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02 - 影が潜む入り口の前にて

 昼間の、刑事総長への直訴から数時間後。空にはとっくに月が浮かんでいて、でも夜というにはまだ若干早い程度の頃合い。


 かいつまんでいうと俺は暴動が繰り広げられている街角にいる。


 耳にこびりついて離れない、腹の底を揺らすような爆発音、誰かが走り去っていった足音、ガラスの破砕音。悲鳴なんかも当然のように聞こえた。そして目の前の大通りは騒ぎから何とか逃げようと闇雲に走っていく連中が鉄砲水みたいな勢いで流れていく最中だ。

 乞食(こじき)にカモフラージュするためのボロきれマントが(すく)み上がるみたいにたなびいた。


「だークソっ、足元も危ねぇな……!」


 薄いガラスの製造技術なんてものが転移者ごと「向こうの世界」から伝わってきて、それでこっちの世界の技術が発達するってのはまだ良い。

 問題なのは、“向こう”と世界を(へだ)てても「割れたガラス片が危険」という事実が変わってないって部分だ。ある程度はブーツで防げないこともないが、それでも転倒すれば危ないことに変わりはない。


 そういや“向こう”じゃ『防弾ガラス』だとか『飛散防止フィルム』なんて代物があったハズだが、ともかくそういうのは少なくともこっちだとまだ普及してないらしい。


(まぁ、そりゃそういうのの作り方まで熟知してるヤツがそうそう渡ってくるワケねェか……)


 自分の頭の中でそう片付けつつ、人の激流に逆らって俺は大通りの中心まで駆け抜けた。






 さて、あれから数時間のうちに何故、俺がこんなところにまで出てくることになったのか?

 それは刑事総長執務室から戻ってきたトルネルのオフィスにまで(さかのぼ)る。


「おお、二人とも戻ったか。お疲れさん」


「総長はどういう反応だった?」


「新たな騎士団の創設については前向きに検討なさるそうだ。……というより、奴らにあれだけ被害を出されていては上としても形無(かたな)しなのだろう。王都の守護問題は総長自身の進退に関わる。事態を早く何とかしたい様子が全身から漏れ出ている印象だった」


 顔を見せると同時に、トルネルのやつは同僚の騎士たちからの質問攻めに遭っていた。まぁこれは当然か。

 一方、俺に声をかけてくるヤツは全くいない。いや、これも当然か、それこそ前科者だしな。いやまぁ付け加えておくなら、ここでの俺の貢献度はそれなりにあるハズなんだが……。


「で、クサカのほうはどうだった。また監獄送りにでもなったか?」


 おっと。


「クサカのほうは今までと何も変わらん。『そこの“「流浪(るろう)」の協力者”と引き続き情報を集めてくれ』だそうだ。それこそ相手が相手だからな、こちらの協力者を減らすにはまだ早い」


「そうか……気に入らんが仕方ない」


 ま、こういう扱いだった。そりゃ居心地は良くないが、これ以外は割とフツーに過ごせている。“加害者にも人権は認められなければならない”なんて思想をこっちに持ち込んでくれた先人には感謝しかない。

 それはともかくとしてだ。


「邪険にするのは結構スけど、今夜の水路調査はどうすんですか?」


 一応言っとくとこの発言をしてるのは俺だ。敬語くらい使える。


「……クサカお前、こっちがこの態度なのに話しかけて来れるのはすごいな……そういうところだけは尊敬するよ」


 ……トルネルの同僚だか何だか知らねェけどうっせェな。

 返ってきたあんまりな反応に対して、俺は唇だけ歪めた不服の表情で会釈だけ返しておく。腹は立つが今はこんなのを気にしてる場合じゃない。というか神経図太くねェとこの先やっていけないんで。

 一方のトルネル自身はというと特に気にした様子もなく俺に指示を飛ばしてきた。


「あぁ、今夜は地下には潜らずに水路の出入り口を張ってもらう。さすがに曜日感覚が吹っ飛んでるなんてことはないだろう? 今日は金曜日、奴らの“襲撃”が来る周期だ。月曜日と金曜日、週二回のお楽しみだろうが」


「だからこそ聞いてんだって。相手方がご丁寧に襲撃する日を決めてくれてんだ、こっちがそれを利用しないって手は無いだろ? いつもと違う、向こうがドタバタしてるタイミングで忍び込めば収穫だってあんじゃねェかってさ」


 こっちの提言は単純だ。要は火事場泥棒で相手の腹を探ろうってことだった。

 しかしトルネルはというと……、


「まだその段階じゃないだろう。曜日を決めてまで相手が襲撃日をこちらにアピールしてきてる意味だって何一つ分かってないんだぞ。それに加えて相手方は異世界転移者で構成されており強大ときていて、そもそも“盗賊団”の襲撃を(しの)ぐ段階で手一杯なんだ。現時点で余所に人員を割いている暇はない! おまけにこっちにいる転移者は前科者でほとんど力を使えないなどと……」


 こんな感じで苛立ったように嫌味を垂れ流す。

 そうだった、嫌味はうるさいが言っていること自体に間違いは何もない。



 つまり、先ほど刑事総長の執務室から帰ってくる途中で言われたことだ。『転移者たち(おまえら)のスキルはこの世界の魔術師たちと比べても圧倒的に術の出力が高い』という発言が、刑事局が盗賊団に手を焼いている理由を端的に表現していた。


 結局のところ、転移者とそれ以外では出力があまりに違うのだ。例えば発火能力とするなら焚き火とTNT爆薬くらいの差がある。それだけ大きな差があれば直接乗り込んでいくのはあまりに無謀だろう。

 自分が現在スキルをほぼ封じられている状態なせいで、俺はそのことをよく忘れる癖があった。しかし大前提にこのことがあるなら話がまるで違う。それを忘れるなんて迂闊(うかつ)というより他ない。


「……悪い、そのこと忘れてた」


「思い出す助けになれたようで何よりだ、分かったらこいつと二人で“第四進入口”まで見張りへ行ってくれ。あと伝令魔術用の札は忘れずに持っていけよ? 通訳用の呪符の予備もだ」


 トルネルはさっきまで会話していた騎士をアゴで指しつつそう言う。

 即座に「げっ」という声が上がるものの俺は気にしない。やや冷たい目線を背に感じつつ、俺は魔力が込められたお札みたいな紙切れを引っ掴んでトルネルのオフィスを後にした。




 ほどなく指示された通りの場所、地下水路へ降りるための地上に設けられた出入り口(王都で四番目)に到着する。レンガと鉄で作られた坑道の入り口みたいな見た目だ。

 ちなみに到着が早いのは何てこともない、刑事局の庁舎から最寄りの進入口がここってだけである。


「あんまキョロキョロすんなよ前科モン、見張りで来たって言いふらしてるようなもんだからな」


 先ほどオフィスで邪険にしてきた騎士(名前は知らない)はあからさまに俺に対する不信感を(あら)わにしてくる。ったく、みみっちいことに精が出るこった。


「だからってこんなとこで男二人が何してたら自然っつーんですか。まだキョロキョロしてた方がまだカッコつくでしょ」


 名前も知らないということは全く話したことがないということであって。出会った当初からお互い好き勝手言い合い、今となっては最も話し慣れているトルネルとは違って、俺は形式上だけでも敬語で返す。

 ……既にかなり崩れているのはまぁともかく。

 対する不信感騎士(仮)はというと思った以上にバツが悪そうなリアクションだった。


「あー……確かにそうだった……。こんな人気の無いところで男二人ボーッと突っ立ってるとか怪しいなんてモンじゃないな」


「いま王都の地下はただでさえ危険地帯なんスよ? こんなとこにいたら連中にお知らせ配ってるようなモンだし、最悪俺らに直接目をつけられかねない。もっと良い方法考えないと」


「方法ってったってなぁ……あ?」


 ここで不信感騎士(仮)が何かに気付く。……簡潔に言えば、嫌な予感。


「そこにボロ布があるじゃないか、あれを使えば良い。ほら、マントみたいに(まと)ってみろ」


 野郎が拾い上げたのは打ち捨てられて土埃まみれになった大ぶりのボロきれだった。こんなもん体に巻きつけたら砂まみれで不快なことこの上ないだろう。ほら言わんこっちゃない。


「いいか? お前がこれで体をくるめば、元々の小汚さも相まっていかにも風雨を防ごうとしている乞食(こじき)だ。で、そこいらの街角に座り込みでもすればますます物乞(ものご)いにしか見えんだろ? ……でだ、オレがその前で立ち止まっているとどうだ、物乞(ものご)いへの施しを思案している紳士に見えるってワケな。これでカムフラージュは完璧になる!」


 そんな調子で不信感騎士(仮)は無闇に芝居がかった口調で自分のアイディアを大声で発表した。明らかにフザケて喋っている。つーかこんだけ大声でくっちゃべったらカモフラージュもクソもないだろ……無駄に発音よく言いやがって。


「やってられっか、得意げにアホなこと思いついてんじゃねェ! 何だって俺が好き好んで砂まみれになる必要あんだよ‼︎」


「ほー、良いのか? オレの言葉に従わないなら素行不良・命令不服従ってことにし…………ん?」


 明らかに俺への嫌がらせを実行しようとしていた騎士野郎が不意に何かを察知する。視線の先は第四進入口、の奥の暗闇。



 ゆっくりと、猫が歩み寄るような足取りで。

 一人の女がこちらを見据えながら歩いてくる途中だった。


 そいつの服装は今まで何度も見てきた王都の住民たちとは違う、明らかに()()()()()()()()()()活動的な服装。おそらくコイツも転移者……つまり盗賊団の手勢(てきがた)だ。

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