28 - 捨てられた日々の跡にて
ヴァイオレットが目を覚ましたタイミングは木曜日の深夜だった。
つまり俺らが決死の思いで刑事局庁舎内を駆け回ったあの一日から丸二日後。言い換えるなら、俺とトルネル二人で刑事総長室への直訴に行ったあの日からちょうど一週間ってことになるワケだが。
あんなことになってもたった二日で正常に戻るとはさすが一〇代、もともと“こっち側”の医療はスピードがケタ外れだがそれにしても回復が早い。俺ですら擦り傷の治りとかが若干遅くなってる気がしてんのに、あと食欲の落ち方とか……。
イヤそこは関係ないか、つーか最後の方はほぼ私怨じゃねェか。
こういう話の飛び方も含めてオッサン化っての? だークソッ、嫌ンなるな……。
まぁそこは置いといてだ、こっからがようやく本題。明日は金曜、つまり今までの例の通りなら盗賊団の襲撃がある予定の曜日ということになる。となればタイミング的にも、盗賊団の連中にとって戦闘能力の高いヴァイオレットの不在は痛手であるハズだった。……そう思いたい。
「あ、ショーゴだ。もー遅いって! 今のところショーゴと一番会話できるんだからさ、もっと早くお見舞い来てくんないと」
「既に元気過ぎんだろ……風邪か何かじゃねェんだからよ……」
俺が三日ほど眠っていたあの病院の中の一室。
ヴァイオレット回復の連絡を聞きつけ、夜中に病室まで通された俺は他ならぬ彼女にベッドの上から明るく声をかけられた。気さくに右手を挙げての挨拶つき、イヤどういうノリだよ。
後に続いて俺の背後にはトルネルとスンドグレーンの二人ももちろんいる。それと『ちょっと、病室に男だけで押しかけてヴァイオレットちゃん萎縮させたらどうするのよ』とツッコミを入れてきたイルヴァもついて来ていた。ぶっちゃけ、こういう場で女手は有り難いことこの上ない。
「あとそれとお礼も! なんか全体的に記憶がゴチャゴチャしててよく覚えてないんだけど、あたし助けてくれたのってショーゴでしょ? 起こされて何か言われたのは覚えてるもん! ……えっとその、ありがとね」
そんな感じで、改まったヴァイオレットから急に礼を言われる。
言われたからって謝礼金なんてものを貰えるワケじゃない、というかヴァイオレット自身に渡せるような財産なんてあるワケもない。でも、何となく今はこの言葉だけで妙な満足感があった。俺らしくもない。
次はスンドグレーンが我慢できなくなったように声を上げる。
「い、一応オレとトルネルも苦労したんだぞ? オレは嬢ちゃんが不調にならないよう“世話”してたし、特にトルネルがあの……嗅ぎ塩? っての持ってなかったらどうなってたか……つかむしろ、何であんなの持ってんだ」
「あの嗅ぎ塩、気付け薬として“向こうの世界”では使われているという話だ。体を動かす人間にとっての興奮剤としても使われるらしい。その一環で騎士である私にも試供品が支給されていた」
「だとさ」
そして解説を求められてトルネルが応じた。……つかお前も何でフツーに答えてんだ。
まぁ、とにかく。スンドグレーンが今回の功労者の一人なのは間違いはない。ないが……。けどやっぱ、ことヴァイオレット関連ではやたら出しゃばってくる感じがする。……やっぱコイツ?
で、一方のヴァイオレットはというと、
「……そうなの? ご、ごめんなさい、さっき言ったみたいに記憶がゴチャゴチャになってて詳しいこと思い出せないの」
困惑したような声でおずおずと返事する。さすがに助けられた記憶までもが混乱で全く残っていないのは申し訳なかったらしい。
「お、おう……イヤ、覚えてないんなら無理に思い出すことはないんだ。例の嗅ぎ塩持って来てたのはオレじゃなくコイツ、トルネルだったワケだしな。……あ、でもオレが役に立ってなかったってそういうワケじゃ——
「それくらい分かる、役割分担ってことでしょ? あたしだって“ワイルドバンチ”では組織で動いてたんだから! だから、えっと……ありがと、ございます」
そういってヴァイオレットはいかにも慣れていない動作でぺこりと頭を下げた。
どうも既に話慣れてた俺はともかく、さすがにどう見ても歳上なスンドグレーンへは礼儀が必要と踏んだようだ。そういや英語からでも敬語はちゃんと翻訳されるんだな……敬語表現ってちゃんとあるんだっけ?
とにかく、言われた騎士二人は目を白黒させている。捕虜同然の小娘から礼まで返されると思ってなかったらしい。
イヤ、それよりも前に……組織が何だって?
「あ? “ワイルド……”、何つった?」
「……ブフッ」
俺が知らない言葉について尋ね返したところで、急にヴァイオレットは小さく吹き出した。
「ははっ、けっきょく全然浸透してないんじゃん。あ、ごめん、こっちの話! “ワイルドバンチ強盗団”っていってさ、あたしがいたあの集団のリーダーが自分たちのことそういう風に名乗ってんのね」
盗賊団のヤツらがそんな凝った名前を……? というか今さら“盗賊団”なんて簡潔すぎる呼び名に、もはや申し訳なさすら感じてしまうが。
ヴァイオレットは話を続ける。
「でも、自分でいくら名前決めてても宣伝してないんじゃ誰にも覚えられないってあたしも言ってたのに、あのリーダー全然声明とかも出さないんだもん。そんなん知られるわけないったら! そういやこっちのケーサツ……正しくはケージキョクなんだっけ? そこでは何て呼ばれてるの?」
「盗賊団」
トルネルがすかさず答えた。こっちには盗賊団のヤツらに対する憐れみみたいな感情は無いらしい。イヤまぁ、そりゃ憐れみなんて覚えるべきじゃないのかもだが、こんなタイミングで答えたら……。
「プッ、ク、キャハハハハハハッ‼︎ ご、ごめんなさい、でも……盗賊団って、あんな凝った名前つけてたのに呼ばれてるのはそのまんま“盗賊団”って……はー、ふぅ。イヤほんとごめんって」
こんな感じで盛大に笑われることになるワケで。
あーうん、こういう扱いになるからさすがにちょっと物悲しい。
「ねぇ、ヴァイオレットちゃん。古巣のことそんなに笑って良いのかしら?」
初対面でずっと黙っていたイルヴァが、ベッドの上で笑い転げていたヴァイオレットに声を掛ける。さすがにこの態度には違和感を感じたとかだろうか。
「うん、もう気にしない。というかもう抜けるよ、あんなとこ」
「それで抜けられるの? 向こうの……“ワイルドバンチ”? からはそう思われないんじゃない?」
「呼びにくかったら“盗賊団”でいいよ、今まで通りね。そこはあたしから見て面白いだけだし。で、アイツらがあたしのことどう思ってるかってのは分かりきってるよ。……『捨て駒』、そこが今回のではっきりした」
イルヴァとの質疑応答で少女はボソッと答えた。今までの元気な声から急に萎んだように張りが失われる。顔を見ると、ヴァイオレットは唇を噛んで悔しそうにしていた。
「まず前置きからなっちゃうんだけど。そもそも、あたしが刑事局に捕まるようそっちの捜査員……つまり地下に乗り込んできたショーゴたちに接触して刑事局の庁舎まで連れて行かれたのは上からの指示だった。あたし、魔術とか吸い取る特別製の呪符持ってたでしょ? アレはスキル『洗脳』の対策で持ってたもので、つまりワイルドバンチの幹部連中はあたしが目を覚ますのは刑事局庁舎の中ってことまで予想してた」
「それってクサカくんのことは盗賊団にもうバレてるってことかしら?」
「うん、そうなる」
イルヴァの次なる質問にもヴァイオレットは答える。……これは大きな情報だ、どういうルートから情報が漏れたのかは知らないが。
ここまで喋ってから、ヴァイオレットは言葉を切って怯えたように部屋中を見渡した。窓の外を気にしている。さすがに自白しているとなると周りのことが気になるらしい。しかし、窓は格子状の鉄線による補強とはめ殺しでがっちり固定されている。
彼女は安心したかのように息を吐いて言葉を続けた。
「庁舎まで乗り込んだ先でやれって言われたのは、内部でひと暴れして刑事局に大打撃を与えること。……でも実際はどうなった? あたしは失敗しかけたけどそれだけじゃない、スキルが暴走して自爆しかけた。わかる? 刑事局で暴れるまでもなく、あの時点であたしは“自爆する限界”がもう差し迫ってる状態だった。そしてワイルドバンチには転移者の限界点を見極める方法がある、さすがに自爆を阻止できるとまでは思ってなかったみたいだけどね」
ここまで話を聞けば誰だってオチは読めてくる。反射的に俺は口を挟みかけて、
「なぁおい、それってつまり——
「そ、潜入なんて体の良い言い訳で、あたしは見捨てられたの。だいたい気付いてる? もし指令が成功してても、あたしがあのまま自爆してても、結果は同じく『刑事局への大打撃』になる。最終的に周りを巻き込むならね。あたしの命なんて、連中からしたら最初からどうでも良かったワケ」
対するヴァイオレットは視線を落としながら吐き捨てた。




