最終話 主人公の話
三崎湊といいます。大学三年です。
最初に、皆さんに謝ります。乗るときから、「理由を訊かれたら、ただの旅行と答えよう」と決めていました。さっき運転手さんに話を振られたときも、寝たふりをしようかと、本気で考えていました。
星ノ浦には、手紙を流しに行きます。
航という友達がいました。大学で最初にできた友達です。入学式の日、隣の席で、配られた資料の枚数が一枚足りないことに二人同時に気づいて、それで笑って、それからずっと一緒にいました。
航は、よく笑うやつでした。誰の話でも面白がるし、誰の頼みでも断らない。サークルでも、バイト先でも、人気者でした。「航がいると場があったまる」って、みんな言ってました。僕もそう思っていました。
三年生になった春から、航は、少しずつ予定を断るようになりました。
ゼミを休む。バイトを減らす。飲み会に来ない。来ても、早く帰る。僕は気づいていました。気づいていて、「忙しいんだな」と思うことにしました。
一度だけ、「最近大丈夫?」と訊いたことがあります。航は笑って、「全然。ちょい疲れてるだけ」と言いました。僕はそれを、信じることにしました。信じたほうが、楽だったからです。
去年の七月十四日の、夜十時四十六分。
航から、LINEが来ました。
『今、ちょっとだけ話せる?』
それだけです。スタンプも、絵文字もなし。航にしては、珍しい文面でした。
僕はそのとき、翌朝九時締め切りのレポートをやっていました。画面の上に通知が出て、僕は——開いたんです。開いて、読みました。既読をつけました。そして、思ったんです。
「これ終わったら、かけ直そう」
レポートは、二時間で終わりました。二十四時を回っていて、僕は思いました。「もう寝てるかもな。明日でいいか」
翌日の昼に、共通の友達から電話が来ました。
……すみません。ちょっとだけ、待ってください。
…………。
大丈夫です。続けます。
航が亡くなったのは、その夜です。何時頃だったのか、正確なことは、僕は遺族の方に訊けていません。訊くのが怖いんです。もし、零時より後だったら——僕がレポートを終えて、「明日でいいか」と思った、あの瞬間より後だったら。僕には九分どころか、二時間あったことになる。
葬式で、航のお母さんに言われました。「湊くんと一緒のときの話、あの子、いつも楽しそうにしてたのよ。仲良くしてくれてありがとうね」と。
僕は「こちらこそ」と言いました。最後のLINEのことは、言えませんでした。今も、言えていません。
それから十一か月、僕はあのトーク画面を、たぶん千回開きました。返信を打っては消しました。「ごめん」も「気づいてたのに」も「なんで俺じゃなくてもいいから誰かに」も、全部、打っては消した。死んだ人に既読はつきません。当たり前です。でも、僕の側の吹き出しが空白のまま画面が終わっているのが、僕にはどうしても、僕の判決文みたいに見えるんです。
僕が航を殺したわけじゃない。それは、わかっています。堀口先生の言葉を借りるなら、責任の話としては、僕は無罪なのかもしれない。航が抱えていたものは、きっとあの一晩より、ずっと前から、ずっと深くにあった。一本の電話で何が変わったかなんて、誰にもわからない。
でも、後悔の話としては——僕は、返事をしなかった。それだけが、動かない事実です。航が人生で最後に声をかけた相手が僕だったのかどうかすら、わからないけれど、少なくとも航は、あの夜、僕に声をかけた。「ちょっとだけ」と。先生、さっき言いましたよね。子どもの「ちょっとだけ」は重さが違うって。あれ、子どもだけじゃないと思います。航の「ちょっとだけ」は、たぶん、航に出せる精一杯の、大声だったんです。
星ノ浦の祭りのことは、航から聞きました。「死んだら俺、ここに手紙もらいに来るわ」って、冗談で。
だから行くんです。冗談を、真に受けに。
リュックの中に、便箋があります。十一か月、白紙のままです。何を書けばいいのか、ずっとわからなかった。謝罪を書けば自分が楽になりたいだけな気がして、思い出を書けばきれいにまとめすぎな気がして。
でも、今夜、皆さんの話を聞いて、決まりました。
僕は、返信を書きます。
『今、ちょっとだけ話せる?』——あのメッセージへの、十一か月遅れの返信です。
「話せるよ。今、聞いてる。遅くなって、本当にごめん。」
そこから先は、浜で書きます。たぶん長くなります。便箋、三枚で足りるかな。
……以上です。聞いてくれて、ありがとうございました。
ただの旅行って嘘をつかずに済んで——よかった。




