03 - 即席断頭台の刃の下にて
その女はよく見ると相当若いらしかった。女というより“小娘”といった方が正確なくらいには。
まだ進入口の奥の薄暗がりの中にいるそいつに向けて俺は目を凝らす。
背格好は相当小さい、たぶん一五〇よりちょっとある程度。日が陰ってきていて正確な色はわかりづらいが金髪じゃない、茶髪から亜麻色らへんみたいなクリーム色に近い色味だ。それでいて影の中にいても肌の色味が明るい、ってことは……。
(こいつ白色人種か……出身までは分からんけど厄介だな)
この世界に転移してきている者は前にも言った気がするが数万人規模。“向こうの世界”でも『不可解な行方不明』だのなんだので世界規模の社会問題になっていたほどだ。俺も転移するまで神隠しの真相が“こんなこと”になっているとはさすがに思ってはいなかったが。
しかもその規模に偽りがないくらい多国籍に人間が呼び寄せられているあたり、こういう風に予期せぬタイミングで異国から来た連中に出くわすことは何度かあった。
なら白人の何が厄介なのか。
「なんだぁ? 王都住民の……子供か? いま王都の地下がどれだけ危険なのか知らんのか」
不信感騎士(仮)がやれやれとでも言いたげに頭を振る。
「んなワケあるかよ、コイツも転移者の一人だって! どう考えても敵方の一人だ‼︎」
俺は漫才よろしく即座にツッコんだ。
……問題点その一、少なくともこの王国の住民とだと差があまりないのでパッと見で警戒されづらい点。
今のコイツのリアクションを見れば一目瞭然だろう。俺みたいな日本人丸出し顔ならまだしも、特にこの騎士みたいに俺以外の転移者とそもそも初めて会うようなヤツは対応が遅れることがあった。こんな土壇場でこそ致命的に。
「はぁ⁉︎ どう見てもお前より我々王国民そっくりの子供だろうが! というかこんな子供が転移者なワケが……!」
ほら、こうなる。
一方の女ってか小娘は、眉間に少しシワを寄せて無言のまま右手を前に突き出した。
するとその背後、侵入口の奥から重々しい鈍い色味の何かが真っ直ぐにこっちへと飛んでくる。いや瞬時の判断になるが、よく見るとその大振りな見た目に反して横幅はずっと薄い。
そしてそんなものが勢いよく宙を駆けるとなると——
「うおっ‼︎」
間一髪、もはや断頭台の刃よろしく、物体は俺の頭のすぐ横を掠めて。
通り過ぎた影はそのままの速度を維持したまま、一瞬遅れて地面に突き刺さった。つまり相当な威力で飛んできていたということであって、俺は思わず寒気をおぼえる。
「…………!」
「何だこれ……涙型の……盾か⁉︎」
無言でゾッとする俺を余所に、恐る恐るという様子で不信感騎士(仮)が声を振り絞った。どうも敵だということをようやく信じてくれたらしい。……ってそんなこと言ってる場合じゃない。
あの飛んできた物が『盾』だったとして、小娘はあの威力でどうやって飛ばした?
いや落ち着け、あいつはさっき右手を宙に突き出しただけだ。奥の方に控えている仲間に合図しただけかも知れない。しかしそうなるとこちら二人に対して相手はもっと大人数ということに……。
そんなことを必死に考えていた俺を無視して、女は無言のまま右手をくるりと回し、手慣れた様子で“何か”に手招きした。
ズッ……
途端に背後で重い物が地面に擦れる音。反射的に音の出どころを振り返ると、さっきの涙型の盾が先程の逆再生のように正反対の方向で真っ直ぐこちらに飛んでくるところだった。あまりのことに思考が止まるのが分かる。
盾は尖っている方向こそ地面に突き刺さった向きのままだが、それでもそれなりに重量のある盾の反対側の丸いフチが俺の首を重く鋭く狙っていることには変わりない。そのまま、円形の刃は首筋——
「ッうらぁっ‼︎‼︎‼︎」
鋭い叫びと打撃音。
それこそ土壇場で意識の外に追い遣っていた人影を俺は思い出す。不信感騎士(仮)だった。
騎士はとんでもない勢いで吹っ飛ぶ盾に飛び蹴りを何とか決め、あらぬ方向へと吹っ飛ばす。いくら相当なスピードで飛来していたとはいえ、元の大きさも相まって、正面から来なければ速く動きこそすれ手に追えないほどの“的”ではなかった。少なくともコイツからしてみれば。
吹っ飛ばされた涙型の盾は予想外の弧で空を掻きつつも、小娘のもとまで辿り着いて空中で次の命令を待っている。行儀のいい猟犬みたいだ。
「おいクサカ、今ので腰を抜かして立てないなんてことはないだろうな⁉︎」
一方の不信感騎士(仮)は、内心このあだ名で呼び続けていることが急にとんでもない失礼にあたるように思えてきた俺にそう呼びかけつつ、腰に差していた針みたいに細身の片手剣を抜き放つ。付き合いは相当短いはずだが……あれ、コイツこんな頼もしかったっけ……?
「わ、悪い……俺はまだイケる!」
そんな風に思いつつ、ヨロヨロと俺は立ち上がって何となくファイティングポーズをとった。そりゃ、もはや俺に出来ることなんて片手で数えられるくらいしか残ってないが、何にしても気迫で負けてしまってはどうにもならない。
取り敢えず俺の不安とは違い、相手方は小娘以外にいないらしかった。忌々しげに小娘は呟く。
「......What a nuisance......」
おっと。
忘れかけていたが白人相手の厄介ポイントその二。というより“ちゃんとサポートを受けていない転移者”の厄介ポイントと言い換えた方が正確かも知れない。
つまりコミュニケーションを取れない、説得が出来ないということだ。
さっき俺がトルネルのオフィスから出るときに言われた言葉を覚えておられるだろうか。
『あと伝令魔術用の札は忘れずに持っていけよ? 通訳用の呪符の予備もだ』
“伝令魔術用の札”なんてそのまんま無線の代わりの呪符みたいなものだ。今は緊急事態で伝令どころではないが、依然として隙を見て連絡を入れるつもりでいるのはともかく。もう一つの“通訳用”というのが俺にとって生命線だった。
要するに日本語以外全く喋れない俺とこの世界の住人とで会話ができるようにする便利な魔法の代物である。異世界からの転移者が見られるようになって『精神伝達』から急速に発達したとかいう魔法技術で、そして目の前の小娘がこれを持っていないのは明白だった。
で、俺も大多数の日本人と同じく(今のはたぶん)英語なんざやっぱ喋れない。
「待ておい、クサカ! 今のは何だ⁉︎ 追い詰められたときの譫言みたいなアレか⁉︎」
「明らかそういうノリで言ってなかっただろ‼︎ つーかそんな細い剣であんなサイズの盾どうにか出来るのか⁉︎」
軽口なのか本気なのか分からないボケをいなしつつ、俺は思わず抱いた疑問を口にする。
けど不信感騎士(仮)は自信ありげに口角を吊り上げた。
「ハッ、見くびられちゃ困るなクサカ。オレもまたセムテシアに代々仕える騎——
「hmm, It's time」
小娘が急に何か呟いたのを俺は聞き逃さなかった。何だ? どういうタイミングかは知らんけど“タイム”っつったか……? ってことは。
果たして小娘はくるりと踵を返して、何事もなかったかのような足取りで進入口の向こう、地下水路の迷宮へと帰って行くのだった。おい待て、こっちの用事はまだ……。
不意に轟く、巨大な何かの軋み。
硬質な何かで出来た怪物が呻き声を上げるような、この世のものと思えないような絶叫だった。いや、単に硬いだけじゃなくて、今の音の響き方は金属じみたもののような気がする。つまり。
「おいおい……マズいぞ、この進入口自体が軋んでやがる! 急いで距離を取れ‼︎‼︎‼︎」
別に進入口内部に足を踏み入れてたワケじゃないが規模から考えてもどうなるか分からない、俺はありったけ叫んでから進入口とは逆方向に身を翻す。頭を抱えて、伏せの体勢。
そして即座に噴煙みたいな土埃が轟音・爆風と共に頭上を吹き抜けていく。
当然ながら、小娘は瓦礫の向こうの闇に消えていた。
「……さすがに怪我はしてないよな?」
一息ついて、騎士に呼び掛けてみる。一応これは軽口のつもりで。
「口の中が砂まみれで不快なことこの上ないが無事だ、さっきも言ったが見くびってくれるなよ」
しかし不信感騎士(仮)からはというと、またもやどこまで本気なのか分からないコメントだった。さっきから薄々思ってはいたが、やっぱこいつ“ピントずれ気味”なタイプってヤツなのか?
そして男はそのままこっちには全く気にせず言葉を続ける。
「しっかし何だったんだあの小娘、しかも公的なサポートを受けてない転移者となると若干不安だ……“タイムリミット”が近いかもしれん」
ボソリと呟くように、しかし不安というインクを一滴垂らすみたいに。
気持ちは俺にも分からないワケではないが、こっちも都合よく相手のことをひとまず無視して話を続けることにした。個人的に優先して聞いておきたい質問があったからだ。
「なぁ、これはそういえばって話なんだが……いい加減アンタの名前おしえ——
しかしタイミングを狙いすましていたかのように、遠雷のようなくぐもった爆発音が響き渡った。




