE』と書かれていた。
自己紹介欄には『精神二級/発達支援対象/当事者活動/権利啓発/反健常者中心主義/趣味はゲームと鉄道/理解のない方はブロックします』とある。
「おお……」
ちゃんとしてる人だ……!
俺も見習ってプロフィールをもう少し詳しく書いた方がいいかもしれない。
『今休憩スペースです』
そう返すと、すぐに返信が来た。
『自販機の横にいます』
顔を上げ、休憩スペースの端に設置されている自販機の隣に、一人の男が立っていた。
二十代後半くらいで黒いパーカー。
肩から大きなバッグを提げ、首にはいくつもの缶バッジがついている。
『差別反対』
『配慮は特別扱いではありません』
『普通を押し付けるな』
俺と目が合うと、男は軽く手を上げた。
「てっちゃんさん?」
「あ、はい」
「KENです。本名は健太」
「ああ!」
俺は立ち上がった。
「投稿見ました! いや、酷いっすね!!」
「ですよね!?」
初対面なのに、たった一言で心がつながる感覚。
この人は分かっている人だ。
「座っていいですか?」
「どうぞどうぞ」
健太さんは向かいに座った。
「警備員、いきなり身体触ってきたんですよね?」
「そうなんですよ! もうびっくりしてしまって……身体も震えちゃって」
「最低。あり得ないな」
「ですよね!」
「しかもその後、警察でしょ?」
「……そうなんです」
「で、手帳見せてもダメ?」
「全然理解してくれなくて」
「終わってるなぁ」
健太さんは深くため息を吐いた。
「健常者って、自分らの基準が世界の基準だと思ってるんですよ」
「分かります!」
「自分ができるから、お前もできるだろって」
「そうそう!」
「金払えとか」
「そう!」
「時間守れとか」
「そうなんですよ!」
「怒るなとか」
「分かる!」
俺は思わず机を叩きそうになって、やめた。
大きな音は苦手だからだ。
「それ全部、健常者側の都合なんですよ」
健太さんは言った。
「俺たちには俺たちなりの事情がある」
「ですよね」
「徹也さん、支給受けてるんですよね?」
「はい。でも少ないんですよ」
「それなのに金払えって?」
「そうなんです!」
「矛盾してるじゃないですか」
「ですよね!?」
やっと……やっと分かってくれる人に会えた。
三浦さんも優しい。
でも、どうしても最後の最後で健常者側の考え方を捨て切れていないところがある。
健太さんは違う。
俺たち側だ。
「俺なんかこの前、病院遅刻しただけで予約取り直しになりましたよ」
「酷っ!」
「電車乗り遅れたんで」
「仕方ないじゃないですか」
「ですよね?」
「それで?」
「受付に、次から時間通り来てくださいって言われて」
「それ差別じゃないですか」
「そうなんですよ!」
健太さんが身を乗り出す。
「俺、朝弱いって診断受けてるんですよ?」
「じゃあ無理じゃないですか」
「無理なんですよ!」
「なのに時間守れって?」
「そう!」
「意味分かんないですね!」
俺たちは笑った。
こんなに話が合う人は久しぶりだった。
「あと俺、就労支援も切られたんですよ」
「何でですか?」
「三回連続で行かなかったから」
「え?」
「体調悪かったんで」
「それで切るんですか?」
「酷いでしょ?」
「酷いですよ!」
「しかも事前連絡してくださいって」
「体調悪い時に連絡なんかできるわけないじゃないですか!」
「そうなんですよぉ!」
健太さんが勢いよく頷いた。
やっぱり俺たちは同じだ。
「健常者って責任責任うるさいんですよね」
「分かる」
「何か起きたらすぐ、誰が悪いとか」
「そうそう」
「俺たちがどんな気持ちだったかは無視」
「全部結果だけ!」
「ほんとそれ!」
健太さんはスマホを取り出した。
「徹也さん、グループ入りません?」
「グループ?」
「当事者同士の交流会です! 交流会っていっても、堅いやつじゃなくて。SNSで情報共有したり、困った時に助け合ったり」
「おぉ……いいですね!」
「店とか病院とか行政で酷い対応された時も、みんなで声上げるんですよ。一人だと無視されるけど、百人で言えば向こうも無視できないから」
健太さんがQRコードを表示した。
「《ブルーハンズ》っていうグループです」
「ブルーハンズ?」
「手帳青いでしょ? 青い手帳を持つ俺たちで、手を取り合おうって」
「めっちゃいい名前じゃないですか!」
「でしょ?」
俺はすぐに参加した。
参加人数は——八百四十三人。
「すご、巨大グループじゃないですか!」
「まだまだ増えてますよ」
「……こんなにいるんだ」
「そりゃいますよ」
健太さんは笑った。
「みんな同じような思いしてますから」
グループを開くと、次々と投稿が流れてくる。
『今日バイト先で遅刻注意されました』
『薬の副作用あるのにサボり扱い』
『役所の窓口で三十分待たされた』
『電車で席譲ってもらえなかった』
『ファミレスで注文間違えられた』
『生活保護費もっと上げてほしい』
その一つ一つに、何十件もの励ましのコメントがついている。
『酷い』
『差別ですね』
『店名お願いします』
『抗議しましょう』
『あなたは悪くない』
胸が熱くなった。
「すごいですね……」
「でしょ?」
「みんな優しい」
「俺たちは分かるんですよ」
健太さんが言った。
「痛みを知ってるから」
「……」
「健常者には分からない」
俺はゆっくり頷いた。
本当に、その通りだと思った。
痛い目に遭ったことがない人間に、俺たちの苦しみなんて分からない。
「徹也さん」
「はい」
「今回のスーパーの件、グループにも上げていいですか?」
「もちろん!」
「店名は?」
「えっと……」
俺が店名を伝えると、健太さんが素早く文章を打ち込む。
『緊急共有。都内安杉スーパーにて認定二級の当事者に対する身体拘束および警察通報が発生。本人は生活困窮状態で食品を確保しようとしただけにもかかわらず、犯罪者扱いされました』
「おお……タイピング早い……!」
「……こんな感じでいいですか?」
「完璧です!」
数秒後。
コメントがつき始めた。
『抗議入れます』
『問い合わせフォーム送りました』
『最低』
『認定者に身体接触とかあり得ない』
『不買します』
『拡散します』
「すごい……!」
「こういうのは初動が大事なんですよ」
「詳しいですね」
「慣れてますから」
健太さんは誇らしげに笑った。
「俺らが黙ってたら、何も変わらないんで」
「なるほど……」
「誰かが声を上げないと」
「ですよね」
「社会は弱者を無視するから」
「ほんとそう」
俺はスマホの画面を見る。
さっきまで俺一人だった。
でも今は違う。
八百人以上の仲間がいる。
俺のために怒ってくれている。
俺のために声を上げてくれている。
これなら……何か変えられるかもしれない。
「健太さん」
「はい?」
「俺も、何かできますかね」
「もちろんですとも!」
「俺みたいなのでも?」
「俺みたいなの、じゃないですよ」
健太さんは真剣な顔になった。
「俺たちだからできるんです」
その言葉が胸に刺さった。
俺たちだから……か。
「当事者の声って、それだけで意味があるんですよ」
「……はい」
「経験した人間にしか語れないことがある」
「はい!」
「だからもっと発信しましょう! 遠慮する必要ないです!! 俺たちは、ずっと我慢してきたんだから!」
そうだ。
俺たちはずっと我慢してきた。
理解されず。
傷つけられ。
責任を押し付けられ。
普通を押し付けられてきた。
だから、今度は俺たちが声を上げる番だ。
誰にも何も言わせないくらいに。
スマホへ視線を戻すと、画面には今も大量の通知が流れ続けている。
『あなたは悪くない』
『てっちゃんさんを支持します』
『声を上げてくれてありがとう』
自然と笑みがこぼれた。
やっぱり……俺は間違っていなかった。
それどころか、もしかすると俺は……今まで黙っていたみんなの代わりに、声を上げるべき人間なのかもしれない。
通知の数字が一つ、また一つ増えていく。
そのたびに、俺の正しさが証明されている気がした。




