05 - えぐれ潰えた爆心地にて
「おいゴロツキ、そこで止まれ」
スンドグレーンが腰の針みたいな剣に手をかけながら語気を荒げる。
俺は無言で一歩後ろに下がって、明らかに警戒体制に入った騎士の進行方向を塞がないようにした。もともと俺は異世界転移者としてはスキルを使えなくされた身だ。情けないのは承知の上だが、こういう荒っぽい場面で出来ることは何もない。
「…………」
けど命令に対してボロボロ男は何も言わず、こちらの警告も無視して一歩一歩進み続ける。ずっ……ずっ……と一定間隔で、引きずった左足が砂粒を擦り上げる耳障りな音を立て続けていた。まるで何も聞こえてないかのような、相変わらずこの世の終わりみたいな顔だ。
「おい止まれ、聞こえないのか! 止まれ‼︎」
声の音量を更に強めつつスンドグレーンは剣を抜きながら前に進み出ていく。“元の世界”で見たことある刑事ドラマみたいな場面だとか内心他人事みたいに考えながら、俺は事態をただ眺めていた。
「おい‼︎‼︎‼︎」
警告を続け、もはや絶叫に近い大声でスンドグレーンは呼びかける。
そしてやむを得ずボロボロ男の前に立って右腕を上げ、剣の先を自分の目の前に掲げた。俺の前を通り過ぎていたアイツの表情は見えないが、その剣幕はどう考えても無視出来るようなものじゃないだろう。
「……っ!」
ボロボロ男もさすがに目はしっかり見えていたようで、目の前で武器を抜いた騎士の迫力に怯んだらしい。思わず息を呑む。ついでに言っとくと、息をのんだのは俺もだったりするが。
そして、
「わ、わわ……悪い」
ボロボロ男は怯むどころか怯えた口調でそう返した。
……いや、ここまで来て素直に謝るのかよ。つーかコイツは言葉通じるのかよ。スンドグレーンも拍子抜けしたような調子になりつつも詰問を続ける。
「い、いや……分かってくれれば良いんだ。こちらも高圧的になった、すまない。おま……”君”はこの爆発を引き起こした人物なのか?」
「おぉお……アンタはえーと、お、お巡りさんで良いのか……?」
なんだ? 喋る言葉が随分とぎこちない。てか『お巡りさん』て……。
「オレは刑事局所属の騎士だ。質問を続ける、この状況は君が起こしたことなのか? 見ての通り、地面がえぐれて大穴が空いてしまっているよな。石畳にも血がついてる、つまり被害者がいるということになる。君が君の手で、ここまでの“爆発”を起こしたということで良いのか?」
「ヒッ‼︎」
今度は明らかにさっきよりも激しく怯えた表情になった。見た目の通り、精神的にかなり追い詰められた状態なのだろうか。ひょっとしたら心神耗弱状態ってヤツなのかも知れない。もしそうだとすると、もはや拘束するどころじゃないかも知れないが……。
「い、イヤだ……イヤだイヤだイヤだ! 焼かれたくない、熱いのはイヤだ‼︎ イヤなんだッ!」
「おい待て落ち着け! 急にどうした、大丈夫か⁉︎ い、いいか、まず息をゆっくり吸い込んで……」
「ンなこと言ってる場合かよ! 明らかに様子おかしいだろ‼︎ この気の動転の仕方、まさかコイツ転移者としてもう“限界”なんじゃ⁉︎」
限界、タイムリミット。
この世界にまで流された異世界転移者は皆、どいつもこいつも等しくリスクを抱えている。あるいは一人一人にチートみたいなスキルを与えられた『代償』なのかも知れない。
「スンドグレーン、コイツもう会話どころじゃないだろ! 急いで距離取れ、早く‼︎ このままだといつ自——
まるで、特殊な力を使えるようになる代わりに支払う“地獄への渡し賃”みたいな話だと俺は思ってる。
誰がこんなこと決めたのか、それともそもそもの仕組み自体が“そう”なるように出来てる呪われた世界がここってことなのか。分からないが、それこそ“悪趣味”の極みみたいな。
「せ、説得はもう無理か⁉︎ 落ち着かせさえすればまだ間に合うかも知れんだろ! こんなところで——
つまるところ、異世界転移者:スキルの保持者としての“賞味期限”。
スキルの暴発————自爆だ。
ボロボロ男の皮膚を内側から焼きながら溢れ出たその炎は、最初の爆発の大穴に負けないようなサイズの火球にまで膨れ上がって、そのまま弾け飛んだ。
……。
…………。
で、何でこんなことになっているのか、俺は割とあっさり目を覚ました。透明な液体の中で。
つか何で無事に目を覚ませるんだ? あとスンドグレーンは?
そもそも周りに満ち満ちてるこれは何だ、水か? それもけっこうな深さがある。溺れそうになりながら勢いよく身を起こした。派手な水飛沫が周りの石の壁に飛び散って、これまた火でも吹きそうな勢いでむせる。少なくとも反射的に咳き込めるくらいには正常らしい。
「ゴホッ、げふ、がはッ! はぁ……はぁ……どこだここ、えーと……」
そんなことを呟きつつ辺りをゆっくりと見回す。
俺の体は膝丈くらいの深さの水に浸かってて、上方向に見えるのは空だ。日こそ沈んではいるがまだ夜というには明るい頃合い、つまり時間はいうほど経ってない。ってことはだ、ここは地面に空けられたあの大穴の下に広がってる水路網か。……どうも無事らしい。
「いや、どうなってるコレ……?」
次に口から出てきたのは疑問だ。間違いなく幸運ではあったのかも知れないが、少なくとも俺にとっては事態は良くなかった。
というより、“釈然としない”。
俺の立ってた位置は大穴のすぐワキだったはずだ。まぁ正確に言うなら、そこから数歩分下がって人一人が通れるくらいの距離は空けてたか。
……何って、つまり自爆の中心となったボロボロ男の位置と俺の位置から考えてこの大穴に落ちてるワケがないのだ。あそこからの爆風で吹き飛ばされたとして、その直線上にあの大穴なんて無いワケで……どう見ても、どう考えても不自然。
と。
「ごっはッ! ブヘ、ッげほっ‼︎」
さっきの俺と同じ。聞き覚えのある声で豪快にむせるのが聞こえる。右の壁の向こうも水路らしく、つまり同じように吹っ飛ばされたらしいスンドグレーンだろう。
「おい聞こえるか! 俺もお前と同じく水路にいる! たぶんそこの壁挟んで仲良く地下水路に落ちたらしい」
「ゴフ、ごほ…………あー、クサカか。お互い無事で何よりだ前科モン」
「おい言ってる場合かよクソっ……ってそうじゃねェよ、よく考えてくれ。何で俺らは生きてる?」
壁の向こうでジャブジャブ聞こえてた水音がピタリと止むのが分かった。同じ疑問に突き当たったんだろう。何で俺らはこんなにも無事なんだ? 俺だってそうだが、スンドグレーンなんてもっと生きてるのが謎だ。それこそ目の前の至近距離から自爆を喰らったんだから。
「えーと、あー……そうだ思い出した。『あ、オレ死んだ』とか一瞬思ったんだったわ……。何だってこんなフツーに寝てんだ?」
「幸運とかで片付けんなよ? どう考えても“誰かに助けられた”、まぁその方法は分かんねェんだけど」
水路をうろつきながら壁の向こうに向けて説明してた俺の足先に硬い何かが当たる。水路の底に落ちていたのは、こういうとこにいかにもありそうだが、それでいて水路には絶妙に無さそうな物。
それなりにデカい、頑丈そうな鉄板だった。サビだって浮かんでいない。
そういや吹っ飛ぶ直前で一瞬でかい“影”が目の前に立ちはだかったような——。
(…………ま、今はいいか。めんどくせェ)
でも俺はそうやってこれ以上頭を回すのは諦めた。
「にしても、あの爆発した転移者の男、妙な状態だったな」
スンドグレーンもそんな感じだったんだろう、考察などではなく率直な感想が先に出てくる。
「あれが『幼児退行』ってヤツだったんか? 言ってることも支離滅裂で……」
向こうがそんな感じだったので俺も感想で返した。
あの『お巡りさん』とかいう子供っぽい言葉の選び方だったり、とにかく普通の大人がとる行動と考えるとアイツのは若干違和感が出てくるくらいの取り乱し方だ。
「まぁそりゃ、単に自爆が差し迫って精神的にそうなってたってのも充分考えられるが……にしてもあの怯え方、尋常じゃなかったよな?」
「元から精神的に参ってたんかねぇ、日常的にストレス感じてたとかそういうヤツ。それで潰れかけてたのが“爆発”したとか……?」
俺はそこまで意見を述べてからふと思い至る。何というか、かなり“皮肉っぽい”。
“精神的な限界点”と“文字通りのスキルによる自爆”と。随分と趣味悪いダブルミーニングだ。
そもそも『悪趣味』というキーワードで思い出さないワケがない。あの思い出すだけで虫唾が走りそうになる、悪魔。
そこまで頭に思い浮かべて、俺は水路にそのままへたり込んだ。




