人間でいられるうちに
『本日午前六時、第三社会適応施設において、十二名に対する終末処置が執行されました』
テレビから流れてきたニュースに、俺はカップ麺を啜りながら顔を上げた。
『対象となった十二名はいずれも、社会危険度判定において第四種指定を受けていた者で、政府は今回の処置について、適正な法的手続きを経たものと発表しています』
画面が切り替わり、灰色の巨大な建物が映し出される。
中の人間を決して逃がさないという意思が透けて見える高い塀に、その上を這う有刺鉄線。
火花が散っているのを見るからに、高圧電流が流されているのだろう。
映像が引いていき、閉ざされた金属製の正門の前では、何十人もの人たちがプラカードを掲げていた。
『人間を殺すな! 人権守れ!』
『命に点数をつけるな!』
『終末処置は国家による殺人だ!』
一方、道路を挟んだ反対側には、別の集団。
『加害者より被害者の人権を守れ!』
『犯罪者を野放しにするな!』
『責任を取れないなら人間に非ず! ケモノはさっさと殺処分しろ!』
一発触発のデモ隊に挟まるように、警察が武装しずらりと並んでいる。
「またやってる……」
俺はぽつりと呟いた。
ここ数年、珍しくもない光景だった。
二十一世紀後半。
世界中で少子化が加速した。
出生年齢の上昇。
環境汚染。
周産期の問題。
診断技術の発達。
そして医療の進歩。
昔なら見過ごされていた特性にまで名前がつき、昔なら生きることが難しかった人間も生きられるようになった。
それ自体は、良いことだったはずだ。
でも同時に、社会が求める「普通」は、どんどん狭くなっていった。
二十一世紀なら『少し変わった人』『不器用な人』『空気の読めない人』
この程度で済んでいたものまで、今では社会生活支援認定の対象になる。
そうしていつしか、健常者と非健常者の人口比は逆転した。
四対六。
非健常者の俺たちの方が多い。
なのに社会を作っているのは、今も健常者たちだった。
『終末処置に反対する市民団体は、本日午後から国会前で抗議活動を行う予定です』
テレビの中でアナウンサーが淡々と原稿を読む。
俺は麺を啜る。
「終末処置、ねぇ……」
随分と綺麗な名前を付けたものだと思う。お役所のエリート健常者が思いつきそうなことだ。
週末処理。……要するに殺処分だ。
昔、責任能力がない人間は、重大な犯罪を犯しても刑事責任を問われないことがあったらしい。
当然だと思う。
責任を取る能力がないのだから、責任を取れと言われても無理なものは無理だ。
ない袖は振れぬ。昔からの言葉にある通りなのに。
でも、健常者たちは……それを許さなかった。
『被害者だけが泣き寝入りするのか』
『何度犯罪を繰り返しても無罪なのか』
『人権は犯罪者だけのものなのか』
そんな声が大きくなった。
そして制定されたのが『社会安全及び公民権適正化法』だった。
通称『適正化法』
制度は単純だ。
他人に危害を加えたり、重大な社会的損失を発生させたりすると、裁判とは別に『社会危険点』というものが加算される。
一度や二度なら問題ない。
誰だって間違いくらいある。
でも点数が一定以上になると、扱いが変わる。
第一種——要観察。
第二種——行動制限。
第三種——公民権の一部停止。
そして第四種。
『社会的人格保護対象外』
そこまで行くと、法律上はもう普通の人間として扱われない。
選挙権。
財産権。
居住の自由。
職業選択。
プライバシー。
そういうものが、一つずつ消えていく。
そして最終審査で『改善可能性なし』と判断された者は、社会適応施設へ移送される。
その先にあるのが終末処置。公式にはそう呼ばれている。
でも、誰もそんな言い方はしない。
殺処分。
それが普通だった。
「人権侵害だろ……」
俺はテレビに向かって呟いた。
当たり前だ。
どんな人間だろうが、人間は人間だ。
犯罪をしたから。
迷惑をかけたから。
他人と同じように生きられないから。
それだけで、人間じゃなくなるなんて絶対におかしい。
俺はスマホを手に取り、投稿画面を開く。
『今朝、十二人の命が国家によって奪われました。政府は「終末処置」と呼んでいます。
でも言葉を変えても殺人は殺人です。
人間を点数で評価して、基準から外れたら人間扱いしない。
そんな社会のどこが文明国なんですか? 次はあなたかもしれませんよ』
少し考えてから最後に付け加えた。
『俺たちは人間だ』
投稿。
すぐに反応がついた。
『その通り』
『これは全員読むべき』
『てっちゃんさん、声を上げてくれてありがとう』
『第四種制度は廃止すべき』
『殺処分反対』
数字が増える。
昨日なら、それだけで嬉しかった。
でも今日は少し違った。
十二人。
昨日まで生きていた人間が、今日はいない。
俺と同じように手帳を持っていた人もいたかもしれない。
腹を立てやすかったのかもしれない。
衝動を抑えるのが苦手だったのかもしれない。
人の気持ちを理解するのが難しかったのかもしれない。
それだけだったかもしれない。
「……怖ぇよ」
小さく呟いた。
俺がスーパーで警備員を振り払ったあの一件。
あれも点数になるのだろうか?
いや、俺は悪くない。
向こうが勝手に触ってきた。
俺は身を守っただけだ。
だから大丈夫。
でも、警察がどう判断するかは分からない。
社会はいつだって、俺たちの事情を理解してくれない。
もし点数をつけられたら?
積み重なっていったら?
俺もいつか『人格保護対象外』にされるのだろうか。
スマホが震えた。
健太さんからだった。
『今朝のニュース見ました?』
『見ました』
『十二人ですよ』
『酷すぎます』
『今日ブルーハンズで緊急ミーティングやります』
『行きます』
すぐに返した。
それから少しして、健太さんからもう一通メッセージが届いた。
『徹也さん』
『はい』
『今日、みんなの前で話してくれませんか?』
昨日の集会のことだ。
『殺処分のことですか?』
『それも含めて……です』
『俺なんかでいいんですか?』
少し間が空いた。
『今だから、徹也さんなんですよ』
俺はその文字をじっと見つめた。
昨日は一万人。
今日は一万三千人。
俺の言葉を聞いてくれる人がいる。
俺が声を上げれば、誰かが動く。
だったら――やるしかない。
『分かりました』
送信する。
『俺、話します』
すぐに返事が届いた。
『お願いします』
俺はテレビへ視線を戻した。
画面ではまだ、施設前の抗議活動が映っている。
激しく掲げられるプラカード。
飛び交う怒号。
泣いている人。
笑っている人。
殺処分に反対する人。
賛成する人。
そしてその全てを、無表情で見つめる警察官。
「絶対に間違ってる……」
俺は呟いた。
人間には、生きる権利がある。
どんな人間にも。
何をした人間にも。
それを奪っていい奴なんて、いるわけがない。
そうだ。
俺は間違っていない。
こんな制度を作った社会の方が間違っている。
俺たちは何も悪くない。
ずっと悪いのは、俺たちを理解しない社会の方なんだ。
テレビの下部に速報が流れた。
『本日処置された十二名のうち一名について、過去に傷害事件十一件、放火三件、強盗二件の記録があったことが判明』
俺は数秒だけその文字を眺め、テレビを消した。
「……だからって、殺していい理由にはならないだろ」
誰に言うでもなく呟き、スマホへ視線を戻した。
俺の投稿には、もう二千を超えるいいねがついていた。
その数字を見ているうちに、ついさっきニュースで見た犯罪歴のことなんてどうでもよくなっていた。




