第3話 インフルエンサーの話
まず言っとくけど、今からする話、たぶん皆さんの中の誰かは私のこと知ってます。で、知ってる人は「あー、あの炎上した人ね」って思ってます。いいよ、思って。事実だから。
私、五年前から「莉子の前向きチャンネル」ってやってて。落ち込んでる人を励ます系。「あなたはそのままで価値がある」とか「逃げるのは負けじゃない」とか。コメント欄、いつも感謝で埋まってた。「莉子ちゃんのおかげで会社辞めて楽になりました」「死なずにすみました」って。
ね? いい仕事でしょ。私もそう思ってた。
三週間前に、何があったかというと。
昔の知り合いが、暴露したんだよね。私が高校のとき、クラスの子を結構キツくいじってたって。スクショ付きで。十二年前のグループチャットの。
先に言っとくと、本当です。全部じゃないけど、だいたい本当。
十六歳の私は、嫌な人間でした。教室の空気を握ってるタイプの、嫌な女の子。ターゲットにされてた子が転校したとき、ほっとしたくらいの。
で、ネットがどうなったかは、想像つくでしょ。「人を励ます資格なし」「被害者に謝罪しろ」「消えろ」。スポンサー全部降りて、コラボ全部白紙で、事務所からは「沈静化するまで投稿停止」って通達。
私が一番ショックだったの、何だと思う?
炎上したことじゃないの。叩かれてる最中に気づいたんだけど——私、五年間「あなたはそのままで価値がある」って言い続けながら、一回も、あの子のこと思い出さなかったんだよね。
完全に忘れてた。自分が誰かの「逃げたい理由」だったことを、きれいに忘れて、「逃げてもいいんだよ」って言って生きてた。
で、星ノ浦ね。
表向きの理由は仕事です。「灯籠の祭りを撮って、復帰一発目の感動動画にする」って事務所には言ってある。機材も持ってきた。ほら、ちゃんとカメラ。
でもね。
ここだけの話——どうせ皆さん他人だし、運転手さんも「確かめない」って言ったから言うけど——あの子の名前、調べたの。暴露のあと、初めて。
そしたらね。あの子、元気だった。
結婚して、子どもがいて、パン屋さんで働いてた。お店のSNSに写真が載ってて、笑ってた。私の炎上のことなんか、たぶん知りもしないで。
それ見て、私、泣いちゃってさ。安心したのと、それから——変な言い方だけど、悔しかったの。「あなたに壊された」って言われたほうが、まだ楽だった。あの子は私なんかに関係なく、自分の力でちゃんと幸せになってた。私だけが、十二年前に置き去りなの。
灯籠の手紙ってさ、死んだ人宛てじゃなきゃダメなのかな。
私、書きたい相手が二人いるの。一人は十六歳の私がいじめてた、あの子。もう一人は——十六歳の、私。あの嫌な女の子。あの子のことも、誰かがちゃんと叱って、ちゃんと終わらせてあげないと、私、ずっとあの子のままなんだよね。
動画? 撮らないかも。撮っても、出さないかも。
三十一万人に向けて喋るより先に、二人に手紙書くほうが先でしょ。順番的に。
……はい、おしまい! 重くしすぎた? ごめんね、これでも明るくやったほうなんだけど。
「灯籠はね」
と、口を挟んだのは運転手だった。
「生きている人宛てでも、いいんですよ。自分宛てでも。町の人は何も言いません。海は宛先を確かめませんから」
「……何それ。いいこと言うじゃん、運転手さん」
莉子さんは笑って、それから少しだけ、マスクを上げ直した。
雨音が、ほんの少し弱くなった気がした。時計は三時前。窓の外、自販機の白い光の中を、細かい雨が斜めに流れていくのが見えた。
「あのう」
遠慮がちな声がした。最後列のほうの席だった。小柄なおじいさんが、隣の席のほうへ屈み込むようにしてから、ゆっくり立ち上がった。
「順番、いただいても、よろしいですか。家内が今、ようやく眠ったところでしてね。起きてしまう前に、話してしまいたい」
島と名乗ったその人は、八十二歳だと言った。隣の席には、毛布にくるまった奥さんが、小さく寝息を立てていた。




