01 - 転げ落ちた人生の先にて
“洗脳”なんてスキルを異世界でいきなり授けられて、それからスキル悪用の果てに取っ捕まったのがだいたい五年前。再犯防止用とかいう『呪い』もこの時かけられた。
んで幸か不幸か、この厄介なスキルをもってして盗みとか詐欺くらいにしか悪用してなかったので、結局“その程度”の量刑で済んで監獄から娑婆に出てきたのが一年と半年ほど前。
そこから更生に挫折してウダウダしてるうちに住む場所まで無くして浮浪者になったのは去年らへんからか。
今日も今日とて『真っ当に』、転落街道まっしぐら。
そんな状態から、まさか俺を捕まえた警察的組織から協力を命じられてそこらじゅう引き回されてんだから世の中よく分からない。境遇的にはクソもいいとこだけどな。
「ではこれで我々は失礼致します」
「うむ、期待している」
その日の午後、王国セムテシア・王立刑事局の刑事総長執務室からスーツっぽい服の男が出てきた。紺の背広とか軍服に似た仕立てながら肩にはハーネスみたいな針金じみた金属フレームが付いているという妙な服だ。
一応言っとくと、男はゴツい鎧こそ着ていないが騎士という立派な身分にある。なんでもこの服装は騎士にとって、平時用に着る鎧と制服の中間みたいなモンらしい。
「……はぁ……」
髪は金髪、中年入り口らへんのくたびれ感を漂わせつつも生真面目そうなその騎士は、廊下の中ほどまで(つまり部屋の中にいる上司に気付かれない位置にまで)歩み出てからやたらワザとらしく溜め息をついた。ちょっと美形なのがやたらとカンに障る。
「へっ、これ見よがしに……」
で、そのすぐ後ろに続いて部屋を出て来たボロい見た目の男は我慢できずに小声で毒づいた。
なぜコイツが“我慢できずに”悪態をついたと分かるのか……何てことはない、恥ずかしながらコイツが他ならぬ俺である。“王都を汚すドブネズミ”という目の前の男からの評価に恥じない立ち姿だった。
けど見た目についてはあんま目くじらを立てないで欲しい、コレでも身なりは整えたほうだ。『さすがに浮浪者の体臭を漂わせたまま上司に合わせられない』と目の前の騎士サマに風呂へ放り込まれた。そりゃ、久しぶりの風呂はそれなりに堪能させて貰ったが。
「不満があるなら充分に命令を果たすことだ。どうせお前に拒否権は無い、もちろん私自身にもな。早々に終わらせて正式にお役御免になる以外の方法なんて無いぞ」
「ならそんな任務にこんな得体の知れん浮浪者引っ張って来てんじゃねェよ……自分でこう言うのもアレだけどよ」
まぁ話を戻そう、オフィスに向かって廊下を進む目の前の騎士サマ……ベルハルト・クリストフェル・フォン・トルネルがさっきついた溜め息の理由は今の俺が抱えている感情と全く同じだった。直接聞いたワケじゃないがたぶん間違ってない。要するに、お互いもうコンビを組んでいたくないのだ。
だがしかし、先ほどの部屋で刑事総長直々に言われたのはそんな願望とは正反対の内容である。
『まだまだ情報は必要になる。つまり君たちの“事前調査”には今後より一層の成果が求められるワケだ。分かってるとは思うが』
つまり、ここで俺とトルネルのコンビを解消させる気はないらしかった。
……だークソッ、何のためにイヤイヤここまでやって来たと思ってんだ。やっとこれ以上コイツと顔を合わせず済むと思ったのに!
「不満なのはわかるが仕方ないだろうが、他ならぬウチの最高権限からの指令だ。我々では本来なら直接顔を合わせられるような身分ですらないんだぞ? お前はもちろん、私のような一介の騎士風情が独断でどうこう出来るような話じゃない」
「さっきから自分に言い聞かせてるみたいに聞こえるけどな?」
「よく分かってるじゃないか、私だって上からの指令でなければ全力で拒否してるところだ」
……早い話がコイツとの関係性はこういう感じである。
当然こっちだって気分は良くない。
「はぁ、刑事局所属の騎士サマは頼りになりそうにないな」
「刑事局所属だからこそな。いっそお前が自分で逃げてくれた方が幾分か気分がいい」
「ンなこと、他ならぬお前が言って良いのかよ? お言葉に甘えて逃げるぜ?」
「その場合のお前は前科のことも含めてめでたく指名手配の逃亡犯だ。それこそ、“他ならぬ”この手でお前を二度目の監獄送りにできる。そしてお前自慢の洗脳は逮捕時にかけられた『更生の呪い』で使えない、まぁ“悪用できない”というレベルではあるが」
……そう、さっきチラッと言ってた『再犯防止用の呪い』というのがこれだ。俺が元いたほうの世界にもこういうのがあれば警察側も圧倒的に楽だったろう。
呪いの内容というのは“自分の中に少しでも悪意があった場合、スキルやいわゆる魔術みたいなものが一切使えなくなる”というもので、つまり転移者にとって反則級に犯罪を起こせなくなる代物である。そして生身だけで犯罪を行おうとしても自分以外は魔法が使えるのだからリスクは当然デカい。オマケに使おうとした時点で通報が刑事局に察知される機能付きときている。
個々のスキルの内容とかによる兼ね合いもあるんだろうが、そもそもが“洗脳”という悪意のカタマリみたいな俺のスキルにとっては効果テキメンってヤツだった、忌々しいことに。
だったらそんな俺が、この騎士サマと二人でこんなとこにそもそも何をしに来たのか? って話だが。
「……にしても、だ。いくら表面上は“ゴロツキの集団”つったって構成員が異世界転移者の集まりなんだぞ? もちろんヤツらだって一人一人厄介なスキル持ってるワケだ。この期に及んであの部署だけで調査とか、刑事総長どのは危機感やら何やら鈍ってんのか?」
「それこそ仕方ないだろう、総長に言われた通りだ。『訴状の通りに騎士団を編成しても、その戦力をいきなりそのまま敵地に突っ込ませるわけにいかない』、そんなことすれば我々現場の騎士たちが徒に消耗するだけだろうが。編成に応じて下さった以上、その騎士団をいきなり潰すわけにはいかん。総長はそこにも気を配っておられる」
「へーへー、分かった分かった」
……王都はいま問題を抱えている。
まず、この世界にいる“異世界転移者”は何も俺だけじゃない。どういうワケか、数にして既に何万といる。何だって“向こう側”からそんなに送り込まれてくる必要があるのかはともかくとして、そんだけ頭数がそろってりゃ当然良くない方向に動く連中も出てくるってワケだ。
で、そうやって集まった無法者転移者の盗賊団がいま王都で幅を利かせていた。
ゴロツキどもが巣食っているのは王都の地下水路網。
巨大な都市を丸々一つ潤すほどの規模だ、そりゃ広さも複雑さも何もかもがケタ違い。そこを拠点にして王都じゅうを暴れ回ってんだから、王国に暮らす連中からすればたまったものではなかった。
しかも大問題なのはそれだけじゃなくて——
「大体だ、転移者たちのスキルはこの世界の魔術師たちと比べても圧倒的に術の出力が高いんだぞ。魔術を身につけるために日々努力している魔術師たちと比べてもだ。全く忌々しい……」
「その解説も何回目だよ、毎回愚痴も一緒に聞かされる身にもなってくれ」
「ならそういう集団に騎士団を直接送り込むことがどれだけ危険かお前もいい加減理解しろ! それこそ何度言わせる気だ」
……先ほど言われた刑事総長からの“ありがたい”お言葉が脳裏を掠める。
『相手が相手だ、いきなり戦力を突っ込むワケにはいかんのも分かるだろう? 丁度いい、優秀な技能を持つとかいうそこの“「流浪」の協力者”と引き続き情報を集めてくれ』
そう、こういう都合があるってことは俺にだってしっかり説明されていた。
説明されてはいたが、だからってそんな相手集団に対して俺たちで調査を進めて取っ捕まえる算段を整えろなんてあまりにも無茶振りが過ぎる。“優秀な技能を持つ”だとか買い被ってくれるのは良いとしても、物事には限度ってものがあるだろう。そら駄々くらいこねたくもなるわな。
ちなみに総長から言われた“優秀な技能”というのは何てこともない、昔取った杵柄とでもいうアレだ。“向こう”の世界で俺は建築士を目指す大学生で、その都合から地下水路の構造把握に強かったってだけに過ぎない。
そして浮浪者になってから例の地下水路網に住み着いていて、また前科者・更生の呪い持ちであるために盗賊団に加わることも出来ず細々コソコソ隠れ住んでいたところを、捜査で巡り合ったトルネルのやつに見つかって目をつけられ、今は良いように協力させられている、というワケだった。
……はぁ、あまりに気が重い。
そういやそうだ、さっきから一人称の『俺』って言うばっかで自己紹介まだなんだった、悪い悪い。
俺は……俺の名前はクサカ・ショウゴ。
もちろん漢字表記もあるがどうせここは異世界、漢字なんて使うのは転移者でも元日本人同士の仲間がいるヤツくらいなもんだ。つまり、そんな人間がいない俺にはこれで何も問題ない。
というか今の俺の状態以上の問題があるワケなかった。




