第4話 老夫婦の話
家内と星ノ浦に通い始めて、今年で四十一年になります。
新婚旅行の帰りに、たまたま立ち寄ったのが最初でした。当時はまだ祭りも小さくてね、地元の人が浜で細々とやっているだけの。宿のおかみさんに「せっかくだから流していきなさい」と言われて、家内と二人、初めて灯籠を流しました。
家内はそのとき、亡くなったお母さんに手紙を書きました。結婚式の三か月前に亡くなられたんです。花嫁姿を見せられなかったと、家内はずっと気にしていた。
灯籠が沖へ流れていくのを見ながら、家内が言いました。「来年も来ましょう。毎年、今年あったことを母に報告するの」と。
それから、四十年。一年も欠かさず来ました。子どもが生まれた年も、私が職を失った年も、その子どもが家を出ていった年も、戻ってきた年も。家内は毎年、浜で手紙を書くんです。私はいつも横で、缶コーヒーを飲みながら待っている。それが、私どもの六月でした。
家内はですね、二年前から、少しずつ、忘れるようになりました。
最初は鍋の火でした。それから、お薬の時間。近所の方の名前。先月は、孫の顔が、一瞬わからなかった。本人が一番わかっているんです。わかっているから、夜中に台所で、一人で泣いていることがある。
医者には、遠出は勧めないと言われました。環境が変わると混乱しやすいからと。息子にも反対されました。「来年にしたら」と。
でもね、皆さん。
来年、家内が星ノ浦を覚えている保証は、どこにもないんですよ。
先週、家内に訊いてみたんです。「今年も行くかい」と。なんと言ったと思います?
「当たり前でしょう。母さんに、今年の報告をしなきゃ」
四十年前と、同じ顔で言うんです。お母さんのことは、忘れていない。むしろ古い記憶のほうが、しっかり残っている。新しいことから、こぼれていく。
だから今年の旅は、私にとっては、たぶん最後の巡礼です。家内にとっては、いつも通りの巡礼です。それでいいと思っています。
私もね、今年は初めて、手紙を書くつもりなんです。四十年間、横で缶コーヒーを飲んでいるだけだった私が。
宛先は、家内です。
おかしいでしょう。隣にいるのに。毎日顔を見ているのに。
でも、いつかね——家内が私の顔を忘れる日が、来るかもしれない。お医者さんは、来ないかもしれないとも言いますが、来るかもしれない。その日の家内に、宛てて書くんです。
「あなたが私を忘れても、私が二人分、覚えています。四十一回の星ノ浦を、ぜんぶ。だから何も、心配いりません」と。
海に流してしまえば、本人は読めません。それでいいんです。さっき先生がおっしゃった通りでね。届かないとわかっていても、言うべき言葉というのが、あるんですなあ。
……ああ、すみません、長くなった。年寄りの話は長くていけない。
家内が起きる前に、終わりにします。あれが起きたら、きっとこう言うんですよ。「あなた、知らない人にお喋りして、迷惑でしょう」って。
四十年前から、ずっとそう言って、私を叱るんです。
島さんが座ったとき、車内の何人かが、目元を拭うのが見えた。莉子さんは堂々と泣いていて、「無理。これ無理だって」と小さく言いながら、ポーチからタオルを出していた。
毛布の中で、奥さんが身じろぎした。
「……あなた? まだ着かないの」
「まだだよ。雨でね。もう少し眠っていなさい」
「そう。……母さんへの手紙、便箋、持ったかしら」
「持ったよ。鞄の一番上に入っている」
「そう」
奥さんは安心したように、また目を閉じた。
僕は窓に頭をつけて、ガラスの冷たさを額で感じていた。届かないとわかっていても、言うべき言葉。リュックの中の白い便箋。僕は十一か月、その「言うべき言葉」から逃げ続けて、それでもこのバスに乗った。
「次……いる?」
莉子さんが、鼻をすすりながら車内を見回した。
通路を挟んだ反対側、一番前の席で、フードを被った小さな影が、もぞりと動いた。ずっと寝たふりをしていた——僕にはそう見えていた——その子が、フードの中から言った。
「……俺、話したら、通報されたりしません?」
車内が、少しだけ笑った。運転手が答えた。
「内容によりますが、たぶん、されません」
「家出なんすけど」
「たぶん、されません」
フードが脱がれた。高校生くらいの男の子だった。日に焼けていない白い顔に、寝癖と、強がった目。
「拓海。高二。……あー、もう、いいや。話します」




