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23 - 駆けずり回った直後にて

 さてお察しの通りだと思うが、今回のダイブに関しては俺にとって全くの想定外の展開としか言いようがなかった。


 ……まぁ、あんなん予想できないのは当然として。


 理由も何も、トルネルからの評価があんなことになってるなんてのは寝耳に水もいいとこだ。

 いつ頃からあんなことになってたのかは知らないが、今までカケラもそんな素振(そぶ)り無かっただろ! 何だあの手のひら返し……からの無理やり空中ダイブって。どういう買い被りだよ、アイツの中では俺が飛べることにでもなってるとかか?

 いやまぁ、こうなった以上は実際に飛びでもしない限り生き残る方法なんざ無いんだが。




「おらフッザ……け、んなって!」



 数十メートルそこらの空間を落ちながら、俺はトルネルに毒づきつつ空中に手を伸ばす。

 勢いよく空をかいた腕の下にあったのは——


ゴばぁんッ


 棚の間を縫って忙(せわ)しなく宙を駆ける押収品とかの輸送トレイだ。そこへ俺の肘が叩きつけられ、硬質な打撃音が金属板に反響する独特な音が鳴り響いた。すかさず俺がトレイにしがみつくことで落下速度は大きく遅くなる。……つーかトルネル、てめェは俺の足掴(つか)んでんじゃねェ!



「よし、上手く輸送トレイに取り付けたなクサカ! ……イヤまぁ、俺はこんな格好の付かない状態だが」


「ンな自覚あんだったら自分で捕まえろよ……」



 俺の左足首をむんずと掴(つか)んでぶら下がるトルネルの態度に溜め息も出ない。このままでは足首が内出血でも起こしかねないくらいの力でだ、なんつー握力。今のマヌケな状況に思わず一瞬うっかり脱力しそうになって、足首の痛みでなんとか手を離すことなく俺はトレイにしがみついた。

 一方のトルネルはというと、片手でぶら下がる体勢になりつつも顎に左手を当て何やら呟(つぶや)いている。



「フム、さすがに二人もぶら下がるとトレイの移動速度も遅くなるみたいだな……しかも高度の下がり方で言えば老人の歩行速度並みときた。どうも、ここのトレイには思いのほか強い魔法がかけられているらしいな……。となるとやはり、重さには頼らずに自分でトレイを捕まえて別々に“落ちていった”方が良いのか」


「当たり前(ったりめー)だろ! ……イヤまぁ、このトレイがどれだけの重さに耐えられるかは知らんけど! それよりも先に、男一人分の重量片足にぶら下げるこっちの身にもなってくれ‼︎」



 こっちのツッコミは止まらない。

 そんな状況も相まってこっちの語勢にはどうしても変に力が入る。やっぱコイツ、普段は司令塔役を気取ってる割に肌感覚というかそういうのが周りとズレ気味じゃないか? 何というか、そういう印象がどうにも拭(ぬぐ)えない。

 ただ、トルネルが気付いたこと自体もこっちはこっちで大問題だ。つまり今の降下速度では、この倉庫をダイブなんて無謀なことしてるよりも、大人しく階段を下ってた方があの尋問室まで早いのは確実だった。


 そしてそうなると、



「じゃあ名残惜しいが、私は私でトレイを捕まえて落ちて(おりて)いくことにする! 互いの健闘を祈ろう」


「あっ、オイ!」



 トルネルだってこれだけを言い残してあっさりと手を離す。


 そして落下する先には、ちょうど都合よく飛んでくる輸送トレイがもう一枚。これが見えてたからこそ、アイツは“次”に飛び移ったってワケだ。



「はぁ、これで少しはマシに……っておい、待っ、あ」



 しかしここで落ち着くにはまだ早い、端的にいうと状況は悪化した。

 何があったかって、ぶら下がる重量が軽くなったおかげで浮き上がれるようになったトレイがよりによって上に向かって動き出したのだ。どうもこのトレイが次に上の方の棚にあったらしい。


 で、更に始末の悪いことに。

 それで焦った俺がトレイを制止しようとしたら、上に載せられてた一本の鞘付きナイフが落下した。んで魔力で動いてるトレイは当然ながらナイフの後を追って急降下することになって、その凄まじい乱高下に俺は手を滑らせる。

 眼下には何も無——



「っぶねェっ‼︎」



 限界が近かった右腕を庇(かば)いつつ、俺は伸ばした左手で目線上に飛んでいたトレイを掴む。急に圧力が掛かった衝撃でガクッとトレイの軌道が下にブレた。さすがに利き手じゃないほうの手で全体重を(しかも咄嗟(とっさ)に)支えるってのは相当鍛えてないとキツい、そう判断した俺は落ちながら今度は右手を伸ばす。


パんっ



「はい次ィッ!」



 そうやって俺は次に飛んできていたトレイを上手く捕まえた。今度は利き手だ、金属製のトレイをしっかり掴むことに成功する。

 今の数秒だけで高さにして二〜三メートルは下がっただろうか?



「とはいえ、だよなぁ……」



 つっても一番上から落ち始めて三分そこらで体感十メートル程度と考えればかなり遅い、まだ階段で降りてった方がマシだろう。かと言って今さら階段にはどう考えたって戻れないんだから俺だって腹を括らないと。先に手を離してったトルネルは既にもっと遠慮無く下に落ちていってるし。



「俺ももっと開き直ってくか」



 ……まぁいい。俺だって、後は同じことの繰り返すだけだ。





「よし戻っ——


「おいスンドグレーン! ヴァイオレットの様子は⁉︎」



 けっきょく空中であれこれ考え込むのを止めて、もはや反射神経だけ使って落下すること五分程度。

 数十メートルの降下に成功した俺たちは保管庫の床に辿り着いた(なお先に行ってたトルネルとほぼ同時に着地して、俺が若干勝った気分になってたのは内緒だ)。


 そこからトルネルと共に保管庫入り口・通路・曲がり角・直進・地下尋問室のドアと十数秒で駆け抜けて、俺は尋問室でトルネルも押し退けて叫ぶ。



「叫ばんでもフツーに聞こえるってんだよ! ……ヴァイオレットちゃんはまだ眠ってるがたぶん時間はそうないぞ、寝ながら心を病んでってるみたいだ。相当うなされてる」



 部屋に残ってヴァイオレットの様子を見ていたスンドグレーンが状況を手早く説明してきた。

 ヴァイオレットを見ると風邪でも引いてるときみたいな汗を浮かべ、小声でうなりつつ眠っている。もうここまで来れば『自爆云々と転移者の精神には何か繋がりがある』って俺の見立ては確実に当たってるって、そう自分に言い聞かせるしかない。



「トルネル! あの札を早く‼︎」


「分かっている!」



 そう叫んで俺とトルネルは拘束台の上で剥き出しになっていたヴァイオレットの二の腕へと例の札を貼り付ける。途端に札は紫っぽい光を帯び始めた。どうやら作動したらしい。あとスンドグレーンから『叫ぶな』と言われても声を張ったままなのは緊張感とさっきまでの落下で脳が覚醒状態なせいだろう、それはまあ置いといてくれ。

 とにかく調書に書かれていた報告が正しいなら、ヴァイオレットが隠し持っていたこの札の効果は“貼り付けられた者に掛かられているスキル・魔法の類をゆっくりと時間を掛けて吸い取って無効化する”だったハズだ。つまりこれで幾分かはマシな方向に作用するだろうが……。



「しかしだな、これまでのお前の見立てと応急措置が上手くいってたとしてこっからどうすんだ。まさかお前の“洗脳”使えば自爆を完全に防げるとか無理筋(ムリスジ)なこと言い出さねぇだろうな?」


「…………」



 スンドグレーンは見るからに疑い半分、後ろで黙ってこちらを見ているトルネルの表情を見てもイマイチ俺の言ってることを信用できないようだった。


 まぁ、目の前の状況から言ってそれは当然だ。今まで俺が立ててきた考えというのは結局のところ『推論』でしかない。それはつまり、実際に正しいかどうかは事態が解決されて“間違いは無かった”って証拠が上がるまでは本当に正しいのかすら分からないんだから。



「それが本当に無理筋(ムリスジ)かどうかってのも自分で判断する」



 しかし、“だからこそ”。

 自分でそれを言ってる以上、自分自身がそれを信じていなければ何も出来ない、とかは思うワケで。まだ俺自身でも言語化出来るほどハッキリ輪郭(りんかく)が見えているワケじゃない。“勝算”なんて言葉に出来るほど計算された理論ってワケでもない。

 でも何故か、“感覚的に”とでも言えばいいのか、ともかくそういう確信がある。『俺ならこの状況を解決できる』と信じて疑わなかった。根拠は一切無いのに。



「まぁ見といてくれ。どうせダメだった時は二人にケツ持ってもらうし、そういう意味でもな」



 急がないと、しかし焦らずに。


 ちょうど貼り付けた札の効果で俺が掛けた洗脳が解けてきたのか、延々とうなされ気味だったヴァイオレットが目を開く。……思ったよりも、それこそ三日前と比べても札の効果が出るまでが早くなってる気がした。

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