19 - 選手交代で思うことにて
「なぁ悪いんだけどさ、やり方変えねぇ?」
偉そうな姿勢を崩さないトルネルにボソッとそう提案したのは俺だった。
「……なに、あんたら交代すんの?」
「待てクサカ、いきなりどういうことだ」
急に出てきた提案にヴァイオレットが戸惑いの声を上げた。
トルネルもあからさまに不満げに俺を睨みつけてくる。
「見てた感じ、そっちのやり方としてはここからコイツにストレス掛けたり魔法・薬とか使ったりして無理やり“吐かせる”方向に持ってこうってんだろ? そこのトレイに載ってる注射器とかだって他の使い道思いつかねェし……まぁ、個人的にはそんな薬がこっちの世界にもあること自体が意外だけどな」
「それがどうしたと聞いてる」
そりゃ、向こうとしてはそもそも国の法律で定められてる方法で取り調べしようとしてるだけなワケで。こういう言い方をされるような謂れなんざないつもりでいるんだろう。
ただ、それをこの国の人間でも何でもない俺が見ると。
「こいつだって盗賊団ではあるけどさ、けどどういう理由であれ“大人”じゃない。一六っていやまだまだ子供だ、周りに頼れる大人がいなくてこんなになっちまったのかも知れない。そんな相手に過剰なストレスかけて、これからの一生で消せないようなトラウマとか残しちまうかもって考えないのか? 特に子供にとってのトラウマは大人よりもずっと重いんだぞ、それこそソイツの人生ブッ壊すくらい」
正直、このあたりは人によって意見が分かれる部分だとは思う。“元の世界”にだって『ガキとはいえ犯罪者の肩を持つのか?』だとか言うヤツは多いだろう。それに、他ならぬ俺がこれを言ってるって部分でも引っかかるヤツは多いかもしれない。けど俺にとってこの部分は重要だった。
“あの部屋の悪魔”の言ってたとおり、他ならぬ俺自身がガキの頃から奪われっぱなしの人生だったから。
「フン、随分と見上げた人権意識だが、一度捕まってるようなお前がそれを言い出すのか? しかも洗脳という性悪なスキルで、今までさんざん他者の権利を踏み躙ってきた分際で?」
一方俺のそんな事情を知らないトルネルは当たり前に疑念を口にしてくる。受け取り方によっては煽りに聞こえるヤツとかもいそうだ。
……やっぱコイツ、俺の逮捕されたときの調書とかもロクに確認してないな?
「お前なぁ、俺がやってきたこと『洗脳』って部分しか覚えてないだろ。確かに俺が今までやってきたのは洗脳使った詐欺・窃盗だけどな。むしろ“それ以外”は一切やってない。引っ掛ける相手の年齢は中年以上限定、困窮してるっぽい人間とかは除外してた」
「は?」
「そもそも『二、三年ぽっちで娑婆に出てこれるような罪状』って言やあ詐欺とかが関の山だろ。他の犯罪は何一つやってないし立証もされてねェ。だいたい“洗脳”なんて滅茶苦茶危ないスキル、そりゃ使い所くらい慎重に見極めるわ。ンで一般市民から金せしめたって大した額になんねぇ以上、下手に市民とかに手を出すワケにもいかねェ……ってなれば当然、“大物狙い”が一番になる」
俺は今まで特に振り返りもしてこなかった記憶を、自分の口で言葉にすることで整理していく。
思い返してみれば、このへんがあのメフィ何とかが“焚き付けた”とか言って爆笑してた『ゲーム感覚』ってヤツだったんだろうか? よくよく考えなくてもこんなとんでもないスキル、使おうと思えば他のことにだって余裕で悪用できたろうに。
この辺はスンドグレーンのヤツも意外だったのか、書き込んでいた調書から突然目線を上げて俺の顔を凝視してきた。
「おい何だそりゃ、義賊気取りか?」
明らかに拍子抜けしたような声。よっぽどの凶悪犯だと思われてたらしい。
「言ってろ。……つか、もう良いよな? さっきの説明だと、どうせ俺は見守り要員みたいなモンなんだろ? それにこの尋問に時間制限があるみたいなことは聞いてねェし、別に俺が無理だったら改めてお前がやりゃ済む話だし。じゃ、尋問官交代ってことで」
ひょっとしてこの騎士団、事前に下調べとかするタイプの人間は少ないのか……? 俺には散々偉そうにしてたクセしやがって何かやっつけ仕事な部分を垣間見た気がする。
正直なところ、若干の失望みたいなものを覚えた気がして俺は会話を打ち切った。
まぁそんなこんなで、トルネルに代わって俺がヴァイオレットの前に立つ。
「よう、三日振りらしいな」
口火を切ったのは俺から。イヤまぁ、ただの挨拶ではあるが。
「……ほんと、息詰まるかと思った。だってこの部屋まで来といてあんた喋んないんだもん。そこの偉そうなオッサン相手でも怒鳴れるくらいの地位あんでしょ? そっちからもなんか言っといてよ」
「悪い、それでも立場上コイツは俺の上司なんだわ。つかウチのトップ。なんか口喧嘩は許されてるけど命令は無理な」
あ? ヴァイオレットのヤツ、思ったよりも気安く返事してくる。思わず調子を合わせちまったけどどういうつもりだ、まだ俺を騙すつもりとかそういうのか……?
そして始末の悪いことには。コイツにナメられてるのくらい俺にも分かるんだが、さっき“子供相手に強く出るのは如何なものか”とか言っちまった手前、トルネルが見てる前ではあんま強く出られない。
対するヴァイオレットはというと今さらのような疑問を向けてくる。
「そんなのがあたしのジジョーチョーシュ? ……ってのにわざわざ出てきてんの? そんな凶悪犯扱いされてるってこと?」
「当たり前だろ……お前、三日前に自分が何やったか覚えてないのかよ」
まぁいいや、ナメられてるというなら今さらそれも仕方ない。
正直、コイツからしてみればそれなりにビビられてもおかしくないくらいには活躍したつもりだったんだが……でもま、どうせ俺が無理だったら次にはトルネルがいるワケだし。
「三日前は……えっと、その、私も必死だったの。だってそうでしょ? 今までずっとお世話になってたアジトから敵の本拠地に連れてこられて心細くて——
「なるほどなぁ。心細くて、それで俺を騙くらかして丸め込もうとしたと?」
「うっ」
今さらわざわざ詳細を思い出すまでもない。
コイツは俺を嘘を使って騙そうとした、それで充分。
「心細かった、にしてはエラい用意周到ってか肝据わってんな? 子供ってのを利用すればシラを切り通せると。……結論から言うが、あんまナメんな」
「…………」
ヴァイオレットはここで黙り込む。要するに黙秘だろう。さすがにこの程度で怖気付くとは思えない。
「悪い、今みたいな低い声で詰め寄ったら“脅し”って受け取られたりすんだっけ? ま、この国とかイギリスの取り調べ事情とかは知らんけどさ。あとそうだ、別の質問も思い出した。現場ウロついてた、あの自爆した男いたろ? アイツ誰だ?」
「………………」
黙秘。
「だって元々仲間だろ? さすがに知らないとは思えないよな、何せお前は門番って自分で名乗ったんだから。そうだってんなら前にした俺の推理の通り、チーム内で顔を合わせてない人間がいるとは思えない」
「……………………」
黙秘。
「三日前の尋問のとき、覚えてるか。お前、自分でアイツのこと何て言ったと思う? ほら“もうバレた”って認めた後に一言さ、『あの人がそんなに現場フラついてたとはね』。……へぇ? アイツとかじゃなくて“あの人”って呼んでたのか。ってことはだ、ただの知り合いとは違う間柄だったとかじゃないのか?」
「…………ッ」
反応アリ。
ヴァイオレット自身も自分が表情で自白してしまった自覚があったんだろう。コイツが息を呑んでから面白いくらいに顔が強ばったのが見えた。状況に耐えられなくなったらしい小娘は叫ぶ。
「な、なんでそんなことまで覚えてんの⁉︎ あんたキモいって‼︎」
「こっちだって三日前にお前とやってからさっきまで眠ってたんだよ! こちとら起きたてホヤホヤなんだよ、俺にとっちゃ三日前っつーかついさっきの記憶だ」
先ほど本当のことを一つ見抜けた仕掛けは単純だ。気絶直前の記憶をよく覚えてたってだけである。でもまぁどんなラッキーだろうと事実は事実なワケで。
「フザッケんなよ……はぁ。じゃあさ、一つ教えた代わりにあんたの名前教えてよ。今のところこっちからしたらあんたら三人とも“あんた”だもん」
ヴァイオレットは毒づいて来た後にワガママみたいなことを言い出した。
いきなりで面食らったってのはまぁそうだが、結局教えたってマイナスなことは特に思いつかない。
「呼び名? ……まぁ、俺は騎士でも何でもないし良いか。こんなタイミングで自己紹介たぁ……名前はクサカ・ショウゴ。一応言っとくと日本人の名前だからな、つまり欧米とは逆で、クサカが苗字・ショウゴが——
「あんたこそナメんないで! さすがにそんくらいジョーシキだっての‼︎ ……で、じゃあ取り敢えずあんたのことはショーゴで良い?」
あっさりと自分の名前を教えた俺の反応にトルネルとスンドグレーンが眉を顰めるのを見たがどうせなんてことはない。そんなことよりも俺はツッコミを優先する。
「いきなり馴れ馴れしいな」
「今あたしにとって話通じる相手ってあんただけなの! 周り皆してロクに話せないんだからこれくらい許せっての」
……もはや向こうの理屈はよく分からないが。
ヴァイオレットがさっき言っていた『心細くて』というのは本当のことだったんじゃないかとかウッカリ思ってしまった。




