20 - 笑みと怒りの沈む底にて
しかしまぁ……結局どうしたもんか。ここから何をどう尋問していけば良いって?
とはいえ、こんなところでこんな小娘相手に懐かれる(って言い方も当てはまるか微妙だが)なんて思ってもみなかった。まぁ、知りもしない男たちに囲まれて唯一の顔見知りを頼ったってだけなんだろうが……。
そんな感じに今一度、俺は頭の中で自分が置かれている状況とかトルネルの質問していた内容なんかをおさらいしていた。やることの渋滞で頭が整理できてない状態が一番危ない。俺が聞き出さないといけないのは何だったっけか?
とにかく落ち着いて、と。
「イヤまぁ、さっきの質問のことは一旦良い。他に聞きたいこともあるしな」
取り敢えず、取り乱しかけるヴァイオレットを落ち着けるためにもそんな一言を挟んでおく。
「……他にも?」
「そりゃな。さっきトルネルがしてた質問だって重要な話だし」
「…………」
俺が話を振ったところでヴァイオレットはまた黙秘モード。これじゃ埒が明かない。
四苦八苦する俺を余所に、トルネルは黙って見てるだけ・スンドグレーンは調書を書くだけで助け舟を出そうともしてこなかった。
どうも仲間意識とかそういうのはなく、飽くまで冷静に俺のことを見極めるつもりらしい。
少なくともさっきの問答で変な誤解も解けたと思ったのによ……。
「ガチめにコレどうしたもんか……」
「どうしたクサカ? もう限界か」
心なしか若干口元を吊り上げながらトルネルが言った。
もはや明らかに尋問とかそういうノリじゃない。たぶん“個人的な感情”から俺に当てつけしてきている。
「ニヤついてんじゃねェ! ……まだやる」
対する俺はというと、こういうやや格好つかない返し方しかできない。
「頼むぜオイ……」
無言がちだったスンドグレーンの小声も聞こえてきた。
……お前はさっきから一体どういう立場なんだ結局。
そんなほとんどコントみたいなやりとりの一部始終を眺めていたヴァイオレットは、
「…………ブフッ、くっくっ、はははは……」
耐えきれなくなって吹き出す。
カラカラと明るく、でもってどう考えても場違いな笑い声が薄暗い尋問室に響いた。
「あ? 何笑ってんだ、状況わかってんのか」
いや俺だって分かってる、どんだけ凄んだところでさっきまでのやりとりの直後では迫力もクソもない。そりゃそうだ。
「…………」
小娘とは逆に黙り込んだトルネルは黙り込む。明らかにこの後で俺に何か飛んできそうな雰囲気を醸し出していた。何というかこう、今までの“渋い”という表現とも若干違うようななかなか形容しづらい顔だ。
そうこうしてるうちにヴァイオレットの笑う声はすぐに治まった。黙りこくった俺らの前で笑い続ける度胸はさすがに湧いてこないらしい。
「はぁ、はぁ……ふぅ。ったく、こんな時にわざわざ笑かさないでってば! 今どういうタイミングだと思ってんの? あたしが思い出し笑いとかするタイプだったら、このあと急に笑い出したりしたらどうすんのよ⁉︎」
「ンな大層な笑いじゃねェだろ、今の……」
「そういう話じゃなくてッ! こういう真面目にやんなきゃいけないタイミングで変にギャグっぽいことやられると、こっちも不意打ちで笑わされたみたいになってなんか変な感じになるんだってば」
「なんだそりゃ」
そしてトルネルから何か聞かされる前にヴァイオレットから苦情が出てくる。つか、話聞いてたら割と変なこと気にするな、コイツ……。
「……そういうの細かいとこ気にする人間って日本人くらいのモンだと思ってたが」
そんな感じで思わず、俺はボソッとそんなことを口にしていた。
「に、日本人だけの特権とかそういうつもり? そもそも“あっち”の世界って八〇何億って人数いるんだから、そういうこと考える人間くらい世界中にいるでしょ」
「いやいや待てって、急に特権って何だよ? 誰もそんな話してねェよ」
「そ、そ、そっちこそ何だっての⁉︎ こっちはねぇ! いきなり異世界とかいうよく分からないとこにいきなり放り込まれて——
……何だ? 笑いを引っ込めたと思ったら、次にヴァイオレットは烈火の如く怒り出す。思わずまた黙りこくる俺に向かって小娘は叫び続けた。もはや半狂乱という具合に。
目には見えないが、たぶん今ごろコイツの周りでは強力な磁力が渦巻いているんだろう。身につけるものから鉄といった磁力に反応する金属を徹底的に排除していなければどうなってたか分かったものではない。
そういやトルネルとスンドグレーンが着てる騎士用平服にも金属フレームが付いてたハズだが、いま反応していないってことはアレって鉄みたいな金属じゃないのか……ってそうじゃない。いま気にするのはそこじゃない。
問題なのはヴァイオレットの精神状態だ。急に笑い出したり、次の瞬間には激怒しだしたりっていくら何でも情緒不安定すぎやしないか? これじゃまるで……。
「大体さぁ! 揃いも揃ってあんたら男三人であたしを取りか、こ、んで……」
違和感を感じ始めた俺らの前で、怒り心頭で叫び続けていたヴァイオレットは唐突に言葉を詰まらせた。
見開かれる目、引き攣る口元、力なく垂れ下がる亜麻色の髪。
と、周囲の壁の向こうからガンガンと金属の塊じみた何かがしきりに強い力で打ちつけられる打撃音が貫通してくる。この地下尋問室の壁は相当頑丈に作られてるって話だったハズだ。それを貫通してくるような物音? 一体何が起きてる……?
思わず振り返って、騎士たちと俺の三人で顔を見合わせてお互いに視線で問い掛ける。
「な、何だこれは……一体何が起きてる?」
返答代わりにトルネルが呆然と呟き、
「おい前科モン! 一体こりゃ何だ⁉︎ お前なら分かるだろ⁉︎」
スンドグレーンが俺に縋るように尋ね、
「何でもかんでも俺にばっか頼んじゃねェ!」
それに対して俺が怒鳴る中。
背後からヴァイオレットの掠れて微かな声が確かに聞こえた。
「……たす、けてショ、ゴ……」
……このタイミングでやっと名前呼ぶのかよ。
俺は声を聞いて狼狽しかけて、それから首の動きごと迷いを振り払ってから顔を上げる。
そりゃ俺は前科者だ。義侠心なんてとうの昔に、それこそゲーム感覚で捨てたも同然。ただ、大抵のゲームってのは善行を積んでくだけでも見返りがあるからな。どういうワケか。
「それに、名指しまでされたら逃げらんねェだろ……!」
そんな感じに、今までと若干食い違ってる気がする自分の行動に俺は言い訳をしてヴァイオレットに向き直った。
とはいえ、
「おい、お前これ本当に何が起きてるか分かんねぇ⁉︎ 俺にはどうにも……」
「……頼んじゃねェつったけど自分で考えるしかないか」
スンドグレーンが頼りにならないことを自己申告してくるあたり、結局のところは切り抜ける手段を考えるところからやらなきゃならないってのは実際そう。
「けどなぁ、ノンビリ考え込んでる暇なんざ……」
あるワケがない。
ただ、現時点で“仮説”はある。……いま思いつく限りで最悪のパターン。
「飽くまで、これ仮説なんだけどさ。コイツ、転移者の“限界”来てんじゃねェか?」
こう口にした途端に周囲の空気がヒリつく感覚がした。トルネルが反射のように声を挙げる。
「おい待てクサカ、それはつまり——
「コイツのスキルは『磁力』だろ? ってことは今ここで強力な磁力が渦巻いてるとかじゃないのか? そう考えたら、壁の向こうのデカい物音って地下の鉄骨が……イヤまぁこっちの世界の鉄骨ってのがどんなもんかは知らねェけど、そういうのが引き寄せられてるってことないか、って」
前置きしたように、これは今の状態から俺が考えただけの”仮説”だ。当たってるかどうかは分からない、というか単なる杞憂かも知れない。が、このイヤな予感が外れている気がし無かった。
「だとしたら……今すぐこの場を何とかしねェと、ヴァイオレットの自爆に巻き込まれてこの庁舎自体崩壊しかねねェぞ……!」




