08 - やや遅れた歩哨任務にて
(お言葉に甘えて気安く呼ばせてもらうが)イルヴァの後ろについて俺とスンドグレーンが通されたのはあの石畳に空いた大穴の少し奥、つまり昨日俺らそれぞれが別々に落ちた水路から上がった点検用の通路だった。
もっというなら地下に張り巡らされた水路の流れていく先の、ぽっかりと開いた暗闇の目の前。
「貴方たちにやってもらいたいことっていうのは『歩哨』ね。簡単に言ってしまうと」
「結局そういう役割なんスか?」
イルヴァから言い渡された内容に、砕けまくった敬語で俺は受け答えする。……まぁ、だいたい分かるとは思うがだいぶ怪訝な顔で。
「そんな拍子抜けしたみたいな顔しないの! 改めて言うけど相手は異常なスキルを山ほど抱えた転移者の集まりなのよ? それこそさっき言ったみたいに、小姓やってるような歳の子になんて任せられるわけないでしょ。一つ上の従騎士だって実戦経験のある騎士とじゃかなり隔たりも大きいんだから」
そんな長ゼリフでイルヴァは言い返して来た。
が、もちろん異世界転移一般日本人にこのカタカナの羅列は意味不明だ。
ページ……? エクス……何て?
「あー……つかアレだ。クサカ、分からんならこの話は聞き逃しとけ。な? 騎士になるための制度云々とかお前は知ったこっちゃないだろ? これ別に邪険にしてるとかじゃなくてよ、すでに歳の時点でお前がこのへん覚えても無駄だからな。なんせ十四になる前となった後でどうこうって話だし」
見かねたらしいスンドグレーンからそんな風に言われたので、素直に従って俺は気にしないことにする。どうせこの場で聞いたことを正確に覚えられるような頭でもないし。
「……まぁいいわ。わざわざ貴方たちを呼んでこの役目につけてるのもそれと似たような理由。要するに、ヤツらと対峙して無事だった経験のある騎士が貴方たちしかいないのよ。つまり安心して“これ”を任せられるのは二人だけってこと。一方的にやられたことのある騎士ならわんさといるけどね」
「イヤ……無事だった、“っつっても”って話なんスけどね……」
指示の詳細をさらに説明して来たイルヴァに俺はおずおずと切り出す。
そうだ、俺はスキル持ちとの戦いを切り抜けたとかあまつさえ華麗に撃退したとかそういうワケじゃないのは今まで語って来た通りなのだ。先の英語小娘のときは向こうが撤退してっただけだし、後の幼児退行転移者のときなんて何で助かったのかも未だに分かってない。
この二つだけで“無事だった”って、そりゃどう見ても買い被りだろう。
「いえ、そういうのを『幸運だった』って考えれば話が変わってくると思わない? 他の騎士たちがたどり着けなかったような境地に貴方は立てた、なんてね。もっと平たく言えば『運も実力のうち』って言うでしょ?」
「えっ、イヤ……え?」
ンな無茶な。
「とにかく、他には考えられないくらいうってつけの人員なのが貴方たちってこと! ……というか、そろそろ従ってくれないとこっちも強硬手段に出るしかなくなるわ。イザコザにならないうちに言うことを聞いて頂戴」
ここまで言うとイルヴァは言葉を切った。さっきまで確かに友好的に感じたその視線は急速に冷たく、んで鋭くなっていくような気がする。怒りとか注意とかそういうアレじゃない、というかそんな感情すら籠もっていない。
顔の上半分と形だけの微笑を浮かべている下半分の温度差がエゲツなかった。
「あー、わ、分かりました」
「おしオレもいくわ……」
こうして会話相手だった俺、そんで隣で聞いてるだけだけだったスンドグレーンはそそくさと指示に従うことにする。
で、場所は地下水路網の暗い脇道だ。
先に話に出してる通り、この水路は王都全体を潤すために緻密に計画され、更には魔法の助けも借りて建造された巨大構造物である。要するにただただデカいってだけじゃなく迷宮じみた複雑さも折り紙付きだった。それこそダンジョンとか言われても何ら不思議じゃないくらいには。
……そりゃ魔獣・害虫の類はここじゃ魔法で湧かないようになってるらしいが。
「いくら現場周辺を見回るだけっつっても、この地下迷宮をこんな装備だけでウロつけってのはさすがにゾッとしねぇなぁ……仮に迷って閉じ込められでもしたらどーしろってんだか。人間の死体は魔獣とかとは別扱いになるんだろ? それもう飲み水どころじゃなくなんだろーがよ」
スンドグレーンが溜め息と共にブツブツ漏らすのが石造りの暗闇に響く。
どうもあの第四進入口とは建築様式ってよりも作られた時代そのものが違うらしい。いかにも年季を感じる石製の水路は俺らに素知らぬ顔で水面を揺らめかせていた。
俺らはというと、灯りがわりの魔法がかかった強めに光る札を目の前に掲げて松明みたいにしながら進んでいる。
どうもこの世界、伝令札といいこういう魔法を紙の札に封じ込めて携帯する技術が進んでいるみたいだった。ま、そりゃ紙なら軽いし折りたためるし幾らでも用意もできる、ってんで便利なのは俺でも分かる。そのぶん紙を作るほうの技術だけ何でこんな発達してんだとか思わないこともないが……あぁ悪い、閑話休題って話。
ともかく、今のところ敵方らしき不審な人影なんてのはまだ見ていない。
「そうカッカしてもどうにもならんって、つか地図は渡されてんだろ? ……にしても実際こんなとこでいきなり相手にブツかりでもしたら困るわなぁ、そら捜査の進行遅らせてでも俺ら待つワケだわ」
「あーそれ、イルヴァの前で言うなよ? 『オレら体のいい生贄じゃねーか』って嫌味言ったみたいに曲解されかねん」
「……今のお前の一言でイルヴァがどんな女騎士か分かった気ィするわ、“そういう”感じな」
一応言っとくと。
俺とスンドグレーン、お互いに好き勝手に軽口叩き合ってこそいるが内心ではそりゃバッチバチに警戒している。そう見えないってのも認めはするけどな。ただ、意味もなくこんな無駄話してるワケじゃない。
そもそもの意図が何かっていうと、早い話が『脅し』だ。向こうに襲いかかって来させないための手段として俺らは口を動かしていた。つまり“ここで警戒してんだぞ”ってアピール。
先に俺がしてた予想、つまり『昨日の騒ぎは限界が来た仲間の在庫処分だった』ってのが当たってたんなら、加えて相手方もそうすぐに攻勢に出てこないハズだと踏んでいた。
理由は簡単、未だ全容が分かってない相手の規模感にもよるとは思うが、結局のところ現状は向こうの戦力低下でしかない。それにタイミングでも、派手な爆発で街に損害を出したばかりの刑事局側に気合が入るのは当たり前と言える。だからここで損害を出しながら畳み掛けてくるより、敵方としては欠員が出た部分の体制を整え直すタイミングが欲しくなると思ったのだ。
要するに、俺らもここまで来てアピールだけして向こうの本拠地に向かって突っ込んでいかないことで、お互いに休憩ってことにしましょうよと伝えようとしにきたワケだった。まぁそりゃ、戦略眼で言えばド素人の俺の意見が正しく伝わるかについてはぶっちゃけ自信がないが……。
「おい前科モン、やっぱお前の見立て間違ってたかも知れんぞ」
……う、いきなり罰点ついたか?
「ほら、通路の奥のほう見てみろ」
スンドグレーンが顎で暗闇の向こうを指す。行動とは裏腹に声にはヤイバのような緊張感が漂っている。視線の先、水路の脇の曲がり角、猫のように足音もなく歩み出てきたのは。
「Hmm……I never would have thought my instincts as a lookout would be so spot on, huh」
さっきも思い出していた、あの英語小娘だった。
やっぱ通訳札無効のまんまな日本人耳には何と言ってるかサッパリだったが。




