18 - 抜き差しならない場にて
「で、尋問を続けて良いか?」
トルネルは俺とヴァイオレットのやりとりに焦れてきたらしく、そんな発言で口を挟んできた。
「悪い、邪魔した」
「…………」
声を掛けられて俺は大人しく引き下がる。
ヴァイオレットのほうは無言でトルネルを睨みつけた。
「どんな態度でいようとすることは変わらん」
そしてトルネルはそんな態度にも動じずに言葉を続ける。
「しかし拘束状態で契約書にサインさせることは出来ないとなると……仕方ない、契約魔法で宣誓させるしかなさそうだ、手間はかかるが。スンドグレーン、呪符を」
「あいよ」
スンドグレーンは手の中の白いトレイから新たに紙切れを一枚取り出す。縦長の、翻訳札とかと同じく明らかに何らかの魔力の込められた札。そしてその札はそのままヴァイオレットの額へと押し付けられた。
で、札を顔に貼り付けたスンドグレーンはヴァイオレットに今の状況に説明していく。
「あー、また顔にこんなモン貼られて気分は悪いかもしれんが我慢してくれ。前みたいにずっと札を貼り付けておくワケじゃない。まぁ、魔力の込められてる呪符はほっといたら自然とそのままくっついた状態になっちまうから、つまり俺らが剥がさなかったらそのまんまだ。なるべく言うことは聞いてくれ」
「わ、分かった」
対するヴァイオレットには諦めたように返事を返す。
そしてトルネルは満足したようにフンと鼻を鳴らすと、淡々と文章を読み上げるような口調で質問した。どうも、この作業がさっき言ってた“宣誓”らしい。なるほど、この辺の流れは聞き覚えがある気もする。このへんは日本と大して変わらないか。
「一応言っておくが、今回はそこのクサカが行った前回の尋問とはワケが違うぞ。あれは言うなれば非公式にさせた練習試合みたいなもので、今回こそが正式な手続きを踏んだ“本番”みたいなものだ」
半分脅しているようにも見える口調で説明しながら騎士は凄む。
「さて、これから尋問を開始するが……その前に小娘にもわかりやすく説明すると、これからお前に嘘をつくことは一切許されなくなる。当然理解しているとは思うが。すなわちお前はこれより、全ての質問に対して自らの良心に従って偽りを述べず、真実のみを発言すると誓うか?」
すると、トルネルがこう言った途端にヴァイオレットの額の呪符が妙な光を帯び始める。
書きつけられている文字がぼうっと赤く光って、文字通りの目の前でそんなことが起きているヴァイオレットの表情には怯えが見えた。それこそ、紙切れ一枚程度じゃ隠せないくらい。
「……誓うか⁉︎」
そんな状態でトルネルに厳しく問いただされ、
「ちっ、ち、誓います」
ヴァイオレットは剣幕で押し切られた。
そうして彼女の口から宣誓が発せられたとき、文字だけでなく札の全体から赤い光が漏れ出す。札から染み出すみたいに出てきた光は粒状に分裂し、ぶわっと焚き火の火の粉みたいに散りながら亜麻色の頭髪の周りを舞った。
そしてそれら光の粒は全てヴァイオレットの肌に付着してそのまま溶けるように消えていく。
「今のが『契約魔法』だ。今お前が“誓う”と宣言した以上、この魔法との間に正式な契約が結ばれたことになる。つまり尋問の間、先ほどお前に聞かせた内容の通りに“お前は一切嘘がつけなくなった”」
相変わらず淡々とした口調で、トルネルは状況をヴァイオレットに言って聞かせる。
「これをお前がどう思うかは知らんが、これは我が国の法に則った正式な手続きだ。要するに、今は大人しく尋問を受けろ。どうせ取り調べが終われば魔法は解ける」
「……いくら法律で決まってるとはいえ、こういう魔法を便利に使い過ぎじゃないかってオレも思うけどねぇ。それはともかくとして、嬢ちゃんに害は出ないからそこは安心してくれよ。あと嬢ちゃんには黙秘権ってヤツも認められてる。分かるか? 要するに都合が悪かったら黙っといても良いって権利な。……ただ、こっちとしても嬢ちゃんに手荒な真似はしたくない。なるべく使わないでいてくれた方が助かる」
それからスンドグレーンが、ほとんど同期とはいえ上官から睨まれるのも気にせずに慌てて付け加えた。
やっぱ“こっち”でもそのあたりの説明は最初にしておくものらしい。ヴァイオレットみたいな小娘相手ということもあってか大分と噛み砕いた説明で語りかけている。こっちはこっちで、俺の目にはどうもさっきからヴァイオレットにやたらと同情的に振る舞ってる気がするが。
……イヤまぁいいか、何にせよこっからが本番だ。
「では早速“質問”だ」
わざとらしくトルネルは咳払いをしてから話し始める。
「まずお前たち盗賊団の襲撃ペースは決まって週に二回、月曜日と金曜日。お前たちから何の声明も無いまま、ただただ襲撃が起きる曜日は絶対に動かなかった。これは何故だ?」
「……それは分からない」
明らかに高圧的な態度を続けているトルネルにも萎縮した様子はないままヴァイオレットは答えた。
「分からない? 嘘偽りなく純粋に“分からない”ということか?」
「う、うん。どうせそこの日本じ……転移者のオッサンからの報告なり何なりで聞いてると思ってたんだけど。あたしはあくまでアジトの門番であって、別にあんたたちが言う“盗賊団”の幹部とかじゃない。だから上の人らがそこらへんどう考えて運営してたのかも聞いてない」
トルネルから深掘りされてもヴァイオレットの答えに言い淀みみたいなものは無い。
つまり、どうも前回のときほぼほぼ世間話みたいに話した内容は嘘ではなかったらしかった。もちろんさっきの魔法とやらがちゃんと発動しているのなら、ではあるが。
「そうか、なるほど……では次。先に襲撃ペースのことを話したのは他の質問に繋げるためだ。まず今日は火曜日で、お前が前回暴れてから三日経過している。なら前回襲撃があったのは昨日の月曜日か……というとそうじゃない。前回襲撃があったのは土曜日、ちょうどソイツがお前と争っていた時間だった。あの裏で襲撃が起きていたワケだ」
ヴァイオレットの反応を見るようにトルネルは順序立てて説明していく。対するヴァイオレットはほとんど無表情で話を聞いていた。
「ここまで言えば我々が何を聞きたいか分かるだろう。今まで一度もペースを崩したことがないお前たちが、三日前初めてパターン外の行動をとった。何か心当たりはあるか?」
「それも、さすがに分からない。っていうか私がここに連れてこられてから起きたことでしょ? 私がそこまで正確に知ってるワケない」
「“知ってること”ではなく“心当たり”を聞いている」
ヴァイオレットはいかにもクソ生意気な悪ガキという感じの口調で応答を続けている。対するトルネルも全くと言っていいほど譲歩する様子はない。
二人の間に散る火花なんてものがあるなら、間違いなくそれは今バチバチ言ってるハズだ。
「……えっと、黙秘ってヤツ使って良いんだっけ?」
「……構わんが」
「じゃ、黙る」
「…………」
牽制のつもりなのかどうかは知らないが、ヴァイオレットが黙秘権の行使を宣言した。
おっと、これにはトルネル選手も思わず渋い顔。ヴァイオレット選手のボディブローが決まったか? ……なんて頭の中で実況・解説みたいなものなんてつけてみる。完全に俺のほうは暇つぶしみたいな心持ちだった。
隣のほうを見た感じ、ずっと無言でトレイに載せられていた調書に記録を取ってるスンドグレーンのほうも内心似たようなもんだろう。心なしかそういう表情に見える。
と、ここで閉口していたトルネルが口を開いた。
「しかしそこで黙るということは、逆に言えば『自分には心当たりがある』と言っていることと同じなんじゃないか? そういう子供の浅知恵くらい私にだって分かる」
「……………………」
これ以上なく分かりやすい揺さぶりだ。
まぁ確かに、歳のことを考えるとヴァイオレットがこういう状況に慣れているとは思えない。俺でも思いつくくらいにはたぶん初歩的なプレッシャーのかけ方なんだと思うが、でもだからこそこういう相手にはストレスって意味で効果があるんだろう。
その証拠か、俺の目にはヴァイオレットの表情が目に見えて硬くなっているように見えた。




