25 - 山積する調書の空欄にて
双方が不服そうな、それこそこの場にいる全員が相当な仏頂面の状態で尋問は再開された。下手に怒ってる顔されるよりも無表情の方が怖いってのはこういうことらしい、必要以上に空気が張り詰めた感じがする。
そりゃ、こうなることは覚悟してたが。
「イヤまぁ、やっぱこうなるよな……」
「おい前科モン! 独り言は結構だが今は集中してくれ」
「…………」
しかもヴァイオレットは一触即発・情緒不安定、そしてその上に怒りで半狂乱ときた。いつ自爆するかも分からず、こっちの洗脳が効かなくなっているってのは今さら言わずもがな。更に言えば、目の前の小娘は何も言わないものの今にも唸り声とか上げそうな顔のままで拘束されてる。
「全く、解決まですんなりとはいかんな……」
スンドグレーンに続いてトルネルが一言こぼした。
そんなこと言わんでもこっちだってゲンナリしてるっての。
ともかく、今するべきことはヴァイオレットの安全確保だ。
それが終わった後にも、この場で聞き出さなきゃならないことは多い。それこそ多岐に渡る項目のハズだ。ジャンルで大きく分けても三つほど思い当たる。
・まず三日前の尋問で聞き出そうとした『盗賊団など内部構成や指示系統など基本的な情報に関すること』の全て、
・それから『俺が最初に出くわした街中での襲撃・爆破(自爆した男)について』の全て、
・そして『最初の尋問の裏で起こっていた襲撃と今までの動きとの変化について』の全て。
……いや、三つ目に関しては“わからない”って答えが返って来てたんだっけか?
何にしてもここで情報を引き出すか、今後引き出せるような算段を整えないと俺は監獄にまた放り込まれるかも知れないのだ。ひょっとすると三日前にヴァイオレットの暴走を防いだことで、ちょっとは恩赦みたいなモノが貰えるかも知れないが。とはいえ現時点でそういう話は聞かされていない。
つまり今はもうやり切るしかないワケで、俺がさっきトルネル・スンドグレーンに言った言葉に間違いは何もなかった。
後ついでに言っとくと、この二人にも後が無いのは同じである。コイツらだって自覚はしてるんだろうが、ここで失敗すれば騎士の称号剥奪されるのは確実だ。
言うなれば俺ら三人で“追い詰められた三馬鹿”とでも言えばいいのか……ったく、腹が立つ。
「問題はこっからどうするかだな……前科モン、お前本当にどうする気だ? プランはあるんだろ?」
スンドグレーンがこっちを見て言う。その目には何となく、俺を咎めるようなというか本当に信用していいのか疑うようなというか、そういう視線が混ざっていたような気がした。
……おいおい、トルネルはともかくお前もか。さすがにちょっと気に触るが、
「まずは自爆云々の解除からだな……アテが当たってると良いが」
ともかく俺は無視することにする。気にしすぎだろう、と思い直した。
「あ、あたしをどうしようっての⁉︎」
一方でヴァイオレットはというと目の前で俺たちがアタフタしてるのを見て不安に思ったらしい。勢いのある口調で問いただしてくる。今のところ、よっぽど不信感を抱かれてるようだ。
しかし聞き出さなきゃならないことが多すぎる以上、俺がすべきことは一つ。
ヴァイオレットが起こしかけている自爆の解除、つまりコイツの中に巣食っているトラウマを突き止める必要がある。要は恩を売っておくことで、いずれ捜査に協力して貰わないといけない。これが一歩目だ。
「どうしようかっつーかなぁ、俺はお前に聞かないといけないことが出て来ちまったんだわ。内容的に正直ストレスは掛かるだろうけどな。自爆しないように気を張ってて欲しい」
「……どういう質問よ」
「お前も会ったことはあるハズだ、その話を聞きたい。あの“白い部屋の男”、クソ派手スーツの怪しいヤツ」
「ッ……」
前の尋問と同じく、明らかにヴァイオレットの反応は心当たりがある様子だった。やっぱ顔に出やすいタイプらしい。まぁ、前の洗脳状態でも似たような反応だったから当然っちゃ当然か。
ただちゃんと意識のあるシラフ状態のコイツからこの話を聞き出すのは初めてのハズだ。
「その反応、前の洗脳状態のヴァイオレットちゃんが言ってたヤツか? あんときはお前が話を打ち切ってたが、正直オレもちょっと気になってた」
スンドグレーンが興味ありげに首を突っ込んでくる。トルネルは目を細めつつこちらを静観していたが。
けど何にしても、ここで俺は言っとく必要があった。
「なぁ、悪いスンドグレーン。トルネルも。……ここから先に関してなんだが、内容は聞かないように部屋の外で待っといてくれるか。たぶんヴァイオレットの内面に立ち入った話になる。つまり小娘……いや女の子一人を男三人で取り囲んで聞き出すのは良くないんじゃないか」
こっちの世界でここまで取り調べ相手に配慮しようとするのはズレてるのかも知れない。とはいえそもそも“向こう”から来た俺には関係の薄い話だし、何より恩を売っておくためだ。
トルネルはまた気色ばむ。
「何を言ってる? ここで我々が話を聞き出さねば——
「トルネル、出よう」
しかしスンドグレーンはそんなトルネルの肩を掴んで部屋を出るよう促した。
「おい待て! 一体どういうつもりだスンドグレーン、あいつだけで尋問するのは法にも反——
「前にもクサカに言われてたろ、“清濁併せ呑む度量”って話。いま庁舎の地下には俺らしかいないんだ、握り潰せる。それでスムーズに行くならこれ以上無い成果だろ」
……スンドグレーンのやつ、嫌に聞き分けが良いな……さっき疑いの目を向けられた気がしたのはやっぱ気のせいだったか? ただ何というか、その割には……。
そんな感じで一人が一人を引きずって尋問室から出て行ってから、本日何度目か俺はヴァイオレットに向き直る。まぁ、今そこは別に良いか。
ここまで手間取ったが、これからが正念場だ。
「で、だ。本題なんだが……ちょっと段階踏んでいこう。まずあの男に関して何か知ってることは何かないか? 知ってることは何でもいい」
俺は決死の思いで質問を切り出した。いきなりトラウマに踏み込まなかったのはヴァイオレットのことも考えてのことだ。
が。
「だ、“段階踏む”って何⁉︎ 変な気の使われ方してるのくらいあたしだって分かる! あんたナメてんの⁉︎」
「……あー…………しくじった……」
この配慮で盛大に失敗した。
いきなりこれだ……というか今の情緒不安定なヴァイオレット相手に機嫌を損ねないよう立ち回るとか、それこそ“向こうの世界”で言う『地雷原でタップダンスするようなモン』ってヤツそのまんまじゃねェか。最終的にそのまんま自爆されるし。
「いやナメてないナメてない‼︎ じゃあいきなりトラウマとかについて詳しく聞けってか⁉︎」
さっき呟いたのとは打って変わって、俺は声を張り自己弁護してみる。
……って待て、いきなりそこまで切り込んだら配慮した意味ねェだろ。内心自分でツッコミを入れてしまった。これはまたやっちまったか……?
「……トラウマ?」
だがヴァイオレットはキョトンとした顔で問い返してきた。つまり、自分の異能についてはあんま知らないってことか……?
現時点でハッキリしてる異能の決まりは一つ。
つまり『本人にとって本当に踏み込んで欲しくないトラウマに基づいた能力』ということだ。あの部屋での男の言動つまりヴァイオレットの場合、今まで散々披露して来た“磁力”がトラウマの一端ということになる。今までの精神的負荷どうこうの部分を組み合わせると、この部分が心に負担をかけること自体がスキル自爆の鍵と見て間違いなさそうだった。
「あの『白い部屋』であの男……何だっけアイツ、“メフィ何とか”ってのとの会話で聞かれなかったか? 『お前のされて嫌なことは何だ』とか自分の経歴とか」
「“メフィ何とか”って……あんた“メフィストフェレス”って聞いたことないの? ゲーテとかファウストとか、聞いたことない⁉︎」
……さっきから話が上手く本題に入っていけない。どうも、さっきから話の細かいところとか自分が喋りたい部分にフォーカスしがちだった。いつかの幼児退行自爆男のときもそうだったが、どうにも自爆手前までくると会話が上手く成り立たたせるのが難しいみたいだ。
とはいえ、気が逸れてくれたのは有り難い。利用することにする。
「正直知らねェな。何となく、聞き覚えがないってワケじゃないんだが」
「アニメ・マンガとかでも結構出てくる名前でしょ、メフィストフェレスって! それでもサブカル大国・日本から来たの⁉︎」
見た目にも分かりやすくヴァイオレットは調子に乗り出した。ここにきて煽ってくるなんて他に受け取りようがない。幼児退行みたいな症状にも片足突っ込んでるとかそういうのか?
そういやあの白い部屋で、メフィストフェレス(というらしい)のヤツは別れ際に何つってたっけ?
『覚えときゃ良いさ。立派な古典文学らしいから教養にはなる』
つまりコイツは日本のサブカルオタクとかあるいは古典文学オタクとか、ともかくそういうのらしいかった。先が思いやられるってのはそうだし、しかも失敗すれば良くて投獄・悪くて死亡なんだから余計に手に負えない。
俺はバレない様に息を吐く。溜め息のつもりで。




