21 - 捜査本部へ続く階段にて
物音は既にミシミシという“明らかに大質量の何かが軋む音”へと変貌している。そしてその軋む何かの正体がこの部屋全体であることは疑いようがない。
音は全方向から尋問室を攻め立てていた。
スンドグレーンが俺の言葉に反応するように声をあげる。
「そ、その子……ヴァイオレットちゃん自爆すんのか?」
「まだ決まったワケじゃない! さっき言ったみたいに“飽くまでも最悪の想定”であって——
俺はスンドグレーンを落ち着けようと声を張り上げて、その言葉の途中で考えを改めた。
たぶん予想は当たってる。“想定”というか“事実”だ。
「おいなんだ前科モン! 急に黙んなって‼︎」
先ほどまでのガンガンって打撃音はまだ『堅い何かに物が打ち付けられる音』だった。たぶん磁力で引き寄せられた金属の何かが壁や他の金属製の物に当たった音だったんだろう。
つか、磁力に反応する物品は地下から取り除いてるって話だったハズだがどうなってんだか……。
「イヤおい待てクサカ! 黙ってないで何か言えってば‼︎」
そして今は聞こえてくる音がまるで違う。もう打撃音じゃない、何かが軋む音だ。つまり庁舎の基礎部分の鉄骨だとかそういうものが吸い寄せられ始めているという予想は間違いなさそうだった。
つまり、今の状態でさっきよりも格段に磁力が強くなっている。
「騒ぐなスンドグレーン! 今は事態を受け入れて解決に動くしかない」
「……すまんトルネル、ありがとな。ちょい慌ててた。それはともかくとしてだ、事態を受け入れるのはまだしも解決に動くっつったってどうすりゃいい? こんなモンどうしようも……」
「あまり軽々しくこういうことは言いたくないが……考えることをやめるな‼︎ 手段はまだあるハズだ!」
スンドグレーンとトルネルは映画か何かで聞いたことのあるようなセリフでお互いを励まし合う。
しかし無理なモンは無理だろと俺は言いたい。だってこんなん今さらどう出来るってんだ、事実どうにも出来てないだろうが。
「考えろ、考えろ……思い出せ、我々の今ある手札は何だ……!」
トルネルは相変わらずどこかで聞いたセリフを呟いている。そんなんでアイディア湧いたら苦労しねェっての。
「トレイの上に載せてきたものは……“誓約”用の呪符、自白剤、白紙の調書と事件資料の束……クソっ、他には無いか⁉︎」
しかし異世界転移した人生もここで終わりか、思ったよりあっけない終わりだったな……もはや虚しさも湧いてこない。
「……イヤちょっと待て、まだだ! まだある‼︎ 拘束した小娘から押収した呪符があっただろう、あのクサカの洗脳を解除した呪符!」
ん?
「おいスンドグレーン! 小娘が隠し持っていたほうの、新たに押収した呪符は今どこにある⁉︎」
「アレか⁉︎ あ、あれは庁舎三階会議室、ウチの騎士団の捜査本部に持っていってるハズだ! 見つかったモンまとめて全部あそこに押し込めてあるからな! 正規の押収品保管庫じゃ規模がデカ過ぎて探し物どころじゃねェ、新設の騎士団で色々制度出来上がってないのが逆に役立つたぁ……」
トルネルがそんな自問自答の果てに思いついたアイディアに対し、スンドグレーンは待ってましたとばかりに周辺情報で補強していく。明らかに(コイツらの中では)風向きが変わりつつあった。
……俺? 俺としちゃ疑い半分って感じでしかないが。
「おい、今から捜査本部までダッシュしてって例の呪符を取ってこようってか⁉︎ 冗談じゃねェ、周りの音とか聞いてみろって! ンなヒマあると思うか⁉︎」
だからか、自分で気付いたときには場の空気に水を差すようなことを口にしていた。周りの騒音のおかげでかなり声を張ってしまっていたが。
当然ながらスンドグレーンは分かりやすく気分を害されたって顔で怒鳴り返してくる。
「あ゛ぁ⁉︎ テメェこっから生き残ろうって気も何も無ぇってか⁉︎」
「助かるには見込み薄過ぎるっつー話だ‼︎ あんなモン何に使えるってんだよ⁉︎」
俺とスンドグレーンの怒鳴り合いの合間にも騒音はもはや地響きへと規模感を上げてきている。もはやウダウダ言ってるヒマも無い。
焦ったらしいトルネルが叫んだ。
「クサカ! 今は私の指示に……いや違う、私を信用してくれ‼︎ これくらいは分かる、具体的な別の案で反論して来ないあたりお前も他に何か思いついているワケじゃないだろう⁉︎」
叫びと一緒にアイツからの指摘も飛んでくる。……割と痛いヤツだ。
つまり実際には何も思いついちゃいないし、さっきもさっきで心の中では死を覚悟してたくらいだったし。
「なら信じてくれないか⁉︎ 事態が収束すればお前が二度と監獄送りにならないよう尽力しよう、約束する‼︎」
一瞬の間。
「……言ったな? 確かに聞いたぞ」
でもって俺はその言葉を一言一句聞き漏らさずに、かつ思ったよりも即座に、低い声で返す。我ながら現金なヤツだと自分でも思った。
俺とトルネルは上り階段を駆け上がっている。
庁舎の地下スペースには本来使われてる押収品とかをまとめておくための巨大な保管庫とかもあるぶん、地下から地上まではやたら距離がある。その分だけ階段もやたらと長い。
あとスンドグレーンはというと、自ら志願した上で地下に残ってヴァイオレットの様子を見ている。監視と保護の役割を買って出た形だ。アイツもアイツで反応を見てきた限り、どうもヴァイオレットに何か思うことがあるらしかった。
まぁアイツが付いてるならヴァイオレットも大丈夫だろう。
「……ゼー……ゼー……」
ちなみにこの呼吸音は俺だ。うるさいのは承知の上だが、二十歳過ぎて浮浪者生活してた人間に階段ダッシュというのはさすがにキツいワケで。
「にしてもな……ゼー……地下にスンドグレーンだけ、残してきて良かったんかよ……他に怪我人とか、出て、ないのか?」
「少なくとも地下にはいない、お前が倒れた三日前の尋問から地下へは必要最低限のスタッフ以外立ち入り禁止にしてある! そして今日の尋問にはそのスタッフも全員退避させていた、我々以外は全てだ!」
「そ、そりゃ……察しが良いな……ゼー……」
階段を駆け上がりながらトルネルはペースも落とさずに俺と会話を続ける。やっぱ騎士(どっちかって言うと俺らの尺度で言えば『刑事』のが近いと思うが)と言うだけあってコイツ体力はあるらしい。
話を戻そう。
そもそもスンドグレーンが監視してるだけで大丈夫だと判断したのは俺だった。その理由も簡単で、俺が洗脳で眠らせたからだ。
ヴァイオレットがいま抱いてる感情なんて分かりきってるしな。つまり“絶望感”と“焦り”、あと任務失敗した“罪悪感”が少し。
「や、やっとッ……ゼー……地上に出た……」
「つまり捜査本部まであと二階ぶん上るぞ。休んでいるヒマは無い!」
「分かって、るって……どうせ大した距離じゃ……」
そもそもなぜ洗脳で何とかなると思ったかと言うと、こないだ自爆したあの幼児退行男とかヴァイオレットを見ていて気付いた。
二人共揃って自爆直前のあの取り乱しっぷり、つまり自爆云々と転移者の精神ってのは繋がりがあるらしい。……なら一旦眠らせて精神を揺るがせないようにすれば、阻止は分からないが進行を遅らせる程度は出来ると俺は踏んだのだ。
で、当てずっぽうではあったが目論見は正解だったらしい。
「ほらもう三階だぞ! ヘバるんじゃない」
「うる、ッせェ‼︎」
そんなこんなで息も絶え絶えに廊下を駆け抜け、俺たち二人は捜査本部の扉へと半ばぶつかるような倒れ込むような勢いで突っ込む。
捜査本部の騎士やら、お付きの見習い騎士(で良いのか?)は俺らを見てポカンとしていた。
「団長殿⁉︎ こ、この揺れは一体……」
「トルネル様! 尋問は宜しいのですか⁉︎」
「トルネル、クサカくんも! ちょっとどうしたの、慌てすぎじゃ……二人共、何かあった?」
目を丸くする騎士たちに混じってイルヴァが話しかけてきて、すぐに俺たちの様子から何かを察したようだった。
トルネルは飽くまでも冷静に、しかし矢継ぎ早に告げる。
「話が早くて助かる、三日前に地下で拘束中の小娘から押収した呪符があるだろう。あれがいる」
「あの呪符を? あれの解析はまだ終わってなくて……いえ」
「ちょっ、あの、イルヴァ様?」
見習いの一人が怪訝な顔をする前でイルヴァは奥に小走りで駆け込み、素早く戻ってきた。手にはボロボロで何かが書き込まれた紙切れが一枚。……俺は初めて見るが、明らかに呪符なんだろう。ヴァイオレットが隠し持っていたってヤツなんだろう。
「これ、なるべく傷つけないようにね。さっき言いかけてたけど、まだ解析済んでないから」
「い、良いんですか持ち出して⁉︎」
周囲から声が上がる中、問答無用という様子でイルヴァは札を右手を差し出す。
「責任が問われるなら、その時はその時ね。それくらいの覚悟はしてるわ」
「待っ、さすがにそれは……」
「すまない、恩に着る」
釈然としない様子でザワつく周りを余所に、イルヴァは平然と言い切ってトルネルも平然と返事を返した。上司たちの流れるような問題行動に騎士たちは更にどよめく。
「さて、守備良く呪符は手に入れたが知っての通り時間がない。小娘もいつ自爆するか……」
んで、トルネルは明らかに周りのことも一切気にせずに場を進めようとしている。俺は内心笑いそうになりながら助け舟を出すことにした。
「すぐに下まで降りてくアイディア? だったら考えはある。考えってか単なる思い付きだけどな」
「素晴らしい、是非やろう」
「団長殿! さすがにこれは……‼︎」
トルネルが無視するなら俺も無視だ。つか元々向こうだって腫れ物扱いして来てたしな、さっきからイルヴァしか俺に話しかけて来てないのがその証拠。
「で、どうするんだ」
「簡単だ。落ちる!」
「……は?」
なるべく簡潔に、問いに答える。
そして予想外の答えだったらしく呆然とするトルネルを目の前で、俺は捜査本部の窓から身を躍らせた。




