22 - 浮遊感の先に待つ床にて
さてお察しの通りだと思うが、俺は窓からいきなり飛び出したが別に投身自殺を図ったとかそういうのじゃない。
なぜそう言い切れるか?
だってここは現代日本じゃない、異世界のセムテシアとかいうヨーロッパっぽいがヨーロッパじゃない謎の国だからだ。
……もっと具体的に言うと建造物の建築様式が違う。つまり日本のビルみたいに窓の外=ガラスだけの真っ平らな壁でなくて、飾り屋根とか庇とかそういうゴチャゴチャした装飾があるワケだ。特にここみたいな政府機関の庁舎ともなれば立派に飾らなきゃならない。だからこそ場所によっちゃブロンズ製の像とかだってちゃんとある。要するに、俺はそういうものの上に立ったワケだ。
いやまぁ、もっと正確に言うと俺はとっくに地上まで滑り降りた後だったんだが。
「クサカ、イヤおい待っ…………は?」
窓から身を乗り出そうとしたトルネルが窓辺でピタッと動きを止めたのが見える。
ちなみに窓の位置は真上方向、距離にしてたぶん十二〜三メートルそこら。つまり俺はもう地面の上から見上げている状態だった。
「おーい、急げっつったのお前だろーがぁ!」
俺はワザとらしく大声で呼びかける。一応言っとくと、半分挑発のつもりで。
「お、お前どうやって地上ッ……⁉︎」
「お前ら側から見たら左! 窓の外の像の足元見てみろって‼︎」
驚愕の声を上げるトルネルや他の騎士たちの反応はなかなか面白かったが今は時間がない。早々にネタばらしは済ませることにする。
窓の左隣に付けられているブロンズ像を真っ直ぐに指差しながら叫んだ。
「え……ちょ、何よこれ⁉︎」
窓の向こうからイルヴァやら他の騎士・見習いやらのどよめきがやや遅れて聞こえる。
像はイカつめの戦士が剣を掲げている見事な意匠だったが、俺が指差していたのはこの像の右足。
台座から一歩踏み出された足の部分には細い隙間ができていて、そこの下の端から金具に結えつけられたロープが伸びていた。このロープは押収物で溢れてる捜査本部にて事前にこっそりパクっていた物で、イザってときに部屋から脱出できるようにした仕掛けだ。
俺は窓から飛び出した俺はロープの束を地面に落とし、そのまま伝って俺は勢いよく滑り降りたのである。
あとついでに言っておくと、これを仕掛けたのはずっと前。
捜査本部でコキ使われだしてからすぐだったハズだから……二、三週間は前か。変に疑われでもしたときの逃亡用のつもりだったが、結局いま役に立ったので問題は無い。
「クサカ、お前こんなものいつの間に——
「下行く途中なり終わってからなりで説明するから急げトルネル‼︎ 降りられないとか言うなよ⁉︎」
困惑するトルネルを遮って俺は念押ししておく。あの思いつきでいつまで時間が保つのかについては未知数だが、とにかく今は時間が無い。グズつかれたら困る。
「わ、わ……わかった!」
トルネルが何やら決意したらしい声が辺りに響いて、騎士は窓から身を乗り出した。
「お前さすがに無茶しすぎだろうクサカ!」
「いま時間ねェんだぞ! 細けェことゴチャゴチャ言ってる場合でもないだろ‼︎」
「それはそうだが……‼︎」
俺たちは庁舎のすぐ外を駆け回りつつ、とにかく雪崩れ込むような勢いで建物内部へと飛び込む。
問題はここからだ。地上1階から地下へは急いで降りる方法が無い、ってことは俺らの足だけが頼りになることを意味していた。
「しかしだな、そうは言っても私の手のひらを見てみろ! あの勢いで地上まで降りたからロープとの摩擦熱で手の皮がとんでもないことになって……」
「ンなモン俺だってそうなってるに決まってんだろ! 人命とかここの庁舎全体に比べりゃ大したことねェよ、いつまでも文句垂れんなって‼︎」
こんな感じでほぼ口喧嘩みたいになりながら俺たちはひた走る。
口からも足先からも火花が走りそうな非常に忙しいことになっていた。
……とはいえ、である。
この庁舎の中の内部構造というものは俺もよく知らない。今も俺は先を走るトルネルを追って走っているだけである。そりゃそうだ、たかだか二、三週間出入りしてるだけなんだから。捜査本部がある会議室の位置を覚えるのがせいぜい。
てかそもそも、俺みたいな前科者が捜査協力者ヅラして出入り出来てるってのがそもそも異常なんだが。
どうもこっちの世界、俺の生まれ故郷である“向こう”から制度やら技術やら美味しいところを色々パクっているようだが諸々完全再現とはいかないようで、細かいディティールやら根本の精神やらについてはやっぱり再現できていないようだった。強いて言葉でいうなら、精神性だけは中世のままというか道具や制度をモノマネするだけで徹底できていない感じというか……。
今まであった細かいとこでの“詰めの甘さ”はこういうことらしい。
俺からしたらやりやすいのかやりにくいのか、よく分から——
と。
まだ地下へ降りてすぐ。
長く狭い階段を今度は逆方向に降りて行こうとする俺らの前に扉が現れる。行きでも見かけたヤツだ。
「クサカ、ちょっと待て」
ここでトルネルが急に俺を呼び止めた。今の俺からすりゃストップ掛けられるのはけっこうなストレス要素だったりするが。
「いや何だよ、この期に及んで! 呑気に止まってる場合じゃ——
「さっき使ってたのと同じかあれ以上の長さのロープ、まだ手元にあるか?」
……本当に、いきなり何だ? 今までの流れからはあまりに違和感のある言動で、俺の頭は逆に妙な冷静さを取り戻す。一体コイツ何を言おうとしてる?
「早く答えろ、まだ持ってるのか⁉︎」
「あ、あるにはある! シャツの下の胴体に巻き付けてて……」
「なら早くそれを出せ、すぐ使うことになる」
「……いや、使うってもな……」
何となく話が通じなさそうな雰囲気を感じて、俺はひとまずその言葉に大人しく従ってシャツを捲り上げる。
さっきの言葉通り、俺は日ごろ胴体の肌に直接ロープを巻き付けて携帯していた。一応、非常手段の一つとして。そりゃ感触はあんま気持ち良くはないが、色々あった者なりのサバイバル術みたいなものだ。
……なお、このときの“大人しく”っつーのは『指示には従っておく』って意味であって『一切の文句は言わない』という話には決してならない部分に注意だ。
「オイこらトルネルよぉ! 結局ロープ何に使うんだよ、説明しろって‼︎」
「まず、この扉の向こうはウチの押収品保管庫だ。大量の物品を収容するために巨大なスペースを取っている」
「そんなモン知ってる! あーイヤ、詳しい位置関係とかは知らんけど……」
「まぁ聞け。というか、その巨大な押収品保管庫がどうなっているかは目で見た方が早い」
トルネルのヤツは悠長にそんなことを言って、目の前の何の変哲もない鉄のクソ重そうな扉を開ける。押し付けられた金属の板と板が直に擦れ合う甲高い音が響いた。
で、目の前の光景はというと。
保管庫という名前は正確だった。が、規模が予想よりも遥かにデカい。横も、縦も。
簡単にいうと雑多な物品が並べられた棚がひしめき合っている。その隙間を飛び交う薄くて四角い板のようなもの……ありゃスンドグレーンが地下に持ち込んでたトレイか?
ただ問題は、どの棚も眼下遙か何十メートルと下の床から俺たちの目の前まで、もっと言えばこの目線よりも上にある天井までピッタリと届くくらい異常に背が高かったことだ。こんな高さでは空でも飛ばない限り人間が使えるとは思えない。それこそ何処ぞの図書館みたいに、棚とそこに収められた物品の“森”みたいな空間が出来ている。
ちなみに俺たちが出た場所は倉庫の壁のかなり上に位置してるらしい通路の足場。そんですぐ脇には下まで降りていくための階段が見えた。
「必要な物品を申請すれば魔術駆動のトレイで運ばれてくる仕掛けの倉庫だ。しかも全ての制御も魔法で行われている。こんな倉庫はセムテシアどころか大陸全土を見渡しても他にそうないぞ。この庁舎の内部は機密だがな」
何故かやや勝ち誇ったような顔でトルネルは言う。まぁ、そりゃ自分のいる組織の自慢とかいうんなら人間的には理解出来なくもないかも知れないが。だからって、今更ながらコイツがこんなことでハシャぐタイプの奴とは……。
しかし、そんなトルネルに俺はおずおずと話を切り出す。
「……あの、言っとくがロープの長さたぶん足りてないぞ」
「はぁ⁉︎ さっき“同じかあれ以上の長さのものはあるか”と間違いなく聞いたろうが‼︎」
「あんなぁ! 十二メートル分のロープなんか体に巻き付けてられるワケねーだろ⁉︎ せいぜい二、三メートルかそこらだよ、全重量いくらになると思ってんだ」
俺からのツッコミを受けてトルネルは『うっ』と分かりやすく言葉を詰まらせた。
ちょっと考えれば分かることだろーが。
「ま、まぁいい……どうせやることに変わりはない」
お、おい待て、は?
「“代案”はもう思いついた。良いか、予定を変更して我々はさっき言った押収品の輸送トレイを使って降りることになる。ちゃんと使えるかどうかは心配しなくて良いぞ? さっき言ったようにここは全自動で動いている以上は今の状況でも使えるからな。むしろ地下エリアの立ち入りが制限されている現状ではいつもより申請数が増してるくらいだ」
“使って降りる”ってお前……今までの話の流れからして……。
「まぁ、命綱無しだが何とかなるだろう。何せお前は今まで危機を何度と乗り越えて来てるんだ、今回も期待してるからな!」
「か、買いかぶってくれてるとこ悪いけどな! さすがに命綱があるのと無いのとじゃ意味が——
「さぁ行こうか、行きと同じくこの距離なら階段で降りるだけでも途轍もない時間が掛かってしまう。時間短縮には行くしかないだろうし」
いつの間にやら俺のことを相当過大評価してくれていたらしいトルネルは、いかにも希望に満ちた笑顔で目の前の手すりにから身を乗り出している。おいちょっと待て! ここから飛び降りるのは自殺行為——
「よし、飛べ!」
——浮遊感。
話を聞かない騎士に引っ張られ、俺の体もまた宙に浮いた。




